魔法が解けて
アニメシリーズ『魔法が解けて』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Disenchantment
製作国:アメリカ(2018年・2019年)
シーズン1:2018年にNetflixで配信
シーズン2:2019年にNetflixで配信
製作総指揮:マット・グレイニング ほか

魔法が解けて

あらすじ

貧困と疫病が蔓延する王国「ドリームランド」。この国のお姫様であるビーンは今日も、町の酒場で飲んだくれてギャンブルに興じている。父であるゾグ王に近隣の王国の王子と望まない政略結婚を強要されるが、ひょんなことから彼女はふたりの奇妙な生き物に出会う。それは神出鬼没の小さな悪魔ルーシーと、楽天家のエルフであるエルフォだった。

『魔法が解けて』感想(ネタバレなし)

表現の自由は、剣よりも鋭く

「表現の自由」が本気で脅かされていることを痛感する今の日本。しかし、そんなことに興味なしの日本人もいて、そんな人は消費税増税カウントダウンで盛り上がっていました。

なんだろう、すごくカオスなコメディ作品みたいな世界観になっている気がする…。大丈夫だろうか、この国…。リアルでそれはマズいぞ…。

とにかくこの東アジアの小さな島国の「表現の自由」が心配だという話。日本は公権力への反抗を描くことをタブー視しすぎる風潮がいまだにあります。もっと政府であろうが大企業であろうが天皇であろうが情け容赦なくボロカスに表現の刃を向けてもいいのに、躊躇してしまう人とその表現を断罪する人。社会派ドラマでもコメディでもそれは同様。

一方、権力への風刺表現は遠慮するクセに、弱者への表現の暴力はお咎めなしな状態もあります。例えば、とある芸人が人種差別丸出しのネタを披露して非難轟々を受け謝罪したり、はたまたその芸人への批判を芸人差別だとわけわからない擁護をぶちかます人もいたり…。

日本は社会問題を笑いに変えるのが非常に苦手なのかもしれないですね(苦手で済む話ではなく、根本的な無知という深刻なものもあるのですが)。

それと比べ、この風刺コメディを得意とする国として挙げられるのはイギリスです。チャップリンの時代から(実際はもっと昔から)培ってきた風刺力。それは歴史的に代々受け継がれてきて、モンティ・パイソン、そして最近であれば『キングスマン』や『Fleabag フリーバッグ』など、皇族や王族、神だって嘲笑うキレは健在。さすが熟練度が違います。


そんなイギリス流の風刺コメディの影響を多分に受けながら、アメリカの中産階級家庭を主軸に置き換えたキレッキレのコメディアニメとして超有名な作品が『ザ・シンプソンズ』です。この作品の凄さは語り尽くせないですが、あまりにズバズバと風刺するものだから、うっかり数十年先の未来の出来事を予言していたなんて言われてしまったり、もはやあらゆる意味で伝説級。

1989年にFOXテレビで放送開始して以降、アメリカのアニメ史上最長寿番組を記録し、エミー賞にも輝きました。まさに世間にも認められた、最強の恐れ知らずな威風堂々の「表現の自由」の権化でした。

その『ザ・シンプソンズ』もついにひとつの区切りを迎えました。製作の20世紀フォックスがディズニーに買収されてしまったんですね。当然、『ザ・シンプソンズ』もディズニーのモノとなり、動画配信サービス「Disney+」で一挙配信が予定されています。しかし、あの作風を維持したまま家族向けを重視するディズニーの企業精神にはマッチできなかったためか、シリーズ継続は暗礁に乗り上げています。

『ザ・シンプソンズ』の風刺コメディ精神は天下の大企業によって途絶えてしまうのか…皮肉だな…そんな風に思っていたら、そんじゃそこらのことでは死にませんでした。

というのも『ザ・シンプソンズ』の生みの親である“マット・グレイニング”が、今度はNetflixで新しいアニメシリーズを始めたのです。それが本作『魔法が解けて』

内容はガラッと変わって舞台は中世風の“剣と魔法な”王国。そうです、ディズニーの十八番だった世界観です。そこで相も変わらず、愛嬌あるユニークなキャラクターたちが破天荒なことをしまくり、ときおり毒を吐く…そんなスタイル。

原題の「disenchanted」「幻滅した・魅力がない」という意味ですが、本当に『魔法が解けて』はこの手の世界観の化けの皮を剥がし、何のデコレーションもせずにお贈りしています。オブラート? 何ですかそれ。忖度? 聞いたことがないですね。残虐・ドラッグ・セックス・差別・その他の不謹慎ネタ諸々。絵柄がアレなだけで多少誤魔化されていますが、やっていることは『ゲーム・オブ・スローンズ』より残酷です。それを言ったらおしまいよ…みたいなことも平気で口走る。だからこそ気持ちよかったりもするのです。

『魔法が解けて』は2018年からシーズン1が配信され、2019年にシーズン2が続き、順調に継続中。Netflixは本当にいろいろなアニメ作品を打ち出すことで、最強のライバルであるディズニーに対抗しようとしているのがよくわかりますね。『魔法が解けて』はディズニーには絶対に無理なのは確か。

1話30分以内のコンパクトな作品ですので、ちょっとした空き時間に見てみてください。「表現の自由」が保障されているから作れる作品のありがたみを実感しながら。

オススメ度のチェック
ひとり◯(暇つぶしにも最適)
友人◯(話のネタになるかも)
恋人◯(気軽に鑑賞できる)
キッズ◯(子どもでもOKかな)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『魔法が解けて』感想(ネタバレあり)

何が“めでたしめでたし”だ

ハッ、フッ、ハッ、ハッ、ヘッ、ハッ、ハッ、ヘェ~イ! …そんな愉快な掛け声のオープニングで毎回始まる『魔法が解けて』。

ただ起こっていることは割と悲惨。なにせこのドリームランドというどこかのテーマパークにありそうなネーミングの王国は、崩壊しかけているようなものだから。貧困すぎて子どもも容赦なく過酷な労働現場に働きに出されていくし、水も飲めないほどの不衛生で、疫病も蔓延しているために国民はバッタバッタと死に、毎夜、その路上に転がる病死体を回収する係がいて、死体の山を燃やしている…。

正直、国としてどう考えても成り立っていない気がするのですが、全員がアホかつ無気力なため、自分たちの住んでいる環境がヤバいことを全く自覚していません。国がこうなったらお終いだよという究極の壊滅状態をハッキリ見せてくれるのです。自分が貧困だと自覚すらしない、自由や権利の価値も理解できない…そんな国民たち。あれ、どこかで…。

そんなドリームランドを統治しているのは「ゾグ王」。自身の権力欲はあるものの、そもそも何をすればいいのかもよくわかっておらず、とりあえずムカついた奴を処刑にするか、奴隷にするくらいしかできません。とにかく長い間、王の座に座っていることだけしか頭になく、物語前半ではエルフの血を使って不老不死の薬を作ろうと側近に指示を出します。

ゾグ王がマヌケなぶん、側近たちは優秀なのかなと思ったら全然そうではないのがドリームランド・クオリティ。ソルセリオという錬金術師もしくは魔法使い風なこの男は知識ゼロだし、オドヴァルという額に3つ目の“目”を持つこの男は実は秘密結社を組織しており、非常に雑な反逆を企てています。また、城の兵士たちも戦闘力弱小の無能ばかりで、メイドのバンティすらもどこか抜けている。

そのゾグ王は、現在の妻が「ウーナ」という半魚人みたいな両生類種族(ダンクマイアという国との政略結婚)。彼女との間に子どもも生まれており、その子である「デレク」は男子だったため、現状は王位継承者。一方、過去には「ダグマー」という妻がいて、その妻との間に「ティアビーニー(ビーン)」という娘がおり、幸せそうに暮らしていました。

物語が進むとこのゾグ王は実は何者かの策略で石化したダグマーを元に戻そうと努力していたことが明らかになるのですが、ここでゾグ王が“善人”化でもするのかと思ったら、そうは問屋が卸さないのが『魔法が解けて』。

そもそもこのゾグ王は本作の影の主人公みたいなものです。ウーナとダグマー、二人の妻にも愛されておらず、娘のビーンにも敵意を向けられ、息子のデレクは母親一筋。家臣も酷い奴らで(シーズン2の終盤では本当に散々な目に遭う)、国民も関心なし。徹底的に孤独であり、それはシーズン1最終話で起こる石化事件でわかるとおり。もちろん自業自得なのですが…。

結局、国や国民を軽視した権力者はその報いを受けるし、その“権力しかない状態”というのは多くの実在のリーダーが追い求めがちですが、その実像はとてつもなく虚しい、ということでしょうかね。ある種の究極の“裸の王様”です。

このゾグ王がどう転んでいくのか、本作の注目ポイントではないでしょうか。

個人的にはシーズン2の4話でゾグ王がセルキー族のウルスラに恋する回にて、彼が言い放つ「結婚などまやかしだ。何がめでたしめでたしだ。先を知りたくても物語はそこで終わりだ」というセリフがこの作品で一番含蓄のある言葉だったんじゃないかな、と。

魔法が解けて

史上最低のプリンセス

そして『魔法が解けて』のメイン主人公は無論、ティアビーニーことビーンです。しかし、このビーンもさすがあの王の娘だけあって一筋縄ではいかない。どこぞのディズニーのプリンセスとはわけが違うのです。

酒とギャンブルが大好物で、夜は道端で酔いつぶれることもしばしば。クスリや盗みなど非行も平気でするし(この国にまともな法律があるのかは謎)、人前で裸になることも厭わない(「姫の裸、見ちゃった、ラッキー」)。ここまでくると、ただの人間としていろいろ終わっている奴でしかないわけで…。

そんなビーンがベントウッド国のギーズバート王子との婚約を拒否することから始まる本作。これだけだと「姫らしさ」から解放されるフェミニズムなストーリーなのかと思わせますが、そうは問屋が卸さないのが『魔法が解けて』(またです)。

確かにビーンは王子との結婚を放棄し(というか、ひとり;ギーズバートはうっかり刺殺し、ひとり;マーキマーはうっかりブタ化してしまう)、母ダグマーの暗躍を通して彼女の母国マルーで「予言の娘」だと聞かされます。でも基本はそんなのお構いなしで生きています。自分の周りには“殺し”が満ち溢れていることに自責の念をかられる瞬間もありましたが、まあ、こういう世界だし…(なんで国民は絶滅しないんだろう)。

そのビーンをいい具合に引っ掻き回すのが悪魔の「ルーシー」(名前の由来は当然「Lucifer」なのでしょう)。凄い存在のように見えますが、地獄にて実は最弱レベルの悪魔だと判明。そして、ビーンの人生に大きな影響を与える(かもしれない)のが、エルフの「エルフォ」。このエルフォもまたエルフの森のお菓子の製造ラインの永遠に続く仕事がやりたくないと飛び出した存在で、変わりもの。しかも、どうやら純粋なエルフではない様子で…。

つまり、ビーン、ルーシー、エルフォ…この3人組は欠落を抱えた者同士なわけですが、だからこそ面白いし、愛着も沸いてくる。やっぱりキャラ作りが上手いなと感心させられます。

『ザ・シンプソンズ』は血縁のある家族が主体の物語でしたが、『魔法が解けて』は血縁関係の家族愛が完全にボロボロとなっており、それを代替わりさせるようにビーン、ルーシー、エルフォの疑似家族的な関係が描かれる。これもまた今の時代らしいといえばそうだなと感じさせるところです。

私の好みとしてはルーシーはゾグ王と並んで好きなキャラクターですね。あのデザインがいいです。

お手軽さはナンバーワン

『魔法が解けて』のような中世ファンタジーを舞台にした風刺コメディ自体はそこまでレアではありません。

それこそモンティ・パイソンもやっているし、有名どころだと『シュレック』も同類の“王道をブラックな笑いに変える”ということをやってみせていました。ただ、『魔法が解けて』は良い意味での低俗さと笑いのお手軽さという観点では、ベストな配合であり、一番バランスが良いかもしれません。

もちろん舞台が中世ファンタジーになったせいで、現代と地続きの政治ネタや社会ネタをリンクさせづらくなった面はありますが、そのおかげで安易なパロディの挿入も減り、一回ワンクッション置いて風刺されるので万人に見せやすくなっています。洗濯の日の回での環境問題、片目女巨人テスの回での人種問題、痛風になりたいゾグ王の回での健康問題、ビーンが脚本家になる回でのジェンダー問題、技術国家スチームランドの回での科学問題…。ちゃんと手を変え品を変え、この世界の全てをフル活用して私たちのリアル社会に通じる風刺を見せていますし。なので少々大人向けなのはわかりますけど、私は案外子どもにも見せてもいい作品だと思います。

オマージュ的なパロディは、枚挙にいとまがないのです。内臓を喰うブタによる『わんわん物語』ネタとか、一度死んだエルフォの「ゴーストとして後ろから“ろくろ”回す」という『ゴースト ニューヨークの幻』ネタとか、エルフォの血を抜きまくるのは『ダーククリスタル』ネタだろうかとか、オドヴァルの謎の秘書は『007』のミス・マネーペニーがモチーフだろうとか、他にも『ヘル・レイザー』やら『エクソシスト』やら『ファスター・プシィキャット!キル!キル!』やら…。「1シーズンかけて実現した」なんてセリフのメタ演出も…。でも、全部理解する必要はないですからね。わかる人だけのお遊び。けど、これも楽しい。

欠点があるとすれば、物語上の推進力の弱さ。一応、シーズンごとに終わり間際に大きな展開が起きるも基本はショートストーリーのつなぎ合わせなので、ハラハラドキドキの展開の連続とはいきません。まあ、これはこの作品の性質上、そういうものなのでしょうがないのですけど。

あらためて、政治家も王も神もバカにしてこそ表現だという神髄を見ました。こういう作品が末永く続いていくことこそ、その社会が健全である証拠なので、大事にしていきたいですね。

ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 62% Audience 75%
S2: Tomatometer 75% Audience --%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)The ULULU Company, Netflix