プーと大人になった僕
映画『プーと大人になった僕』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。 

原題:Christopher Robin 
製作国:アメリカ(2018年) 
日本公開日:2018年9月14日 
監督:マーク・フォースター

あらすじ

子ども時代に、プーと大切な思い出を築き上げたクリストファー・ロビン。月日が流れ大人になった彼は、愛する妻や娘とロンドンで暮らしながら、仕事で多忙な日々を送っていた。しかし、忙しすぎるゆえに家族との約束も守ることができず、思い悩んでいた彼の前に、かつての親友プーが現れ…。

ネタバレなし感想

プーが今も愛されている理由

「過労死」という言葉が「KAROUSHI」として英語になったのは有名な話。それだけ日本という国の労働環境が“ブラック”であると国内外で認知されていることを示す出来事ですが、日本人ですら「実際に日本は酷い労働だし…」と自虐的に認めている節もあります。でも、別に劣悪な労働環境があるのはどこの国で起こっていること。世界共通の問題なんですね。毎日、仕事のために起きて、仕事のために食事をとり、明日の仕事のために寝る。これでいいのだろうか…そう悩んでいる人は世界各地にいます。

こういう問題を扱った作品は昔からあります。例えば、1998年の『アンツ』というドリームワークス・アニメーションが制作したCGアニメ映画は、昆虫のアリを題材に「ロボットのように働くなんてオカシイ!」と声を上げるような作品でした。ただ、一昔前の映画なら、この問題は「社会主義だ! 共産主義だ!(=民主主義、万歳!)」という批判と解決論で一蹴されていたところでしたが、現在はそうもいきません。民主主義も、グローバリズムも、法律も、宗教も、SNSも、私たちを救ってくれないのなら、誰が救えるというのでしょうか。

と思っていたら、その救世主がやってきました。森から。トテトテ歩きながら。

名前は「プー」。無職の人を「プータロー」と呼んだりしますが、そういう意味ではなく、「くまのプーさん」のプーです(まあ、こっちのプーもたぶん就労はしていないのでしょうけど…)。

ということで、本作『プーと大人になった僕』は、そんな世界の全ての疲弊している労働者のために作られた映画になっています。かつての友、クリストファー・ロビン、そして今は仕事人間になってしまった彼の前に現れたプーが「仕事ってそんなに大事なの?」と問う。「逆就活映画」です。

でも、その狙いは的を射ていると思うのです。「くまのプーさん」という作品が今なおディズニーキャラクターの中でもダントツクラスで人気になっている大きな理由は、荒んだ世間から少しでも逃避できる世界観が魅力的だったからではないでしょうか。上手く言えませんが、あの世界には独自の深みがあるように思います。あのキャラには、見ているだけで癒されるというマスコット的ビジュアル以上のパワーがあるのでしょうね。これはミッキーやドナルド・ダックのような他のディズニーキャラクターにはないものです。そう考えると、大人気になるのも納得ですね。

もうプーはベテランのカウンセラーですよ。これからはカウンセリングのプロを「プー」と呼ぶべき。うん、そうしよう。

仕事で疲れている現代人は必見の映画です。あ、実際の職場で労働問題にお悩みの方は、ちゃんと弁護士か、労働基準監督署か、適切な相談場所に頼ってくださいね。このプーは根本的な問題の解消はしてくれないので。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

原作へのリスペクト

いきなりであれですが、正直、私はこの映画の製作が発表され、それが「くまのプーさん」の実写化で、中身は続編になる!と聞いたとき、大丈夫かな…と思ったものです。

なぜなら実はディズニーと「くまのプーさん」は結構揉めている歴史があるからです。忘れてはならないですが、「くまのプーさん」はそもそも本来はディズニーキャラクターではありません。原作は1926年に発表されたA・A・ミルンが執筆したイギリスの児童書です。ウォルト・ディズニーが生み出したキャラではないわけで、だからこそ他のディズニーキャラとは毛色が違うのですが、そのディズニー側と原作側の関係性は決して良いものではなかったのでした。

例えば、アニメ化された初期の頃は、クリストファー・ロビンの喋る声のアクセントをイギリス訛りからアメリカ中西部スタイルに変更して大きな批判を浴びたり、ディズニーによるアレンジが火種になってきました。また、使用権をめぐって訴訟が起きたりと、つい最近まで争いは絶えません。作品はのほほんとしているのに、周りの大人はギスギスなんですね。

それなのに、本作の企画なんてもはや原作冒涜の極みみたいなものじゃないですか。ディズニー、容赦ないな!と思ったし、これは批評家はどう判断するのか注目ポイントだと思ってました。

結果、反応を見ると、まあまあ悪くない、むしろ肯定的な感想や評価が多めでしたね。たぶんここまで思い切って原作から逸脱して脚色を加えたら、もうツッコむのもアホらしいということもあるのでしょう。

ただ、私が実際に本作を観たうえで思ったことは、意外なくらいアニメ版ではなく原作の児童書に準拠していたということ。例えば、プーとその仲間のデザイン。ここが一番難しいところで、アニメ版そのままのデザインにしてしまうと、商品化されているぬいぐるみと同じになってしまう。そこで、元になったぬいぐるみの“作り物っぽさ”というか、素朴さを抽出しつつ、上手い具合に丁度いいところに着地したデザインでしたね。あのぬいぐるみバージョンも売れるんじゃないかと思うくらい。そして、オウルとラビットは設定上ぬいぐるみではないので(アニメ版では同一にデフォルメされているのでわかりづらいですが)、本作ではリアルな動物になっているのも気が利いています。さらに、ジリスのゴーファーというキャラクターがアニメ版には出てくるのですが、これはディズニーのオリジナル・キャラなので、本作には出ません。本作の冒頭の挿絵も完全に原作の絵でした。元の挿絵を描いたアーネスト・シェパードへのリスペクトも随所に感じます。こんな風に、あくまで原作の児童書ベースなんですね。

また、大人になったクリストファー・ロビンを演じる“ユアン・マクレガー”はスコットランド出身であり、ロンドンで仕事人間化しても素朴さが抜けきれていない感じがぴったり。ここで安易にアメリカナイズするようなヘマもしていません。

このように、ディズニーの「くまのプーさん」作品群の中でも一番、原作へのリスペクトが強い一作となったのではないでしょうか。

プーは概念

一方で、原作の児童書ベースを重視しつつも、皆に愛されている“あのプー”のイメージを拡張することにも挑戦しています。

まずクリストファー・ロビンは大人になっているわけですが、プーは一切成長していません。あのままです。こうなってくるともう「概念」です。イマジナリーフレンド的なものと捉えることもできますが、実体があって他者にも認識できるので、超次元的存在ですね。ともかく変わっていないので、クリストファー・ロビンも観客もこの「変わらなさ」に救われていきます。

プーさんというキャラをよく知らない人が本作を観れば、「何言ってんだ、こいつ…」となること間違いなしのクレイジーっぷりなのですが、“ここ”こそが好きな人は好きなんですよね。しかも、本作は原作のエピソードをオマージュしたシーンがたくさんあってそこもファン泣かせなポイント。

個人的には、逆にクリストファー・ロビンが穴に体をつっかえてハマる場面などの立場を逆転したお遊びも面白かったです(原作ではプーが穴につっかえるのが定番)。自分がクリストファー・ロビンであると証明するためにズオウと戦うフリをする一連のシーンの“ツッコミ不在”感もこの作品らしいなと思ったり。ただ、プーがハチに追いかけられる定番のシーンがなかったのは、さすがに生々しいと思ってやめたのかな…?

ともあれ、本作を隅々まで楽しむには原作を知っていることがかなり重要になってくると思います。ここは個人差がモロに出るところです。

プーという概念を心の奥底に秘めている人ほど、素直に笑えて癒される映画でした。

プーと大人になった僕

本作に込められた優しさ

本作の監督は“マーク・フォースター”。最近は『ワールド・ウォーZ』や『007 慰めの報酬』といった硬派なアクション・サスペンスか、ジャンル映画的な作品を手がけている印象であり、それゆえに「プーさん」実写化の監督に抜擢と聞いて最初はびっくりしましたが、よく考えれば他にもいろんな作品を撮っている人です。例えば、2004年に『ネバーランド』という、これまたディズニーと縁のある「ピーター・パン」の原作戯曲が誕生するまでの過程を描き、アカデミー賞では7部門にノミネートされるなど高い評価を得た伝記映画とか。つまり、この監督は多才ということ。

それだけでなく、本作は脚本に、アカデミー作品賞に輝いた『スポットライト 世紀のスクープ』の監督もつとめた、“トム・マッカーシー”が参加しています。

要するに、のほほんとした題材のように見えて、製作陣は“超”実力者を揃えた隙の無い座組なんですね。

こういうタイプの作品はノスタルジーに走りがちで、「大人になった主人公が子ども時代を象徴する何かと再会する」というテーマで言えばスティーヴン・スピルバーグ監督の『フック』を思い出します。

でも、私は本作からノスタルジー以上の感動を感じました。

その理由を説明するには、まず原作「くまのプーさん」について説明しないといけないのですが、実は原作のクリストファー・ロビンはモデルになった子どもがいて、それが原作者A・A・ミルンの息子でした。本人もクリストファー・ロビンと名乗っており(本名ではない)、ぬいぐるみ遊びをする息子を父であるA・A・ミルンが本当にそのまま投影して生み出した児童書です。

ややこしいですが、『プーと大人になった僕』のクリストファー・ロビンは「フィクションのクリストファー・ロビン」であり、本当のクリストファー・ロビンの物語ではありません。ただ、寄宿学校に通う、第2次世界大戦に出兵する、娘がいたなどの要所要所のエピソードは共通しています。

しかし、悲しいことに、クリストファー・ロビン本人は「くまのプーさん」が人気になっていくことに不快感を持っていたという事情があります。そのあたりは、日本では劇場未公開でビデオスルーになった『グッバイ・クリストファー・ロビン』という作品を観るとよくわかります。とにかく児童書に対して遺恨があったわけです。

そして、私が感動した話に戻りますが、本作はそのクリストファー・ロビン本人の遺恨も含めて、フィクションの力で救ってあげようという製作陣の粋な計らいのようなものさえ感じました。ラストの仕事よりも家族をとる決断は、「くまのプーさん」のビジネス的成功で人生をめちゃくちゃにされたクリストファー・ロビン本人のかつて望んでいたことでしょう。また、実は実在のクリストファー・ロビンの娘は重度の脳性麻痺を患っていたんですね。そういう事情を知ると、本作のラストで娘がティガーと一緒に楽しそうに跳ねている姿に、グッと感動が増すのではないでしょうか。本作は「劇中の主人公であるフィクションのクリストファー・ロビン」も救っているし、「観客という名のクリストファー・ロビン」も救っているし、もしかしたら「史実のクリストファー・ロビン」も救っているのかも…。

フィクションの力で仕事人間だった主人公が家族といった真に大切なものを見つめ直すという筋書きは、“マーク・フォースター”監督の過去作『主人公は僕だった』と共通しています。

さらに、ディズニーが割と最近まで(ピクサーと合流して経営陣が一新されるまで)過度に仕事を押し付けるブラック企業だったという事情を知っていると、本作の「仕事よりも大事なものがある」というメッセージも感慨深いものがあります。

色々な意味で本作に込められた多層的な優しさを汲み取れました。

本作を観た人はぜひアニメの「くまのプーさん」も観てほしいですね。意外に鑑賞したことのない人も多いと思います。実はディズニーは2011年に『くまのプーさん』というタイトルで劇場アニメ映画を公開しているのですが、たいしてヒットせずに終わったという経緯があるのでした。これだけ人気のコンテンツですが、なんか意外ですよね。

プーさんは奥が深い…。

ROTTEN TOMATOES 
Tomatometer 71% Audience 86%
IMDb 
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

関連作品紹介

プーさんの関連作品

・『グッバイ・クリストファー・ロビン』
…「くまのプーさん」がどうやって生まれたかを描く伝記映画。本当の「大人になったクリストファー・ロビン」を知ることができます。
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