運び屋
映画『運び屋』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Mule
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2019年3月8日
監督:クリント・イーストウッド

あらすじ

家族をないがしろに仕事一筋で生きてきたアール・ストーンだったが、今は金もなく、孤独な90歳の老人になっていた。商売に失敗して自宅も差し押さえられて途方に暮れていたとき、車の運転さえすればいいという仕事を持ちかけられたアールは、簡単だと思って依頼を引き受けたが、実はその仕事は、メキシコの麻薬カルテルの「運び屋」だった。

ネタバレなし感想

俳優イーストウッドが帰ってきた

あれ…“クリント・イーストウッド”、また俳優に返り咲いたの?

多くの映画ファンがそう思ったであろう、本作『運び屋』の突然の発表。いや、また“クリント・イーストウッド”監督&主演の映画をこの目で見られるのは嬉しいけども。あの明らかに俳優人生の有終の美を飾る物語としか思えない『グラン・トリノ』に涙を流した身としては、若干の肩透かし感はありますが、まあ、いいか。名演技が再びスクリーンで見られるのだもの。喜ばないと。

というか、一時期は『スター誕生』のリメイクを監督すると報じられ、これは結局ブラッドリー・クーパーにバトンタッチするかたちで『アリー スター誕生』になりましたが、それでいきなりの『運び屋』公開。そんな映画製作でも早撃ちを見せなくても…。すっかり不意打ちでした。
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そんなこんなで久しぶりの俳優“クリント・イーストウッド”が見られる本作『運び屋』。俳優業は2012年の『人生の特等席』以来なのですが、全然変わっていない。この人、本当に健康に気を使っているんだなぁ…。

俳優復帰作(そもそも本人は引退とは名言してないけど)ということもあり、アメリカ本国では大ヒットしたようでなにより。“クリント・イーストウッド”監督作はヒットするときとしないときで波があって、前作の『15時17分、パリ行き』がまさにその下振れ状態に遭っていたので心配でしたが、杞憂でしたね。
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『15時17分、パリ行き』に続き、本作『運び屋』も実話もの。メキシコ麻薬カルテルの仕事で、一度の13億円相当のドラッグを運んでいた90歳の老人を描いています。「メキシコ麻薬カルテルもの」は近年のハリウッドでの定番ネタと化してきましたが、“クリント・イーストウッド”監督もついにこれに手を出すんですね。

ただ、『15時17分、パリ行き』のように実際の当事者の人物を主演に起用しました!みたいなイレギュラーなチャレンジはなく、あくまで10年ぶりの“クリント・イーストウッド”監督&主演作という部分が売りなので、オーソドックスといえばそうです。

一方で、ひとつ忠告ではないですけど、言えることがあるとすれば、本作は宣伝で伝わる作品のイメージと、実際の本編の内容が少し違います。「人は永遠に走れない」「前代未聞の実話」…そんな重苦しいキャッチコピーや、哀愁漂う“クリント・イーストウッド”の横顔を映したポスターなど、重厚なクライムサスペンスを匂わせていますし、私もてっきりそういう映画なんだと疑いもせずに鑑賞したら「違う!」と。

ネタバレせずに言うと、予想以上にコミカルなタッチも多めで、“クリント・イーストウッド”演じる「おじいちゃん」も愛嬌たっぷり。少なくともヘビーなテーマを押し付ける映画ではありません。本作は製作初期段階では今や『ヴェノム』の監督でおなじみとなったルーベン・フライシャーで予定を進めていたそうで、最初からユーモア路線だったのかもしれません。

ゆえに“がっかり”する人もいないとは言い切れませんが、でも私はこういうタイプの“クリント・イーストウッド”は珍しいので、新鮮な気持ちで見れました。

本作を機に初めて“クリント・イーストウッド”に触れるという人でも全然OK。なんなら本作鑑賞後に“クリント・イーストウッド”監督作or出演作を視聴するのもいいんじゃないでしょうか。ここまでに至る道のりがわかるので興味深いと思います。ものすごい数の映画になりますけど…。

オススメ度のチェック
ひとり◎(イーストウッドに魅了されよう)
友人◯(趣味の合う人と一緒に)
恋人△(ロマンス成分は薄め)
キッズ△(大人のドラマです)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

現実の素のイーストウッド?

本作は『運び屋』自身が公開される前までは「最後の“クリント・イーストウッド”主演作」だった、『グラン・トリノ』と対になっている映画…そんな印象を受けました。

それもそのはずで、2作品とも同じ脚本家“ニック・シェンク”が手がけているんですね。

『グラン・トリノ』の“クリント・イーストウッド”演じる主人公は、これまでの彼が映画の世界で体現してきた存在そのものの象徴のような実在感がありました。「生きてると怒らせちゃいけない相手と出くわすことがたまにあると知ってたか?それが俺だ」…そんなセリフが示すとおり、粗暴で気性が荒く、怒りに火が付けば何をしでかすかわからない。ナメてはいけない老人。懐から銃をとりだしてバン!…みんなの知っているイーストウッドです。

一方で『運び屋』の“クリント・イーストウッド”演じる主人公は、真逆です。全く怖さはなく、おどけた口調で場の空気を和ませる、いわゆる「可愛いおじいちゃん」タイプ。その持ち前の愛嬌で、警察犬から麻薬カルテルの強面の男たちさえまでも安心モードにさせてしまうというコミュニケーション力。これが『グラン・トリノ』の方だったら、銃撃戦のひとつやふたつ勃発してます。ほんと、あいつら命拾いしたな…。

共通点は、家族と疎遠で「孤独」という部分くらいですかね。

脚本家“ニック・シェンク”いわく、アメリカの退役軍人経歴の高齢者はこの2パターンに分けられるとのことで、そのあたりはリアルなのかもしれませんし、確かになるほどなと思います。

でもイーストウッド主体で考えるなら、『グラン・トリノ』は映画の世界の“クリント・イーストウッド”、『運び屋』は現実の世界の“クリント・イーストウッド”…図らずともそういう立ち位置になっている気もします。

本作は新境地というよりは、素のイーストウッド本人を曝け出している映画。そんな親近感を感じました。年齢を重ね、人生経験を重ね、プライドやキャリアで自分を着飾ることのなくなる…なんだか良い年の取り方だなぁと憧れます。

元気ですね(いろいろ)

イーストウッド本人の素をそのまま表しているためか、本作の主人公アール・ストーンの言動を見ていると「これはイーストウッドの自虐コメディなんじゃないか」と思うこともしばしば。

ちなみに本作の原題「The Mule」ですが、「mule」は運搬に重宝される動物の「ラバ」の他に「頑固者」という意味もあります。邦題のシンプルな「運び屋」もいいですが、「The Mule」も皮肉たっぷりで個人的には大好きなタイトルです。

本作のテーマのひとつは「家族と向き合うこと」というシンプルなものですが、もちろんこれはイーストウッド本人にグサリと刺さる問題。ご存知のとおり、非常に奔放な女性経歴を持ち、絵に描いたようなプレイボーイっぷりで次から次へといろいろな女性を渡り歩き、子どももたくさん。2014年に一番新しい女性と離婚しましたが、つい最近も20代の女性との関係をスキャンダルされたり、話題が絶えません。90歳近い年齢の人間のニュースではないですよ。当然、そんな人生ですから、ひとりひとりとじっくり向き合ったかといえば「YES」と断言できるほどの自信はないのでしょう。本作を観ているとイーストウッドの「悪い事したな…」という懺悔の呟きが聞こえてきそうです。

作中ではアールの娘で関係性が冷え切っているアイリス役で、イーストウッドの実の娘である“アリソン・イーストウッド”がキャスティングされています。ここにきてこんなかたちで父娘の共演、どんな気持ちだったのでしょうか。

しかも、作中、アールが華やかなナイト・パーティに流れで参加し、美女に囲まれて“ハッピータイム”を過ごすという、なんとも「おい、イーストウッド(嫉妬)」なシーンもありますから。

この“まだまだ元気です”な場面の後に、調子乗っているんじゃないよと言わんばかりにシリアスなシーンが連続。ヤバい状況を目撃し、そして大切な人を失う。その現実を直視したアールは、また生き方を再考する。ちょっとこの終盤の展開が駆け足すぎる気もしますが、完璧な反省を示す生真面目で優等生的な映画ではないのが本作。このやったことに対して、釣り合うのか微妙なほどのあっさりなエンディングは、今作の場合、これでいいのだと思います。

いろいろな伝説を残してきて偉人だ巨匠だ天才だと褒めたたえられてきたイーストウッドですけど、「家族と向き合うこと」はしてこなかった。だから“それ”を描いた。

ドラッグを運ぶよりも、人を殺すよりも、「家族と向き合うこと」は難しいんだと語りかけるようです。

運び屋

歳をとってもできること

こんな風に本作を評していると、まるでイーストウッド家の伝記映画みたいになってきますが、忘れてはいけない。本作は、1924年、インディアナ州ミシガン・シティに生まれ、ミシガン州デトロイト育ちの園芸業を営んでいたレオ・シャープという名の実在の老人がベース。

どうやらレオ・シャープ自身は痴呆の症状も進んでいたようで、どこまで“運び屋”の仕事の意味を理解していたのかは今となってはわかりません。逮捕後に収監されますが、さすがに高齢すぎるということでほどなくして釈放され、その後に死去しています。

本作は題材が題材なだけにいくらでも社会派テイストな映画にできたはずです。

高齢者が犯罪の加害者になってしまうなんていうのは、日本でも身近な社会問題ですし、孤独死などの視点も交えれば、じゅうぶんテーマとして成立します。

また、作中でアールを上手く操るのは、メキシコ国内最大の犯罪組織「シナロア・カルテル」。この国家を越えて暗躍する裏社会は、まさにアメリカではホットなトピックです。

でも“クリント・イーストウッド”監督、そこは気持ちよいぐらい華麗にスルーなんですね。“ブラッドリー・クーパー”、“マイケル・ペーニャ”、“ローレンス・フィッシュバーン”演じる麻薬取締局(DEA)チームの捜査との駆け引きなんかすらも、超ザックリと流す。普通のハリウッドなら、ここでアクション的な見せ場を用意しますけど、そんなこともしない。

これも最近の“クリント・イーストウッド”監督がずっと重視していることですけど、あくまでパーソナルな物語にとどめるというスタイル。スケールの大きい事件に目を奪われずに、個人に焦点を合わせる。『アメリカン・スナイパー』は戦争の英雄ではなく、『ハドソン川の奇跡』は奇跡のパイロットではなく、『15時17分、パリ行き』はテロの救世主でもなく、全部ただの“人”。

じゃあ、その“人”は何ができるのかというと、前に向かって“走る”、何かを誰かに“運ぶ”、次の未来のために“育てる”、この3つ。自分は今は育てることに集中しています、場所は気にしないけどね…そんなメッセージも受け取れるような本作のラスト。

「学ぶことに年齢は関係ない」…そう言い切る謙虚な“クリント・イーストウッド”監督を見て、私ももっと学ばないとなと気持ちをあらたにしました。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 70% Audience 69%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

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↑『15時17分、パリ行き』…同じく監督作。旅行中の列車でテロ事件に偶然遭遇した3人の若者を、本人の演技で描くという大胆な映画。
作品ポスター・画像 (C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC