禁じられた愛なんて言葉で形容する前に…ドラマシリーズ『フェロー・トラベラーズ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
シーズン1:2024年にWOWOWで配信(日本)
原案:ロン・ナイスワーナー
自死・自傷描写 LGBTQ差別描写 人種差別描写 性描写 恋愛描写
ふぇろーとらべらーず
『フェロー・トラベラーズ』物語 簡単紹介
『フェロー・トラベラーズ』感想(ネタバレなし)
ソドミーから”ラベンダー狩り”へ
同性愛を描いた作品の宣伝文句で「禁じられた愛」や「禁断の愛」というフレーズが今もたまに使われたりしますが、この表現に嫌悪感を示すLGBTQコミュニティの反応は珍しくありません。その理由は同性愛へのスティグマを助長しているからです。
一方で「実際に同性愛が迫害されていた時代を描く作品だったなら、そのとおりなのだから間違っていない」という擁護をする人もいます。
ただ、私はその擁護もどうなんだと思います。というのも「同性愛が迫害されていた時代」というのは「同性愛が禁じられた」なんて単純なものではなく、時代背景の説明として不正確だからです。
そもそも同性愛に限らず「愛」を禁じるなんて不可能に近いです。「愛」は概念であり、実証もできませんし、存在を提示もできません。基本的に社会が法的に禁じられるのは「行為」に限られます。
確かに同性愛が迫害されていた時代はありました(今も迫害がありますが…)。1800年代から1900年代にかけて、その同性愛の迫害に関連する“禁じられる対象”となった行為はいわゆる「ソドミー」でした。
「ソドミー」は不道徳な性行為を指します。主に、レイプ、未成年との性行為、死体や動物との性行為、アナルセックス、オーラルセックスなどが含まれました。基本的に同性愛が名指しされているわけではなく、男性同士の性行為でもっぱら親しまれるアナルセックスが「ソドミー」に該当しているので、結果的に「同性愛(厳密には男性同士の性行為)を禁じているも同然」という解釈をされています(詳細は州によって異なり、”同性の性行為”を明示的に違法とする州もありました)。
「ソドミー」は漠然としているので、それをどこまで取り締まるかは時代や地域で裁量がまかりとおり、だいぶいい加減でした。
しかし、1950年代のアメリカは「ソドミー」から「ラベンダー狩り」へと移行します。「ラベンダーの恐怖(Lavender Scare)」とも呼ばれるこの弾圧。戦後、反共主義が政治官僚界隈で主流化し、共産主義者への弾圧(通称「赤狩り」)が蔓延していきましたが、その”同性愛者”版です。なんで同性愛者がターゲットにされたのかというと、「国家安全上の脅威」とみなされたからです。ほとんど強引な屁理屈なのですけど、とにかくそういうことにされました。
愛を禁じられないからこそ、「行為が不道徳だ!」とか「国家を脅かすんだ!」とか、あれこれ言われたのですよね。
その「ラベンダー狩り」の時代の様子はドキュメンタリー『プライド』でも映し出されていました。
今回紹介するドラマシリーズはその「ラベンダー狩り」の時代をもっと濃厚に物語というかたちで触れることができます。
それが本作『フェロー・トラベラーズ』です。
本作は1950代のアメリカで国務省の職員をしていた男を主人公としています。彼は同性愛者だったのですが、ラベンダー狩りがまさに職場で敢行される中、ある男性と性的関係を持っていく…。ジャンルとしては、ゲイ・ロマンスであり、ポリティカル・サスペンスです。
主人公はフィクションですが、時代背景は史実どおりで、実在の政治家もどんどん登場します。本作を観ると、どういうふうにラベンダー狩りが決定し、実行されたかという、行政の流れがよくわかります。
一応、原作があって”トーマス・マロン”による2007年の小説に基づいています。
ドラマ『フェロー・トラベラーズ』のショーランナーは、自身もゲイ当事者であることを公表しており、HIV/AIDSと同性愛嫌悪を主題にした1993年の『フィラデルフィア』の脚本で話題となった“ロン・ナイスワーナー”。
主演を演じるのは、『ノーマル・ハート』の“マット・ボマー”と、ドラマ『ブリジャートン家』の“ジョナサン・ベイリー”。2人ともオープンリーなゲイです。
この“マット・ボマー”と“ジョナサン・ベイリー”演じる2人の男が、物語で渦中となるゲイ・カップルとなるわけですが、“ジョナサン・ベイリー”の変化っぷりが個人的には良かったですね。ゴールデングローブ賞では本作にて“マット・ボマー”がノミネートされて、“ジョナサン・ベイリー”は何もノミネートされなかったのですけども、私は“ジョナサン・ベイリー”を推しますよ。
『フェロー・トラベラーズ』はリミテッド・シリーズで全8話(1話あたり約50~60分)。本国では「Showtime」が扱っていますが、日本では「WOWOW」で配信されています。
『フェロー・トラベラーズ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きにも |
友人 | :じっくり堪能し合って |
恋人 | :同性ロマンスたっぷり |
キッズ | :露骨な性描写あり |
『フェロー・トラベラーズ』予告動画
『フェロー・トラベラーズ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
1986年、閑静な住宅街を1台の車が走っています。その車を運転する男性、マーカスは小包を手に取り、外交官でミラノ赴任決定のパーティーを開いている真っ最中のホーキンス・フラー(ホーク)のもとへ。ホークは仲睦まじい妻のルーシーと家庭を築き続け、今では孫もいます。
ホークは目の前のマーカスに驚きますが、マーカスは「2人きりで話したい。ティムの件だ」と表情を変えずに告げ、ホークも理解したのか書斎に案内します。
ティムからだという小包を机に置くと、ホークはティムの健康を心配しますが、「そっちは?」と逆に問われます。「ティムに恋人は?」とホークは質問し、「何人かいたが続かなかった。何かが邪魔をしているんだ」とマーカスは答えます。ティムはホークには完璧な家族があるからと連絡を控えていたようです。
ホークは昔を思い出します。
1952年、国務省に勤めるホークは共和党のジョセフ・マッカーシー議員の応援パーティーに出席していました。そこでミルクを注文する変わり者の眼鏡の男と知り合い、一瞬の会話でしたが忘れられません。それこそティムでした。
ホークは気分のままに男性と性的関係を持っていましたが、深く仲良くなることはしないというスタンスでした。
ニュースでは共和党圧勝が伝えられ、ドワイト・D・アイゼンハワーは共産主義者狩りを本格始動させます。
別の日、ホークはベンチであのミルク男と再会。選挙運動員だったそうです。今日も牛乳瓶が傍にあります。名前はティム・ラフリン。共産主義の脅威と向き合って世界を良くする政治の仕事がしたいと熱意があり、ホークは連絡先をもらいます。ティムは敬虔なカトリック信仰深いようでこの後は教会のミサだとのこと。後ろに公園警察がいるんだと教えてあげると驚いていました。まだ未熟です。
赤狩りを指揮する政治家のロイ・コーンに対して、ホークは反共の危険を訴えるウェズリー・スミス上院議員をサポートしていました。スミス議員の娘のルーシーはホークの幼馴染で、スミス議員はホークと交際させたいと考えているようです。当然、ホークが男性と性的関係を持っていることなど知りません。
ホークはティムにジョセフ・マッカーシー上院議員の補佐官の仕事を紹介。さらにホークはティムの家を訪ね、「俺とキスをするのは嫌か」と誘います。ティムは最初は断ります。
続いて同じ部屋でホークは「連中の動向を教えてくれ」とティムに頼み、それが狙いだとわかるとティムも少しがっかり。しかし、それでも2人は会話が弾み、ティムは同性愛者であることと信仰をどう両立するかという悩みを吐露します。
ホークは再度「いいだろう?」と迫ると、ティムは「はい」と返事。2人は服を脱がせ合い、体を重ねます。その日から何度も…。
そんな関係が続いたある日、ホークとも寝たこともある黒人新聞記者のマーカスは世間知らずのティムを”同類”が集う秘密のクラブ・バーに案内。
ところが、反共を進めるマッカーシーはその矛先を同性愛者にも向け始め…。
無理解ではなく政治が背景にある
ここから『フェロー・トラベラーズ』のネタバレありの感想本文です。
『フェロー・トラベラーズ』は冷戦に突入し、その一環で「国家安全上の脅威から治安を守る」という名目で「ラベンダー狩り」が行われるようになった始まり、そしてその終わりを断続的に描いています。
連邦政府の雇用に不適格とみなされるのは「sexual misfits(性的不適合者)」という漠然とした言い方でしたが、それには同性愛者がハッキリ対象になっていました。作中では男性メインですけど、メアリーと恋人キャロラインのように女性の同性愛者も尋問的な調査を受けました。マーカスの恋人であったフランキーのようなドラァグも例外ではなく、異性装者やトランスジェンダーも必然的に対象でした。なお、当時は「ゲイ」や「トランスジェンダー」という言葉は今のかたちで普及はしていません。
その赤狩りに付随するラベンダー狩りを主導したのが、「マッカーシズム」の名称の由来ともなった共和党上院議員のジョセフ・マッカーシー。そしてエドガー・フーバー長官の下で働いた実績を買われた民主党支持の弁護士のロイ・コーン。この党派を超えた2人が結託し、悪名高き「大統領行政命令10450(Executive Order 10450)」で本格的に開幕し、官僚内に底知れない弾圧の空気が蔓延します。
ここで無視できないのが、作中でも示唆されていますが、このジョセフ・マッカーシーとロイ・コーン、それぞれ2人は「同性愛者なのではないか」という”疑惑”(あえてこの言い方をしますけど)があったということ。
ジョセフ・マッカーシーはジーン・カーという女性と結婚しますが、子どもは養子。女性関係の話題が以前から乏しく、ゲイ・バーの常連だったという噂が立ちました。ロイ・コーンは主任顧問に採用したデイヴィッド・シャインと性的関係にあったという憶測が浮上し、コーン本人はエイズ関連の合併症で1986年に亡くなります。
もちろんこの2人の本当の性的指向はわかりません。ただ、言えるのは、2人が強硬に推し進めたラベンダー狩りが疑心暗鬼を際限なく拡大させ、自分たちにまで”疑惑”が降りかかるほどに収拾がつかなくなっていったということ。
本作の時代を「同性愛に理解のない時代」と表現するのは不適切なのがよくわかります。ラベンダー狩りは無理解から起こったのではなく、「政治」なのです。政治的駆け引きが背景にあったのでした。
そんな「政治的に優位に立ちたい」という思惑が職場を崩壊させ、多数の自殺者を生み出し、作中ではウェズリー・スミス上院議員の自死がひとつのバッドエンドな末路となります。
このウェズリー・スミスは架空の人物ですが、レスター・C・ハントという民主党の政治家を基にしていて、息子が同性愛者であると”発覚”(あえてこの言い方をしますよ)し、1954年に自ら命を絶ったところは同じです。
この事件を契機にマッカーシズムのイメージは悪化し、1957年にマッカーシーが亡くなったことで、ラベンダー狩りも終焉に…。ただし、社会の偏見は残り続け、それがその後の歴史に影を落とすことになります。
本作はこの官僚内の緊迫感充満する空気を上手く物語で捉えていましたね。
利己的になるべからず。狡猾に欺くべからず
『フェロー・トラベラーズ』の主人公であるホーキンス・フラー(ホーク)は完全に架空の人物ですが、上記のジョセフ・マッカーシーとロイ・コーンが同性愛者であったのではという真偽不明の噂を踏まえたうえで、その2人の人物像を意識して作り上げたようなキャラクターになっていました。
ホークは紛れもなくゲイです。それを自身で上手く利用し、国務省内でホークは立ち回っています。ときに密かに知り合ったゲイ当事者を密告し、より有力な政治内のゲイ当事者に恩を売ったり…。やっていることはかなり狡猾です。最後にはスキッピーと親しみをこめて呼ぶティムまで売り飛ばし…。
差別的な社会を利己的に生き抜くために差別を取り込んで利用する…。こういう立ち振る舞いをする当事者は今だっています。LGBTQの権利運動を冷笑しながら、政府に迎合する保守的なゲイ当事者の政治家とか、日本にもいますからね。
作中のホークは、50年代以降も政治キャリアを継続し、巧妙に乗り越えました。ただ、やはり良心の呵責はあるようで、その後は過去の清算に苦しんでいる様子が描かれます。ルーシーや子どもたちもホークの性的指向に勘づき、それでも一応の規範的な家族は維持しますが、その二重生活の意義を見失いつつあり…。息子のジャクソンも明言はしませんけど、何かのアイデンティティに思い詰めていましたからね…。
1978年のハーヴェイ・ミルク殺害事件、その裁判への不満が爆発した1979年のホワイト・ナイト暴動とエレファントウォークバーでの警察乱入。そしてエイズ危機。
ゲイの楽園とされるファイアー・アイランドの平穏とは裏腹に、社会にはラベンダー狩りの傷跡が偏見として生々しく残っている現実。それがホークの心を追い詰めます。
最終話で、1986年に政治パーティーで「エイズではなく政治の無関心で殺されている」と抗議する姿が映りますが、まさにそのとおり。全ては政治の責任でした。
エイズ・メモリアル・キルトを厳かに映し出す本作のエンディングは、現在に向けられたメッセージを投げかけ、しっかり受け止めるべきときが今まさに来ていることを思い出させてくれました。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
関連作品紹介
男性の同性愛者(ゲイ)を主題にした作品の感想記事です。
・『異人たち』
・『僕の巡査』
・『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』
作品ポスター・画像 (C)Showtime Networks フェロートラベラーズ
以上、『フェロー・トラベラーズ』の感想でした。
Fellow Travelers (2023) [Japanese Review] 『フェロー・トラベラーズ』考察・評価レビュー
#政治 #ゲイ #レズビアン #ドラァグ