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映画『SEBASTIAN セバスチャン』感想(ネタバレ)…自信のあるクィアなのか

SEBASTIAN セバスチャン

それとも作家としての自信か…映画『SEBASTIAN セバスチャン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Sebastian
製作国:イギリス・フィンランド・ベルギー(2024年)
日本公開日:2026年1月9日
監督:ミッコ・マケラ
性描写
SEBASTIAN セバスチャン

せばすちゃん
『SEBASTIAN セバスチャン』のポスター。主人公の顔を斜め横から映したデザイン

『SEBASTIAN セバスチャン』物語 簡単紹介

イギリスのロンドンに暮らす作家志望の青年マックスは、雑誌社で働くものの、デビュー作となる長編小説を裏で頑張って執筆していた。その小説はセックスワーカーの男性を描くものであったが、リアリティに自信が持てない。そこでセバスチャンという仮の名前で男性相手のセックスワークを自分で手探りに始め、小説に活かしていくことにする。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『SEBASTIAN セバスチャン』の感想です。

『SEBASTIAN セバスチャン』感想(ネタバレなし)

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ミッコ・マケラ監督をお見知りおきください

フィンランド南東部の南カルヤラ県にあるラッペーンランタで生まれた“ミッコ・マケラ”は、フィンランドという国の保守的な部分を否が応でも味わってきたのでしょうか。日本ではフィンランドはいまだに「進歩的な国」「人権の先進国」みたいな雑な印象を持たれがちですが、決してそうではありません。2026年1月時点でも、右派保守政権が極右政党との連立で成り立っており、ハッキリ言えば、極めて反“多様性”的な空気が蔓延しています(それこそ日本でも以前に話題になったアジア蔑視の“つり目”騒動の件で浮き彫りになったように)。

性的マイノリティ当事者の“ミッコ・マケラ”は監督として初めての長編映画『葺の中のひととき』(2017年)で、そんなフィンランドの保守的な社会で愛を深める男2人を描き出しました。片や自分を肯定してくれない親のもとで育った男、片や難民として居場所を求めてやってきた男。フィンランドでは同性愛を主題にした映画はとても少ないそうですが、この映画では主役にゲイ当事者の俳優を起用するなど、当時のフィンランド映画界では挑戦的とも言える試みでした。

その“ミッコ・マケラ”の長編映画2作目が今回紹介する作品です。

それが本作『SEBASTIAN セバスチャン』

今回の舞台はフィンランドではなくイギリスのロンドンです。“ミッコ・マケラ”監督は、18歳でイギリスに移住し、すっかりこの地に居ついているので、今作ではこのロンドンのクィアの一片を描き出そうと考えたようです。

主題としてはセックスワーカーを描いているのですが、作家志望の若い男が自身の小説のリサーチのためにセックスワーカーとして客の男たちと体を重ねていく…という展開になります。別にセックスワーカーになるのに資格とかは要りませんし、今はオンライン産業化したことで、セックスワーカーになることの敷居は大きく下がりました。そんな現代におけるセックスワーカーの実像が印象的に映し出されます。

特徴としては、“ミッコ・マケラ”監督自身がセックスワーカーのスティグマに自覚的であり、本作はセックスワーカーを偏見抜きでとてもポジティブに描いていることがひとつ。

そして先ほども説明したように「小説のリサーチのため」という名目で、セックスワーカーの世界に足を踏み入れる主人公をとおして、クィアと表象の相互作用というものを提示するような、ちょっとメタな構図がみえてくるところも面白いと思います。

『SEBASTIAN セバスチャン』で主演するのは、ドラマ『Sexy Beast』『リドリー~退任警部補の事件簿』などで活躍する“ルーアリ・モルカ”。“ルーアリ・モルカ”自身もオープンリーなクィア当事者ですが、今作の堂々たる主演作の獲得で、キャリアも勢いづくのかな。

共演は、ドラマ『Ten Percent』“ヒフトゥ・カセム”『ブルータリスト』“ジョナサン・ハイド”『The Partisan』“イングバル・シーグルズソン”『シング・ア・ソング! 笑顔を咲かす歌声』“ララ・ロッシ”など。

日本でも今作『SEBASTIAN セバスチャン』で“ミッコ・マケラ”監督作に触れやすい機会が訪れたので、ぜひどうぞ。

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『SEBASTIAN セバスチャン』を観る前のQ&A

✔『SEBASTIAN セバスチャン』の見どころ
★ポジティブに映し出されるセックスワークの姿。
★クィアネスの当事者性と表象の相互作用。
✔『SEBASTIAN セバスチャン』の欠点
☆劇的な展開などはないので、トーンは地味。

鑑賞の案内チェック

基本
キッズ 1.0
露骨な性行為の描写が多いです。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『SEBASTIAN セバスチャン』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

「私の名前はセバスチャン、24歳、エディンバラ出身です」と、やや緊張した声で自己紹介し、ワイングラスを飲み干すひとりの若い男。トイレに入り、自分の股間を触り、刺激を与えて次の展開にむけて準備をします。いかにも慣れているようにしなくてはいけません。顧客の男はもう待っているのです。今から性の相手をするのですから…。

「セバスチャン」という名で客のもとに来たこの男、実は本当の名前はマックスといい、ロンドンで作家を志望していました。今こうして男と激しく交わっているのは、自身の執筆する小説のリサーチのためにセックスワーカーをやってみているからです。

当然、相手は何も知らないので、この場ではしっかり相手を満足させる必要があります。どうやら上手くいったのか、相手の期待に応えることができました。

ひと仕事終わり、本日の稼ぎの紙幣を手に、家に帰ります。

そしてデビュー作となる長編小説を今日の経験を踏まえてより現実味のあるものにする執筆にとりかかります。忘れないうちに、あのついさっきの体験を文字にのせて…。

別の日、雑誌社との会議を終えます。マックスは普段はこの雑誌でちょっとした仕事をしていました。もちろん一番にやりたいことは作家デビューです。そのチャンスのための繋ぎでした。

ブレット・イーストン・エリスが21歳で作家としてデビューした前例もありますし、自分もいくらでもその機会があるはず。マックス自身は20代半ばですが、短編小説を数本出版しただけで、いまだに雑誌でフリーランスとして働いていて、その夢への一歩に踏み出せていません。

マックスの親友であり同僚のアムナは建設的なアドバイスをくれますが、マックス自身は自信がありません。

だからこそ確かめるようにあのセックスワークに密かに身を投じます。ジムで体を鍛え、その上半身半裸の写真をゲイ出会い系サイトにアップ。すぐさま反応があり、簡単に次の相手に出会えます。

客はいろいろな男です。年齢も体型もバラバラ。この日の客は白髪の口髭の初老の男で、自分とはまるで人生が違いそうです。それでも同じベッドで体を繋げ、その後に横になって素直に語り合うことができます。孤独に悩み、愛情に飢え、人肌を恋しく想っている…か弱い男。客とサービス提供者の枠を超えて、絆が生まれるような感覚になります。

そうした二重生活をずっと続けていきますが…。

この『SEBASTIAN セバスチャン』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2026/01/10に更新されています。

ここから『SEBASTIAN セバスチャン』のネタバレありの感想本文です。

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セックスワークの世界に踏み込む

セックスワーカーを明白に主題とする『SEBASTIAN セバスチャン』は、その行為をしっかり「職業」として位置づけ、スティグマを強化せずにポジティブに描き出しているのが、作品自体の根幹を支えていました。

そもそも「セックスワーカーは貧困などやむにやまれずにこの行為に手を染めてしまうもの」というバッドエンド・ルート的な描き方ではもちろんありませんし、本作の主人公であるマックスがセバスチャンという名でセックスワークの世界に足を踏み入れたことで、人生が決定的に破滅するわけでも、最終的に何かを犠牲にするわけでもありません

顧客との関係も基本的に健全で、セックスワーカーと関係を求める人間を何かしらの悪意と有害さに満ち溢れた搾取者のようには描いていません

主人公のマックスも、この仕事を舐めるようなことはせず、常にプロフェッショナルな意識を感じさせます。

ただでさえ、マックスは小説のリサーチのためにこのセックスワークを始めるわけですからね。ベタな描き方だと、主人公が未知のアンダーグラウンドに飲み込まれ、その世界をことさらエキセントリックに描く…みたいなアプローチで強調しがち。でも本作はそうなりません。

そのうえ、本作は男同士のゲイ関係のセックスワーカーに焦点をあてています。ときには自分よりもはるかに年齢が上の相手にサービスをすることもありますが、日本映画でも『老ナルキソス』が映し出していたように、本作もセックスワークにおけるそういう年齢差を安易に「不適切なもの」とはみなしません。

むしろ男性同士の世代を超えたケアのかたちがそこにある…そんなリラックスしたひとときが感じられます。

近年だとセックスワーカー映画として大注目を浴びた『ANORA アノーラ』がありましたが、この『SEBASTIAN セバスチャン』はあちらの映画ほどダイナミックで起承転結に溢れるドラマ性はありません。

そのため、ちょっと退屈に感じる人もいたと思うのですが、本作のそれはたぶん意図的な退屈さなのだろうとは思います。「セックス=刺激的なもの」という図式に単純におさまらない、ときには退屈さも享受し合えるフラットな関係性。かといって相手の心に踏み込みすぎない一線を守っていたりもする。何とも言えない空気があります。

本作『SEBASTIAN セバスチャン』はその業種の世界を描くうえで、とにかくブレずに徹底していました。

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当事者性とは何なのか?

とまあ、それだけだと「良いセックスワーカーの表象だったね」で終わるのですが、本作『SEBASTIAN セバスチャン』が面白いなと思うのは、クィアの表象における当事者性の意義についてメタ的に探究している点です。

よく「性的マイノリティな役は性的マイノリティの当事者に演じてもらったほうがいい」とか、「クィアな作品はクィアなクリエイターが作るほうが本物らしさがある」とか、そんな言説もあります。私はその考えを全肯定はしませんが(これはクリエイティブ論で収まる論題ではなく、業界の雇用の不平等や内部のパワーバランスなどが複雑に絡み合うものだからです)、その言説は常に最優先で一考する価値はあるでしょう。

本作の主人公のマックスも、その当事者性を意識しているからこそ、自分でセックスワーカーをやってみせています。別にセックスワーカー当事者でなくとも、セックスワーカーを題材にした作品を手がけてもいいと思いますが(大半の作り手はそうでしょう)、マックスはそれでは承服できないようです。同僚のアドバイスにも関心が薄れるくらいですから、マックスの執着はちょっと詰めすぎですね。

このマックスはどうも現実の表の社会では自信なさげで、周りの同世代の人たちと並んでも存在感が薄いです。自身の創作力にも引け目を感じているようなところがあります。

だからこそ当事者性が何か自分の創作物に大きな価値を与えてくれると期待している…そんな心の内も見えます。この気持ちもなんかわかる気がします。

さらに、マックスはセクシュアリティについても曖昧です。これは人付き合いが苦手だからなのかもしれませんし、親の言及が少しあるように家庭環境のせいなのかもしれません。

そんなマックスがセックスワーカーとして経験を重ねることで、クリエイターとしてもセクシュアリティとしても二重に自信をつけていくことになります。この重複がほとんど区別つかないために、本作のマックスの心理は非常に交錯していて、外からは読み取れません。

もう本人もよくわかっていないので、上手く説明できていませんでしたね。『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』など先行作品に言及されても困るし、はたまた作中で映画館で観ていたような“モーリス・ピアラ”監督の『愛の記念に』などの名作との比較をされても…。

私も本作は“フランソワ・オゾン”監督の『17歳』のゲイ版みたいな、若者がこの経験で自己の存在を確定させていく物語だと思ったら、実際は想像以上にややこしいものでした。

結局のところ「当事者性」とは何なのだろうかという話。人は何をすれば当事者だと実感し、それが己の中で糧になるのか。当事者性はアイデンティティ(帰属意識)で決まるとは言え、単に帰属していれば自ずと納得がいくわけでもない。やはり本作のようにキャリアなどの他者の承認が支えになることもある…。

本作では最終的にマックスは自身の作品を世に送り出し、成功をおさめます。その出版イベントの彼の姿は映画の中で最も自信に満ち溢れたものです。「なんでも聞いて」の言葉はそう容易く口にできるものではないですから。

私の個人的なことになりますけども、私はあらゆる点において「当事者」として自信を見いだしたことは実は1度もなくて、「私は当事者で…」と語る際も「本当にそう言い切っていいのか」と心臓がバクバクしていることが多いんですよね。

『SEBASTIAN セバスチャン』を観ていて、つい自分と重ね合わせる瞬間もありました。そうしたくなるくらいにはこの映画は当事者心理の葛藤を上手く捉えていたのではないでしょうか。

『SEBASTIAN セバスチャン』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)

以上、『SEBASTIAN セバスチャン』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)Sebastian Film and The British Film Institute 2024 / ReallyLikeFilms

Sebastian (2024) [Japanese Review] 『SEBASTIAN セバスチャン』考察・評価レビュー
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