アレックス・ストレンジラブ
Netflix映画『アレックス・ストレンジラブ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Alex Strangelove 
製作国:アメリカ 
製作年:2018年 
日本では劇場未公開:2018年にNetflixで配信 
監督:クレイグ・ジョンソン 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★

Plot Summary

高校生活、最後の年。動物オタクのアレックス・トゥルーラヴは、同じ趣味を持つ素敵なガールフレンドのクレアと出会って、順風満帆な恋愛を満喫していたかに見えた。あとはセックスをして、童貞とさようならをするだけ。友人の力も借りて準備は万端に整った。でもそこへ同じくらい魅力的な男子エリオットが目のまえに現れて...。

ネタバレなし感想

全ての青春に幸あれ

タコには8本の足がありますが、オスの場合、そのうち1本が生殖器にもなっているのを知っているでしょうか。また、カタツムリはオスとメスの生殖機能を一個体が兼ね備えていて交尾のときは互いの精子を交換し合います(全てのカタツムリがそうではありませんけど)。

なんでいきなりこんな動物トリビアを語り始めたのかというと、今回紹介する作品と関係がなくもないからです。その映画とは本作『アレックス・ストレンジラブ』

といっても、本作は別に野生生物についてのネイチャー・ドキュメンタリーではありません。至極普通のティーンの青春映画です。

主人公のアレックス・トゥルーラヴ(本名)は、根っからの動物オタクで将来もそれっぽい仕事につけたらなと考えているどこにでもいる高校生。同じようにボンクラ感溢れる仲間に囲まれながら、それなりに満足な高校生ライフを送っていると、そこに同じく動物オタクっぽそうな女子を発見。当然のように意気投合。付き合い始めて、さらに充実した毎日に。

ここまで聞くと「なんだ。ただの幸せなやつじゃないか」と思ってしまいます。俗にいう「リア充」そのもの。これ以上、何を望むの?って感じです。

ところが主人公の前に“ある男子”が現れて、アレックスの気持ちは揺れ動き始めることに…。ここまでの簡単なあらすじを聞けば、もうおわかりでしょうが、本作はLGBTQをテーマにした映画です。

ただ、ひとつ言っておきたいのは、そこまでシリアスな話にはなりません。もちろん、マイノリティゆえの葛藤は描かれます。でも、それを特別視することなく、この映画では青春時代に誰でもある“性の悩み”としてフラットに扱っています。監督の“クレイグ・ジョンソン”はオープンリー・ゲイ(ゲイであると公にカミングアウトしている人)なので、そのへんの扱いはとても自然で好感が持てます。

そして観終わった後は、誰もが爽やかな気分になれるのではないでしょうか。ぜひとも気軽に観てほしい一作ですし、とくに同年代の若い人たちに届けたい映画です。

Netflixオリジナル作品として配信中です。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

本当の充実したリアルは人それぞれ違う

私は「リア充」という言葉があまり好きではありません。この言葉は「リアルが充実している人」を指し、かなり古めのネットスラングですが今や一般用語化しています(まあ、もう死語かもですが)。そのリアルが充実している条件は色々ですが、とにかく“ある状態”(例えば、恋人がいるとか、友人が多いとか、派手な趣味があるとか)であれば自動的にそれは充実とみなされ、“ある状態”でなければ充実していないとみなす。その言葉の前提にある即物的な価値観がどうにも気に喰わないのです。それってただのステレオタイプ以外のなにものでもないですから。

まさに本作も、そんな世間のステレオタイプに「うんざりだ!」と叫ぶような映画でした。

前述したとおり、主人公のアレックスは一見すると幸せな高校生活を送っています。趣味あり、友人あり、彼女あり、生徒会長というキャリアもあり。理想的な誰もがお手本にしたいような高校生です。とくにあのテングザルとタコをこよなく愛する生き物オタクっぷりを隠すことなく、周囲に認められている姿は、自身のオタク心を表に出さないようにしている人にしてみれば羨ましいくらいでしょう。

でも、アレックスはある決定的な悩みを内に秘めて生きています。それは性に対するアイデンティティ。

ノートにヒョウモンダコを書いていた同類の臭いがする女の子クレアと付き合い始めたことも、ステレオタイプな性に迎合するための彼なりの意図せずやってしまった苦肉の策だったわけですが、やはりそれはどうしても自分に合わない。たびたびこぼれる「セックスに奥手だとゲイということになる見方」への過剰な反発はまさにその証左。他人以上に自分が「本心を誤魔化す自分に耐えられない」。これってマイノリティに限らず人間関係ではよくあることなんじゃないでしょうか。

冒頭、同級生を動物に例えていくアレックスは、「自分が何の動物かはわからない。交尾するまでは」と、ある種の生物学的にも意味は通る発言をするわけですが、この映画も交尾という性の自認を突きつけられるイベントを前にあたふたするティーンの話でした。

最終的に自分をさらけ出し、エリオットと付き合うことで、アレックスなりの本当の充実したリアルを手に入れた姿は爽やかです。もちろんそれは彼だけの個性に彩られた“充実”なのは言うまでもありません。

アレックス・ストレンジラブ

最高の理解者がいてくれた

この映画ではマイノリティでも充実したリアルを得るために重要なことを描いていて、それはいわゆる“理解者”(「Ally:アリー」と呼ばれます)の大切さ。

幼い頃に受けた心無い同級生からの扱いがトラウマになって本当の性のアイデンティティを隠していたアレックスですが、高校生の彼を取り巻く友人たちは実に良い奴らです。辛いときこそ傍にいてあげて、それでいて極端には踏み込まない距離感。序盤はアレックスを「お前はゲイか?」なんてからかうシーンもありましたが、それでも決して差別意識があるわけでもなく、別に気にしてないけど的な空気を出しています。そう考えると、あの友人たちはアレックスの性のアイデンティティを最初から察してあげたうえで、さりげなく後押ししていたのかもしれません。

個人的には、カラフル・グミゲロ野郎な「デル」の愛嬌は良い緩衝材になっていたなと。アメリカ映画であればハイになりたければ、アルコールやドラッグが定番なのに、外来種のカエルを舐めることでテンション上がって幻覚まで見るというアホさがたまらない。お前はアマゾンの原住民か。最後はデルにも愛の救いを描いてあげるあたり、本作はやっぱり特定のマイノリティだけを贔屓するような映画ではない部分も良いです。

そして何よりアレックスと付き合ったカノジョのクレアの存在。彼女は彼女で色々辛いでしょうに、それでも「最高の女の子なのに。最低の彼氏でごめん」と謝るアレックスに、「いいえ、最高のゲイ彼氏よ」と言葉をかけ、「私がバトンパスする」と大役まで果たす。

ここまでのベストフレンドを持ったことこそが、アレックスの充実さの源なのは言うまでもなく。

当然、こんなのは映画的なシナリオのためのご都合主義だと言えなくもないですが、実際に今の現代のティーン、とくに欧米の子たちは割とLGBTQなどマイノリティにも寛容になってきていると思うのです。少なくとも昔のように、ゲイだと知られた瞬間に人生が地獄に変わる…みたいなことは大きく減ったのではないでしょうか。もちろん、地域差もあるでしょうけど。そんな中での本作は、そのマイノリティを認める多様性をさらに後押しする良い映画です。本作は性だけでなく登場人物の人種も多様な構成になっていてそこもイマドキですね。

これを観ていると、日本のティーンたちは今、どんな生活を送っているのかなと思うわけです。私が学生時代だったときとは変化しているでしょうけど、まだまだ日本はマイノリティへの偏見がやっぱり多いほうなのかな…。

本作を観て、ある種の理想を垣間見て、襟を正した、そんな気分。繰り返しになりますが、同年代の若い人たち、さらには教育関係者の方々にこの映画を観てほしいです。

(C)Netflix