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『グッバイ・クリストファー・ロビン』感想(ネタバレ)…プーさんの暗い裏側

グッバイ・クリストファー・ロビン

プーさんの暗い裏側…映画『グッバイ・クリストファー・ロビン』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Goodbye Christopher Robin
製作国:イギリス(2017年)
日本では劇場未公開:2018年にDVDスルー
監督:サイモン・カーティス

グッバイ・クリストファー・ロビン

ぐっばいくりすとふぁーろびん
グッバイ・クリストファー・ロビン

『グッバイ・クリストファー・ロビン』あらすじ

作家のアランは、第1次世界大戦から帰還後、妻のダフネが子供を産み、クリストファー・ロビンと名づける。その後、アランの家族はロンドンから田舎に引っ越し、アランと息子は一緒に森を散歩に行くようになり、ぬいぐるみを使って徐々にキャラクターを創り出していく。

『グッバイ・クリストファー・ロビン』感想(ネタバレなし)

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くまのプーさん誕生秘話

東京ディズニーランドのアトラクションの人気ランキングを見ると、たいてい上位に食い込んでいるのが「プーさんのハニーハント」です。それだけ今なお絶大な支持を集める作品ということの証明であり、「くまのプーさん」はグッズも飛ぶように売れるし、アニメも大人気だし、フィギュアスケートの羽生結弦選手に金メダルを届けてくれたし(なんかそれは違う)、世界トップクラスで愛される熊はやっぱり違いますね。

そして2018年は「くまのプーさん」の実写化として話題になった『プーと大人になった僕』という映画も公開されました。

一方で、実はもうひとつの「くまのプーさん」に関連した映画が2017年に製作されていたことはあまり知られていません。それが本作『グッバイ・クリストファー・ロビン』です。

本作の知名度の低さの原因として、まず先述した『プーと大人になった僕』という映画と混同されているせいもあると思います。日本の映画レビューサイトを見ると、明らかに2作を区別できずに勘違いして感想コメントを書いている人がチラホラ見られます。確かに雰囲気が似てはいます。タイトルも、『プーと大人になった僕』の方は原題が「Christopher Robin」、『グッバイ・クリストファー・ロビン』の方の原題は「Goodbye Christopher Robin」。間違えるのも無理ありません。

でも中身は“真逆”と言っていいほど全然違います

まず、『プーと大人になった僕』はディズニー映画であり、物語はアニメの「くまのプーさん」の続編となります。邦題のとおり、大人になったクリストファー・ロビンがプーさんに出会う話です。要するにフィクションですね。

対する『グッバイ・クリストファー・ロビン』はイギリス映画であり、こちらはフィクションではなく伝記映画です。「くまのプーさん」を生み出した作家A・A・ミルンとその息子クリストファー・ロビンの物語となっています。

中身が違えば映画を観終わった後の印象もかなり大違いで、『グッバイ・クリストファー・ロビン』は鑑賞後に、なんかプーさんでキャッキャとはしゃいでいた自分が申し訳ないような気持ちになる…そんな感じです。「くまのプーさん」がどうやって生まれたのかという誕生秘話が語られるわけですが、何も知らない人が連想するような心温まるストーリーとはいきません。そこには闇があるのです。「くまのプーさん」のあのほんわかしたイメージからは想像もつかないような…。

子ども向けの映画ではないです。でも、これこそ大人になった“プーさんファン”が鑑賞すべき一作でしょう。

A・A・ミルンを演じるのは“ドーナル・グリーソン”。『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』では悪役と漫才コンビを披露し、『ピーターラビット』ではアクティブすぎるウサギとドタバタ喜劇を披露した彼ですが、今作ではシリアスな演技を見せます。

どこか影を背負っているけどでも肉体的にも社会的にも弱いという存在感が絶妙で、そういう役が合っているんでしょうね。

そのA・A・ミルンの妻を演じる女優は“マーゴット・ロビー”。『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』でアカデミー主演女優賞にノミネートされた彼女は、これまでのセクシーキャラという単純なアイコンに頼らず、内側から感情が溢れる難しい役を的確にこなす名役者っぷりを見せていますが、今作でもその才能は発揮。複雑な立場にいる妻を熱演しています。

日本ではビデオスルーになってしまいましたが、見逃すのは惜しい作品。観ればこれまでよりも「くまのプーさん」がより大切に思えてくるはずです。この愛すべき作品に込められた本当の作者の想いは何なのか、ぜひ考えてみてください。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『グッバイ・クリストファー・ロビン』感想(ネタバレあり)

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戦争がプーさんを生んだ

『グッバイ・クリストファー・ロビン』は1941年のイングランドのサセックスにあるアッシュタウンの森から始まります。まるで童話から飛び出してきたような木漏れ日に照らされてキラキラと輝く木々。自然いっぱいでそこにいるだけでリフレッシュ効果のありそうな環境ですが、なぜか画面に映る登場人物の顔は険しげ。もの悲しい雰囲気で、それが周囲の環境とあまりにも対照的です。

本作の主人公であるA・A・ミルン(あだ名は「ブルー」)がクリケットのボールを空へ投げると爆発。映画のタイトルが現れ、すると時代はいきなり第一次世界大戦真っ最中の1916年、フランスの西部戦線に移ります。この戦いは「ソンムの戦い」と呼ばれる、連合国側のイギリス軍&フランス軍と同盟国側のドイツ軍が熾烈な争いを繰り広げた有名な戦闘です。軽機関銃や戦車が初めて投入され、今の私たちが真っ先に連想する戦争のイメージが最初に具現化した、いわくつきの戦いです。当然、参戦した兵士たちの恐怖は尋常ではなかったでしょう。記録では100万人以上の死傷者がでたと言われています。

まず「くまのプーさん」の作者が戦争経験者で、その創作の動機に戦争があったというのが意外だと思います。

A・A・ミルンは自身の戦争体験を積極的に語らなかったそうです。作中でも、大きな音や叫び声、ハエの羽音に過剰反応するなど明らかにPTSDの症状を示しています。都会の喧騒を離れて田舎に移り住んだのもそれゆえなわけですが、それでも戦争と平和について執筆しようと家に籠った結果、最終的に「くまのプーさん」という児童書に帰結するのは面白い流れです。

でも、本作を観たうえでよく考えると「くまのプーさん」にも、A・A・ミルンの戦争体験に基づく社会や人間への一種の距離感がしっかり表れているようにも思えてきます。例えば、あの作品の舞台は一切人間的な社会性を象徴する国や経済がない空間です。A・A・ミルンの、戦争を起こす社会に対する失望ゆえなのでしょうか。また、プーさんがいくつかのエピソードでよく口にするセリフに「何もしないをしている」というのがあります。この言葉だけを聞くと“おとぼけ”キャラなんだなという印象で終わりますが、A・A・ミルンの境遇を考えると「何かをすることで自分ではどうしようもないことに巻き込まれる」という恐怖への拒絶のようにも感じられます。ハチミツに執着し、ハチという危険な存在をものともしない姿も、PTSDを抱えたA・A・ミルンにとって理想だったのかなとも思ったり。

こんな風に「大衆が感じている作品の表面的なイメージに対して、実はその作品が生まれた背景にあるものは全く違った」というエピソードは個人的に好み。『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』を観ても同じことを思いましたが、イマジネーションの源流には読者や視聴者には予想もつかないことが隠れているものなんですね。

創作物というのは、私たち読者や視聴者が勝手に忖度(ときに考察したり、宣伝したり、プロパガンダに使ったり)してしまうことで、どんどん本来作者の考えていた想定を大きく逸脱することが多々ありますが、こうやってあたらめて原点を知るというのは大切だなと思います。

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僕だけのプーの物語

「くまのプーさん」が生み出された背景を知ることができるのが面白い本作『グッバイ・クリストファー・ロビン』ですが、この映画はそれ以外にももうひとつのテーマに踏み込みます。

それが結果的にA・A・ミルンの生み出した物語の題材になってしまった少年、ビリー・ムーンことクリストファー・ロビンです。先ほど「創作物というのは、私たち読者や視聴者が勝手に忖度したりしてしまう」と書きましたが、まさにその行為の犠牲者になった人といえるでしょう。

みんなが戦争に行かなくなる本ではなくて、ぼくのために本を書いて…そう父親におねだりすることで書いてもらった物語が、自分の知らないところで赤の他人と共有されて、児童書として大ヒット。連日のようにマスコミやファンが押し寄せ、作者以上に人気者に。自分宛の手紙が山ほど来て、街に行けば人だかり。平穏な生活は一変します。

しかし、当人は不満げ。「ぼくの熊なのになんで(みんなは)ウィニーが好きなの」と疑問を口にし、「本物のクリストファー・ロビン」と呼ばれることにも違和感しか感じない。そりゃあそうですよね。自分の世界が他人に蹂躙されていくわけですから。嫌ですよ。もちろん、周囲の人間は悪気はないのですけど、皮肉なことにファンがやっていることは「くまのプーさん」のオリジナルの世界を破壊していることに他ならないわけで…。

加えて、この子は親の愛に恵まれていたわけでもなく、父親のことはブルーと呼ぶし、母親よりも子守のオリーヴに懐き(実際、母親を良く思っていないそうですが)、明らかに両親という本来あるべき存在が欠けています。だからこそ人形遊びによってあの世界を構築できたともいえるので、複雑ですが…。

その奪われた自分の世界の空白を埋めるように、兵士として居場所を求める展開は、とても残酷な流れでした。戦争をなくすために本を書いて、その副産物で生まれた児童書が世界中の人を幸せにしたけど、息子を戦争に追いやってしまった。父親の心境を想像するだけで辛い…。

作中では、「くまのプーさん」が世界をつないでいることを実感し、自分を基にした童話の力が戦争の世界に平和をほんの少しもたらすかもと前向きになれた姿で終わっています。もちろん、この映画は脚色もされていますから、当人がどこまで思っているのかはわかりません。今だって、自分が大人になってプーと再会する話を実写で映画化されているくらいですから、こんなの観たら当人は怒るんじゃないかと思うのですが…ね…(ちなみにクリストファー・ロビン本人は1996年に亡くなっています)。

せめて私たちが「本当のクリストファー・ロビンとプーの物語」を受け継いでいくことを忘れないようにしたいものです。「くまのプーさん」だけでなく。

『グッバイ・クリストファー・ロビン』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 63% Audience 72%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

(C) 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved. (C) Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved. グッバイクリストファーロビン

以上、『グッバイ・クリストファー・ロビン』の感想でした。

Goodbye Christopher Robin (2017) [Japanese Review] 『グッバイ・クリストファー・ロビン』考察・評価レビュー