でも行き交うだけはもったいない…映画『レンタル・ファミリー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・日本(2025年)
日本公開日:2026年2月27日
監督:HIKARI
恋愛描写
れんたるふぁみりー

『レンタル・ファミリー』物語 簡単紹介
『レンタル・ファミリー』感想(ネタバレなし)
レンタル・ブレンダン・フレイザー
私はどちらかと言えば最小の人間関係で生きていたいタイプの奴なので、わざわざ「家族」をレンタルしたいと思ったこともないですけど、世の中には他人をレンタルして「家族」に一時的にする人もいるというのだから、なんだか不思議…。
まあ、そこは人それぞれ、その人の価値観なので別にいいです。
でも他人をレンタルして「家族」に一時的にできるなんてビジネスは、人によってはものすごく嫌悪感を与えかねないものだと思うのです。いくら同意があれど、露骨に人身売買みたいですし、偽善的というか、欺瞞に満ちているじゃないかという批判もあって当然です。
なのでこれを主題にしようとする結構難しいバランス感覚が問われると思うのですが、それを映画で上手くやってのけた作品が現れました。
それが本作『レンタル・ファミリー』。
本作は、日本を舞台に、とある日本在住のアメリカ出身の白人男性が、ひょんなことから「依頼人から指定された“家族”のような役割を演じることで報酬を得る仕事」でビジネスをするレンタル・ファミリーの小さな会社で働くことになる…という物語です。
この『レンタル・ファミリー』を監督したのが、“HIKARI”という大阪市出身で、南カリフォルニア大学院(USC)にて映画を学び、2019年に長編映画監督デビュー作『37セカンズ』で鮮烈な才能をみせつけた日米の垣根を超えた逸材。
『TOKYO VICE』や『BEEF/ビーフ』といったドラマのエピソード監督の経験も重ねつつ、2025年に長編映画2作目としてこの『レンタル・ファミリー』でさらに才能をブラッシュアップしてきました。
『レンタル・ファミリー』は日米合作で、「サーチライト・ピクチャーズ」配給になり、一気にキャリアが飛躍した“HIKARI”監督はもうハリウッドに堂々と名を連ねて通用する存在ですよ。
しかも、今作はあの“ブレンダン・フレイザー”を主演に起用しています。私も最初に聞いたときは「ブ、ブレンダン・フレイザー!?」とびっくりでしたけど、2022年に『ザ・ホエール』でアカデミー賞の主演男優賞を受賞して以降の彼がまさか“HIKARI”監督作で観られるとは…。私も“ブレンダン・フレイザー”ならレンタルしたいよ…。
『レンタル・ファミリー』は日本で撮影しており、他の俳優陣はほぼ日本人が占めます。
ドラマ『SHOGUN 将軍』や『モナーク:レガシー・オブ・モンスターズ』などハリウッドでの活躍が増している“平岳大”、同じく『モナーク:レガシー・オブ・モンスターズ』にでていた“山本真理”、『盤上の向日葵』の“柄本明”など。


“HIKARI”監督だからこそ生み出せる絶妙な空気感を味わってお楽しみください。
『レンタル・ファミリー』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | やや性的な話題があります。 |
『レンタル・ファミリー』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
日本の東京都心。フィリップ・ヴァンダープルーグは小走りで駅の改札口を通り抜け、電車に間に合わなかったりしたものの、目的の建物に到着します。
そこのひと部屋では俳優のキャスティング・オーディションをしていました。フィリップはアメリカ人の白人俳優で、日本に住んで日本国内で活動しています。こうやって仕事を得ようと頑張る日々を送っています。
実は昔に日本の歯磨き粉のCMに起用され、ユーモラスなキャラクターで一躍知られる存在となったアメリカ人俳優でした。でもそれもすっかり過去のこと。
おじぎをして、英語のセリフを演じてみせます。部屋を出ると、ややため息交じりで後にします。たいしてやりがいの感じない小さな仕事をこなすだけの毎日に正直気分は落ち込んでいました。
夜に帰宅すると薄暗いまま部屋で買ってきた弁当をひとりで食べます。窓をみると、目の前のマンションの明かりのある窓から他の人々の生活が眺められます。
朝、突然、仕事の電話があり、指定された場所に行きます。なんでも「悲しいアメリカ人」の役らしいです。
ところが通された場所は葬式会場です。みんな黒い喪服で沈痛な顔で座っています。なんでここに自分が呼ばれたのか意味がわかりません。何の説明も無しです。すると棺に横たわっていた男が少し身を持ち上げ、フィリップはびっくり。他の人は平然としています。ますます混乱します。
それが終わると、先ほどの棺に横たわっていた人は「ありがとうございました」と礼をしていました。
腑に落ちないフィリップはまた会場に戻り、おもむろに自分も棺に寝てみると、妙な気分です。
その場を仕切っていたのは多田という男で、葬式はフェイクでした。フィリップが話しかけると、多田の会社に誘われます。名刺には「レンタルファミリー」と書かれています。
さっそく行ってみると、「私たちは人ではなく感情を売っている」と説明されます。ここは依頼者が求める家族の役割など関係性のあるポジションの人物を用意した俳優たちに演じさせるサービスをやっているとのこと。多田は「白人の男」が欲しかったようで、フィリップもここで働かないかと言われますが、その場では断ります。でも出る前に呼び止められ、とりあえず参加してみることにします。
この多田の「レンタルファミリー」の会社では愛子と光太という2人の従業員がおり、多田も含めて、役に徹する仕事をしているようです。
フィリップは慣れない中でそのレンタル依頼される「役」をやってみますが…。

ここから『レンタル・ファミリー』のネタバレありの感想本文です。
日本の外国人…でも居場所はある
『レンタル・ファミリー』の主題を日本で展開するにあたって、これを凡百の西欧の非アジア系のクリエイターに手がけさせたら、容易にオリエンタリズムに陥って、それでまったりと「良い話だね」風に終わってしまうなと思います。下手すれば、日本にやってきたばかりの外国人が、レンタルファミリーの仕事をとおして日本のエキゾチックな文化を体験するという設定にして、ありきたりな西洋視点からの異国文化体験で終わってしまいます。
しかし、そこはさすがの“HIKARI”監督、その落とし穴はしっかり回避し、むしろオリエンタリズムをちょっとユーモアを交えて揶揄うぐらいの余裕さえありました。
まず主人公の設定がよく練り込まれていて、今作のフィリップは「日本がホーム」と自称するくらいには日本社会に慣れて染まっている人間です。もう実質的には日本人です。
しかし、同調圧力の色濃い日本社会では、フィリップみたいな見た目からして非アジア人であるとわかる人間は、仮に日本生まれであろうとも、マジョリティの日本人からは「外国人」というレッテルを貼られます。
実際、フィリップはずっと「ホワイトガイ」とか「デカいアメリカ人」とかそんなラベルで説明するに事足りる存在としてこの日本では扱われており、本人もそれに順応してしまっています。「外国人」としてときにコミカルにネタにされる役回りでもそれをそういうものだと受け入れて妥協もする…。それがこの日本で生きるための最適解だと信じて…。
このいわゆる「トークン・マイノリティ」と呼ばれる立場の、何とも言えないもの寂しさというか、孤独感。日本社会に確かに今もそれなりにいる人たちの実在感が、この映画の物語の肝です。
“HIKARI”監督は『37セカンズ』でも日本社会の片隅にいるマイノリティを扱っていましたが、今作『レンタル・ファミリー』は「日本の外国人」に光をあてるという明白なコンセプトがありますね。
で、フィリップはいざレンタルファミリーの仕事をし始めると、これまでは「外国人らしいステレオタイプな役柄」しかやらないという遠慮のような一線を引いていたのに、もっと日本社会に踏み込んだ役に挑戦しないといけなくなります。
これはまさしくフィリップの中にある「外国人なのだから外国人らしくしなくては」という自分に課した内面的な規範をぶち破るプロセスを物語化したようなものとも言えるでしょう。
外国人であっても、この日本社会で何になってもいいのだ、と。
そのフィリップのアイデンティティを大きく揺さぶるのが、川崎美亜という白人とのハーフの少女というのも示唆的な存在でした。おそらくあの美亜もそのルーツゆえに、あの年齢であってもいろいろと偏見の眼差しに晒され、苦労はしていると思うのです。その中で、フィリップが「白人の父親」として傍に現れるのは、余計にリスクになると内心で考えるのも無理はないでしょう。日本社会における異物感がもっと浮き出てしまいますからね。
それでも美亜がフィリップを受け入れることは、すなわち自己肯定でもあり、それは同時にフィリップにも同じ効果をもたらします。この関係性の作用があるからこそ、ただの愛らしい疑似親子以上の意義があります(まあ、でも猫耳“ブレンダン・フレイザー”は可愛かった)。
現在の日本は、差別的な政治家やインフルエンサーのせいで外国人嫌悪(ゼノフォビア)が渦巻いていますが、『レンタル・ファミリー』は「日本の外国人」の居場所を丁寧に描いていて、そんな世の中ゆえに大切さが増してくる一作でした。
周縁化された人の穴を埋めるには
外国人の観点はこれくらいでさておき、『レンタル・ファミリー』の主題とするビジネスとしての部分も描写も繊細だったなと思います。
前述したとおり、このレンタルファミリーという業種はビジネスとしてはグレーなところも多いサービスではあるのは事実です。本作はそのサービスを決して安易に全肯定はしていなかったでしょう。
それこそ愛子の不倫謝罪代行の仕事のエピソードをとおして映し出されるのは、サービス業と家族という空間における不均衡なまでの女性の犠牲と搾取です。これはレンタルファミリー業に限った問題というか、レンタルファミリー業が日本社会における女性の立場の劣悪さを浮かび上がらせています。
そして多田のエピソードにいたっては、演出的にはちょっとしたホラーですね。誰にも相談できず、規範的な男らしさに固執する日本男性の脆さがこちらでは垣間見えます。
もちろん子どもを騙す罪悪感も…。美亜はかなり大人の精神性を持っているので、だいぶ助けられていましたけども…。
一方で、フィリップが経験する最初の仕事である佳恵という女性のケースでは、一向に同性婚が法的にできない保守的な日本社会で「偽装した異性婚で親を納得させ、裏で本当に愛する同性の人と海外で生きる」という道を選択せざるを得ない当事者がいたり、はたまた認知症や引きこもりなど、他者との関わりが不足して孤立する人もいたり…。どれも今の日本に間違いなく存在する人たちです。
そういう現代の日本社会における穴を埋める存在として、レンタルされる人間が意味を成すこともある…。「レンタル」と表現してしまうとあまりに資本主義的ですが、これは「扶助」にもなる潜在性を持っている…。それもまた説得力のある物語に込められていました。
『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』に通じる仮想の人間関係を駆使した風刺性を持った映画だったのかな、と。
本作を観ていると、日本では赤の他人による人間関係の扶助が決定的に不足しているなとあらためて思いました。日本は血縁の家族を前提としすぎるのですよね…。そこが何よりも日本人の痛感する息苦しさにもなっている…。
「私たちは似ている」と呟く、なじみのセックスワーカーのLOLAとの関係性といい、“HIKARI”監督は常に周縁化されている人の目線で物事を再評価するという意識があるのでいいですね。それを誇張せずにごく普通の風景の中で描くセンスも上手く馴染んでいます(ただ、このセックスワーカーの使われかたはややステレオタイプではありますが…)。
最終的にフィリップが過去に受け入れられなかった「死」に対して、今度は長谷川喜久雄という人間をとおして向き合うチャンスが訪れます。とは言ってもそこまで重苦しくならず、ユーモアを最後まで忘れないのも良かったところ。
この調子で“HIKARI”監督にはどんどん自分なりの映画を作り続けていってほしいです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
以上、『レンタル・ファミリー』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved レンタルファミリー
Rental Family (2025) [Japanese Review] 『レンタル・ファミリー』考察・評価レビュー
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