重厚な歴史鑑賞の時間です…「Apple TV+」ドラマシリーズ『チーフ・オブ・ウォー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
シーズン1:2025年にApple TV+で配信
原案:トーマス・パー・シベット、ジェイソン・モモア
人種差別描写 性描写 恋愛描写
ちーふおぶうぉー
『チーフ・オブ・ウォー』物語 簡単紹介
『チーフ・オブ・ウォー』感想(ネタバレなし)
ハワイの人の手で、ハワイの物語を作る
今はGoogleで検索すると「AIによる概要」というのが当たり前のように表示されるのが普通の光景になってしまいましたが、そこで「ハワイ」と検索すれば真っ先に「美しいビーチや豊かな自然が魅力の人気の観光地」と紹介されています。
確かに日本にとってはハワイは定番の観光地です。間違ってはいません。
でもそれはハワイがさまざまな歴史の上に辿り着いた今の姿のある一面にすぎません。ハワイが今に至る前にどんな激動の歴史があったのか。そこには「美しさ」や「豊かさ」なんて安直な言葉では言い表しきれない過去がありました。
ということで今回紹介するドラマシリーズは、AIのやけに綺麗に整理された情報からは窺い知ることのできない、ハワイの歴史を重厚な映像と物語でお贈りする、至極の一作です。
それが本作『チーフ・オブ・ウォー』。
本作は歴史ドラマであり、ハワイ史を主題にしています。とくに18世紀末の時代です。
ハワイの歴史についてそもそもあまり知らない人も少なくないと思うのですが、現在のハワイはアメリカ合衆国の領土になっているのはわかっているでしょう。しかし、18世紀末は違いました。
ハワイの島々は火山の活動により海底から隆起して誕生したので、陸続きであったことがありません。しかし、大昔に人々は航海してこの島に辿り着き、住み着くようになり、その人たちはこのハワイの先住民となりました。
1778年、イギリスの海洋探検家ジェームズ・クックがこのハワイの島々を見つけ、西洋に知られることになりました。「サンドウィッチ諸島」と名づけようとしたのですが、もうすでに先住民は「ハワイ」など自分たちの名前で島を呼んでいました。
当時のハワイ諸島は島ごとに統治され、部族が暮らしていました。ところが、マウイ、オアフ、カウアイ、ハワイの4つの島はときに争い合う関係であり、不安定でした。
最終的にハワイ王国が誕生するのですが、本作『チーフ・オブ・ウォー』はこの島ごとに争い合っていた時期に焦点をあてています。
ハワイ史を主題にするというだけで珍しいですが、『チーフ・オブ・ウォー』は徹底して民族文化考証に力を入れており、非常に作り込まれているのが特徴です。
ドラマ『SHOGUN 将軍』のような架空の人物名ではなく、基本的に中心にいるのは実在した偉人であり、ある程度の脚色はありますが、紛れもなく歴史が土台になっています。
この『チーフ・オブ・ウォー』を企画したのは、“トーマス・パー・シベット”と“ジェイソン・モモア”。2人ともハワイにルーツがある親友同士で、“ジェイソン・モモア”が『アクアマン』で華々しく主演を飾った後、その2作目の『アクアマン 失われた王国』の脚本家に“トーマス・パー・シベット”を加えるほどの仲の良さです。
この“トーマス・パー・シベット”と“ジェイソン・モモア”は「自分たちハワイ人の手でハワイの物語を作りたい!」という夢を抱いていたそうで、それがついに結実したのがこの『チーフ・オブ・ウォー』。だからものすごく想いが詰まりに詰まっており、それは作品を観ると伝わってきます。
『チーフ・オブ・ウォー』でも、“ジェイソン・モモア”が主演を務め、“トーマス・パー・シベット”とともに脚本も兼任し、最終話ではエピソード監督もやってます。気合、入りまくりです。
共演には、ドラマ『ナイト・エージェント』の“ルシアン・ブキャナン”、ドラマ『ボバ・フェット/The Book of Boba Fett』の“テムエラ・モリソン”、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の“クリフ・カーティス”など、ハワイにルーツのある人が揃っています。
『チーフ・オブ・ウォー』は「Apple TV+」で独占配信の全9話で、1話あたり約40~60分に濃密なボリュームが詰まっている圧巻の超大作歴史ドラマです。「Apple TV+」に加入したらまず視聴しておきたいドラマの一作ですね。
『チーフ・オブ・ウォー』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | やや間接的に性描写があります。 |
『チーフ・オブ・ウォー』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
18世紀後半、マウイ、オアフ、カウアイ、そしてハワイ。この4つの王国は、各島の部族間の終わりなき戦いを繰り広げていました。しかし、ひとつの預言が希望でもありました。その預言によれば、羽根飾りのマントを身に着けた星が偉大な王の誕生を告げる…とのこと。その者が王国を統一し、戦の時代を終わらせるのでした。それはいつ訪れるのかはまだ誰にもわかりません。
カウアイ王国の近海にて、カイアナは単身で海に潜り、仲間が見守る中、サメと対峙。冷静に縄をかけ、サメの背びれに捕まえます。そして麻酔で弱らせ、見事に捕獲に成功。サメの死に感謝し、その恵みを王国に持ち帰るのでした。
家に帰ってくると、嫌がらせされていたことに気づきます。実はカイアナはマウイ出身でよそ者とみなされていたのです。マウイでは元首長でありましたが、流血の戦いに嫌気がさし、愛する家族を守るために、弟のナヒとナマケ、妻のクプオヒ、その妹のヘケといった家族と一緒にこの地に移り住みました。
そのとき、法螺貝が吹かれます。海から見知らぬ船が接近していました。マウイの船です。マウイを統治するカヘキリ王がカイアナに軍議への出席を命じ、呼び寄せたのでした。カイアナは軍でも一目を置かれており、逆らえば命はないと言われ、従うしかありません。
久々にマウイ王国に戻ると、クプレ王子が迎えます。故郷の屈強な兵たちは元戦闘長のカイアナに冷たい目線を向けます。槍使いのヌイはとくに無言の敵対的な態度です。その場でヌイとの勝負が執り行われ、カイアナは圧倒的な身体能力でヌイの投げた槍を回避し、地面にねじ伏せてみせます。実力は衰えていないことを証明してみせました。
それを見ていたカヘキリ王は満足そうに、カイアナに近づきます。カイアナの父も戦闘長でした。カウアイに戻りたいと願いでるカイアナですが、王国に脅威が迫っていると言われます。
なんでもお告げによれば、オアフに征服され奴隷にされるかもしれないそうです。若きハハナ王の統治するオアフはマウイとは和平があったはずですが、今では大勢の兵士が揃っているとのこと。
カイアナは家族と議論します。翌日、王がひとりで訪ねてきて、カイアナの父の骨が祭られている場所に案内。戦死したはずですが敵が骨を返してくれたそうです。戦いの決意をあらためて問われます。
その夜、家族で葬儀した後、浜辺にて預言者タウラは幻視の中でカイアナの前に現れ、「父の手を握りなさい」と告げます。
カイアナは戦いに参加することに決めました。少数の兵士を連れてオアフ王国のワイキキに潜入する作戦です。
ところが、カヘキリ王は土壇場で事前に説明したはずのカイアナの作戦を無視して全軍を上陸させ、血みどろの暴力が繰り広げられます。しかも、相手は兵士ではなく農民のようです。どおりで一方的に倒せるわけでした。
カヘキリ王はまだ子どもであろうと皆殺しにし、神聖な神殿さえも血で汚します。若き王は捕まり、カヘキリ王が容赦なく処刑。
カイアナはカヘキリ王に騙されたのだとようやく悟りますが…。
ハワイの民族性の複雑さを活写

ここから『チーフ・オブ・ウォー』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『チーフ・オブ・ウォー』にて、何よりもプロットの構成で上手いなと思ったのが、主人公の選定です。
普通に考えると、ハワイ統一の歴史を描くとならば、カメハメハ(カメハメハ1世)を主人公にしようとするものじゃないですか。実際、本作の初期の企画を練っているときは、“ジェイソン・モモア”がカメハメハを主演して、それメインでやる話もあったそうです。しかし、カイアナを主人公に据え、カメハメハをあえて脇に置く方向でドラマを完成させました。
この結果、ハワイの歴史というものをとても多角的に見つめ、民族的な複雑さを表現してみせていたと思います。
カメハメハという人物はハワイを象徴する存在で、神格化されがちですけども、やはり作中でも描かれる歴史のとおり、ハワイ統一にいたる過程というのは非常に複雑な葛藤をともなうものでした。当然、それぞれの民族間でもカメハメハに対する認識は違います。良い印象を持っている人もいれば、あまり手放しに賞賛はできないと言葉を濁す人もいます。ハワイの人々は自身の民族性を「オハナ」という家族的なコミュニティとして大切しますが(作中でもタロイモで説明していたとおり)、そのルーツの多様性は一枚岩ではありません。
そのカメハメハに対してカイアナという人物(こちらも実在)は第3者の目線の代表としてちょうどいいんですね。ときにカメハメハに味方し、ときに対立した人間ですから。
しかも、カイアナはハワイ諸島から飛び出し、西欧など外の世界を体験した人物でもあります。本作ではカイアナが「銃を持ち込んだ者」としての役割を果たしており、ハワイ統一への寄与がより深くなっています。
本作でのカイアナの評価もまた複雑です。序盤ではマウイのカヘキリ王に騙されて虐殺に加担してしまった者としての罪が強調されます。そして銃を含む白人文明を連れてきたのもカイアナ本人です。
作中でも少し言及がありますが、ハワイ諸島では少し前にジェームズ・クックというグレートブリテン王国の海軍士官がハワイ諸島を「発見」しており、最終的にはハワイ先住民に殺されるという悲惨な事件が起きています。なので本作の開幕時点で白人文明にはすでに警戒的です。歴史を繰り返さないために、血が流れないように穏便にしようと心がけていますが、迂闊に過信もできません。
作中の中盤の後半では、商業取引(白檀交易)を拒まれた白人船が腹いせに砲撃して大勢のハワイ先住民が殺戮されるという事件が起きます。本作において「白人による先住民迫害」を最も生々しく描くシーンであり、一切目を背けさせません。
これについてカメハメハが責められるかたちになっていますが、同時にカイアナにも非がないとも言えません。この二者は歴史の責任を共有している、皮肉な運命共同体として描かれています。
それはハワイを戦乱から解放するには白人の力を取り込むしかない…というやるせない感情です。無論、それは今のアメリカの領土になった(それを「占領」と表現する人もいる)ハワイの姿、そして思いに重なります。
本作ではカイアナに黒人のトニーという相棒がいますが、彼のエピソードをとおして「もし歴史がわずかに違うルートを進めば、ハワイ先住民はみんな奴隷として白人に搾取されていたかもしれない」という別の未来を予感させる…そういう効果的な組み合わせ立ったと思います。
終盤、ケオウアを打ち倒し、カメハメハに万歳と喝采を先んじて言い放つカイアナの複雑な横顔。“ジェイソン・モモア”のキャリアベストな名演でしたね。
ちなみに今回でカメハメハに抜擢された“カイナ・マクア”は、俳優未経験で、カヌーのコーチだったらしく、それにしても素晴らしい存在感でした。もう私の中ではカメハメハはこの人という感じになってる…。
女性とクィア視点の自己文化批判
ドラマ『チーフ・オブ・ウォー』は、カイアナとカメハメハのメイン以外も良かったです。
とくに女性陣ですね。まずはカアフマヌ。彼女はもうひとりの裏の主人公というような立ち位置です。こちらも実在の人物で、やはりカイアナやカメハメハに匹敵する複雑な多面性を持ち合わせており、ハワイの歴史を左右する影響力がありました。
とりあえずこのシーズン1で描かれる範囲では、ハワイ諸島の男性中心社会に誰よりも嫌気が差し、政治的結婚を拒んでいました。けれども、カメハメハに嫁いで以降、しだいに現状で可能な自身のポテンシャルを自覚し、最終的には男だらけの議会に参加するまでになります。
順当に女性の権利を拡張してみせているようにも思えますが、ここでも戦争の狭間の中でしかそれを成し遂げられないというあたりが…。クプオヒとヘケもそうです。カイアナから心離れてナマケにすがっていくクプオヒ、ナヒの敵でオプヌイを殺して復讐に手を染めたヘケ。
対するワイネエ(ヴァイ)のキャラクターも魅力的でした。スペイン領東インド諸島で自力でビジネスして生活しており、いち早くあのハワイ文化の男社会と縁を切った女性です(「神の存在を盾に男が言い出した」というセリフが印象的)。なお、このワイネエはモデルにあった人物が本当にいて、その実在の女性は航海中に亡くなったそうです。本作では占領の残酷さの犠牲になる非業の死でしたが…。
悲しい展開と言えば、女性ではないですけど、クプレ王子も目が離せませんでした。作中でほんのりと匂わせているだけでしたが、彼には男性のパートナーがいて、第3話などで性的な関係があったことを暗示してもいました。これは「aikāne」というハワイの同性愛的な伝統文化のひとつで、同性同士で親密な関係を築くものです。
クプレは父カヘキリを切り捨てるべきか悩みに悩み、結局、失敗し、大切な存在を失うという、悲劇の宿命に身を縛られていますが、どうなるやら…。
これら女性とクィアの視点によるハワイ文化の自己批判も合わさって、ますますその批評性は高まっていました。
他にも語りたいところはいくらでもありますが(ネイティブハワイアンの伝統的な「そり」はきっと“ジェイソン・モモア”が映像化を渇望していたんだろうな、とか)、長くなりすぎるので割愛。
ケオウアとの決戦を描いた最終話は1791年の話なので、ハワイ統一はこれからです。
『チーフ・オブ・ウォー』は、歴史を精密にリサーチしながら、単に史実を忠実に再現するのではなく、作り手がどう歴史と民族の重さに責任を持って表現するかを考えに考え抜いた一作として、見事なドラマでした。続きはまだですか?
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
作品ポスター・画像 (C)Apple チーフオブウォー
以上、『チーフ・オブ・ウォー』の感想でした。
Chief of War (2025) [Japanese Review] 『チーフ・オブ・ウォー』考察・評価レビュー
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