ブラザー 若者たちの掟
Netflix映画『ブラザー 若者たちの掟』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Mon frère
製作国:フランス(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ジュリアン・アブラハム

ブラザー 若者たちの掟

あらすじ

人生はある事件をきっかけについに転落してしまった。逮捕のあとに待っていた、青年保護施設での過酷な日々。道を踏み外した若者たちの厳しい掟。そこは理不尽な人生と向き合うような理想的な環境とは言えなかった。そして人生を変える友情を知り、少年は大人になっていく。自分のしてしまったことは正しいのだろうか。

『ブラザー 若者たちの掟』感想(ネタバレなし)

ラッパー「MHD」デビュー作

「フレール」という名称がついた店をたまに見かけることがあると思います。レストランだったり、スイーツ店だったり、ファッション・ショップだったり…。これは「frère」というフランス語に由来しており、意味は「兄弟」です。まあ、全然フランス関係ない店の名にも使われていたりもしますが…。

映画発明者にして映画の父、フランスのリュミエール兄弟もフランス語では「les frères Lumière」。もう覚えましたね。

英語の「brother」と同じで、「frère」もそれだけだと「兄」なのか「弟」なのかは区別がつきません。むしろ年齢で単語を分ける日本がかなり特殊なのかな。日本人感覚だと困らないのかなと疑問に思うですけど、意外にそちらの言語圏の人は違和感なく過ごしているし、やっぱり価値観的なものなのか。どっちが先に生まれたのかなんて、確かにどうでもいいことですね。

今回紹介するフランス映画『ブラザー 若者たちの掟』も原題が「Mon frère」となっていることからわかるように意味としては「私の兄or弟」です。じゃあ、兄と弟、どっちなの?と思うかもしれませんが、これは私の考えるところだと、どちらでも読み解けるようなタイトルになっているのだと思います。こういう解釈の振れ幅が生まれるのも、年齢で区別しない兄弟姉妹の観念があるからこそであり、やはりなかなか面白いものです。

『ブラザー 若者たちの掟』の中身の話をすると、本作は“ある理由”(この理由は物語上大きなポイントになっており、ネタバレなしでは言えません)で青年保護施設に入所することになったひとりの少年の苦悩を描く作品です。この少年が主人公なのですが、彼には弟がおり、その弟は祖母に引き取られて、兄の帰りを待っています。つまり、この兄弟の話だからこそのこの原題です。

また、物語の大部分は青年保護施設が舞台となり、そこでの独自のコミュニティでの暮らしが描かれます。青年保護施設というのは、犯罪などなんらかの反社会的行為を犯したけれども未成年なので刑務所には送れない子どもたちを一時的に預かる場所のこと。もちろんそこでも問題を起こし続ければ、ズルズルと施設からいつまでも出ることはできず、やがて刑務所送りになってしまいます。本作の内容がどこまでリアルなのかはわかりませんが、青年保護施設を通してフランス社会の現実がヒシヒシと伝わってくるようなシリアスな映画です。

一方で、シリアスではあるのですが、そこでの若者たちのある種の青春的なキラメキも雲間から差し込む陽光のように一瞬輝く…そんなドラマもあったりします。

監督は“ジュリアン・アブラハム”という人で、私は全然知らなかったのですけど、これまでも若者のリアルな生き様や家族との切実な関係性を生々しく描いてきた監督のようです。

『ブラザー 若者たちの掟』がフランス国内でとくに注目が高かった理由は主演です。主人公を演じるのは、“MHD”という最近「アフロ・トラップ」という新ジャンルな音楽を引っ提げていきなり人気爆発させている話題のラッパーなのだそうです。私はヒップホップとかラップ業界に1ミリも詳しくないのですが、フレンチ・ラップの新鋭が俳優デビューする映画ともなれば、それは関心を集めるのも納得です。

そして、実際に観てみると、これまたかなり抑えたトーンで、ラップ的な軽快さも全然ない、予想以上の俳優としての深みを見せているのですから余計に驚き。“MHD”…初めて顔を見たけど、ただものじゃない…。

ただ、なんと“MHD”は2019年1月に殺人絡みで逮捕されるという衝撃のニュースが飛び込み、一部の活動を中止。現在、裁判中の様子。それでも映画は公開されているのですから、凄いものです。というか、若干の『ブラザー 若者たちの掟』とシンクロしちゃっているのですけど、なんなんだ、これは。

そんなこんなでフランス国内をあれこれ騒がした一作ですので、ぜひ時間がある人は鑑賞してみてください。

日本ではNetflixオリジナル作品として2019年11月22日から配信中です。

オススメ度のチェック
ひとり◯(フランス映画好きなら)
友人◯(映画好き同士で)
恋人△(かなりシリアスで重い)
キッズ△(大人向けのドラマ)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ブラザー 若者たちの掟』感想(ネタバレあり)

語れない罪を抱えて…

手錠をかけられ、車で護送される少年。その顔から本心は消えてきませんが、人生を謳歌しているわけではないのは確か。

場面は変わって部屋から出てくる先ほどの少年。裁判でも終わったのか。再び警察に手錠をかけられ、連れていかれようとしたところ、女性がやってきて抱きしめます。どうやら少年の祖母らしく、この少年の名前は「テディ」のようです。そしてテディより少し年齢が低い少年とすれ違い、名前を呼ばれますが、そのまま通り過ぎるテディ。

その子は「アンディ」という名前で、次のシーンではうつむきながらセラピストに関する話を祖母と一緒に提案されています。その会話からわかるのは、テディとアンディの兄弟の母親は出ていったらしいこと、この祖母の息子がテディとアンディの父であり、どうやら暴力的な父親らしいということ。何が起きてこんなテディの拘束に繋がったのかはこの時点では謎。

一方、テディは車の助手席に乗り、どこかへ連れていかれていました。ハンドルを握る男イゴールは「自分は警官でも看守でもない」「補導員だ」と説明。YCCという青年保護施設に向かっているようで、今は12人の子どもがいて、滞在期間は6か月なのだとか。

施設にたどり着くとそこはとくに厳重な牢獄のようなところでもなく、普通の広めの建物。しかし、そこの庭先で遊んでいる、いかにもガラの悪そうな若者たちや、施設内で椅子を投げて暴れる若者に、すっかり気分が落ち込むテディ。弟に電話したいと要望するも「近いうちに」とはぐらかされます。

自分の部屋を与えられ、施設内をウロウロしていると、何人かに話しかけられますが、無視。ある場所ではなぜかボクシングのリングが用意されており、さっき暴れているのを見た若者がスパーリングしているのを目撃。

その夜、全員が席について、補導員イゴールが各自で自己紹介するように促すも、補導員にすらも強い口調で反抗する若者たちは収拾がつかず、結局、全然自己紹介が進まないのでしびれを切らして補導員が矢継ぎ早に名前を挙げていきます。

ボブ、サイラス、ビギー、ライアン、ヴェロ、ウンサル、モイーズ…。

するとさっきの気性の荒そうな若者が「俺の席だ!」と喧嘩腰で乱入。どうやらエンゾという名前らしく、一触即発になりますが、その場はなんとか収まります。

このエンゾと何かと対立することになるテディ。授業では帽子をとられ、言葉でからかわれ、あげくにベッドに罵詈雑言の落書と汚物で荒らされるという酷い仕打ちまで。まさに犬猿の仲であり、常に火花が散りますが、テディはやられっぱなしです。

それが運命の出会いとなるとも知らずに…。

力の支配構造という束縛

『ブラザー 若者たちの掟』は大きく分けて前半の青年保護施設パートと、後半の逃避行パートがありますが、前半部分は非常にコミュニティというものの表裏を見せつけられる、嫌な空気感が漂います。

最初にテディが来た時は明らかにエンゾがこの青年保護施設の若者たちの中心にいるボス的な存在で、そんなエンゾの突発的に溢れる怒りを、施設の補導員たちがコントロールするという、それでひとまずの調和が保たれていました。

しかし、モーというテディと同じ黒人の若者が登場してから事態は変わります。当初は親切心でテディに近寄っているのかなと思えたモーですが、エンゾとの対立姿勢を見せ始め、テディにエンゾの個人ファイルを盗みだすように指示。そこに書かれていたエンゾの秘密にしていた事実を暴露して、一気にボスだったエンゾの座を陥落させ、自分がボスに君臨。食事に唾を吐くなどモーのエンゾへの嫌がらせは増す一方で、かつてテディがエンゾにやらされたようにエンゾも部屋を荒らされて…。ついに集団リンチ事件まで勃発。

しかもモーはエンゾを陥れるだけでは飽き足らず、補導員にまで牙を向け、一番屈強そうな黒人の補導員パプーが施設を出ていったのを知るや、怖いものがいなくなり、暴れ始めて一気に施設を掌握。コミュニティを支配してしまいます。なんかサル山を見ているような気分…。

この力による支配が逆転するという現象。まさにテディが施設に来る前に経験したことでした。父親が日常的に暴力を振るわれ、その対象が母親から自分たち兄弟に移り、怯えるしかなかった日々。ある日、母からもらったスマホが見つかり、父に暴力で屈服させられていると、その父は傍で見ていたアンディが取り出した銃口を向けられることになり…

「この家では俺がルールだ」と豪語する父親を見てきたアンディは暴力の怖さを知っているし、それが何気ない瞬間に逆転してしまうことも知っている。自分が施設に来てからもその暴力という原則から逃げられはしない…。

もちろんこの「力」の圧力が幅を利かせるという構造はどの国、どの世界でも起きていることであり、私だって嫌なことですが、身近にあるのも事実。「若者たちの掟」という副題ですが、別に若者限定の構造ではありません。むしろ大人の方が酷く顕在化しているとさえ言えます。その醜さがこの未成年たちにも表れてしまっているということ自体が怖いのであって…。

『ブラザー 若者たちの掟』を観ていると、自分の近辺で起きた(もしくは今この瞬間に起きている)その構造を如実に思いださせてしまい、かなり不快な嫌悪感をグッと飲み込んだ人も多いのではないでしょうか。それくらいの身に迫る生々しさがあります。

そんな力の支配構造に対して私たちができるのは「逃げる」という行為しかないのもツラく…。

ブラザー 若者たちの掟

本当に逃げられたのか

『ブラザー 若者たちの掟』の後半は逃避行パート。

モーの独裁社会となった青年保護施設を抜け出したテディとエンゾ。その際に銃でイゴールを脅すという、ここでも力が使われているのがまた皮肉ですが…。

夜、近くにあったバイクに二人でまたがり、逃走。そこで初めて自由の解放感を体全体で味わってはしゃぐ二人は微笑ましいです。12歳の弟アンディを連れて、車に変えて逃走を続行。母がいるとされるアムステルダムに向かいます。その道中も、なんだかんだで仲良く談笑し合う3人。

力の支配構造がなければこんなにも自分らしく生きられる。その真実が切なくもあり、尊いものでもあり…。そこには年齢とか人種とかは障害にはならないというのも良くて…。

しかし、その逃避行の中でも逃走用の新しい車を手に入れるために「俺のダチを下層民って言ったか!」と言いながらエンゾが銃を突きつけておカネを持ってそうな若者から車を奪うシーンなど、力の支配構造に自ら頼っている一面も見えてきます。結局、テディたちは力から逃げ出したように見えますが、実のところ力から逃げきれてもいない。この事実も観客には突きつけられ…。

なんだか終わりのない迷路をぐるぐる回っているみたいですね。

それぞれの逃げ道

『ブラザー 若者たちの掟』では2人の逃げた者の末路が見えます。

ひとりはテディとアンディの。彼女はアムステルダムで新しい生活を始め、そこでの母に出会ったテディたちは母が妊娠していることを知ります。自分たちを置いて行った母への感情をぶつけるしかできないテディの気持ちもわかりますが、母にしてみればこれが自分のできる逃げ道だったのでしょう。そしてお腹の中の新しい命が今の希望にもなっています。それが女の子だというのも、兄弟とは違う運命を感じさせるものです。この子の未来はどうなっていくのか…。

もうひとりはエンゾです。彼の過去は盗み見た個人ファイルからわかる範囲だと「3歳の時に事故で母親を亡くし、里親を転々。窃盗と麻薬密売で捕まり、受け入れ先の父親を殴った」ということが判明。そしてモーが嘲笑った「里親にやられたゲイ」というセリフに一番の過剰反応を示し、またアムステルダムの公園で気楽に戯れる女性たちを尻目に、あんなに威勢よくマウントをとっていたエンゾが急に大人しくなって女性と踊りたがらないという姿からも、彼は同性愛者の一面が見え隠れします。だとしたら、エンゾがあれほど施設で虚勢を張っていた別の本音がわかりますね。

最終的にエンゾはアムステルダムまで追ってきた補導員に捕まりそうになり、テディの助けもあって、逃げ出します。街のどこかへ。彼の居場所はあるのか、それはわかりません。

そして逃げ場が最後まで見えていないのはテディとアンディの兄弟です。この二人は下手をすれば父親と同じ暴力に身を溺れる可能性だってあります。運命の分かれ道。全ての真相が明らかになり、正当防衛だから罪にならないと言われても、問題はそこではなく、力の支配構造の出口が見つからないことで…。慟哭するテディはどうなるのか。

ひとつ言えるのは兄弟がいたからきっと自分を見失っていないのだろうなということ。兄弟愛だけが唯一の支え。あの兄弟の間だけには力の支配構造がないんですね。

今、あり方を彷徨う私たちの世界が参考にすべきは、こういう兄弟姉妹の間柄なのかもしれない。そんなことを思わせる映画でした。

ROTTEN TOMATOES
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IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Ex Nihilo