それでいいのだろうか…「Apple TV」ドラマシリーズ『プルリブス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
シーズン1:2025年に Apple TV で配信
ショーランナー:ヴィンス・ギリガン
恋愛描写
ぷるりぶす

『プルリブス』物語 簡単紹介
『プルリブス』感想(ネタバレなし)
待望のヴィンス・ギリガン新作
2025年も終わる年末。私がこの年で最も気になっていたドラマシリーズがいよいよお披露目となってくれました。『ストレンジャー・シングス 未知の世界』の最終シーズンのことではありません。私にとってはこれです。
それが本作『プルリブス』。
プリルブス? プルリプス? プルブリス? …なんだか見慣れないタイトルですが、とりあえずスルーしてください。とにかく「プルリブス」です。
とくに有名な原作を持つわけでもない、このオリジナル作品。なぜこのドラマを心待ちにしていたかというと、原案企画・ショーランナーがあの“ヴィンス・ギリガン”だからです。
“ヴィンス・ギリガン”と言えば、知る人ぞ知る、あの『ブレイキング・バッド』の生みの親。2008年から2013年の5シーズンかけて展開されたこのアメリカのドラマシリーズは、2000年代のドラマの新時代を切り開いた…現在のアメリカのドラマ業界に多大な影響を与えて今の盤石の安定感を築く礎となった一作と言っても言い過ぎではないと思います。
実を言うと私も海外ドラマを観始めるきっかけになった作品で、思い入れがあります。このドラマに衝撃を受けていなかったら、こうして海外ドラマを観漁る人間にはなっていなかったかもしれません。
その『ブレイキング・バッド』を終えると“ヴィンス・ギリガン”はスピンオフの『ベター・コール・ソウル』を作り、こちらは2015年から2022年までの6シーズンと、さらに長くなり…。そのうえ、2019年には『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』という映画も作っちゃいましたからね。
そんな『ブレイキング・バッド』漬けだった“ヴィンス・ギリガン”の満を持しての完全新作。どんな作品で来るのかと思ってましたが、まさかこういう感じとは…。
本作『プルリブス』はネタバレしないほうが面白いと思うので、多くは事前に語りません。第1話から世界観に引き込まれていってください。
でも『ブレイキング・バッド』とはガラっと変えてきましたね。有害なほうへと堕落しかける男性を主軸にしていた前回から、今作『プルリブス』は正しさの瀬戸際にいて“良き人”でいられるかを試される女性がメインに。しかも、今回、女と女のクィアネスが結構重要になってきたりします。
強烈なユーモアたっぷりなブラック・コメティ、鋭すぎる不条理な社会風刺、視聴者も翻弄するストーリーテリング…こういう持ち味は一緒です。あと、舞台も同じアルバカーキ。好きなんだなぁ…。
『プルリブス』で主役を演じるのは、『ベター・コール・ソウル』でも大活躍で名演をみせていた“レイ・シーホーン”。また良い主演作を手にしましたよ。
『プルリブス』はシーズン1は全9話で、1話あたり約45~60分となっており、「Apple TV」で独占配信中です(なお、以前は「Apple TV+」というサービス名でしたが、2025年10月13日から「+」が消えました)。
『プルリブス』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | やや暴力的な描写やヌードの描写が一部にあります。 |
『プルリブス』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
大きなパラボラアンテナが目立つ電波望遠鏡がいくつも並ぶエリア。夜中にもかかわらず1台の車がやってきて、興奮したように2人は顔を見合わせ、たった今観測した電波をディスプレイで確認します。
約600光年離れたケプラー22bから発信された電波を検出したのです。確かに間違いないです。翌日に他の大勢の専門家と話し合いますが、78秒ごとに繰り返されるこの電波は宇宙のどこかからのものでした。問題はどこでどんな内容の電波なのかということ。喧々諤々の議論が始まります。友好的なメッセージか、音楽のようなものかもしれない…。呑気な意見もでてきます。
しかし、四進数を示す電波だと思ったそれは、コード化されたリボ核酸(RNA)配列だと判明。ただちに研究者はその配列を人為的に再現し、実験マウスで試してみることにします。
実験から数か月、成果はありません。米陸軍感染症医学研究所で実験対象のマウスをチェックしていた研究者は1匹が動かないことに気づきます。厚手の手袋を外して確かめていると、そのマウスはいきなり噛んできます。
噛まれた研究者はすぐに手を洗いますが、様子がおかしくなります。同僚は必死に呼びかけますが…。
そして施設内で多くの人間が唐突に他の者にキスをし始めました。さらに無数のペトリ皿に自分の唾液を塗りたくり、みんなの一糸乱れぬ流れ作業で増やしてきます。
その頃、ファンタジーロマンス小説家として著作シリーズを抱えるキャロル・スターカはファン向けの読み聞かせイベントを終えたばかり。多くのファンとサイン&写真撮影交流を重ね、その場では笑顔を取り繕っていましたが、車に戻ると疲れ切った顔を浮かべます。マネージャーであり恋人でもあるヘレンだけが隣で支えてくれます。
キャロルは最新作のブックツアーを終えて自宅のあるニューメキシコ州のアルバカーキに戻りました。地元のバーで飲みながら、キャロルは自分の作品とファンへの嫌悪感をぶちまけていました。ヘレンは新作でも書けばと提案します。
そのまま2人はバーの外でタバコを吸うために出ます。バーのテレビでは空軍基地が封鎖されたと速報が流れていましたが、誰も気にもしていません。キャロルは夜空の上空を一様に並んで飛行する飛行機が飛行機雲を残しているのに気づき、「あれは何だろう」と何気なく呟きます。
突然、1台の車が駐車場に停まっていた別の車に衝突。キャロルは運転手の男を助けようと駆け寄りますが、男は痙攣しているだけ。困惑したキャロルはヘレンの方を向くと、ヘレンも直立で痙攣しており、突然地面にバタン!と倒れて頭を強く打ちつけます。
わけがわからず、キャロルは助けを求めてバーに駆け込むも、その中でも他のみんなも同様についさっきの態勢のままビクビクと震えていました。警察に通報しても返答無しです。
そこでピックアップトラックに意識を失ったヘレンの体を積み込み、病院へと急いで向かいました。道路から観る町並みはあちこちで炎が上がり、異様な光景です。この現象は一斉にあちこちで起きたらしく、まるでこの世界の終わりのようで…。
病院内でも多くの人々が静止して痙攣していましたが、あるとき、何の前触れもなく人々がまた一斉に意識を取り戻し、動き出します。
しかし、それは普通の行動ではありませんでした…。

ここから『プルリブス』のネタバレありの感想本文です。
シーズン1:2025年のハイブ・マインド
『プルリブス』は、ポストアポカリプスなSFでした。『THE LAST OF US』みたいにとある”未知の感染”が既存の人間社会の崩壊の引き金となり、その過程も冒頭で映し出されますが、そこは“ヴィンス・ギリガン”流…どことなくシュールです。
そして、主題として起きるのは「各個人が繋がって自由意思を持たずに集合意識化すること」。このサブジャンルは「ハイブ・マインド(hive mind)」と呼ばれており、SFではわりと昔からある定番のひとつです。
例えば、“デイヴィッド・H・ケラー”の1929年の小説『The Human Termites』、“オラフ・ステープルドン”の1930年の小説『Last and First Men(最後にして最初の人類)』など。
この「ハイブ・マインド」のサブジャンルは、その形態が憑依やマインドコントロールのように見えることもあって、「知られざる外敵」からの影響と組み合わさると、新手の侵略SFとして表出することも往々にしてありました。それこそ『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』や『ゼイリブ』のような作品が近いところです。
そしてこの集合意識化は、既存の社会が恐怖する対象のメタファーとして用いられることも多く、以前はそれは特定の人種だったり、宗教だったり、イデオロギーだったりしてきました。
ではこの『プルリブス』はどうでしょうか。
『プルリブス』は随所にコロナ禍(COVID-19)を思わせる要素があります。とくに発端となるのが研究所でのRNAウイルスの人為的実験というあたりは、いかにもベタなコロナ陰謀論を彷彿とさせます。一気にパンデミックが広がったり、一瞬にして夥しい死者が平然と生じるあたりも(ときにその死に慣れすぎて無頓着になることも)、コロナ禍の凄惨さを思い出させます。
そして主人公のキャロルの周囲から集合意識化にある人たちが一斉にいなくなって距離をとった街並みの光景は、完全にロックダウンのあの状況と瓜二つです。その中で意地でもこれまでどおりの「普通」の生活を送ることに固執する姿も既視感があります。
あと、自我を有する数少ない人間のひとりとなったキャロルが集合意識現象の真相を探ろうと、他の自我を保つ人間に(相手は興味ないのに)自説を必死に論じる動画で呼びかけるさまは、陰謀論を急に信じるようになったおばさんみたいな浮き方をしています。
一方、あの集合意識体(the Others)はある種の「AI」に近いところも多いです。
極めて従順で、こちらの要望にそれこそ何でも答えてくれて、一見すると最良のサポーターになってくれるあたりは、LLM(大規模言語モデル)で高度化して幅広いタスクに対応してくれる昨今のAIと同質です。それに同意を得られないなら一切危害を加えてこないと確約するわりには、同意のいらない範囲外だと本当に倫理も何もへったくれもないほどに一線を越えたこと(食人、提供卵子の利用)を平気でやる…という二重基準な行動原則もいかにもAIっぽいですよね。
『プルリブス』は2025年に製作された「ハイブ・マインド」ものとして、とても今の時代性を捉えた風刺的な作品だったと思います。
シーズン1:作家でも世界を救う
『プルリブス』はこの集合意識体(the Others)にどう向き合っていくのかというのが見どころになっていきます。『ブレイキング・バッド』のときの個人の生活圏での生存の話と比べると、だいぶスケールがデカいです。人類レベルですからね。これは「人類の壊滅」なのか、「新人類の誕生」なのか…。
集合意識体化した人類の織りなす世界は表面上は穏やかです。犯罪も、戦争も、差別もなくなりました。効率性の高い究極の社会が完成したと言えます。
でもそうなのか?という話で…。例えば、差別はないと言っても、そもそも個性(パーソナリティー)やアイデンティティが存在しないのです。それは差別がなくなったわけではなく、根本的に“守られるべきもの”さえも消し去ってしまっただけです。
第9話で、ペルーの村で暮らす自我を持っていた数少ないひとりだったクシマユが71日目にして集合意識に加わることを選択した姿が描かれます。ここですごくその村の伝統にのっとった儀式風の形式で実施しているのですけど、集合意識に加わった瞬間、パっとその伝統的振る舞いを一斉にやめ、解散していく…。あのシーンは、この集合意識体が伝統や文化を知識で「模倣」しているだけでそこに「愛着」や「尊厳」は一切ないことを露呈させる象徴的な場面だなと思います。なのであの集合意識体には歴史も人権もどうでもいいんですよ。ただ「拡散すること」が生物的本能になっているだけですから。
その集合意識体に対して、食わせ者なモーリタニア出身のクンバ・ディアバテのように「適応」して贅沢な生活(茶番だけど)を興じる者もいれば、パラグアイのマヌッソス・オビエドのように徹底して敵視して反撃を画策する者(対価なく全てを奪った集合意識体への憎しみ)もいます。
では主人公のキャロルはどうするのか。このキャロルのキャラクター性がまた面白いです。
キャロルは事件前にファンや自作に辛辣な態度を滲ませるので「嫌な奴」に見えますが、そこにはキャロルの複雑な事情があります。
自著『Winds of Wycaro』には内心不満を溜め込んでいる理由は、キャロルのアイデンティティと創作性の矛盾にあるようです。彼女はレズビアンのようで、随分長くヘレンと交際していることが示唆されます。しかし、その自著の作品内で人気キャラクターのラバンという男性は、実は原案では女性だったようで、おそらくキャロル的にはクィアな作品を作りたかったのに、出版とのいろいろな異性愛規範的圧力もあって、やむなく設定をマジョリティ受けしやすく変更したと思われます。つまり、キャロルの高評価は本人には不服です。自分のクリエイティビティで自身のアイデンティティを否定されるようなものですから。
そんな不満で心身の健康面が悪化したせいか、キャロルは重度のアルコール依存症に陥ったようで、車の飲酒検知システムや、酒の棚に開閉探知機があることからも察せるように、ヘレンも相当に手をこまねいていたことがわかります。キャロルとヘレンの関係性はかなり冷めていたのでしょう。
そのキャロルは集合意識体事件以降、当初は真っ当に「これは正しくない」と疑問を呈して行動しようとしていたのですが、ゾーシャという集合意識体のいち個体がキャロルに寄り添うことで、ひと恋しさとアイデンティティの肯定不足に飢えていたキャロルは心を掴まれてしまいます。
それでもキャロルはかつてヘレンと凍結した卵子が仇になって、このままでは集合意識に取り込まれると知り、抵抗を決意します。キャロルは虚無的な世界は嫌だと思っている、その信念はあるわけです。
「世界を救う」とあえて虚勢を張ってみせるあの態度。それは原子爆弾と同じくヤケクソなのか、展望があるのか、目が離せません。8.613.0kHzの周波数の手がかりを掴んだマヌッソスと、知識を共有して何ができるのかな? 「数十億の知識共有 vs 2人の知識共有」という戦いもアツいですね。
私はキャロルを作家という設定にしているのが本作の良さだなと感じます。作中でキャロル本人も求めていましたけど、こういう事態のときに真っ先に頼りになるのは科学者や医者です。でも専門知識も何もない作家が素人なりの試行錯誤で状況を突破しようともがくから面白いんですよね(ちょっと『ブレイキング・バッド』っぽい味わい)。
作中でキャロルが“アーシュラ・K・ル=グウィン”のSF小説『闇の左手』(クィア小説の古典)を読んでいるシーンがチラっとあるのですけど、キャロルの中にある集合意識への抵抗の信念は文学的知見から来ている感じがあり、作家の誇りは捨てたもんじゃないことが暗示されて頼もしいです。
ゾーシャもまるで自我が芽生えたかのような口ぶりをしているけど、あの集合意識体は相当にしたたかに本能を達成しようとするので、油断できませんね。
この世界の先行きに今後も私の意識が持っていかれそうです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
以上、『プルリブス』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)Apple
Pluribus (2025) [Japanese Review] 『プルリブス』考察・評価レビュー
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