そして声が聴こえる…映画『カッコウ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:ドイツ・アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2026年に配信スルー
監督:ティルマン・シンガー
交通事故描写(車) 恋愛描写
かっこう

『カッコウ』物語 簡単紹介
『カッコウ』感想(ネタバレなし)
ハンター・シェイファー主演作!
2019年のドラマ『ユーフォリア』で鮮烈なデビューを飾った“ハンター・シェイファー”。トランスジェンダー女性として当事者キャスティングでの初陣だったこともあり、その印象が強いですが、その後のキャリアはそれにこだわらない実に幅広い挑戦をしてきました。
ミュージックビデオを監督したり、ビデオゲームにも出演予定だったりと、とても活躍の場を広げる中、看板的な代表作となる主演映画が2024年にありました。
あった…のですが、日本では全然公開されなくて、私も「早く観たい!」と思っていたのですが、2026年早々に「Amazonプライムビデオ」でしれっと配信されるという…。とりあえず観れるのは嬉しいけど、もっと日本でも大々的に目立つ主演作になってほしかった…。ただでさえ、日本では映画ファンの間でもあまり知名度はないのだから…。
まあ、それはもう置いておくとして、その“ハンター・シェイファー”の記念すべき主演映画の中身の話をしましょう。
それが本作『カッコウ』。英題も「Cuckoo」です。
本作は、“ハンター・シェイファー”演じる主人公のティーンエイジャーが、ぎこちなく亀裂の生じている家族の中で孤立しつつ、引っ越し先のドイツのアルプスの町で戦慄の恐怖に襲われるホラーです。具体的にどういう恐怖なのかは、観てのお楽しみ。
タイトルはその恐怖に深く関係してくるので、想像しながら鑑賞してみてください。まあ、でもカッコウのあの生態はもう有名だよね…。
『カッコウ』を監督するのは、“ティルマン・シンガー”というドイツ出身の人。あまりその認知度は低いと思いますが、2018年に『Luz』というホラー映画で長編映画監督デビューしており、ホラーのマニアの間ではその名はチェックされていました。
この『Luz』もなかなかに強烈な一作で、卒業制作の作品らしいのですが、すでに作家性が出来上がっていました。ネタバレできないのでここでは伏せておきますが、監督2作目となる『カッコウ』にも間違いなくそのセンスはあります。
『カッコウ』においてはあのインディペンデントの味方である「NEON」が制作&配給についてくれたおかげなのか、監督2作目としては随分体制が充実しました。“ティルマン・シンガー”監督もこの流れで、ホラー映画界隈の新鋭としてぐんぐん突き進むのか…。
“ティルマン・シンガー”監督の手がける映画がまだこの『カッコウ』合わせて2作しか観ていないのであれですけども、結構、人種的にも多様な背景を用意しており、そのうえクィアなキャラクターを入れ込んでいるんですよね。そこまでクィアネスがテーマになっているわけではないのですが、やっぱりホラーとクィアの組み合わせはそれだけでも意味があるってものです。
今作でも“ハンター・シェイファー”演じる主人公はクィアなキャラクターとなっています。
その“ハンター・シェイファー”と共演するのは、『スワイプ:マッチングの法則』の“ダン・スティーヴンス”、『ハウス・オブ・スポイルズ ~魔女の厨房~』の“マートン・ソーカス”(マートン・チョーカシュ)、『ロイヤルホテル』の“ジェシカ・ヘンウィック”、『Luz』の“ヤン・ブルートハルト”など。
気になる人は『カッコウ』を忘れずにウォッチリストに追加しておきましょう。
『カッコウ』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 交通事故のシーンがあります。 |
| キッズ | 暴力の描写があります。 |
『カッコウ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
大人の男女の口論が壁や天井を伝わって家全体に鳴り響く中、たまらず部屋を飛び出したひとりの金髪の少女はパジャマのまま、何かを耳にして痙攣するように震え、真夜中の暗闇へと駆けだし、消えていきます。それはある者に見られていました…。
ところかわって、ドイツのバイエルン地方に広がるババリアン・アルプスの自然豊かな森を通る道路。2台の車が走っています。前方を走る1台の車では、ベスとその娘のアルマ、そしてベスの夫のルイスが乗っていて、ファミリーらしい空気で楽しげです。
しかし、後方の引っ越し業者の車に乗り合わせている17歳のグレッチェンは苛立っていました。グレッチェンはルイスの娘ですが、ベスは義母です。アルマは義妹ということになります。グレッチェンはこの今の家族を嫌っていました。それこそ他人からみれば、かなり酷い発言もグレッチェンの口から飛び出すほどに。
このリゾート地に一家でアメリカから引っ越してきました。今回の引っ越しの引き金であるケーニヒは愛想よくルイスたちと接します。声を出せないアルマも含めて他愛もない会話をしていましたが、グレッチェンは付き合ってられないのでトイレの個室にこもります。
そのとき、誰かが隣の個室に入ってきましたが、やけに不気味です。グレッチェンは緊張しながらその気配を窺います。ベスが途中で呼んできたので結局それが誰なのかはわかりません。
ケーニヒはこの地でホテルをやっており、ルイスはそれを手伝うことで、新居を得たのでした。今さらながらケーニヒがどういう人物なのかはまだよくわかっていないのですが、ルイスは信用しています。
このホテル「リゾート・アルプシャテン」もそこまで繁盛しているような感じではありませんが、経営は成り立っているらしいです。宿泊客はぼちぼちと訪れます。
グレッチェンが荷物を運んでいると、ボノモという隣人と名乗る女性がやってきて、ケーニヒいわく医者で彼女の慢性疾患治療施設に資金提供しているそうです。この町はこうやってケーニヒの顔見知りが多いのでしょうか。
孤立するグレッチェンはひとり部屋で、亡き母の留守電に寂しさの言葉を残します。これくらいしかできません。彼女が信じているのはもうこの世にいない母のみ。
そんな中、退屈なグレッチェンはこの町で何か違和感を感じます。何かおかしいことが起きているのではないか…それともこれは自分の勘違いなのか…。

ここから『カッコウ』のネタバレありの感想本文です。
ジャッロの演出が刺さる
映画『カッコウ』はホラーのサブジャンルとしては、あえて言うなら、スーパーナチュラル・ホラーということになるのでしょうか。もしくはエコ・ホラーなのか。今回の真相を振り返ると、フォーク・ホラーのような要素もあると分析できるかもしれません。
今作の恐怖の根源…その正体は、人間に托卵をすることで種を残すヒューマノイド種族でした。
「托卵」というのは、他の種(もしくは別個体)が自分の子どもを他者に育てさせる行為のことで、自分では子育てしません。他者は基本的にそれが自分の子どもだと思い込んで育てることになります。
托卵をする生き物と言えば、日本にも分布している鳥のカッコウが有名であり、“ティルマン・シンガー”監督もこのカッコウの生態を知って、この映画の着想にしたようです。
ただ、托卵はカッコウのみならず、かなり多くの生き物で観察できる、わりと普遍的な繁殖行動のひとつなので、案外とそれほど奇異な行動ではないのですが…。
とにかく本作の托卵は、よりグロテスクな感じになっています。なにせ人間に得体の知れない存在が托卵をするのです。しかも、カップルでいる手頃な女性を見つけては、その女性を妊娠させ、いつの間にか自分の子どもを産み育てさせるというのは、ちょっと新手の性暴力みたいです。
この今作のカッコウ的な存在は、本当に作中でも詳細は不明で、名前もわからないのですが、とりあえずここではカッコウ・マザーとでも呼んでおきましょうか。カッコウ・マザーは、ベタに思いつきそうなのは、より醜悪なモンスターのようなデザインにすることですが、本作はそういうことはしていないんですね。予算がなかったからというか、“ティルマン・シンガー”監督はあまりその方向性には興味ないのでしょう。
本作のカッコウ・マザーは、わりと前半からもう登場してしまうのですけど、『シャレード』の“オードリー・ヘプバーン”みたいな服装で現れます。ヨーロッパのこの手のリゾート地にギリギリいそうで、でも佇まいは明らかに怖い…そんなバランスです。
そしてどこからともなく闇夜にまぎれて現れ、まるで通り魔のように接近し、刺すのではなく錯乱させてこちらを混乱させます。ここで「鳴き声」が怪奇現象の要となってきますが、“ティルマン・シンガー”監督は演出的にも観客を混乱させるかのごとく、ここでシーンの繰り返しが不自然に挿入されます。ここだけ切り取れば、サイコロジカルな現象が起きているように思えます。
“ティルマン・シンガー”監督は、ハリウッド的な定番ジャンルは避けつつも、ジャッロ映画的なトーンは好んでいるのだろうというセンスが髄所に見られます。これは監督の前作でもそうでした。
本作では、カッコウ・マザーが主人公のグレッチェンの自転車に乗って走り抜ける影にて、そこに混ざるようにフっと現れるシーンは怪奇的で「これだけでも撮れれば最高!」というこの映画の象徴的なシーンになっていました。
他にも、血の演出ですかね。初めての本格的な遭遇で逃げ惑うグレッチェンが病院に駆け込み、頭をガラスに打ちつけて出血するシーン。そしてカッコウ・マザーの突然の出現で車が事故を起こし、ひっくり返った車内のグレッチェンがまた出血し、瞳に血が流れて染まっていくシーン。どれも血の赤が強烈に浮き上がり、映画の恐怖を彩ります。
グレッチェンの持つバタフライナイフがこの映画の恐怖に死を与えますが、その鋭利な刃物が解き放たれる瞬間を待ちわびる緊張感もまたゾクゾクします。
クィアネスが恐怖に勝るロジック
映画『カッコウ』における恐怖の存在はカッコウ・マザーだけでなく、もうひとりいます。それは自称「preservationist(保護する人)」を名乗るあのケーニヒです。
この胡散臭さは冒頭から全開で、本作の中でもカッコウ・マザー以上に浮いています。キャラクターとしても露骨に大袈裟で、芝居じみており、“ダン・スティーヴンス”がノリノリでした。“ダン・スティーヴンス”はこういう役が好きですよね。
たぶんあのケーニヒはカッコウ種族を何かしら利用したい魂胆があったのか、それとも狂信的に崇めているのか、よくわかりませんが、映画自体はそんなケーニヒに付き合う気なしです。
そのケーニヒと対峙するのが、独自に調査しているヘンリーで、終盤はこの2人が西部劇みたいな睨み合いで銃を構え合うので、もはや別ジャンル。
そこに最終的に混ざっていくグレッチェンですが、喪失感とともに孤立して自暴自棄に意地を張るしかなくなっていくティーンエイジャーとしては等身大です。“ハンター・シェイファー”がこういう役を演じるのが上手いのは、『ユーフォリア』でもたっぷり観たのでわかりきっています。どこか周りを顧みない危なっかしさを漂わすのも、“ハンター・シェイファー”の得意分野。
今作ではそんなグレッチェンがエドという女性と親密に愛を深め、クィアネスがこの恐怖から脱出する希望になります。
序盤はトイレという、ホラーとクィアにとっては歴史的にも不本意な共同空間となっている場所での恐怖体験に始まり、そこから随分と振り切ったラストを迎えますが、「クィアを幸せにしたい」という想いが果たされる終わり方なので、これはこれで良かったです。
ただ、ここにアルマというカッコウの子が混じっていることで、絶妙な一抹の不安も加えているのも良いさじ加減で…。2人はこの異種的な存在に愛情を注いで育てることができるのか。グレッチェンは最終的にアルマの生存を選ぶためにあそこまで奮闘したのですから、今さら捨てるとは思えないですが。
ここで面白いのは、あのカッコウ種族は、その生態の性質上、もっぱら異性愛カップルをターゲットにしている点ですよね。女性を妊娠したと錯覚させる必要があるので、男性のパートナーがいる女性でないといけません。女性同士のカップルだと托卵は明らかに不自然で成立しませんから。
つまり、カッコウ種族に打ち勝てるのは女性同士のカップルであるとロジックとしても納得がいくわけで、クィア・エコロジーの戦略がまさにある種との生存競争を出し抜きます(そしてこれは現実の自然界でも観察できる話でもあるわけで)。本作はクィアネスが恐怖に勝る物語としてもさりげなく痛快で、そこが一番楽しかったです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
関連作品紹介
ハンター・シェイファー出演の作品の感想記事です。
・『ハンガー・ゲーム0』
以上、『カッコウ』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)Neon
Cuckoo (2024) [Japanese Review] 『カッコウ』考察・評価レビュー
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