ラブレス
映画『ラブレス』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:Loveless
製作国:ロシア(2017年)
日本公開日:2018年4月7日
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ

あらすじ

一流企業で働くボリスと美容院を経営するジェーニャの夫婦。離婚協議中で、すでにそれぞれ別々のパートナーがおり、一刻も早く縁を切りたいと考えていた。そんな2人には12歳の息子アレクセイがいたが…。

ネタバレなし感想

あなたは耐えられるか?

「愛」の反対は「無関心」とは、よく言いますが、今の世の中はこの無関心が疫病のように蔓延しています。

自分の都合が悪ければ、国民の訴えの声など耳にも入れない政治家。社員を奴隷としか思っていない企業の上層にいる経営者。子どもや若者を支配している気でいる教育者。マイノリティを当然のように蔑むレイシスト。

ただ、こういうわかりやすい“悪役”的ポジションの人間だけが無関心によって世界をダメにしているわけではありません。私たち全員が気づかないうちに無関心の中に身を投じてしまっている。「関係ないし…」「知らなくてもいいし…」そんな考えでつい何かしらの事象から目を背けたことは、みんな身に覚えがあるのではないでしょうか。

この世界に蔓延る無関心の残酷さを、これ以上ないインパクトで痛烈に描いた映画が、本作『ラブレス』です。

どれくらい痛烈かというと、私が2018年に鑑賞した新作映画の中で、どんなホラー映画よりも、本作のほうが一番怖かったと断言できるくらいです。詳しく語るとネタバレになるのでそれは後半に書きますが、もう序盤の展開からスクリーンを見たくない気持ちにさせられ、椅子に磔にされたような気分。控えめに言って拷問でした。不快感MAX。この映画を観た帰り道は、まあ、最低のテンションでしたよ…。

本作はロシア映画で、監督は“アンドレイ・ズビャギンツェフ”という人。この監督は、初長編作『父、帰る』がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞に輝くなど、その才能がキャリア早々から高く評価され続けている人物です。私も監督過去作をいくつか拝見済みですが、どれも重たいテーマで、閉鎖的なコミュニティの闇を突きつけるものばかり。なので、監督の作家性を知っていれば、ある程度、ヘビーであることは想定はできるのです。私も自分なりに心のシールドを最大限に強化してこの『ラブレス』に挑んだ…つもりでした。

結果は敗北。ズタズタのボコボコです。シールドなんて意味なかった…。

幸か不幸か本作は比較的入りやすい入口を持っている映画なのが、また恐ろしく…。話は、ある家族の物語で、その息子である少年が行方不明になるというのがメインの出来事。いわゆるクライムサスペンスとして捉えたくなる内容じゃないですか。“アンドレイ・ズビャギンツェフ”監督の直近の映画で、権力に蹂躙される地方を描いた『裁かれるは善人のみ』よりはだいぶ見やすいです。

ところが、迂闊に足を突っ込んだら、そこはもう落とし穴ですよ。底に針がびしっと並んだ…。

こんなこと書いていると十中八九、誰も観たがらない映画になってしまうのですけど、2017年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で審査員賞を獲得したくらいですから、映画としては素晴らしいです。だから観る価値はある、観ましょう(暗示)。

この暗黒家族映画に関心を持つことが大切なのです。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

子ども視点なら、ホラー映画

レニングラード州のアパートで暮らす、とある中流家庭の一家が本作の主人公。夫のボリスと、妻のジェーニャは、離婚協議の真っ最中で、双方ともに別れることに全く意義はない状態。なにせボリスにはすでに若い新しいパートナーのマーシャがおり、しかも妊娠中。一方のジェーニャにも年上で裕福な新しいパートナーのアントンがいて、親密に愛を深め合う日々。すぐにでも次の人生を謳歌する気満々です。

これについては、普通というか、別にとやかく言うことでもないです。個人の生き方ですから、相性が悪いなら、別れても全然OKなもんです。

しかし、問題はこのボリスとジェーニャの間にできた、今は12歳になった息子のアレクセイ。父と母はこの子を全く愛していないのでした。いや、そういう次元ではないです。もはや害虫同然に扱っています。ボリスとジェーニャにとって、憎き相手の血を引き継いだ存在。「失敗作」呼ばわりするほどの憎悪を抱えていることが、夫婦どうしの険悪な会話で知ることができます。

ところがこの最悪な会話を聞いていたのは観客だけではなかった。ジェーニャがドアをバタンと閉めたときにその裏に隠れていたのは、何を隠そうアレクセイ。声にならない慟哭を顔面に浮かばせながら…。

もうこのシーンはホラー映画ですよ。アレクセイを演じた“マトヴェイ・ノヴィコフ”の演技も凄まじく、とうてい子どものする顔じゃない、この恐怖の顔が頭にこびりつきます。

注意しなければならないのは、ボリスとジェーニャの両親は、目に見える直接的な“ネグレクト(虐待)”はしていないということ。ちょっと子どもに厳しく冷たいくらいにしか、周囲には見えていません。

でもこの家族は完全にどん底に堕ちており、修復不能な状態にあるのは疑いようがないわけです。なので、アレクセイが行方不明になってからも「面倒なことになった」くらいにしか思っておらず、早く対処して解決するために警察には通報しますが、捜索には全く主体的に動きません。そもそも姿が見えないことに気づかないジェーニャにゾッとしますが、ボリスの徹底した無気力っぷりにも愕然とします。

家族として死んでいるに等しい姿をここまで見せつけられると、観客としては胸糞悪いのですが、怒るほどの気力もなくなるというか、「もう、これ、ダメだ…」と諦めモードになって眺めるしかなくなりますね。

同様の映画だと『葛城事件』を彷彿とさせます。
『葛城事件』感想(ネタバレ)…葛城家はどこにでも存在する

子どもとの再会が突きつける残酷さ

最近は『万引き家族』のような疑似家族を描いた名作も多く、血縁がつながっていなくてもファミリーになれるというテーマ性はトレンドでもあります。対して、本作は血縁があるのにファミリーとはかけ離れているという、真逆の残酷性を描く既存の家族観の崩壊を意味する作品ともいえます。

その一方で、本作のテーマがターゲットとするスケールは非常に広いです。つまり、本作は家族というコミュニティだけに言及したものにとどまらず、もっと拡大した、国や世界全体の風刺ともとれます。

これは“アンドレイ・ズビャギンツェフ”監督の十八番。

前作『裁かれるは善人のみ』でかなり露骨に権力者批判を描いた結果、政府関係者から厳しい言葉を言われたので、国から予算をもらうことは絶対にしたくないと考えて今回はもらわなかったという監督。今作には前作ほどの直接的な要素はないにせよ、それでもロシア社会をグサリと突き刺すエッセンスはたっぷりです。

物語は2012年に始まり、2015年へと続くかたちで終わるのですが、2012年はロシアでプーチンが大統領に返り咲いた年であり、当然、関係ないわけもなく。プーチン大統領主導で権力集中を進めるロシアの現状は日本にも伝わるほどですけど、そういう体制の巨大化の裏で起こる歪みを描くのが本作の裏テーマでもあるのでしょう。

“アンドレイ・ズビャギンツェフ”監督は宗教批判もするのが特徴で、今作でもありました。ボリスは上司が敬虔なクリスチャンで、それゆえに離婚が外部に知られれば左遷かクビになりかねないと極度に恐れているのが、同僚との会話でわかります。なんでも実際にこういう宗教的思想で社員をコントロールする上司がいるらしいです、ロシアには。ロシアは宗教と権力が結びついていて、それが社会で個人同士を断絶させているんですね。まあ、日本の職場も宗教ではないにせよ、宗教以上に狂気じみた体質が労働者をブラックな鎖で縛っていますけどね…。

ロシアは映画の検閲がそこまで厳しいわけではないみたいですが(今のところ)、監督がインタビューで語っていた、「お金を出さなければ作品は作れない。文化省や基金がお金を出さないと、映画が作れなくなる。お金が圧力や検閲の手段となっている」という言葉には考えさせられます。

監督が凄いのは、こういうテーマを風刺する場合、フィクションとしてオブラートに包むことが多いのに結構ストレートに描くこと。

その刃先が最も研ぎ澄まされるのは、本作の終盤。発見された子どもの遺体と面会するボリスとジェーニャ。「違うわ、あの子じゃない」と否定するジェーニャに、念のためDNA鑑定したほうがと警察は提案するも、発狂する母と泣き崩れる父。

このシーンは、2つの解釈ができます。ひとつは自分の子の死を信じたくなくて現実逃避しているという解釈。もうひとつは子どもの存在をなかったことにしたくて否定しているという解釈。どんな人間にも一滴くらいの愛があるんじゃないかと前者の解釈を信じたいものですが、これまでの過程を見ると…そんな超残酷なオチです。

その後、月日がたち、別々の暮らしをスタートさせたボリスとジェーニャ。ウクライナ情勢を報じる政府寄りのニュースも雑音のように聞き流し、ジェーニャは「RUSSIA」と書かれた服を着てランニングマシーンで走り出す。アレクセイが冒頭で遊んでいた赤白のテープは誰の目にもとまらず木にひっかかったまま。

これが無関心の日常です。

ラブレス

無関心は救えるのか

そんな救いゼロの映画なのですが、唯一の希望は、やる気のない警察に代わって尽力してくれる、アレクセイ捜索に集めるボランティア・グループです。

あれはモデルがあるらしく、ロシアに実在する捜索救助隊「リーザ・アラート」というもので、かつて森で行方不明になったリーザという少女が発見の数時間前に亡くなっていたという悲痛な事実が判明し、そのときの教訓をもとに2010年に設立された非営利組織なのだそうです。

ロシアでは、キノコ狩りに行ったまま行方がわからなくなる事件が多いらしく、なんかそこは日本みたいですが、雪が解けると死体が次々出てくるという実態を聞くと、さすが国土の広いロシアは違ったと思い知らされます。

2016年の1年間に、ロシア全土で届け出のあったもので6150名の行方不明者が発生したうち、その89%を、リーザ・アラートが生存状態で発見しているそうで、大活躍しています(本作のおかげで認知度も上がったとか)。

赤の他人でも身を投じて尽くそうとする精神の素晴しさは、日本でも災害の多かった2018年、スーパーボランティアなんて呼ばれる人も注目されるなど明るいニュースでもありました。

しかし、本作のあのボランティアたちも、淡々と事務的に作業していく姿に、彼ら彼女らの限界を感じてまた暗い気持ちになります。ボランティア・リーダーのイワンと夫婦の会話からも、おそらく親がアレクセイに無関心なのはイワンは察知していたでしょうし、それについてはどうしようもできないと割り切っているんですよね。

本作は安易に救いを見せません。莫大に増長した無関心は本当に世界を滅ぼすようになったら、誰にも止められないのです。

この映画を観た帰り、街中を歩いている時、周りにいる大勢の人は他者にどれくらい関心を持っているのかと考えてしまいました。そして、何も知らない自分自身もまた恐ろしくなるのでした。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 82%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

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