ビリーブ 未来への大逆転
映画『ビリーブ 未来への大逆転』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:On the Basis of Sex 
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2019年3月22日
監督:ミミ・レダー

あらすじ

ルース・ギンズバーグは、ハーバード法科大学院に入学する。夫マーティの協力のもと彼女は大学院を首席で卒業するが、女性であることを理由にルースを雇い入れる法律事務所はどこにもなかった。やむなく大学の教員となったルースだったが、弁護士への夢を捨てきれずにいた。やがてある訴訟記録を目にし、それが歴史を変える裁判になると信じたルースは自ら弁護を買って出るが…。

ネタバレなし感想

全米で最も愛される判事

「RGB」と聞いたら私は真っ先に「赤(Red)、緑(Green)、青(Blue)」のカラー三色を連想するのですが、たぶん多くの日本人は同じはず。

でも、アメリカではある人物を指す言葉としても有名です。その人物とは「ルース・ベイダー・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsburg)」。頭文字をとって「RGB」。ジョン・F・ケネディ大統領を「JFK」と表記するのと同じ。つまりそれだけ偉人として名の知られている人間なのです。ただし今も存命ですけど(現時点で86歳)。逆にまだ生きている方なのにこの3文字シリーズで呼ばれるということは、相当愛されている証拠です。

じゃあ、このRGBことルース・ベイダー・ギンズバーグは何をしている人なのか。彼女はアメリカ合衆国最高裁判所の判事のひとりです。

大統領選挙には及びませんが、判事の選定にも大きな注目を集めるのがアメリカらしさ。なにせ自由と平等がせめぎ合うアメリカです。最高裁での判決は非常に意味のあるものばかり。その判決を下す人間というのは法治国家である以上、ときに大統領なんかよりもはるかに重大な決定を担う立場になりえます

最近もこの判事に2018年に指名されたブレット・カバノーに対して過去の性的暴行疑惑が追及され、承認をめぐって賛否吹き荒れる事態が話題となりました(結局、ギリギリで承認されました)。

現在、アメリカ合衆国最高裁判所の判事は9人。そのうちの1人であるルース・ベイダー・ギンズバーグは数少ない女性判事であり(今は9人中3人が女性)、なによりも保守的な体制を覆す判断をよく下す実績からリベラルな人たちに絶大に支持されています。すでにポップ・カルチャーにまでなっているというのがまた凄いアメリカらしいですね。

そんなルース・ベイダー・ギンズバーグの伝記映画が本作『ビリーブ 未来への大逆転』です。

ただ伝記といっても彼女の長く充実した人生を一作で網羅できるわけもなく、題材になっているのは彼女が法律家としてデビューした最初の重要な裁判で、若い時期を描いています。原題は「On the Basis of Sex」なのですが、邦題がああも平凡になってしまったのはやや残念(まあ、センスを問われる難しい原題ですけど)。

監督は“ミミ・レダー”。聞いたことがないかもしれませんが、監督作である1998年公開のディザスター映画『ディープ・インパクト』の方が認知度が高いでしょう。“ミミ・レダー”監督の『ディープ・インパクト』は実はハリウッド映画史においてとても大きな記録を残しました。女性監督で大予算の作品を手がけヒットさせたとして『ワンダーウーマン』や『キャプテン・マーベル』がクローズアップされていますが、この『ディープ・インパクト』はそれよりももっと前の先行事例なんですね。この年は同じくディザスター映画の『アルマゲドン』が公開されており、こちらはいかにも“男男しい”作品だったのですが、『ディープ・インパクト』は女性も活躍するなど今思えばユニークでしたね。

“ミミ・レダー”監督も映画人として女性にだけ立ちはだかる“壁”に悩んできたと語っており、『ビリーブ 未来への大逆転』はまさに的確の抜擢だったと思います。

主役となるルースを演じるのは“フェリシティ・ジョーンズ”。彼女は『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』での主演が最近は印象深いですが、伝記モノでいえば『博士と彼女のセオリー』で著名なスティーヴン・ホーキング博士の妻ジェーンを見事に熱演しています。『ビリーブ 未来への大逆転』でも芯の強い女性タイプですが、やはりハマっています。

そのルースの夫で、作中でも重要な役割を果たすキャラクターを演じるのは、『コードネーム U.N.C.L.E.』や『君の名前で僕を呼んで』など幅広く活躍する“アーミー・ハマー”。彼が夫役なんて理想的すぎると思いますけど、実際のルースの夫の写真を見ると結構、体格といい、漂わす雰囲気といい、似ているんですね。ちなみに作中では料理をするシーンが多いのですが、“アーミー・ハマー”はルース本人から夫のレシピ本をもらい、実際に料理をマスターしたそうです。

本作を機にルース・ベイダー・ギンズバーグを知る…そんな初対面にぴったりな映画です。

オススメ度のチェック
ひとり◯(じっくり鑑賞しよう)
友人◯(多角的に盛り上がる)
恋人◎(ジェンダーと愛を考える)
キッズ◯(勉強になる)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

さりげない演出に注目

本作は製作の出発点となる脚本を手がけた“ダニエル・スティープルマン”は、なんとルース・ベイダー・ギンズバーグの甥。つまり、『グリーンブック』と同じセルフ家族伝記映画なんですね。
『グリーンブック』感想(ネタバレ)…この映画に満足する人と失望する人の違い
ルースの夫のマーティンが2010年に癌で亡くなった時、その葬儀の席で弔辞を聞きながら脚本を書こうと決めたとのこと。ルース本人にも当然許可を取りながらシナリオを執筆したので、おそらくかなり史実どおりに物語は作られているはず。しかも、本作は法廷モノで、主題となる当事者が今や全米の法律を背負う最高裁判事ですから、その正確性はどこの作品よりも細部まで求められます

なので史実を知るという意味では参考になると思いますが、面白い映画を作るという観点ではハードルは高かったのではないかなと。脚色しづらかったでしょうし、実際に本筋となるドラマは結構淡々と進みます。そのせいで盛り上がりにイマイチ欠けると思ってしまう観客もいるのも理解できます。

ストーリーも、男性社会の中で女性が権利を訴えて活躍していくという…今となってはとくにこれだけで評価されるようなオリジナリティあるものではありません。

しかし、本作はそのベタに仕上げることもできるテーマを持つ物語を、さりげない演出のバックアップによって平均以上のレベルに押し上げている…そういう工夫を随所に感じました。

例えば、3つのシーンでも非常に比較しがいのある見せ方をしています。

冒頭、ハーバード大学の法科大学院に入学したときのシーン。見渡すばかりの男性だらけの中、颯爽と歩く青い服の女性ルースの姿が目に残ります。他にも女性はいますが片手で数えるほど(500人中女生徒は9人だったとか)。若い男性が一様に黒いスーツなので余計に威圧感のある環境です。いざ講義が始まってもその圧迫感は相変わらず。

その後、年代が変わり、ルースが大学で教員として働くようなったシーン。ルースが教鞭をとる授業では学生はむしろ女性が多いくらいで、多様な人種の若者たちが意見をぶつけ合う光景が見られます。ルースが大学院にいたころとは180度違う、窮屈さゼロの環境です。

そして、終盤の見せ場となる裁判のシーン。法廷に立つルースの後ろの傍聴席に座る人たちに注目です。人種も性別も年齢もバラバラ。つまり、ルースはまさにこれらの人たちの代弁者なのですよということを説明的でない方法に観客に案に見せているともとれます。

このように周囲にどんな人間がいるかで、ルースの社会における立ち位置がわかる…実に上手い見せ方ではないでしょうか。公式サイトによるところの5分32秒にわたる「おそらくアメリカの映画史上一番長い女性によるスピーチ」ばかりが語られがちですが、ちゃんとそこに至るまでの経緯が丁寧に映画的に映しだされているのが本作の魅力だと私は思います。

ビリーブ 未来への大逆転

「女vs男」ではなく…

また、ルースとその周辺だけの対比以外にもさりげない演出は見つけようと思えばいくらでも見つけられます。

例えば、裁判を進めるルースがアメリカ自由人権協会(ACLU)のメル・ウルフの助力を仰ぎに行きますが、忙しいと断られてしまいます。その対面シーンでのいかにもウルフの押しつけがましいノリに付き合わされるルースの姿もそうですが、部屋で会話しているときに、女性が飲み物を出してきて会話が一瞬中断する場面があります。ここは何も説明はないですけど、「あ、この人は“女性をそう扱う”人なのね」と察するポイントですね。

それと対になるのが、ウルフのあの部屋に公民権運動で活躍する弁護士ドロシー・ケニオンがやってくるシーン。この場面では、ケニオンが部屋のウルフの椅子に堂々と座り、ウルフが突っ立っています。完全にルースとウルフの先ほどのシーンをひっくり返した男女逆転が映し出されます。

他にもパーティでの自然とできている男性グループと女性グループの分離とか、男女の壁を強く感じさせるシーンも多いです。

一方で本作は決して「女vs男」の話ではありません。「多様性vsそれを認めない社会」の対立です。

それこそメインで取り組むことになる訴訟の内容がまさにそれを示しています。母親の介護をしている男が、未婚の男性であるという理由で所得控除が受けられない。なぜかといえば、「女性、妻と死別した男性、離婚した男性、妻が障害を抱えている男性、妻が入院している男性」が、介護に関する所得控除として法律に書いてあるから。つまり、法律自体が「男は仕事、女は家事(介護)」「男と女は結婚して家庭を持つもの」という前提で作られている。

この訴訟に注目したのは本当に慧眼だったんですね。

加えて本作ではルースの家庭を通して、多様性があるコミュニティがどれだけ素晴らしいのかも描いています。夫マーティンは料理も普通にこなす、世間で言うところの“男らしさ”のない人間(大学院時代にかかる癌が「精巣癌」だというのも“男性性”の否定を暗示するようで偶然にも象徴的)。そんな夫と二人三脚で子どもを育て上げ、裁判に臨む。多様性があればこんなこともできてしまうのですよという証明です。

多様性のない社会の悪い点と、多様性のある社会の良い点を、きっちり描いているという過不足ない映画でした。

娘が母を変える

本作はルースがパーフェクト・ウーマン的な隙の無いカリスマ性を持っている人物として描写されていないのも観客の親近感を増すところ。

ルースの成長が丁寧に描かれています。

それを表す大事な存在になっているのが「娘」

ルースの娘ジェーン(演じているのは“ケイリー・スピーニー”。『パシフィック・リム アップライジング』といい2018年に急に出番の増えている若手)は、最初、母であるルースに強く反発しています。ルースもそれをありきたりな反抗期として親心的には片づけようとします。

でも途中で気づくわけです。そのルースの親らしい対応こそが自分が立ち向かおうとしている抑圧そのものであると。ジェーンには意見があってそれを必死に主張している。主張することは正しいのだし、それを聞かねばいけない。ジェーンの『アラバマ物語』の評価なんかもそうですが、若者は新しい価値観で物事を論じる力を持っているんですね。

ジェーンだけではない時代の変化もルースに影響を与えたという描写もこれまたさりげなくありました。大学での反戦デモ、街中の建物に掲げられた「COSMOPOLITAN」の看板(作中では女性誌になったばかりの歴史ある雑誌。過激な性を扱って載せたことで有名)などなど。

こうして次世代と時代に教えられたルースは、全員を代表する法律家となりうる素質を得る。ルースがRGBになる原点を見事に活写していました。

それにしてもラストの合衆国最高裁判所の階段を上っていく若きルースが、現在の高齢のルースの姿に切り替わる演出は、震えますね。本作は彼女の存在自体がとてつもない説得力になっているのは言うまでもなく。やっぱりSNSやブログでぶつくさ言っているだけの私なんかは比べるのもおこがましい、ルース・ベイダー・ギンズバーグという人間の一段一段の努力の積み重ねは破格です。

日本に生きる私も何ができるか考えて行動していかないとダメですね。

なお、現在、日本の最高裁判所の裁判官は長官と判事を含めて15人。そのうち女性は1人だけです。

『ビリーブ 未来への大逆転』のエンディングテーマ曲であるケシャが歌う「Here Comes the Change」から言葉を借りるなら、日本も“変わるときが来た”のではないでしょうか。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 73% Audience 72%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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↑『ディープ・インパクト』…同じくミミ・レダー監督作。
作品ポスター・画像 (C)2018 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.