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『日本の秘められた恥 Japan’s Secret Shame』感想(ネタバレ)…本当の恥は何なのか

日本の秘められた恥

被害者を踏みにじる国は誇れますか?…ドキュメンタリー『日本の秘められた恥』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Japan’s Secret Shame
製作国:イギリス(2018年)
日本公開日:2019年にネットで配信
監督:Erica Jenkin
性暴力描写

日本の秘められた恥

にほんのひめられたはじ
日本の秘められた恥

『日本の秘められた恥』あらすじ

自身の受けた性暴力被害を世間に告発した女性がいた。しかし、そこは性被害を受ける女性にはあまりにも厳しい社会だった。容赦のない誹謗中傷、セカンドレイプを行う警察、被害者に不利でしかない法律、被害者を平然と非難する政治家。それでもその女性は自らの顔をさらけだして、世の中の理不尽に挑む。その社会の名前は「日本」。

『日本の秘められた恥』感想(ネタバレなし)

これは日本で実際に起きている話

『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)という映画がありました。アカデミー賞作品賞を受賞した一作ですが、この映画はカトリック司祭による性的虐待事件に迫るジャーナリストたちを描いた実話モノです。神父が子どもに性的虐待をしていることを追求していく記者たちに対して、社会全体に権力を持つカトリック教会の力はあまりにも強大で…。自分たちが立ち向かう相手の不気味なまでの強さに恐れおののきながら、それでも懸命に挑む記者たちの姿が印象的でした。

この作品では相手となるのはもちろん「加害者」です。しかし、その加害者が影響力の強い権力の庇護にあるため、結果的に相手は「社会全体」になっています。性犯罪というのは表向きは“個人間の問題”に見えますが、実際は“個人と社会の対立”なのだということがよくわかります。

この『スポットライト 世紀のスクープ』と類似した状況が、今まさにある場所で起こっています。その場所はどこか。「日本」です。

その「日本」という社会で起きている性犯罪について迫ったドキュメンタリーが本作『日本の秘められた恥(英題:Japan’s Secret Shame)』

本作は、2017年5月に準強姦被害を公表したジャーナリストの伊藤詩織さんを取材したものです。事件については日本でも散々報道されましたし、本作でもしっかり経緯が説明されるので割愛します。ただ、重要なのは相手。この事件にて性暴力を行ったとされたのは著名なジャーナリストの男性。ジャーナリスト業界内部で起こった性犯罪というのも特筆されることですし、性犯罪はどこにでもあることが窺える一件でもあります。

しかも、本作ではこの性犯罪事件から、日本という社会全体が性犯罪被害者の居場所を奪い、加害者を擁護し、性犯罪を助長していることを浮き彫りにしていきます。そこには日本人が見てみぬふりをしてきた実態があって…。

まさにこれは日本版『スポットライト 世紀のスクープ』と言ってもいい内容です。私たちは他人事ではない、当事者なのです。ライトに照らされる側の。

ひとつ重要なことを言えば、本作は「BBC(英国放送協会)」の作品だということ。イギリスで2018年6月に1時間番組として放映されたのですが、日本国内ではしばらく正規に視聴する手段はなく、やっと2019年になってニコニコ動画等で一部ネット配信されました。日本でこのような作品が作られるどころかすぐに配信もされないという事実がすでに“性犯罪をタブー視する”日本の傾向を物語っています。

案の定というか、御多分に漏れず、本作に対して「反日」だというお約束の批判がやっぱり湧いてきています。一応、言っておきますが、BBCは反日どころかとても親日なところです。これまでもどの海外企業よりも率先して日本の文化や自然を伝える映像作品をたくさん製作&放映してきています。昔、私が観た「北海道の野生動物とアイヌ」をテーマにしたネイチャードキュメンタリーなんて、日本人以上に日本愛に溢れていましたよ。

逆にそんなBBCがこのような作品を作ってくれるのは相手国を想うゆえとは考えられないのでしょうかね。どうして一部の人は「自分を批判してくる人=敵」だと決めつけるのか。むしろ遠慮なく自分の悪いところをハッキリ“ダメだし”してくれる他人は「良き友人」の条件を満たすと思うのですが。

ともあれ、本作は残酷なまでに日本の“闇”を露出させてきます。でもそこから詭弁で逃げるだけでは日本はますます崩壊していくだけです。本当に愛国心なるものが存在するのなら、日本を改善する糸口になる本作を大事にしないという選択肢はないはずです。

この記事を書いている最中にも、大手企業の社員だった男がOB訪問に来た就職活動中の女子大生を泥酔させ、わいせつな行為をした疑いで逮捕されたというニュースが耳に流れてきました。

こんな日本のままでは嫌じゃありませんか?

オススメ度のチェック

ひとり ◎(観るべき一作)
友人 ◎(観るべき一作)
恋人 ◎(観るべき一作)
キッズ ◎(観るべき一作)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『日本の秘められた恥』感想(ネタバレあり)

それは思いやりですか?

2016年7月、東京地検は、準強姦容疑で書類送検された山口敬之氏を嫌疑不十分で不起訴処分にしている。

これに不服申し立てをした伊藤詩織氏に対し、「不起訴処分を覆すに足る理由がない」として2017年9月、検察審査会は不起訴相当と議決した。
現在、民事訴訟で係争中となっている一方で、山口氏は伊藤氏に対する刑事告訴を検討している。

こんな補足情報が本編開始前に示されていましたが、事件の概要については作中でも必要最低限のものが説明されています。

ニューヨークで出会った山口敬之氏に対して、当初は憧れのジャーナリストとしてリスペクトを抱いていた伊藤詩織さん。仕事を与えてくれることにも積極的な口ぶりに心を許し、就労ビザの話をする目的で会って食事をするも、その話題は一向に出ず。かなりの酒を飲み、意識も混濁するほど泥酔した彼女を抱え、一緒にタクシーに乗ってホテルに向かった山口敬之氏。激痛で目が覚めた伊藤詩織さんは自分が山口敬之氏の部屋に連れ込まれたことを理解、けれども、そのまま性行為を強要され…。

伊藤詩織さんの生々しい証言が強烈です。

一方、山口敬之氏も別の番組で自分の言い分を主張。「周りがびっくりするくらいの勢いで彼女が酒を飲んでいた」と、まるで他人事のように当時を振り返り、「泥酔している女性を駅に放置できないのでやむなくホテルに連れ込んだ」とキッパリ発言。この番組内では、社会の常識をわかっていない少し世間知らずな若い子を諭すようなオッサン・トークを繰り広げ、そんな若者に“自分は思いやりがある”と言わんばかりの美談で済ましていました。

「法律的に争うならそうしましょう」
「あなたが勝つことはあり得ません」

しかし、法廷での対応は“思いやり”とはかけ離れたもので。ここまでの傲岸不遜な態度ができるのは、自分には総理大臣とのコネがあるからなのか、少なくとも“一般人”の感覚ではないです。

対するこのドキュメンタリー制作陣は非常に性犯罪被害者への対応をわかっている“思いやり”の伝わる作品づくりをしていることが、この事件の説明パートでもわかります。

日本のマスメディアはこういう事件が起きるたびに、雑なCGを使ってやたら再現映像を作りたがるクセがあります。正直、あんなの一般視聴者には何の意味もないと思うのですが(裁判員制度に参加するときだけ知ればいい)、本作はそんなことはしていません。事件については二人の当事者の証言だけで説明しています。これは余計な情報を付加せずに客観性を確保するためにも重要ですし、なによりセカンドレイプを防げます(再現映像を作ったら、作中でもあった等身大人形で性暴力を再現しようとする警察と同じですから)。

もちろんこの被害者に寄り添った本作の“思いやり”は作品の中立性や正確性を妨げるものではありません。一部の批判者の中には、これをもって被害者を贔屓したアンフェアなドキュメンタリーだと言い張る主張もありますが、それはセカンドレイプを推奨しているも同じじゃないですか。被害者に対して、泣くな、笑うなと命令する権利は誰にもありませんし、人権を尊重するのは基本です。

味方はいないのか

この事件の説明と並行して、本作では日本の性犯罪事情が、教授やジャーナリストなどの専門家から語られていきます。

日本は犯罪の少ない国だというのが今も日本人がよく口にする自国自慢話だったりしますが、性犯罪はどうでしょうか。作中では、強姦罪(現在は強制性交等罪に変更)の認知件数は、英国では100万当たり510件なのに対し、日本では10件であるという、とても不都合なデータが提示されます。

これは性暴力犯罪が少ないことを意味するのではなく、実際は被害者が届け出ないのだと説明が続きます。

千葉大学法政経学部の後藤弘子教授はその理由を、性暴力の問題性を深刻に考えてこなかった歴史があると指摘。つい最近まで窃盗罪より刑が軽かったということもそれを示すものですが、犯罪として認められにくい最大の理由はやはり「合意」の問題。抵抗の行動を示さなければ同意があったと認識され、レイプ扱いにならないというのは、やはりどう考えても被害者に圧倒的に不利な法律です。

また性犯罪の立件に欠かすことのできない証拠についても、証拠を採るのに使うレイプキットが47都道府県のうち14施設だけしかないというのは衝撃。どれだけ性犯罪を問題視してこなかったか、よくわかりますね。

さらに日本の警察官数25万9500人のうち女性警察官の割合8%で構成される男性中心の日本の治安維持組織は、全くの無自覚にセカンドレイプをしている始末

法律も行政もダメなら、民間支援に頼ろうとするも、そこも悲しい現実が。当時、支援センターは東京でひとつしかなく、実際に伊藤詩織さんが訪ねた場所が、本当にただの一般宅でしかなく、2人体制で細々で電話対応している状況は、愕然とするしかない光景。

まごうことなき「四面楚歌」です。

日本的正しさが性犯罪を生んでいる

一方でそういう体制的な問題だけでなく、日本社会の精神にまで本作は切り込んでいきます。

日本社会に蔓延している“日本的正しさ”が性犯罪を助長しているという問いかけ。日本は「No means YES」…女性は意思を表明することは“女らしくない”と教えられてきたという話にもあるように、“臭いものにふた”の社会圧力が問題を深刻化させている…。

そんなバカなと言いたいところですが、本作ではそれをあっけらかんと存在で証明してくる人物が登場します。

それは、LGBT侮蔑問題でも話題となった自由民主党衆議院議員の杉田水脈氏。

「彼女は明らかに女としての落ち度がある」
「嫌なことがあってもそれを断るのがスキルのひとつ」
「私も(セクハラなど)経験ありますよ。でもそれはそういうものかなと思って」

なんかこう、この人はたびたび問題視されますけど、ここまで堂々と恥ずかしげもなくコメントできる姿は、一種の究極ですよね…。

「日本の警察は世界で一番優秀です。それを疑うのは司法、日本への侮辱」
「嘘の主張で山口氏やその家族には誹謗中傷が殺到したんですよ。だからこういうのは男性側が酷い被害を被っていると私は思ってます」

本作はまだ裁判が終わっていないのにこんなドキュメンタリーを作るのはオカシイと批判する意見もありますが、すでに裁判関係なしに“嘘”と決めつけているこんな人もいるんですから…。誹謗中傷に苦しむ性被害者には一切目を向けず、容疑者側への誹謗中傷を気にするこの“自己愛”…どこかで見たなと思ったら、陰謀論者なのに陰謀論者をウザがる人を映し出した『ビハインド・ザ・カーブ 地球平面説』で見たやつだ…。

男女共同参画局の担当者が「今となってはだいぶ取り組みが進んできた」といかにも行政らしいお決まりフレーズで懸命に説明していましたが、2017年の性的暴行被害者支援の交付金が初めて交付され、初年度の予算は1億6300万円(イギリスと比べると40分の1)、ないよりマシかもしれません。

でも根本的な問題はこういう社会に巣くう“歪んだ精神性”なのがよくわかります。あの男女共同参画局の担当者では杉田水脈議員を前にしたらきっと何も言えないでしょう。

フィクションは正しいと思っていませんか?

あと、いち映画ファンとして注目したいのは、性を扱ったフィクションへの言及です。

日本では3次元から2次元まで性関連のアダルト創作物が、街の広告からコンビニまでいたるところに氾濫しているのは、日本人なら承知の事実。本作はこうした性を扱ったフィクションが実際の性犯罪と関連があるとは直接断言したりはしていません。ただ“たくさんありますね”と言っているだけ。

これらを規制する動きがあるたびに「フィクションはフィクションとして楽しんでいるだけだから! リアルへの悪影響とかないですから!」と必死に擁護する人も少なくないです。もちろん私も表現の自由は重々承知しています。

でも「フィクションはリアルに影響していないと本当に断言できるのか?」と言われれば、性犯罪の現実、そしてとくに男性の“性”知識を見るに、言葉を濁さざるを得ないと思います。

性行為前の同意とかはうやむやでいい、嫌がる女性を強引にレイプしても最終的にはなんだかんだで快楽だから女性は喜ぶ…そんなフィクションにありがちな描写を本気で信じてリアルで実行している男は大勢いるではないですか。「日本には男性が女性をモノとして扱ってもいいという風潮があります」と作中で指摘されますが、まさしく山口敬之氏の行った「泥酔している女性を駅に放置できないのでやむなくホテルに連れ込んだ」がそれなんですね。この行為を普通だ(ましてや美談だ)と無意識に考えた時点でやっぱり変です。だってそれじゃあ、捨て猫を拾っているのと変わらないですから。念のために書いておきますけど、この場合の本当に正しい行動は、タクシーで送ってもらうor警察で保護してもらう、または危険な泥酔レベルなら病院に連れていく…です。

フィクションがリアルに対しても間違った認識を助長している事例は映画にもあるなと本作を観ていて思いました。例えば、レイプ描写。映画で描かれるレイプはたいてい女性が結構抵抗していることが多いです。観客には当然「抵抗する女性に強引に性行為すること=レイプ」と認知されるでしょう。でも実際の性犯罪はこのドキュメンタリーでも示されるとおり、「無抵抗状態にある女性に強引に性行為すること」なんですね。映画もそのようにレイプを描写しないとダメだなと痛感しました。

自分の中の偏見や差別意識に気づくことが始まりです。そういう意味では本作のタイトルにも仕掛けがあります。「Japan’s Secret Shame」…ダブルミーニングというか、意趣返しになっているんですね。本作を非難する人の中には、このタイトルが理不尽な決め付けで日本を否定していて酷いという人もいます。でもまさにそれはそっくりそのままお返しできて。そもそもこの「恥(Shame)」は伊藤詩織さんが中傷されてぶつけられた言葉です。“理不尽な決め付け”を本当にしているのはどこの誰でしょうか。

もし性暴力被害を受けた人、もしくは被害を受けた人を知っている人がこの文章を読んでいるなら、“我慢強さ”はいりません。心に閉じ込めることなく、支援サービスに相談してみてください。

性犯罪・性暴力被害者のための「ワンストップ支援センター」の一覧(連絡先)は以下↓

必ずあなたの味方になってくれる人はいます。こんな日本でも。

『日本の秘められた恥』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
8.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

関連作品紹介

性暴力に関するドキュメンタリーの感想記事の一覧です。

・『ハンティング・グラウンド』
…アメリカの大学で起こるレイプの実態に迫るドキュメンタリー。

・『シティ・オブ・ジョイ 世界を変える真実の声』
…コンゴにある性被害者のための支援施設を追ったドキュメンタリー。

作品ポスター・画像 (C)True Vision, BBC

以上、『日本の秘められた恥』の感想でした。

Japan’s Secret Shame (2018) [Japanese Review] 『日本の秘められた恥』考察・評価レビュー