ユーフォリア
ドラマシリーズ『ユーフォリア』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Euphoria
製作国:アメリカ(2019年)
シーズン1:2019年にスターチャンネルで放映・配信
製作総指揮:ドレイク、フューチャー・ザ・プリンス ほか

ユーフォリア

あらすじ

ドラッグやセックス、バイオレンスなどに溺れるティーンエイジャーがソーシャルメディア社会で生きる難しさや葛藤、その中で幸せやアイデンティティを掴もうともがく。そこには学校のテストのようなわかりやすい解答はない。人生に立ちはだかる障害は個人で全く異なる。その人生は思わぬところで交差していく。リアルでもネットでもどこで鉢合わせるかはわからない。

『ユーフォリア』感想(ネタバレなし)

青春は暗く、重く、苦しい

私はすっかり10代の若者たちとは世代が離れているので、感覚を全然共有できていません。もちろん自分も昔は10代だったので気持ちがわかる…と言いたいところですが、昔は昔の10代であり、今は今の10代です。同一とみなすのは無理があるというものです。

でも現在のティーンエイジャーが何に喜びを感じ、何に苦悩し、何に怒っているのか…そういうことには興味があります。というか、それらに関心を持つのは大人の使命なんだと思っています。ティーンも学校で学んでいますが、大人たちもティーンを学ばないといけないのです。

今のティーン、具体的には2000年代に生まれてスマホが身近にある世代…は「ジェネレーションZ」だとか「ハッシュタグ・ジェネレーション」だとか呼ばれています。「911」の後に生まれた世代と考えるとまた別の感慨深さがあります。

そんな現代のティーンたちを観察していると既存の大人社会に対してシニカルであると同時にハッキリと反対の声を上げることもためらわず、団結する傾向が顕著な気がします。1960年代のカウンターカルチャーに匹敵するというのは言い過ぎかもしれませんが、2010年代は新世代カウンターカルチャーが産声をあげた時期なのかもしれません。ティーンのアーティストや活動家の姿はその証明であり、彼ら彼女らのアイコンです。

当然、地域や人種、経済事情などによって同年齢のティーンでもライフスタイルや価値観は全然違います。例えば、これらのティーン・アクティビズムは日本には該当しない部分もあります(やっぱり英語が使えないのはインターネットの世界でも日本人ティーンの孤立化を招いているのかな)。

そういうティーンの多面的なカタチを探るうえで、大人の私が参考になるのはティーンを描く作品です。映画でもドラマシリーズでもイマドキな作品は幸いなことに豊富に揃っているので困りません。完全に現実を映す鏡だとは言い切れませんが、理解にはじゅうぶん役立ちます。

今回の紹介するドラマシリーズ『ユーフォリア』もまたアメリカのティーン世代を鋭く切り取った作品として話題になっています。

本作はその特徴が非常に尖っているので説明はしやすいです。

ティーンの作品はみんな同じ? そんなわけはありません。最近の青春学園モノのドラマシリーズといえば、自殺騒動で社会問題にもなった『13の理由』や、性の悩みをユニークに扱った『セックス・エデュケーション』など個性豊か。

『ユーフォリア』は“暗黒青春群像劇”と言ってもいいぐらいダークな作品性が強烈。ドラッグ・セックス・その他いろいろ…10代の若者に降りかかるあらゆる暗い部分が作品全体にずっしり圧し掛かっています。性描写もかなりキツく、性器がモザイクつきではありますが、ガンガン映像に映し出されます。日本では「R15+」相当のレーティングになっていますが、下手をすると「R18」になってもおかしくないギリギリのラインです。

そんな『ユーフォリア』で主演を飾るのはあのMCU『スパイダーマン』シリーズや『グレイテスト・ショーマン』など大作でも輝く人気若手女優“ゼンデイヤ”です。彼女はこれまでの出演作でもちょっとけだるげな空気感を漂わせ、ニューヒロイン像を提示していたと思いますが、この『ユーフォリア』は完全に別ステージへと限界突破する衝撃を見せています。たぶんピーター・スパイダーマンもドン引きして対処できないレベル…。


“ゼンデイヤ”の演技だけでもファンかどうか関係なく必見なのですが、他にも若手の名演・怪演が目白押しで凄い作品です。気迫に圧倒されっぱなし。

そして『ユーフォリア』は製作も特筆すべきポイント。「HBO」「A24」のタッグですよ。今さらこの二社については語りませんけど、最強と最強が手を取り合ったらそりゃあとんでもないものが生まれるわけだ。A24関連の映画で言うなら『ムーンライト』と『レディ・バード』を掛け合わせたような雰囲気が確かに『ユーフォリア』にはあります。


さらに世界的に有名なラッパーの“ドレイク”が製作総指揮を担い、『レインマン』などの名匠バリー・レヴィンソンを父に持つ“サム・レヴィンソン”が多くの話数の監督と脚本も務めるなど、異彩を放つクリエイター陣。結果、非常に凝った演出のドラマシリーズになっているのですが、それは見てのお楽しみ。

シーズン1は全8話で1話あたり約55~60分。その1話1話がヘビーなので精神的ダメージは相当ですが、観る価値はあると断言できます。

オススメ度のチェック
ひとり◎(俳優ファンは必見)
友人◯(ドラマ好き同士で)
恋人◯(かなり重い物語ですが)
キッズ✖(性描写が大量です)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ユーフォリア』感想(ネタバレあり)

ルーとジュールズのすれ違い

『ユーフォリア』は10代の若者の群像劇であり、主に「ルー・ベネット」「ジュールズ・ヴォーン」「ネイト・ジェイコブス」「マディ・ペレス」「キャシー・ハワード」「クリス・マッケイ」「キャット・ヘルナンデス」の7人が各話で過去を深掘りされつつ、ピックアップされます。

本作の主役であり、ストーリーテラーとして特殊な立ち位置にもなっているルー。彼女は重度の薬物依存症で部屋でぶっ倒れていたところを緊急搬送。そのままリハビリ施設で過ごし、新学期に学校に復帰した直後が物語の始まりです。もともと子どもの頃から強迫性障害か何かなのかは知りませんが不安定さを抱えており、結果的にクスリに依存する体質になってしまいました(なのでやたら薬に詳しい)。

根は真面目で他人想いな性格なのが言動の端々で伝わってきますし、学校で孤立しているわけでもない(ただ独自のマイペースさはある)。周囲の人間も支えになってくれます。母親レズリーや妹のジア、幼馴染のレクシー、そして売人のフェズコまでも。このフェズコはルーのことを妹のように大切にしてくれており、やっていることとやりたいことのミスマッチさもあって、印象的な存在です(アッシュトレイと合わせて良い脇役)。

それでもルーは薬物から逃げることができません。その苦しみはこのドラマシリーズにずっと染みついてきます。

一方、ジュールズはルーの通うイースト・ハイランド高校に転校してきたばかり。そして彼女は実はもとは男の子であり、性転換したトランスジェンダーなのでした。ただ、本作はLGBTQ差別に苦しむ子をありきたりに描くことはしません。ジュールズも特段の差別はなく、普通に女子に交じっています。

ジュールズに降りかかる闇は、自らの「女らしく」なりたいという欲求。彼女のその飽くなき願望は、誰でもいいので性体験を求め、SNSを通して見ず知らずの男に幻想を抱き…そして「女らしさ」の負の側面を全身で受けることに…。

そんなジュールズに対してルーは特別な感情を抱きます。なお、ルーのセクシャリティは極めて曖昧です。そもそも恋愛にあまり興味ないようで、性体験はあれど、常に性とは一歩距離を置いている感じさえします(ファッションに無関心でだいたいパーカーというのも顕著)。

そのルーがジュールズに好意を抱き、キスまでする(でもセクシャルな関係は求めない)。それはジュールズをクスリに代わる存在として依存し始めた証なのか、それとも純粋な愛なのか。

この二人の関係性はウーマンス的にも微笑ましいものにも見えますが、一方で根本的なところでは最初からすれ違っているように見えて、シーズン1最終話では決定的に別れること。このシーンはすごく『ムーンライト』っぽかったですね。

ルーを演じた“ゼンデイヤ”は何か賞をあげたいくらいの拍手喝采の名演でしたが、ジュールズを演じた“ハンター・シェイファー”も本当に素晴らしかったです。彼女自身もトランスであり、本作で役者デビューだそうで、この凄まじさ。今後も活躍していってほしいと切に願う存在感でした。

ユーフォリア

男らしさと女らしさの呪縛

『ユーフォリア』はルーとジュールズに見られた「根底からの“すれ違い”」が目立つほかに、ドキュメンタリー『フリーセックス 真の自由とは?』でも描かれた「男らしさ」と「女らしさ」の呪縛という、ティーンならば常に直面するテーマも直球で忖度なしに描かれています。それはルーとジュールズ以外の主要キャラでも露骨です。


ネイトはアメフト部のQBと主将を務めるアスリートであり、「ジョックス」の頂点にいる、典型的な「男らしさ」の象徴です。しかし、それは彼が望んで選んだ道ではありません。ネイトはどうやらゲイのセクシャリティを持つようですが、父親からの厳格な「男らしさ」の教育がそれを押しつぶしています。その父であるカルもまた誰にも言えないセクシャリティの秘密を抱えており、カルがネイトにあそこまで厳しくするのは、“理想の男”を成しえなかった自分への怒りと後悔を息子にぶつけているようです。シーズン1の最終話のネイトとカルの父子の上下構造は本当に痛々しい…。

その「男らしさ」に準じようと徹するネイトが恋人にするのは、これまた「女らしさ」の最上級なポジションにいるマディです。子どもの時からミスコンで喝采を浴び、やがてポルノの研究を独自にして男を喜ばせることに生きがいを見いだしたマディにとって、セックスは「女らしさ」を誇示するパフォーマンスに過ぎません。ネイトという最上級の「男らしさ」を勝ち取れば頂点です。しかし、ネイトの本心は前述したとおりなので、実際のところはマディはネイトの偽りの「男らしさ」を補強する材料に使われているだけ。けれども彼女はバカな女ではなくその自分の状況を理解しており、「別に男が好きでも構わない」と言い放ってでもネイトの愛を求めます。

キャシーはマディほど「女らしさ」を割り切って使いこなせていません。発育が良いせいか、気が付けば同年代からも大人からも“女”というモノとして見られることに慣れてしまったキャシー。ただ受け身で男たちに流されているだけでしたが、そんなときにマッケイに出会い、そして彼は彼女の中身を愛してくれました。

一方でマッケイはずっと父からスパルタトレーニングを受けてきており、この時点ではネイトに近いコースをたどっていましたが、大学という広い世界に出ると自分がそんなに凄くないことを痛感。その挫折から逃げるようにキャシーにすがりつきます。なのでこの二人もやっぱりすれ違っています。中絶という結末を迎えつつ…。

ちょっと特殊な立ち位置にいるのはキャットです。彼女はその体型からリアルな世界では階層外にいる感じです。しかし、実はフォロワー5万3000人のSNSで話題のポルノ小説家(実生活ではフォロワーは最低クラス)。そのキャットが勢いで処女卒業をしたときの動画が流出。それがネットで案外とウケたことに調子に乗った彼女は動画配信者として生きがいを見つけます。その行為がやがてキャットなりの「女らしさ」の発掘につながり、リアルで体型を気にしなくなり、男漁りに快楽を求めるのですが、そのままマディと同じ路線には進まず、キャットは自分を本当に大切にしてくれる男子と向き合い…。

ちなみにキャットを演じた“バービー・フェレイラ”は、「痩せた体型=キレイ」という従来の美の定義に縛られずにプラスサイズの体をありのままに愛そうというムーブメント(ボディ・ポジティブ)の活動家でもあります。

彼ら彼女らを「性の乱れ」なんて安易な言葉で片づけてほしくない。ジェンダーステレオタイプの恐ろしさを真正面で直撃しているティーンの地獄が伝わってきます。

幻覚の多幸感でもいいから欲しい

『ユーフォリア』は演出面もユニークなので、これがあるおかげでただひたすらに鈍重でシリアスな作品で終わることなく、妙な軽さを生み出しているのも印象に残りました。

とくに狂言回しとなるルーの演出ですね。彼女はクスリでハイになることもあるので、ちょっと突発的に「ん?」となる、展開に移行させやすいキャラなのですが、それを本作は効果的に活かしていました。

シーズン1の第3話の、ShyGuy118という謎男とのSNSにハマるジュールズが見せてきたペニス写真をきっかけに急に始まる「ペニス写真評価講座」とか。第5話のルーの性遍歴(Sexual History)の語りとか。あられもない話題でもテンポよくパンパンと進んでいくのが爽快。

極めつけはやはりシーズン1の最終話。ジュールズとの苦しい別れを経験し、ズタボロになったルーが再びクスリに手を出しかねない状況になり、そこからのあの集団パフォーマンス

忘れそうになりますけど本作のタイトル「euphoria」は「多幸感」という意味です。正直、幸せとは程遠いダークすぎる青春ドラマです。でもそこにフィクションでもいいから幸せを求めるティーンたちがいる。ラストのルーは間違いなく現実的には破滅に向かっているのでしょうが、でもなぜか幸福すらも感じるカタルシスがあのシーンにはあり、見事にタイトルにふさわしいエンディングでした。

思えばルーは最初の第1話で、母親の子宮にいるときが一番の幸せのピークだったと言っているのですよね。

あの青春の行く先を見つめるのが怖い…。どんどん転落していく未来しか見えない。それともこの青春すらも昔の思い出としてアルバムに保存されるだけの存在になってしまうのか。

私の青春はここまで暗黒じゃなかったので良かった…。

ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 82% Audience 83%
IMDb
8.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)A24, The Reasonable Bunch, Little Lamb