ヘイター
Netflix映画『ヘイター』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Sala samobójców. Hejter(The Hater)
製作国:ポーランド(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:ヤン・コマサ

ヘイター

あらすじ

インターネットは社会を映す鏡。大学を強制的に追い出されてしまった青年は、SNSを駆使したダークな仕事に手をつける。そこで思わぬ成功を掴み、実力が認められて調子に乗っていく。しかし、ネット上にばらまいた悪意はやがて、実生活に黒い影を落とし始める。それはもはや削除やブロックではどうすることもできない憎悪の負の連鎖でしかなかった。

『ヘイター』感想(ネタバレなし)

ポーランドの社会の影

東欧のポーランドという国は、残念ながらヨーロッパの中でもレイシズム(差別主義)が活発に蔓延しているとよく言われています。

2015年にポーランドの政権をとった与党「法と正義」。その際は難民の受け入れに強く反対していました。与党のアンジェイ・ドゥダが大統領に当選するも、かなり僅差でした。それでも結果的に排外的な政策が支持されたことになります。

そして2020年、またも国の今後を占う大統領選挙の決選投票が行われ、ドゥダ大統領の続投が決まりました。今回も国を二分するほどの接戦だったのですが、やはり政権は動かず、ますます勢いづいています。この選挙ではLGBTQの扱いも争点になり、もともとポーランドはLGBTQへの風当たりが厳しく、ドゥダ大統領もLGBTQを「共産主義よりも破壊的なイデオロギー」と断罪。NHKが取材していたポーランド在住のゲイカップルは「年々状況は悪くなっている」と危機感を露わにしていました。

そんな今のポーランドを非常に強く反映したであろう攻めた映画がポーランドで公開されました。それが本作『ヘイター』です。

本作はポーランド本国では2020年3月に劇場公開されたのですが、コロナ禍の影響ですぐにネット配信となり、その流れのせいか、世界的にNetflixで配信されることになりました。日本でも2020年7月29日にNetflixオリジナル作品として配信され、ヨーロッパ映画としては異例の早さで鑑賞できることに。こういう場合は厄災が絡んでいるとはいえ、ちょっと嬉しいですよね。

この『ヘイター』。物語はと言うと、ある青年がインターネット上でネガティブキャンペーン(誹謗中傷コメントを乱造したり、非難動画を投稿したりする)を行う仕事に就き、どんどん過激化していくという、デジタル・クライムサスペンス。雰囲気的にネットの闇に手を染めて人生が破滅する様を描く『ディス/コネクト』(2012年)なんかと同様のジャンルですが、この『ヘイター』の場合、まさに2020年の今をそっくりそのままトレースしたようなストーリーなので恐ろしいくらいの既視感があります。

何が起こるのかはネタバレになるので書けないですが、かなり攻めた内容で、人種やLGBTQへの差別・政治対立・格差社会・テロリズムなど、現在のポーランドの闇が濃厚に詰まっています。フィクションではありますけど、ほとんどノンフィクションに限りなく近いです。

私はこの『ヘイター』を初めて鑑賞して真っ先に思ったのは、差別思想が優勢になっている(少なくとも政治では)ポーランド社会の中でよくこんな映画を作れたなということ。つまり、ポーランドの映画業界はちゃんとこの闇落ちしつつある社会と戦っていくぞという、前を見据えたクリエイティブ精神を持っている証明です。

『ヘイター』を監督したのは“ヤン・コマサ”という人で、2014年に『リベリオン ワルシャワ大攻防戦』という戦争映画を手掛け、国内で大ヒットするなどポーランドでは有名な映画人。2019年には『Corpus Christi』という作品も監督し、これが2019年の米アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされ、最近は世界的監督としてもステージアップしています。

この『ヘイター』、実は2011年に“ヤン・コマサ”が監督した『Sala samobójców』という作品の続編ということになっています。ただし、ストーリー上の明確な繋がりはなく、一部のキャラと作品テーマが通じているくらいなので、気にする必要は皆無です。

俳優陣は…と語りたいところですが、私はポーランド俳優に全然詳しくないのでさっぱり。主演の“マチェイ・ムシャウォウスキー”は2017年あたりから活躍し始めた新人俳優のようです。ヒロイン的な立ち位置にいる“ヴァネッサ・アレクサンダー”も新鋭の女優みたい。作中では二人とも熟練俳優顔負けの演技を披露しており、不信感を増大させるようなサスペンスフルな物語を引き立てています。

そんな若手の周囲には“アガタ・クレシャ”、“ダヌタ・ステンカ”、“マチェイ・シュトゥル”などのベテラン勢が並ぶ布陣。おそらくキャスティングからも、本作は若い世代から年配の映画ファンまで幅広くリーチするような映画にしようと企画されている感じがしますね。

130分超えの大作なのでなかなか観るのは大変ですが、陰鬱なスリラーが好きな人は楽しめるでしょう。観終わった後の気分は晴れやかには程遠いですけど…。

オススメ度のチェック
ひとり◯(暗いスリラー好きに)
友人◯(やや長いけれども)
恋人△(胸糞悪い作品なので…)
キッズ△(残酷&犯罪描写が多め)

『ヘイター』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ヘイター』感想(ネタバレあり)

ポーランドの暗部にログインする

大学の図書館のような部屋。多くの学生たちがパソコンに向かって各々で作業している中、トマシュ・ギエムザという青年は学部長から呼び出しを受けます。

その理由は深刻なものでした。論文の盗用を追及され、「盗用するつもりはありませんでした、引用符をつけ忘れただけです」と弁論するも、「間違いなく盗用です」と断言されてしまいます。「退学は困ります」と訴えますが、「除籍処分は決定だ」と冷たく告げられ、大学を去るのは決定的に。

トマシュは学費の援助をしてくれているクラジュキ家で夕食をご馳走になっていました。そこでは自分が退学になった件は一切持ち出していません。クラジュキ家の夫妻、ロバートソフィアと話をしていると、トマシュと同じ大学に通っている娘のガービが帰ってきます。どうやら白人至上主義者たちの占拠デモのせいで、車が進めずに遅れたようです。「トメク」と愛称で呼ばれ、家族ぐるみの付き合いのように見えます。トマシュはいちごジャムをプレゼント。その後、礼儀正しくお礼を言い、帰るのでした。

ところがトマシュが帰った後、クラジュキ家は彼のことをネチネチと小馬鹿にする会話を始めます。あのジャムを使用人にあげてしまい、食事の仕方が雑だと田舎者として嘲る一家。奨学金を増額してあげたらなんて配慮を見せるも、下に見ているのは歴然。

するとトマシュが戻ってきます。スマホを忘れたと言いながら、それを回収。帰り際、ガービに対してSNSの友達申請を送ってあるからと念押しします。

実はトマシュは先ほどの自分がいない間のクラジュキ家の会話をスマホで録音していました。それを聞き、寮の部屋に戻り、複雑な表情を浮かべて寝床に。

トマシュはガービに好意を寄せ、諦めていませんでした。クラブでは踊るガービを遠目に見つめ、かなりハイになっている彼女と踊ることに成功。ガービは平常心もないのか、トマシュに踊りながら口づけまでしてくれます。しかし、すぐに別の男と踊りに行ってしまい…。自力で動けない彼女を抱えて外へ運んだトマシュは、そのまま介抱しつつタクシーに。その中でガービはどこまで本意なのか不明ながらも「愛している」と囁くのでした。

その後、トマシュは新しい職をゲットします。その企業ではあるフィットネス系の動画を配信している女性への妨害工作を進める予定らしく、トマシュは自分の作戦をプレゼンします。そして、とりあえず採用されました。

自分の仕事が決まったと投稿すると、ガービに友達申請を承認されたことに気づきます。思わず素で喜ぶトマシュ。そのままガービの姉のナタリアの誕生日パーティーに誘われて浮足立ちます。

仕事の方は、例の攻撃対象としているフィットネス動画配信者の健康品のせいで被害が出たというフェイク画像をハッシュタグと共に大量投稿する戦略が効果発揮。その配信者は相次ぐ批判や脅迫で活動をやめるしかないと泣きながら語る動画をあげ、トマシュの上司であるベアタは満足そうに“仕事”を褒めます。

ところが順風満帆とはいきません。クラジュキ家のパーティに参加した際、ガービと二人きりで「真実か挑戦か」ゲームに興じていると、トマシュは論文で文献を盗用して除籍処分になったと吐露してしまいます。直前にガービも自分の鬱経験を話してくれたので、親密になったことだし、自分も素直になろう…そう思っての告白でした。

けれどもガービとはそれっきり連絡が取れなくなり、反応が返ってこなくなります。そうしているうちにガービはスタシュク・リデルという多方面で活躍する青年と交際しているという話も耳にし…。こっそりクラジュキ家の家に盗聴器を仕掛け、会話を聞くと自分を精神を病んだ者扱いしていることが判明。完全に見捨てられていました。

苛立ちを募らせるトマシュ。そんな中、職場では今度はワルシャワ市長選挙に立候補しているルドニツキという政治家へのネガティブキャンペーンの仕事が入ってきます。移民にも寛容で、ゲイ疑惑もあるルドニツキ。白人至上主義に危機感を覚える人たちにとっては理想のリーダーです。

今のトマシュにとってこのルドニツキを破滅させることが全てになっていました。それがどんな結末をもたらすのか、彼には予測できていたのでしょうか…。

社会の闇に育てられた主人公

『ヘイター』の主人公トマシュ。映画を鑑賞して彼をどう受け止めたか、皆さんいろいろだと思います。おそらく作り手もそこに観客の解釈の余地を残すように作ってあるのでしょう。

私はこのトマシュのキャラクター描写は非常によくできているなと思いました。あまり邦画を持ち出すのもあれですが、ありがちなパターンだと、世の中に冷笑的で「この世界に価値はない」とかちょっとカッコつけたセリフを抜かすキャラ…いるじゃないですか。

このトマシュも一見するとそうなりそうなのですが、そこは上手くそんな画一的な存在にならないバランスにしています。

そもそもトマシュは確かに表面上は危険人物に見えます。でも無感情な冷酷狂人でもないですし、サイコパスでもありません。かなり人間らしい葛藤が常に描かれています

まず冒頭。トマシュは論文盗用で退学となります。退学になるくらいですから相当に致命的な盗用だったのでしょう。悪いことをしたから罰を受ける…これはまあ当然です。

しかし、いざ社会人の大人たちを見ると平気で悪いことに手を染めつつも罰も何も受けていないどころか儲けてすらいる奴らがうじゃうじゃいるんですね。

例えば、トマシュは例のベアタの企業で働く前に、違う仕事をしています。それはおそらくSNSとかに投稿される規約違反な画像(残酷なものとか)をチェックして削除する作業のようです。これは非常に作業者の精神的負担になることが問題視されていますが、トマシュはろくに給料も出なかったようでした。

そしてベアタの企業に就職。あそこはたぶん広告代理店の会社で、普通の宣伝広告もしているのでしょうけど、世間に見せられない裏仕事もしています。つまり、ネガティブキャンペーンの扇動です。商業から政治まで多岐にわたり、あらゆる依頼主のオーダーに応える。ああいう企業も悲しいことに世の中に無数にあります(『グレート・ハック SNS史上最悪のスキャンダル』を参照)。日本だってあるでしょう。


あのトマシュの働く企業は社内で普通に人種差別発言が横行してもいましたね。

要するにトマシュはそういう大人が主導する社会の歪んだ闇を全身で受け止めて成長していった普通の若者です。しかも、彼は決して裕福ではない育ちであり、富を持つクラジュキ家の反応を見てわかるとおり、格差社会の苦汁を舐めさせられています

さらにもう一つの要素がここに加わります。トマシュはガービに好意を持っており、なんとか良好な関係を持とうとします(ややストーカーに近いくらいに見えなくもないですが、直接的な執拗さはないし、あれくらいは普通かなと)。でも報われません。

結果、トマシュの中に憎悪が宿る。このあたりは非常にインセル的な攻撃性でもありますよね。

トマシュがネガティブキャンペーンの仕事に熱中していくのも、自分が世の中に影響を与えているというポジションにいることに快楽を感じているだけなのか、はたまた自分をバカにした社会への承認欲求のためなのか、それともアナーキーに社会を壊したいだけなのか…。

黒幕か、犠牲者か、真意は闇の中

ただ、この『ヘイター』の主人公のトマシュは単純なアナキストでもなく、突発的な犯罪者でもなく、明らかに知能犯です。

「孫子の兵法」に倣って、トマシュは捨て駒になる人間として、射撃場で見かけた男(ステファン・グズコフスキ)に目をつけます。この男は動画配信をしており、差別思想を露わにしながら結集しようなどと過激なことを言いまくっていますが、組織に所属しておらず、ほぼ独り言です。そんな男を利用するためにオンラインゲームのアバターで接触。

つまり、トマシュは自分の立場をどこまで認識しているかは不明ですけど、自分よりもさらに惨めそうな男にターゲットを絞り、手駒に悪用します。格差社会の底辺がさらなる底辺から搾取しようとするかのように…。

ここまでくるとトマシュの行為は悪意を露骨に感じ、全然擁護できそうにない領域に突入します。

ところが、物語は少し予想外の展開へ。だんだんとトマシュはルドニツキ陣営を陥れたいのか、それとも支援したいのかわからなくなってきます。あの勤め先の企業はもともと政治的立場はなく、儲けさえすればいいのでどちらにも加担していましたが、トマシュは利益なんて気にはしていません。なぜあんなことをするのか。

それを窺わせるシーンとして、ルドニツキを誘ってゲイクラブで踊る場面がありますが、あそこは動画を撮ってスキャンダルのネタでゆするだけのはずですが、トマシュはルドニツキにキスまでします。そこまでして罠にハメたいのか。もしくはトマシュは実は同性愛者だった…とも受け取れなくもない演出です。だとしたら彼の複雑な心中がああいうどっちつかずの行動に走らせるのもわからなくはないです。

そして起こってしまう終盤の凄惨な銃乱射事件。トマシュが望んだことなのか、それとも意図しない最悪の結果なのか、それはわかりません。ちなみにあの事件、類似した事件が実際にポーランドで起きてしまっているんですね。2019年1月13日、ポーランド北部グダニスクでチャリティーイベントに参加していたパベウ・アダモビッチ市長が男に刺されて死亡。亡くなった市長はリベラル派で与党と対立しており、殺害した犯人は27歳で単独思想犯だったようです。

『ヘイター』のラストはとても意味深で受け手に委ねられます。トマシュにとって当初の欲しかったものを手に入れたようにも見えます。名声(#トメクに感謝)、ガービ、裕福な家族の支援…。それでもそれは非常にまがい物のような連帯であり、待ち受ける未来は暗澹たるものとしか思えません。

映画自体はかなり整理不足なところもあり、個人的には一部のキャラクターが短絡的な描写すぎるかなとか(白人至上主義がかなり背景でしかない等)、ゲーム場面など場違いに描写がややエンタメ系に寄りすぎかなとか、不満もなくはないのですが、映画の攻める姿勢は評価したいところ。ただの「ネットでの誹謗中傷は悪質よね~」なんて煩雑な感想を許さない作りは良かったです。

『ヘイター』を鑑賞することで今のポーランドの社会が抱えている闇がおぞましく見えてきたはず。けれどもそれは他人事ではない…というのは聞き飽きたかもしれないですけど、やっぱり言っておかないと…。どこの国も社会には闇がありますから。日本の映画はそれを描けているでしょうかね。

『ヘイター』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 56% Audience --%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

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↑『リベリオン ワルシャワ大攻防戦』…同じくヤン・コマサ監督作。第2次世界大戦末期にポーランドで起きた「ワルシャワ蜂起」を描いた戦争映画。
作品ポスター・画像 (C)Naima Film

以上、『ヘイター』の感想でした。