スキンウォーカー
映画『スキンウォーカー(寄生体XXX)』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Lifechanger
製作国:カナダ(2018年)
日本公開日:2020年2月7日
監督:ジャスティン・マコーネル

スキンウォーカー

あらすじ

人間のような、でも人間とは異なるような謎の“生き物”。その“生き物”に触れられた者は、平常ではあり得ない身体変化に襲われる。かつて“生き物”は何事もなく暮らせていたのだが、最近では生活に困る問題に直面していた。しかし、焦るばかりで何も打開策を見いだせず、独りでもがき苦しむだけだった。そんなとき、“生き物”はいつも同じバーにいる女性ジュリアに恋をする。

『スキンウォーカー』感想(ネタバレなし)

虫だって人だって変態するんです

突然ですが昆虫の話をします。虫は「変態」をするのは知っているでしょう。HENTAIじゃないですよ。変態…メタモルフォーシス…要するに「幼虫→蛹→成虫」みたいに姿がガラッと変わるアレですね。

蛹から成虫が羽化する姿はとても神秘的で、蝶なんてまるでマジックショーみたいで見惚れてしまいます。モスラはこれがあるからいいんだよなぁ~(しみじみ)。

そんな表面上のビジュアルは美しいことも多い「変態」ですが、中で何が行われているか知っているでしょうか。例えば蛹の中。実は酵素によって細胞組織のほとんどがドロドロに溶けてしまっているのです。想像したらとんでもなくグロテスク…。それで体が再構築されるのですから、なんというか、生命の不思議です。

で、気になるのは記憶。幼虫だった頃の記憶は成虫になっても覚えているのでしょうか。だってドロドロになるんですよ。記憶だってリセットされそうじゃないですか。

ところが研究によればちゃんと記憶も継承されているらしいのです(イモムシでの実験例がある)。ますます不思議…。なんかもう人知を超えたモンスターですよ。身近にいるあんな小さな虫がそんな摩訶不思議パワーをあちらこちらで発揮していたなんて…。

とまあ、ファーブル昆虫記みたいな文章を書いてしまいましたが、今回の紹介する映画を観るとき、このトリビアを覚えておくと解釈の素材になる…かもしれません。

その映画が本作『スキンウォーカー』です。

なお「スキンウォーカー」は劇場公開時のタイトルで、DVDで発売されたときの邦題は『寄生体XXX』となっています。…うん、なんだろう、あのパターンですね…。ほんと、この邦題で売れるのだろうか…。

一応、書いておきますけど、DVD発売時の宣伝内容はほぼ全くのデタラメです。「人類に生き残る術はあるのか!?」とか「美しき侵略者」とか、テキトーな言葉が並んでいますが、本編とはなんら関係ありません。上記に掲載している日本版パッケージポスターのあの禍々しい裸体美女みたいなやつも当然のごとく映画に登場する主要存在でもありません。むしろ、あれは何を元に作ったんだと、鑑賞済みの私から日本販売側に聞きたい。

じゃあ、本当はどういう作品なのか。

ビジュアルやアイディアの雰囲気としては『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』に近いですが、作品の立場を読み取るなら最近でいうところの『ボーダー 二つの世界』が近似しているでしょうか。つまり、社会からは“普通とはみなされていない”「異物」的な生命の生き方を静かに描きだす物語…という感じです。露骨に排外されているわけではないけど、居場所はとても乏しい。そんな切実な生きづらさの中で普遍的な愛を見つける…そういう側面も印象に残るかもしれません。


なのでワッと驚かすエンタメ満載なホラーでは全くなく、ダークな御伽噺みたいなものだと受け取ってもらえればいいと思います。“ダークな御伽噺ですよ”と素直に宣伝する方が正しく趣味嗜好が合う人に映画を見てもらえて、ミステイクな客層がうっかり手を取ることもなく変なガッカリ感も減るし、Win-Winだと思うのだけどなぁ…。適切な客層は必ずいますよ、私のように。

原題は「Lifechanger」なのですが、その意味も“なるほどね”と鑑賞すればわかるのかな、と。もちろんただボーっと見ているだけだと「なんだったの?」状態になるのみ。ちゃんと“読む”ことをしないとダメですけどね。

カナダの作品で、監督は“ジャスティン・マコーネル”という人。軽く調べたかぎりだと、ドキュメンタリーや短編で活動していたらしいです。

とにかくインディーズ映画なので他にネタバレなしでこれ以上語りづらいのですが(だからあんなに誇大宣伝で味付けされてディスク販売されるのですけど)、好きな人にはグサッと刺さる映画になっていると思います。私も海外版のポスターデザインに惹かれて鑑賞していますからね。そういう出会いもあるものです。

一般ウケはしないものの、批評家評価は案外と高く、マニア推奨な一作です。ぜひとも本作の中身のドロドロした全貌を覗いてみてください。

オススメ度のチェック
ひとり◯(特殊なスリラーに期待して)
友人◯(エンタメではないので注意)
恋人△(盛り上がる感じではない)
キッズ△(残酷な描写がややあり)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『スキンウォーカー』感想(ネタバレあり)

私はいつも変化している

寝ていた裸の女性がベッドで目覚めます。隣には別の女性らしき人がいますが、その隣の女性の様子は変です。皮膚が変色しているような、明らかに健康そうではありませんし、どうやら息絶えているらしく…。

健康に見える方の女性はと言うと、そんな状況に驚きもせずに、おもむろにベッドの前の鏡の前で自分の体をじっくり確認。ナイフで切り裂かれたような、できたばかりの痛々しい切り傷があり、床にはナイフが落ちています。一体何があったのか…。

バスルームで隣にいた女性の死体を処理し始める女。体を慣れた手つきで切断。自分もシャワーで体の血を洗い、バラバラにした死体はゴミ袋に入れて外で燃やし、燃えカスをかき集めて捨てる。一切の迷いがない、まるでルーチンワークです

作業を終え、家でとある男と会話になります。電話しようとするその男の首に、そばにあったコルクを刺す女。男は倒れ、一瞬で血だまりに。また遺体をゴミ袋で覆い、運び、血をモップで掃除。

すると、警察の黒人が男を探しに来ます。女はその男を家に通し、その男の手を握ります。なんてことはない普通の動作です。すると突然苦しみだす男。それだけでなくバキバキと音を立て皮膚が蠢く…まるで体内の中で何かが行われているように…。

次の瞬間、少ししぼんだような男の遺体が転がり、その前にはさっきまでの男が立っています。声の調子を確認し、またもや遺体処理作業。トンカチでバキバキと歯を砕いて、ひととおりの作業を完了させて撤収。その男は車に乗るのでした。

そう、この女、いや男? どちらでもいいのか。とにかくこの生命体は他者を殺す代わりにその他者の見た目と記憶を受け継ぐという、特殊な能力を持つ存在。こうやって定期的に、もしくは突発的なトラブルによって、体をチェンジさせては別人として生きていく。その繰り返しで社会に溶け込んでいます。

今は黒人の男の姿でバーに入ります。カウンターには女性がいて、ジュリアという名前らしく、すっかり意気投合して会話が弾むのでした。先ほどのコミュニケーション不全な状態とは全然違います。

外でその女性とキスして良いムードになっていたところ、急に男は苦しみだします。腹を押さえ、手は変色。なんとか女性と離れ、車にたどりつきますが、ふとそこらへんにいた中年男に銃を突きつけ車に乗ります。そして今度はその男に転身。

その新しく転身した男の家。朝、幼い娘に起こされ、思わず汚い言葉で追い返してしまいます。その男は家庭持ちでしたが、どうもこの空間に馴染めません。なによりも例のバーの女性ジュリアが気になるのですが、どうしたものか。

そうこうしているうちにまたまた変色する皮膚。なぜかはわかりませんが同じ姿をずっと保っているのは厳しいらしく、次から次へと転身を繰り返さないといけないようです。しかし、そのたびに人間関係は変わってしまいますし、一番のお目当てであるあの女性に近づきたいという目的に集中もしづらい…。

それでも挫けることなく、あの女性へと突き進んでいくこの生命体。望んでいた人生をこの生命体は手に入れることができるのでしょうか。

生物としてのビジュアルも最高

『スキンウォーカー』はいわゆる「シェイプシフター」を描いた作品です。

他者に変身できる…これはホラー&スリラーの定番であり、『ボディ・スナッチャー 恐怖の街』や『遊星からの物体X』など有名作もいっぱい。ただ、どう姿を変えるのかという形態については各作品で差違がありますけど。

『スキンウォーカー』の場合は、他者を触媒のように使って姿を相手そっくりに変え、記憶も手に入れ、かつ元になった相手は死ぬ…というスタイルです。

まず本作の良い部分がひとつ。このボディ・チェンジの描写が非常に生々しく、インパクト大で描かれているところ。萎びた素材となった遺体の物質感もさることながら、やはり白眉はラスト付近のあのシーン。ジュリアになってしまった生命体が変色して朽ちていくような自分の体を放置して、ベッドで横たわっていると、なぜか繭っぽいものに変化。そこからニュル!ニュル!と“新しい人”が出てくる。あの数少ない描写だけでも、この映画全体の印象が引き締まります。チープさみたいなものは全くないです。

本作でSFXを手がけたひとりが“アレクサンダー・アンガー”で、最近だと『スケアリーストーリーズ 怖い本』や『イン・ザ・トール・グラス 狂気の迷路』で仕事済み。いや~、ナイスワークです。

前述したとおり、本作のボディ・チェンジはおそらく虫の変態から着想を得ているのかなと思わせます。海外ポスターも蝶っぽくなっていますしね。中身がドロドロになっているであろう描写や、記憶の継承など、各要素も重なります。少なくとも皮膚だけをそっくりそのまま身にまとっているわけではないようです。

そう考えるとシェイプシフターと言っても、臨機応変に姿を変えるという、選択的な能力ではなく、成長における避けられない過程のような扱いなんでしょうか。

なお、ネイティブアメリカンのナバホ族にも「Skin-walker」という姿を変える存在が語り継がれていますが、たぶんそれとは関係はないのかな(邦題だけの一致ですし)。

全体的なデザインはいかにもモンスタースリラー風なのですが、エンドクレジットで流れる御伽噺感のある音楽といい、やはりどこか寓話的物語としての立ち位置がしっかりしている気もする。このへんのバランスが個人的には気にいっています。

スキンウォーカー

変化とどう向き合うか、それは人生の難題

「シェイプシフター」という能力は何かと憧れたくなるスキルでもあります。だって何でもなれるのですよ。よく「私はあの人に一度でいいからなって、あんな人生を送ってみたいな~」なんて願望を妄想することもあると思います。性別を変えたい、人種を変えたい、年齢を変えたい、イケメンや美人になりたい、芸能人やスポーツ選手になってみたい…。人それぞれなりたい“姿”があるはずです。姿だけでなく、記憶や立場も引き継げるならば、もう可能性は無限大。

『キャプテン・マーベル』でも「シェイプシフター」が大活躍していましたが、基本は便利な能力として扱われることも多いです。

しかし、この『スキンウォーカー』を鑑賞してそう思った人はほぼいないでしょう。逆になんて不便なんだと、不愉快にすらも感じます。

本作はこの生命体に翻弄される一般人の恐怖を描くのではなく、生命体自身の葛藤を描く物語であり、ここが重要です。物語の主体が固定化しています。

非常に解釈が広がる読み応えのあるストーリーなので、ここからはたぶんに私の個人的感想が盛り込まれていきますが、私は本作はとても切なくも、でも人生を確かに捉えた一作だなと感じました。

変わってしまう姿に苦悩しつつ、愛を求める物語と言うと、『ビューティー・インサイド』がありました。あちらは寝るたびに次の日に見た目が変わる人間のお話で、方向性としては見た目や性別などに関係なく愛は達成されるものだ!ということを高らかに謳うような作品だったと思います。

でもこの『スキンウォーカー』はそんなポジティブ一辺倒では片づけられません。

この生命体は特殊な存在ですが、極端なだけであって、実は私たちとそう変わらない葛藤を持っているとも言えます。私たちだって自分の望まない姿の変化に直面します。「老い」というのはその典型例です。自分の心と体に合致しないジェンダーやセクシャリティに悩む人だっています。「結婚」や「キャリア」だって選択できるように見えて半ば意思に関係なく流れで今に至る人だっているでしょう。

つまり、誰しもがライフを常にチェンジしている。それを繰り返している。その過程でベストが見つかればいいと思いながら…。

でも結局はベストに見える状態にたどり着いたと思っても、それは一時的なことで、また次の変化に直面してしまう。作中におけるジュリアと親密になれたあの生命体のように。

そして理想に近づきすぎて理想そのものになってしまったときの絶望感。何のために頑張ってきたんだろうという虚無な感情。こんなはずじゃなかったのに…。これもまた人生の変化の中では起きうるもので。

永遠に姿が変わらない方が不自然ですもんね。

ラスト、ジュリアになった生命体はもはや抗うのもやめて朽ちていくように見えましたが、繭的な何から出てきた自分は「老人」の姿でした。初めて他者を介さずに“何か”になった自分。それはこれまでのチェンジと同じものなのか、それとも真の自分の姿なのか。成虫がこれなのか、もしかしてまだあの老人の姿でさえも蛹の段階なのか。何もわかりません。

ひとつ言えるのは、あの生命体も私たちも「変化をする」ことからは逃げられないことです。

変化をやたらと拒絶するよりも、柔軟に受け入れられる人生の方が楽しいのかもしれない。そんなことを思ったりしつつ、今日も私はまたもや映画を観るのでした。この習慣は変化しそうにないですね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 64%
IMDb
5.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)9 Light Entertainment