殺人鬼オヤジに身体はとられたくない!でも性差別からは解放されたい!…映画『ザ・スイッチ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2021年4月9日
監督:クリストファー・B・ランドン
イジメ描写 ゴア描写
ザ・スイッチ
ざすいっち
『ザ・スイッチ』あらすじ
家でも学校でも我慢を強いられる生活を送る冴えない女子高生のミリー。ある夜、無人のグラウンドで母の迎えを待っていた彼女に、背後から指名手配犯の連続殺人鬼が忍び寄る。鳴り響く雷鳴とともにその恐ろしい殺人鬼に短剣を突き立てられたミリーだったが、その時、2人の身体が入れ替わってしまう。24時間以内に入れ替わりを解かなければ、二度と元の身体に戻れない。ミリーは自分の身体を取り戻そうとするが…。
『ザ・スイッチ』感想(ネタバレなし)
入れ替わりたくない最悪の事例
「入れ替わり」は映画の定番ネタです。
殺し屋と入れ替わってしまうこともあるし、ネコと入れ替わってしまうこともある。『ジュマンジ ネクスト・レベル』は入れ替わりすぎてもはや何が何だかわからなくなるほどでしたけど…。興収250億を稼いだ『君の名は。』と入れ替わりたい映画もあったでしょう(それはなんか違うか)。
ちょうど綾瀬はるかと高橋一生が入れ替わる『天国と地獄』というドラマも話題を集めていました。
人格の入れ替わりモノとして元祖と一般に言われているのは、1882年のエフ・アンスティの「Vice Versa(あべこべ物語)」という小説です。これは父親と息子の中身が入れ替わってしまうお話。
映画だと1976年のディズニーの『フリーキー・フライデー(Freaky Friday)』という作品が有名です。こちらも「あべこべ物語」リスペクトと言える親子の入れ替わりモノ(ただしこっちは母と娘)ですが、当時のジョディ・フォスター主演なので今となっては貴重(若いです)。この作品はその後に多くの派生を生み出す原点になりました。
日本の映画だと大林宣彦監督の『転校生』(1982年)が何といっても代表。身体が入れ替わってしまった男女の中学生を描いたもので、当然『君の名は。』にも多大な影響を与えました。
そんなみんな(?)大好きな入れ替わりモノ映画の最新版が登場しました。しかも、今回の入れ替わりは強烈です。オッサンと女子高生が入れ替わるのです。さらにそれだけではありません。そのオッサンはサイコパスな殺人鬼なのです。つまり、サイコパスな殺人衝動を持った中身がオッサン脳の見た目・女子高生が出来上がるのです。混乱してくるな…。とにかくそういうことです(押し通す)。
その映画が本作『ザ・スイッチ』。
邦題は入れ替わることを示す日本人でもわかるシンプルなものになっていますが、原題は「Freaky」です。もちろんこれは前述した『フリーキー・フライデー』に対するオマージュですね。
片方は凶悪な殺人鬼女子高生に変貌し、片方は気弱な女子高生の心となったただのオッサン。無論、どこぞの映画のようにそれで運命を感じて愛が芽生えるわけもなく、血塗れの阿鼻叫喚の地獄絵図が発生。この事態を収拾できるのか?というホラー・スリラー。ドタバタ劇ならぬグログロ劇です。
監督は『ハッピー・デス・デイ』シリーズを大成功させて、一気にブラムハウスの期待のトップバッターに昇進した“クリストファー・B・ランドン”。既存のホラーの定番をブラッシュアップさせてリニューアルさせるのが上手いなと思いますが、今回もまたまた快調です。なんか『ハッピー・デス・デイ』シリーズとクロスオーバーさせようかみたいな話も監督本人はチラつかせていますし、“クリストファー・B・ランドン”のユニバースが拡大していく予感。
気になる俳優陣は、まず女子高生の方が“キャスリン・ニュートン”。『名探偵ピカチュウ』を始め、最近は『明日への地図を探して』という良作SF青春映画でも輝いていました。今回は殺人鬼に身体をとられてズッタズタに人を殺しまくるアグレッシブなスタイルを披露してくれるので楽しいです。
そしてその“キャスリン・ニュートン”と入れ替わるのが、あの“ヴィンス・ヴォーン”。最近であれば『ブルータル・ジャスティス』で暴れまくったあの男。コイツが中身は内気な女子高生に…という、この時点ですっかりギャグが完成している…。今作はとにかく“ヴィンス・ヴォーン”が爆笑を起こしてくれるので期待大です。
一応、わかってはいると思うのですが忠告しておきますけど、映像自体はもう残酷描写のオンパレードです。串刺しになるわ、切断されるわ、滅茶苦茶です。ただ、殺されるのはたいていクソみたいな嫌な奴ばっかりなので、そこは比較的気持ちがいいというか、精神を乱されることなく、快適でいられると思います。リブート版『透明人間』のように実際の被害者のトラウマをフラッシュバックさせるほどのリアリティもほぼなく、終始コミカルです(イジメのシーンはあるけど)。
あなたもいつ何時入れ替わるかわからないので、今すぐにでも自分の身体で観ておきましょう。
オススメ度のチェック
ひとり | :嫌な気分を吹き飛ばす |
友人 | :みんなでワイワイと |
恋人 | :娯楽ホラー好きなら |
キッズ | :残酷描写は多いけど |
『ザ・スイッチ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):君の名はブッチャー
夜。ジニーらカップルで集まった高校生4人が大人のいない豪華な家で好き勝手に過ごしています。話題は今や都市伝説として流行っている連続殺人鬼「ブリスフィールド・ブッチャー」に。本当にいるのかテキトーに盛り上がり、イチャイチャした雰囲気。
アイザックにふざけて酒をこぼされ、ジニーは倉庫から飲み物を持ってくるように指示。男の方は反省はしてなさそうですし、魂胆は見え見えです。
倉庫には祖父の珍しい遺品が埃をかぶっており、ジニーは気にせずスルー。でもアイザックは「ラ・ドーラ」と書かれた短剣を見つけたり、興味津々。アイザックは地下の階段を発見し、降りていきます。そこで上物のワインを手にし、内心で大喜び。
すると大きな音に驚いて、ワインを落として割ってしまいます。やってしまったと破片を拾うアイザック。
突然、仮面をつけた謎の人間が現れ、アイザックの口に割れたワインの瓶を突っ込んで殺害。その狂気は他の者にも。トイレで頭をぐちゃぐちゃにされ、テニスラケットで頭をデコレーションされ、体ごと壁に串刺しにされ…。全員が何の猶予もなく抹殺。それは紛れもなく都市伝説のブッチャーの仕業。実在しました。
倉庫のラ・ドーラの短剣に注目するブッチャー。家の持ち主が帰宅すると、絶叫。ブッチャーは消えていました。短剣とともに…。
そんな恐ろしい事件があったことも知らず、女子高生のミリー・ケスラーは起床します。気分はローテンション。父が亡くなってからというもの、母は酒に沈んでおり、警官の姉・シャーリーは一層仕事に専念。ミリーにできるのは母をこれ以上傷つけないようにさりげなくケアするくらい。シャーリーからもっと自分のしたいことをしなさいと言われても、そんな自発的になれる性格でもありません。
登校。ミリーの友人は、ナイラとジョシュくらいです。学校では浮いています。とくにライラーは取り巻きの女子たちとともによくイジメてきます。教師のベルナルディ先生も他の生徒の前であからさまにミリーを威圧して脅すかのように叱る態度。ミリーは委縮するしかできません。
そんなミリーは同じクラスのブッカーに片思いしていましたが、当然、気持ちなんて言えません。
そのとき、ジニーが殺されたと学校中に情報が拡散します。校内では本当にブッチャーがいたと話題沸騰。
アメフトのナイトゲームで着ぐるみを着せられることになったミリー。頑張るもやっぱりバカにされます。それが終わり、母に迎えに来てもらうはずでしたが、一向に来ません。電気も消され、孤独にポツンと。
すると深夜の暗闇で目の前に誰か立っています。ブッチャーではありませんように…。近づいてくる、ヤバイ。逃げるミリー。「助けて!」と叫ぶも誰もいません。
客席の下に隠れて息を殺します。立ち去ったかと思って顔を出すと、待ち構えていました。相手は狡猾です。グラウンドで押さえつけられ、そのまま短剣を体に突き立てられ、血が出ます。
もう終わりだと思った瞬間、背後からシャーリーが銃を発砲。ブッチャーは退散し、そばには短剣が落ちていて…。
幸いにもミリーは軽傷。でも、母と姉は口論になり、家の雰囲気は最悪。その夜。ベッドでミリーは謎の感覚に襲われるような気分がしました。
ミリーは起床します。おそるおそる目覚めて部屋を見渡し、母に話しかけられますが、喋りません。鏡で自分を確認。ほう、なるほど…。
一方、ブッチャーも潜伏先で目覚めます。声が変だと違和感を感じ、自分の今いる場所に驚愕。不気味なものばかり。そして、鏡で自分を見て絶叫。
ミリーは居間に降り、母が包丁を持って料理する姿をじっと見つめます。食事を両手で貪り、奇妙な態度。そして学校の話を持ち出され、友達という言葉に不気味な表情を浮かべるミリー。
ミリーとブッチャー。2人は不思議な短剣のパワーで身体が、そう、入れ替わってるー!?
意外とアクションシーンがいい
入れ替わりモノなどのSF的現象がその身に降りかかるタイプの作品は、まずなぜそんなことになってしまったのか、どうやったらそれを解消できるのかを模索するというミステリー要素が物語を引っ張ることが多いです。“クリストファー・B・ランドン”監督の前作『ハッピー・デス・デイ』シリーズはタイムループを主題にしてその謎解きが仕掛けになっていました。
しかし、この『ザ・スイッチ』はそのミステリー要素はほぼありません。摩訶不思議な短剣のせいです。24時間以内に解決しないとダメです。そう初っ端から情報をあっさり明らかにして、観客が無駄に頭を使わないようにさせてくれます。親切設計。
じゃあ何を楽しむのかと言えば、入れ替わったことによるスラップスティックなコメディとバイオレンスなシーンの交互の食べ比べみたいなものです。
本作の殺人鬼であるブッチャーは『ハロウィン』と同様のサイコパスな冷徹殺人マシーン。殺す動機も曖昧で、理解不能だからこその絶対的な恐怖があります。パワーもなぜだか異常に強いです。
そのブッチャーが女子高生になったことで身体的には言わば弱体化するわけです。だからあのウザい先生相手に意外に苦戦することになり、ここでスリリングなバトルがまた盛り上げてくれます。あの徐々に戦闘のコツを掴んでいく感じがいいですね。ご丁寧にあの先生を擁護不可のクソ野郎にしてくれているので、観客も思う存分ミリー(ブッチャー)を応援できます。のこぎりで縦割り切断されてスッキリ。
シリアルキラー化した“キャスリン・ニュートン”の赤い革ジャンな佇まいもたまらない。“クリストファー・B・ランドン”監督は『ハッピー・デス・デイ』シリーズといい、こういうヒロイン像が好きなのかな。
一方のブッチャーの肉体となったミリーは愉快です。本来だったら恐怖の殺人鬼なのですけど、こうなるとただの中年オヤジというだけですから。ここの“ヴィンス・ヴォーン”の演技はギャップ込みで本当にアホ全開。ジョシュとナイラと遭遇し、最初は怖がられて食堂でボコボコに攻撃されるも、なんだかんだで体力は強いので圧倒しちゃう感じがシュール。この場面もさりげないですけど、アクションシーンとしてよくできています。その後のミリーであると証明するためのダンスなどの仕草も笑えます。
タイムリミットがあるのでテンポよく話も進みますし、こういう小規模作は監督もお手の物ですね。
ジェンダーロールの転換
そんな感じでエンタメとして『ザ・スイッチ』は堪能できるのですが、もう少し掘り下げると実は本作はかなり賢く作られていると思います。類似の入れ替わりモノとベースは同じに見えても…。
本作は女子高生と中年男が入れ替わるのですが、これはつまりジェンダーロールが入れ替わることでもあり、それがキャラクターの推進力になっています。ジェンダー差別を明確に描くわけではないにせよ、その仕掛け自体は『軽い男じゃないのよ』と同様ですね。
例えば、ミリーは気弱な女子高生ということでイジメられやすい立ち位置にいます。それは同級生だけでなく、あの先生のように大人の男性からもです。SNSでも若い女性が誹謗中傷の対象になりやすいように、そしてそれをするのはたいてい男集団であるのと同じように。
しかし、ミリーは中年オヤジの身体になる。それは嫌な経験ですが、でも同時にジェンダーロールからは解放されます。もう若い女性という理由で攻撃されません。すると「あ、自分は臆病なだけと思っていたけど、案外と周りの反応が問題なだけで、自分は何も悪くなかったんだ」と自覚し始めます。変な話ですが、中年男性の身体になったことで自分自身を肯定できるようになっていくのです。
一方、ブッチャーは女子高生化したことで弱体化はしましたが、その代わり、バカな奴らが寄ってたかって自分に近づいてくるという、殺人鬼にしてみれば最高のシチュエーションを手に入れたことに。もう隠れながら襲う必要はありません。
これはこれで「女子高生」という表面だけを中年男が搾取する、典型的なオブジェクティフィケーションを象徴しているとも解釈できます。そういう心理的な不快感もありますよね。
女子高生の皮をまとったブッチャーは本来のミリー(中年オヤジ)に学校で出くわした際、「キャー!ブッチャーがいる、助けて!」とわざとらしく悲鳴を上げるシーンがあり、あそこはギャグですけど、それでもやはり根底では「女」を見下している感じがその場面ででてます。女ってこうなんだろう、女ってこう使えばいいんだろう…そういう知った口を聞く男の鬱陶しさです。
差別を回避するバランスのとり方
『ザ・スイッチ』はその設定上、どうしても下手をするとセクシュアル・マイノリティ差別を助長する危険性があるものです。けれど、本作の作り手はそのへんも上手く回避していたと思います。
最初にミリーの友人としてゲイであるジョシュを登場させることで、この主人公の空間には同性愛差別はないということを提示。だからミリーが男性化しても、トランスジェンダー差別な描き方にしませんし、物語内でもそうなっていません。
それどころか好きな男子と中年オヤジの姿のままでキスする。そこをギャグにせず、しっかり外見は関係ないという真面目な姿勢で向き合っているのも良かったです。『ビューティー・インサイド』みたい…。
これだったら同性愛描写禁止の国でも上映できるのかな?
入れ替わりネタと言えば、ジョシュがブッチャーを内に抱えるミリーを家で拘束している際、母親が帰ってきてしまい、思わず「これはセックス・ゲーム」「自分はストレートなんだ!」と逆カミングアウトする展開もシュールでしたね。セクシュアル・マイノリティにありがちなカミングアウトをこうやって反転させるギャグもありなのか。
ただし、これらはオリジナルでちゃんと配慮されていたとしても翻訳ひとつで容易に差別的になってしまうのでちょっとリスキーでもあるのかな、と。これがもし吹き替えとかだったら、声優の演じ方の変化だけで一気に差別を煽ってしまうことになりますからね。その点はあまり日本企業は信用できない前科があるので、心配ではある…。
とりあえず『ザ・スイッチ』は単に入れ替わるだけではない、このジャンルのさらなる可能性をあちこちで切り開いてくれたのではないでしょうか。
入れ替わってジェンダーロールの殻を破れるなら、それもいいのかな。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 80%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2020 UNIVERSAL STUDIOS
以上、『ザ・スイッチ』の感想でした。
Freaky (2020) [Japanese Review] 『ザ・スイッチ』考察・評価レビュー