ウィズコロナを語るなら、このドキュメンタリーを直視してからにしよう…ドキュメンタリー映画『ニューヨーク 第1波』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2022年にDisney+で配信
監督:マシュー・ハイネマン
ニューヨーク 第1波
にゅーよーく だいいっぱ
『ニューヨーク 第1波』あらすじ
『ニューヨーク 第1波』感想(ネタバレなし)
“もうコロナ禍は終わった”ムードでいいのか?
2022年5月、またゴールデンウィークの時期がやってきました。今回のゴールデンウィークはちょっと違う感じかもしれません。なぜなら新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の発令や蔓延防止等重点措置の適用が日本全国のどこにもないゴールデンウィークは3年ぶりだからです。そのためかパンデミックが始まって以降、最も人出の多いゴールデンウィークになっています。一応はマスクをつけているけれども、なんだか「もうコロナ禍は終わった」というムードになっている空気さえあります。
でも現実はそうでしょうか。
実は別の見方をすれば、2022年のゴールデンウィークは最も感染者数が多い中で迎えることになります。ゴールデンウィーク時期(5月1日)の感染者数は、2020年は282名、2021年は5992名でした。それに対して2022年のゴールデンウィーク間際は平均で約35000~40000人の感染者が報告されている状況です。つまり、最悪の感染者数であるにもかかわらず最も規制が緩く人出の多いゴールデンウィークとなったわけです。
私は(おそらく皆さんも)てっきりコロナ禍からの回復によって日常が戻るというのは、感染者数が減ることと同義だと思っていたのですが、どうやらそうではないようで…。けど100倍以上も増えるとは思っていなかったですよね?
悪くなっていることは他にもあります。3回目のワクチン接種率は若年世代ほど低く、東京都では4月26日時点で20代の接種率は34.2%にとどまる状態。急速にワクチンに対する意識が弱まっています。反ワクチンの怪しい情報は依然として拡散しており、「神真都Q」だかなんだか知らないですが、そんな人たちがワクチン接種会場に不法侵入して逮捕される始末。今さらになって空気感染(エアロゾル感染)の存在を認めたり、日本政府の感染対応も茶番劇が露呈しています。
正直言って、状況としては静かなカオスになっているようにも思います。感覚が麻痺してきているというか…。
今回の新型コロナウイルス(COVID-19)は確かにいつかは収束します。でも感染症によるパンデミックはいずれまた確実に起きます。これは自然災害と同じ。来るときは来るのです。今度はもっと致死的で危険なウイルスが現れるかもしれません。
では私たちに何ができるのか。それは正しい知識を身につけ、しっかり備えること。そして今回のコロナ禍の教訓を後世に伝えることではないでしょうか。コロナ禍を経験していない子どもが今後は生まれるわけですし、そういう未来を担う子どもに有用な警句を語り継ぐ。それは大人の役目です。歴史修正主義者のような大人によって「コロナなんてただの風邪だったよ」と事実を捻じ曲げられるなんてあってはならないことで…。
ということで本題。今回紹介するドキュメンタリー。それが本作『ニューヨーク 第1波』です。
ドキュメンタリー映画『ニューヨーク 第1波』は監督があの“マシュー・ハイネマン”だということでまず特筆できます。“マシュー・ハイネマン”と言えば知る人ぞ知る気鋭のドキュメンタリー作家。メキシコ麻薬戦争の実態を追った『カルテル・ランド』、シリアの市民ジャーナリスト集団の活動に迫った『ラッカは静かに虐殺されている』がいずれも国際的に評価され、衝撃の内容に私も釘付けになりました。
2019年には『プライベート・ウォー』という作品で長編映画監督デビューも果たし、勢いに乗っています。
その“マシュー・ハイネマン”、しっかりコロナ禍を題材に取材していたとは…。やはりジャーナリズム魂はこんな事態にじっとステイホームなんてしていられないのか…。
本作『ニューヨーク 第1波』はタイトルのとおり、パンデミックに襲われたアメリカのニューヨークにおける2020年3月から6月までの4か月間を追ったドキュメンタリーになっています。いわゆる初期の「第1波」。情報も乏しく最も混乱していた時期です。
もう少し具体的に紹介すると本作は、カメラが「LIJメディカルセンター」に入り、そこで働く医療従事者や患者を追いかけたものです。このLIJメディカルセンターはニューヨーク大都市圏に医療サービスを提供する中核のひとつであり、三次救急の役割を担い、最も緊急性の高い患者が運ばれてきます。そういう立ち位置もあって、コロナ禍では医療の最前線でした。
日本でもテレビのニュース番組などが病院を取材して映像で報道したりしていましたが、この『ニューヨーク 第1波』はさすが“マシュー・ハイネマン”監督というべきか、その踏み込み方は飛びぬけています。
ハッキリ言ってかなり精神的にキツイ内容です。患者が亡くなる瞬間、遺体が運ばれる姿、感情を取り乱す医療従事者、生死を彷徨う重症者、絶望する家族…本当に生々しい映像が満載だからです。目を背けたくなるシーンが山ほどあります。心が相当にえぐられます。
しかし、これを私たちは語り継がないといけないんだという責任を抱かせるドキュメンタリーでもあると思います。だから断言します。観るべき価値は絶対にある、と(もちろんコロナで亡くなった人が身近にいるかたは無理に鑑賞をオススメできませんが)。
『ニューヨーク 第1波』は日本では「Disney+(ディズニープラス)」で独占配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :忘れるべきではない教訓として |
友人 | :経験を素直に語り合える人と |
恋人 | :傍にいてくれる人と |
キッズ | :教育的な作品として |
『ニューヨーク 第1波』予告動画
『ニューヨーク 第1波』感想(ネタバレあり)
ニューヨークの感染状況の概要
『ニューヨーク 第1波』の感想を語る前に、ニューヨークでの新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックがどのような状況にあったのか、簡単に整理したいと思います。私たち日本人は自国や故郷の感染状況は意識して注目していたと思いますが、なかなか他国のことまで関心がまわっていないでしょうから。
ニューヨークでの最初の症例は2020年3月1日に確認されました。イランから帰国した医療従事者の人でした。後の解析によれば1月の時点で感染が少しずつ広がっていたと推測されており、アジアではなくヨーロッパ由来のウイルスが侵入していたそうです。
ビル・デブラシオ市長は3月2日~4日あたりまでは日常生活をそのまま送っていてほしいと平静でいることを呼びかけていたのですが、すぐに対応を180度変えます。アンドリュー・クオモ州知事は3月10日に一部地域を「封じ込めエリア」とすることを発表し、その翌日の3月11日には世界保健機関は世界的なCOVID-19パンデミックを宣言しました。3月16日にはニューヨークの公立学校も閉鎖されました。4月15日にはマスクの着用も義務付けられました。
当時のニューヨークはアメリカ全体で見ても最も感染者数の多い地域で(当時のアメリカのCOVID-19による総死亡者数の約25%がニューヨーク市)、3月後半にかけて感染者数は急増。4月初めに1日で6000人を超える感染者数を記録し、第1波のピークを迎えます。死亡者も非常に多く、自宅で密かに亡くなってしまった人の遺体は州兵が回収することになりました。ニューヨークでは2022年も感染は続いていますが、この2020年の3月から4月・5月の第1波の時が一番に死亡者数が突出して多くなりました。
振り返るとこの第1波はほんの数日であれよあれよという間に状況が急変し、ニューヨーク全域が死と不安が渦巻く世界に変貌したということがわかります。
医療従事者の壮絶な戦場
『ニューヨーク 第1波』はニューヨークのパンデミックの状況を解説的に説明してくれるタイプの作品ではありません。そこは“マシュー・ハイネマン”監督、本作は当時のリアルタイムの現場をまるでそこにいるかのような緊迫感で映し出す、戦場カメラマン的なアプローチをとっています。
それはまさしく戦場と言っても大袈裟ではないです。舞台となるLIJメディカルセンターの様子は冒頭から映し出されますが、いきなり絶句することになります。
電話が鳴りやまない中、次々と運び込まれてくる患者たち。脈がなくなり、心臓マッサージで蘇生を試み、脈が復活して運んでいるとまた脈はなくなる…。心肺停止。立ち尽くす医療従事者。死亡時刻を宣告し、黙祷し、みんなベッドから離れ、次の仕事に取り掛かる。これが1件ではない。ひっきりなしにコードブルーの緊急を知らせるアラームが鳴るわけです。ひとつのベッドに10人くらいの医療従事者がいて緊急対応をする日々。収容する遺体の数だけが増えていく。
患者の家族に電話した直後に死亡する患者。ひとまず大丈夫そうですから安心して…と連絡した後でも急に容体が悪化して死んでしまう…。その死を家族に電話で伝え、電話越しに絶叫する声が…。
カメラが医療従事者の代表として密着するのはナタリー・ディジェ医師。その比較的冷静に仕事をこなしているように見えたディジェ医師が、不意の死があまりにも連発し、ついに感情の堤防が決壊したかのように取り乱すシーンは胸に刺さります。これまではノウハウである程度の予測もできたのに、今は何もわからない…。自分が無力だと思い知らされ、救う術がなく、祈るだけだ…と。
完全にPTSD状態に陥る医療従事者たち。グループセラピーでトラウマを語り合う姿も印象的です。
一般的に医療従事者は患者と距離を置くもの。でもこんな状態になったらそんなの無理で、どうしたって家族同然になってしまう。だから余計に辛い。
日本では「病院はラクしている」とか「本気を出していない」とか「もっと病床を増やせ」とか、好き勝手に注文をつけている論客がいましたが、世界中の感染症治療の最前線で起きているのは本作のような光景。むしろ医療従事者の存在がどれくらいありがたいことなのか。よくわかるドキュメンタリーです。
物言えない患者と家族の苦しさ
『ニューヨーク 第1波』は感染した患者の姿も映し出します。といっても患者の方は重症化するとベッドから起き上がるどころか、人工呼吸器をつけるとまともに喋れず、意識も朦朧としている状態。その姿はあまりに痛々しく壮絶です。
本作ではアーメッド・エリスという学校安全担当官だった人物と、ブラッセルズ・ハボンという看護師だった人物、この2人が患者の代表として映されます。もちろんそこには家族もあり、回復を願う姿も横たわっています。
アーメッド・エリスは糖尿病ゆえに高リスクで、症状はみるみる悪化。それでもタブレットで家族がテレビ通話をして声をかける光景が、無理やりにでも希望を見い出しているような感じで胸に迫る…。
ブラッセルズ・ハボンは出産後に容体が悪化し、赤ん坊とも数秒しか会えず、ひたすらにベッドで治療を受け続ける毎日。こちらも反応が乏しく、家族も人生最悪の絶望を拷問のように味わいます。
最終的にはこの2人は回復して家に戻るという感動のシーンがあり、それが本作の救いになっています。あの状況からの回復を見せられるとあらためて奇跡としか言いようがないですが、でもやはりそこは患者と医療従事者の努力の結果であるということは強調したくなります。
おそらく本作はもっと映像に収めていたものがいっぱいあったのでしょうし、そこにはこれよりも悲惨な場面もあったはず。いろいろな理由で使用許可なども考慮してこの完成形になったのだと思いますが、じゅうぶんに患者の苦悩は伝わります。
どうしてもテレビなどでは比較的回復した姿しか映らないので最悪を知ることができません。患者の最悪の瞬間を突きつける『ニューヨーク 第1波』では印象はまた変わるものでした。
ニューヨークは息もできない
このような過酷な医療の最前線の最中、『ニューヨーク 第1波』はあのデモの光景も映します。
それは2020年5月25日にミネアポリス近郊で警察官の不適切な拘束によって黒人男性のジョージ・フロイドが亡くなった事件への抗議。「息ができない」という当時のジョージ・フロイドが死ぬ直前に語った言葉が団結の礎となり、「ブラック・ライブス・マター」はニューヨーク、さらには世界へと広がりました。
ディジェ医師もこの抗議運動に参加。それは黒人だからというだけでなく、ただでさえ多くが亡くなっているのにこのうえ人種差別で人を殺すなんて…という怒りと悲しみからでした。デモの現場で警官に複雑な心中をぶつける黒人青年に対してディジェ医師が切実に語りかける言葉がここでも揺さぶってきます。
コロナ禍は無差別に人を感染させたわけではなく、人種や職業形態などで格差を生み出し、弱者ほど危険に晒したという事実。日本ではこれをクローズアップする報道はそこまで多くなかったように思いますが、この現実も無視できません。
パンデミックはまだ続いています。これからは免疫と医療体制を維持しつつ、どうやって付き合っていくかのフェーズに入るのだと思いますが、それでも課題は山積みです。
感染症の知識を得ることは常に大事です。ドキュメンタリーは有用です。
感染症対策の歴史を知りたければ、『パンデミック 知られざるインフルエンザの脅威』や『アンソニー・ファウチ パンデミックとの闘い』などは参考になります。歴史を知ることは反科学への対抗策になるものです。
「世界保健機関(WHO)」のウェブサイトは英語ですが、常に正確で信頼できる検証された情報がわかりやすく整理されています。新型コロナウイルスの基本知識はこの情報を土台にするといいです。「厚生労働省」のウェブサイトも有益です(こちらは日本語です)。
うがい、手洗い、そして正しい情報…この3点セットはいつでも心がけておきましょう。どんな時代でも。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 81%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)National Geographic
以上、『ニューヨーク 第1波』の感想でした。
The First Wave (2021) [Japanese Review] 『ニューヨーク 第1波』考察・評価レビュー