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『華氏119』感想(ネタバレ)…マイケル・ムーアによるアメリカの余命宣告

華氏119

マイケル・ムーアによるアメリカの余命宣告…映画『華氏119』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Fahrenheit 11/9
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2018年11月2日
監督:マイケル・ムーア

華氏119

かしいちいちきゅう
華氏119

『華氏119』あらすじ

2016年11月7日、投票日前夜、アメリカの人々は初の女性大統領の誕生を確信していた。だが、11月9日、勝利を手にしたのは、ヒラリー・クリントンではなく、ドナルド・トランプだった。なぜこんなことになったのか。マイケル・ムーアは語りだす。

『華氏119』感想(ネタバレなし)

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トランプ批判の映画ではない?

ドナルド・トランプがアメリカ合衆国第45代大統領に就任した2017年1月20日からもう少しで早くも2年が経とうとしています。不動産王であった彼が大国の政治のトップに登りつめる決め手となった2016年の大統領選挙は、正直、秀逸な脚本で構成されたどんな映画よりもドラマチックで意外性のある結末を見せてくれたと思います。開票結果をリアルタイムで見ていて、選挙でこんなにも注目したのは初めてかも。私、日本人なのに…。まあ、当事者ではないので、ある意味、客観的に見物人のように見れたというのもありますが…。

出馬元である共和党からも「何をしでかすかわからないコントロール不可能な人」扱いで完全な支持を得ていたわけでもなく、ましてや民主党支持者層からは「あんな人が大統領になるわけない」と舐められていた選挙中の状態。そこからのトランプの勝利は、いろいろな人があれこれ意見や分析を口にしていますが、私としては“アメリカらしいな”と思っています。良くも悪くもアメリカですよね、この規格外な感じが。

ところで、大方の事前の予想に流されず、そんなトランプが大統領になると予言していた人がいました。その人とはドキュメンタリー監督として有名な“マイケル・ムーア”です。

とはいっても、トランプが大統領になると絶対に断言していたわけではなく、そのリスクを誰よりも警鐘していた人でした。なぜそんなことができたのかと言えば、“マイケル・ムーア”の経歴を見ればわかります。彼はミシガン州フリント出身で、この地域はゼネラルモーターズの生産拠点であることからも明白なように、いわば典型的なアメリカの底辺労働者層が暮らす街。アメリカ人の不平不満を身近で感じながら生きてきました。そして、20代の頃からそうした底辺の人々の視点にたったドキュメンタリーを制作。その立場はずっと一貫して変わりません。

今だと「“マイケル・ムーア”=反トランプ」というイメージを持たれがちですが、彼はトランプは支持していないのは事実ですが、それよりも「底辺労働者層を苦しめる人間」であれば誰でも支持はせず、激しい口撃を向けるといった方が正しいです。常に弱者の味方であろうとするんですね。

なのでトランプを支持する「変化する社会から転げ落ち苦汁をなめる保守的白人層」の気持ちも理解しており、支配者層に平然とたてつくトランプの能力も評価しています。だからこそ大統領選のトランプの勢いに警戒していたわけで。

そこで“マイケル・ムーア”監督は大統領選間近の2016年10月に突然『Michael Moore in TrumpLand』という作品を公開。その内容は簡単に言ってしまうと「このままだとトランプが勝つよ。ヤバいよ、民主党支持者さん。余裕ぶっこいてる場合じゃないよ」というもので、非常に焦りと切実さを感じるものでした。結局、その訴えも効果を上げず、虚しい結末が待っていたのですけど。

そして、本作『華氏119』です。トランプ時代となったアメリカで“マイケル・ムーア”監督が何を題材にするのか、その疑問の答えはずばり「ドナルド・トランプ」そのものでした。

いや、この言い方だと語弊があります。実は今作はトランプをコテンパンにこきおろすドキュメンタリーではありません。そういうのを期待しているとガッカリすると思います。一部の映画情報サイトでは、まるでそうであるかのように煽るような紹介がされているところもありますが…。

本作の題名は、2004年に監督した、ジョージ・W・ブッシュとその政権を批判するためのドキュメンタリー『華氏911』のタイトルを意識したパロディにもなっていますが、その中身は全然違います。決してトランプ版『華氏911』ではないのです。トランプではなく「今のアメリカ」を批判する作品と表現すべきかもしれません。

ある意味、“マイケル・ムーア”監督の集大成的な、現在のアメリカを総まとめした一作といえるでしょう。過去の“マイケル・ムーア”監督作を観てきた人は観るべき一作ですし、まだという人は過去作から流れで鑑賞すると、より監督の想いが伝わるのではないでしょうか。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『華氏119』感想(ネタバレあり)

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デジャヴです

「これはただの夢だったのか?」…そんな言葉で始まる本作。歓声に沸く華やかな民主党陣営。大統領選の勝利を確信している候補者と支持者たち。メディアも優勢を伝えている。あんな相手に負けるはずはない。
あれっ、既視感…。どこかでこれと同じ状況を見たような…。でも画面に映っている大衆はそんなデジャヴを感じていないようです。自分たちのムードに酔いしれています。

そしてニュース画面に速報で出た文字は「DONALD TRUMP WINS」。一転して会場がお通夜ムードになる民主党陣営。この世の終わりのように泣き崩れる人々。

もうハッキリ言って4コマ漫画のギャグみたいな綺麗なオチです。『博士の異常な愛情』を作ったスタンリー・キューブリックでさえ、こんな絵に描いたような社会風刺コメディ映画みたいな展開が現実で起こるとは思わないでしょう。この大統領選の逆転劇映像は、トランプ支持者にしてみれば大爆笑できる最高のネタですし、民主党支持者にしてみればトラウマレベルでしょうね。

“マイケル・ムーア”監督は「一体なぜこんなことになった?」と問いかけます。いや、作中では言ってませんが、実際はこう言いたかったのだと思います。「私の『華氏911』をお前らは観なかったのか」と。カンヌでパルム・ドールも受賞したのに、これを観たアメリカ人は何も感じなかったのかと。本作『華氏119』のオープニングは『華氏911』のトレースで始まりますが、これは言わば「だから言ったのに」という説教です。

そう、本作は懲りずに同じ過ちを繰り返す「アメリカ」という国への強烈な皮肉が込められています。これまでの“マイケル・ムーア”監督作は何かのトピックを柱にして、特定の組織や人物を批判をすることはしていましたが、それでも最終的には「改善できるよ、アメリカが一致団結すれば」という希望が含まれていました。2015年の『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』なんて、まさにそういう作品でした。

しかし、本作に至っては堪忍袋の緒が切れたのか、もはや怒りと絶望しかないようなトーンで語られていきます。いつもの軽快なトークはあるにはありますが、裏ではフツフツと静かに怒っている…そんな感じでしょうか。

“マイケル・ムーア”監督はインタビューでこう語っています。

「観客が誤って希望を持ってしまうような作品にしたくはなかったんだ。なぜなら、僕自身は(現状に)全く希望が持てていないからね…」

本作は“マイケル・ムーア”監督がアメリカに突きつける、おフザケなし最終通告なのです。

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マイケル・ムーアは本気で怒っている

そんなマジ切れモードを感じさせる本作なので、いつもと展開が違います。なにより『華氏911』の序盤とそっくりで始まったのに、その後が全然違う方向へ進みます。『華氏911』のときはジョージ・W・ブッシュ政権の醜態を暴露していく痛快な語りが全開でした。しかし、本作は繰り返しになりますが、ドナルド・トランプをこきおろすようなことを主軸にしません。

ネタの宝庫であり、数々の内部告発、そして暴露本も出版されている現大統領ですから、同じことをしても意味がないというのもあるでしょう。ただ、“マイケル・ムーア”監督が作中でも言うように、そうやってメディアが一連のドナルド・トランプ現象を弄ぶ行為こそ、この大失態の元凶なのだという強い主張が、本作の構成に影響しているのは言うまでもないです。

そこで“マイケル・ムーア”監督が切り口として持ってきたのが、地元ミシガン州の知事になった「リック・スナイダー」、そして地元フリントで起こった「汚染水問題」でした。

その酷いありさまは作中で散々語られているのでここでは割愛しますが、この論点の挿入をどう捉えるかで本作の感想は変わってきます。こんなのトランプと関係ないよと思う人は、“マイケル・ムーア”監督の訴えが届かなかったということです。そしてあの浮かれ騒ぎからの転落劇に振り回された人たちと同類ということにもなります。

これも監督が作中で明言していますが、2010年に共和党から知事になった“大富豪で行政経験のない企業出身の”スナイダーという人間はまさにトランプの躍進と同じ。言い換えれば、トランプという人間は別にフッと突如現れた侵略者ではなく、同様の事態は各地で前々から起こっているんだということ。そして、それに気づく“目”を持ちなさいということ。私たちに「社会の問題に関心を持つこと」の重要性をジャーナリストとしてもう一度、地元フリントを素材に伝えています。

最近、日本ではある事件が口火となり「ジャーナリストは自己責任」という考えを公然と言い放つ人が存在することが浮き彫りになりましたが、それこそ“マイケル・ムーア”監督が危惧する「無関心」という愚かさそのもの。自己責任なのはジャーナリストではなく私たち一般市民です。ジャーナリズムというのはそんな無関心な私たちに「関心を持たないといずれ酷い目に遭うのはあなたですよ」ということを訴えるためにあります。

本作の冒頭を振り返ってみてください。大統領選の結果が出る前、浮かれ騒いでいる民主党支持者たちは、悪政によって引き起こされたフリント汚染水問題に関心を持っていたと思いますか? これぞ自業自得じゃないですか。

“マイケル・ムーア”監督はこれまで「ジャーナリスト」「エンターテイナー」「インタープリター」といろいろな側面を示してきましたが、本作は最もジャーナリストの要素が濃い一作になったのではないでしょうか。

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希望なきアメリカはあと少しで死ぬ

『華氏119』はトランプではなく「今のアメリカ」全体を批判します。

それこそ、リベラル支配層を代表する民主党候補だったヒラリー・クリントンと支持者たち。汚染水による健康被害に苦しむ黒人コミュニティにとって救世主となるはずだったのにパフォーマンスに徹したバラク・オバマ。右も左も、人種も関係ありません。

英語の公式サイトに書かれている本作のキャッチコピーが一番ぴったりです。「TYRANT. LIAR. RACIST. A HOLE IN ONE.」…どいつもこいつもたどり着くのは同じひとつの穴。一瞬、希望らしき人たちも映し出します。民主党の支配者層に反旗を翻すために、民主党を乗っ取る勢いで出馬し始める無名な庶民たち。止まない銃乱射事件に怒り、大人では何も進まない銃規制のために行動にでたティーンの子どもたち。輝いている彼ら彼女らの姿は前向きにさせてくれます。

でも、本作はそんな未来を作ろうとする者たちの姿で夢を見させてくれないわけで。結局、それさえも過去に繰り返されてきたことであり、失敗に終わっている歴史があるのも事実。

このままいけば過去のナチスのようなファシズム的な国家にアメリカが変貌しかねない状態だという警鐘は、今までのように可愛らしい風刺コメディで描写するまでもなくて…。ヒトラーに重ねるトランプの声はとても自然でした。

「アメリカは民主主義の国じゃない」と、アメリカの根幹を否定した本作。おそらく本作を観たアメリカ人はどんな政治的立場にせよ全員居心地が悪いことでしょう。

この『華氏119』が歴史的に傑作だったと評価される未来は来てほしくないものです。それは“マイケル・ムーア”監督の予言どおりに進んだアメリカが存在する未来の世界ですから。できれば、『華氏119』は駄作だったねと言えるような未来が来るといいのですが…。

『華氏119』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 80% Audience 57%
IMDb
5.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

(C)2018 Midwestern Films LLC 2018

以上、『華氏119』の感想でした。

Fahrenheit 11/9 (2018) [Japanese Review] 『華氏119』考察・評価レビュー