ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(ワンスアポンアタイムインハリウッド)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Once Upon a Time in Hollywood
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2019年8月30日
監督:クエンティン・タランティーノ

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

あらすじ

テレビ俳優として人気のピークを過ぎ、映画スターへの転身を目指すリック・ダルトンと、リックを支える付き人でスタントマンのクリス・ブース。目まぐるしく変化する業界で生き抜くことに神経をすり減らすリックと、対照的にいつも自分らしさを失わないクリフだったが、2人は強い友情で結ばれていた。そんな彼らのもとに現れたのが、絶好調に業界で輝くポランスキー夫妻だった。

ネタバレなし感想

映画オタクのお祭り(不定期)

どういう人間なら「映画オタク」と呼べるでしょうか。

この疑問の答えは千差万別なのは百も承知ですが、あえて私なりに言うなら、“どれくらい映画を観たか”という経験よりも、“日常で映画関連の話題を取り入れる”ようになったら、その人は本人の意思問わず立派な映画オタクなんじゃないかと思っています。

例えば、家族関係でも、仕事でも、学校でも、政治でも、恋愛でも、なんでもいいのですが、そういう日常の会話の中で「これは『◯◯◯◯(映画の題名)』みたいにさ…」とか、「『◯◯◯◯(映画のセリフ)』って言うしね」とか、イチイチ映画ネタを挟んでくること。正直、映画をよく知らない人にしてみれば「は? 何言っているの?」って話なのですけど、これがオタクの困った性分で、なんかつい口に出してしまうわけです。私もついついそういう映画ネタを何気ない会話で言いそうになり、「(いや、この相手には伝わらないよな…)」と心の中で思いとどめる…という経験が何千回とあるものです(そのぶん映画好きの人とのトークやこの感想ブログでその鬱憤を解放させているのですが)。

とにかくそういう“映画が自分のあらゆる方面に浸食してくる”ようになってしまった映画オタクが、もしクリエイターとして映画を作る側になってしまったとき、どうなるのか。そんなのは自明です。

映画の中に映画ネタをいっぱい詰め込むようになってしまいます。

そういう映画をきっとご存知でしょうし、そういう映画を作る人は十中八九、自他共に認める根っからの映画オタクです。

そんな映画オタク監督の筆頭であり、他の一般“映画オタク”勢に熱狂的に支持されている監督といえば、間違いなく“クエンティン・タランティーノ”を差し置いてしまうわけにはいきません。

初監督作品の『レザボア・ドッグス』(1992年)に始まり、続く『パルプ・フィクション』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールに輝いたことで早くも映画界の頂点に登りつめ、それでも“クエンティン・タランティーノ”は変におごることもなく、自身の作家性を微動だにせず自分の映画愛をひたすら作品に梱包してきました。『キル・ビル』2部作、『デス・プルーフ in グラインドハウス』、『イングロリアス・バスターズ』、『ジャンゴ 繋がれざる者』、『ヘイトフル・エイト』…その後も生み出される彼の監督作には数々の映画引用が散りばめられ、同類の映画オタクどもはキャッキャと狂喜乱舞したものです。


興味のない人とある人の温度差が激しい現象だとは思いますが、“クエンティン・タランティーノ”監督作が公開される時期は、ある一定の映画ファンにとってはお祭りモード

そんないつ開催されるかもわからないフェスがこの2019年夏にやってきました。

“クエンティン・タランティーノ”監督最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の公開です。

しかも、今作はかつてない注目度な気がします。なにせ彼のフィルモグラフィ上、ここまで映画愛をオーソドックスに満載した作品は初めてなんじゃないかという一作で、なによりも舞台が1969年のハリウッドなのですから。その時代の映画ネタがところせましと押し込められ、さながらちょっとした博物館です。

“クエンティン・タランティーノ”はかねてから10作品を作ったら引退すると公言していましたが、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で9作目となり(『キル・ビル』の2作を合わせてカウント)、「これで引退してもいいかな」と本人が言っちゃうくらいの満足感。確かにこの題材なら彼のラスト・フィルムになるにふさわしいことこのうえないです。

そりゃあ、こっちも観る前から楽しくなりますとも。

「私、そんな映画ネタに詳しくないのだけど…」そんな人でも大丈夫。ここが“クエンティン・タランティーノ”監督の良さでもありますが、そういうマニアックな要素はあくまでシネフィルがわかればいいだけのオタク合言葉みたいなもの。映画自体は、それを気にせずとも楽しめます。それこそ、本作ならば主演の二大共演が話題の「ブラピとレオが出ている!キャー!」みたいなミーハーな楽しみ方でも全然いいのです。

シャロン・テート事件を知っておこう

あとは、映画館へGO!…続きは後半の感想で!と言いたいところですが、前もって知ってほしい知識がひとつ

マニアックな映画ネタ要素はわからなくてOKと言いましたが、今から説明することは、基本的な歴史上の知識として知っている前提で求められます。

それが「チャールズ・マンソン」「シャロン・テート殺害事件」です(二つでワンセット)。これはアメリカ人なら誰でもわかる超有名度なのですが、日本人の一般層には全然認識されていないので、やっぱり知っておいた方が映画の楽しみ方が倍増できると思います。

映画公式サイトでも説明していますが、もう少し詳しく解説すると…

「チャールズ・マンソン」というのは、1960年代末から1970年代の初めにかけて、カリフォルニア州にて家出した少女を集めて「ファミリー(マンソン・ファミリーと呼ばれています)」の名で知られるコミューンを作り上げた男です。要するにはカルト集団で、若い女性を洗脳してはファミリーのメンバーに加え、残忍な殺人事件を計画し、メンバーに実行を命じたという、アメリカ犯罪史を代表する「悪の象徴」となっています。

このマンソン・ファミリーが起こした殺人事件で最も有名なのが、1969年の「シャロン・テート殺害事件」。シャロン・テートは当時はまだ駆け出したばかりの20代の女優だったのですが、『ローズマリーの赤ちゃん』などで有名なロマン・ポランスキー監督と1968年に結婚します。ところが、1969年8月9日、狂信的なマンソン・ファミリーに殺されてしまうという悲劇に。しかも、お腹には妊娠8か月の赤ん坊。さらにはこの殺害自体が実はターゲットを勘違いしたものだったという、虚しい事情まで。

この当時は浮かれ騒ぎだったハリウッドに突如降りかかった暴力という惨劇は、遺族だけでなく多くの映画関係者の気持ちも揺らがせ、その後のクリエイティビティに大きな影響を受けた人もいます。

「チャールズ・マンソン」と「シャロン・テート殺害事件」を題材にした映画は最近もあって、『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』や『ホテル・エルロワイヤル』(日本では劇場未公開)もそうでした。殺人鬼カルト集団といえば、もうマンソン・ファミリーなんですね。


『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は『ホテル・エルロワイヤル』以上に、それこそシャロン・テートという実名キャラをそのまま登場させて(演じるのは“マーゴット・ロビー”)、より史実寄りになっています。でも、忠告しておきますけど、これはタランティーノ・ワールド。史実を忠実に再現したドキュメンタリーチックなノンフィクションではないし、伝記映画でもない。ネタバレになるのでこれ以上は一切言えませんが、何が起こるかはわかりません…。

はい、勉強、終わり。今度こそ本当に映画館へGO! あの時代のハリウッドがあなたを待っています。

オススメ度のチェック
ひとり◎(映画好きなら必見)
友人◎(映画ファン同士で)
恋人◎(俳優ファンなら確実にハマる)
キッズ◯(将来の映画ファンに)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

1969年のハリウッドへようこそ

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は1969年のハリウッドが舞台になっており、当時のエッセンスがおもちゃ箱をひっくり返したように散らばっている…そんな話は前述したとおり。

登場人物が関わる映画や、セリフに出てくる作品、背景のポスターまで、ほとんど「ウォーリーを探せ!」に近いような密度で凝縮しており、目を凝らさば凝らすほど面白いです。映画タイトルだけでも、バッと挙げると、『さすらいのガンマン』『FBIアメリカ連邦警察』『追想』『白熱』『拳銃無宿』『侵略戦線』『コンバット』『可愛い毒草』『キャンディ』『ロミオとジュリエット』『CCライダー』『グリーン・ホーネット』『哀愁の花びら』『草原の野獣』…これでも一部。

このあたりのバックグラウンドの映画ネタに関しては、名だたる評論家やシネフィルの人たちが素晴らしい詳細な解説をしていますから、気になる人はそちらを読んだり聞いたりしてください(以下にオススメの外部サイトの記事を一部置いておきます)。


まあ、でもそこはアッサリな理解でも全然いいのです。

大事なのは本作に登場する3者の立ち位置。テレビという新しいエンターテインメントの普及によって黄金期が終わろうとしている1960年代のハリウッドで、社会も文化も劇的なパラダイムシフトを起こす中、この3者は全く異なる人生を歩んでいました。

少女に励まされる男

ひとりは「リック・ダルトン」。彼は設定上、1950年代に放送されたテレビ製の西部劇ドラマ『Bounty Law』で主人公を演じて人気を博した俳優。しかし、『大脱走』主演のオファーが舞い込んでもモノにできなかったという、スティーブ・マックイーンになれなかった男。そして、プロデューサーから激推しされてもキャリア上のプライドのせいで散々嫌がっていたマカロニ・ウェスタンに出ても、結局はそこから躍進できるわけでもなかったという、クリント・イーストウッドになれなかった男

そんなリックの“俺はダメなんだ”と自分でもわかっている自暴自棄な姿がなんとも同情を誘います。とくに作中における、納得は完璧にはいっていない西部劇の悪役を演じる合間、同じ作品に出演している8歳の少女と語り合うシーンは私の大好きポイント。ベテランの空気を漂わす少女「トルーディ」に押され、しまいには涙まで無様に見せてしまい、慰められるという屈辱を味わうも、後の撮影では名演を披露し、ベストアクトだよと褒められて嬉しそう。なんかもう、ここで“めでたしめでたし”でいいんじゃないかと思いますよね。

ちなみにこのベテラン少女も「何を読んでいるの?」と聞かれ、「ウォルト・ディズニーの伝記!」とテンション高めで答えるあたりに、まだ無邪気な隙も見られて可愛らしいですし、一方で、突き倒されるシーンも平気で演じながら「大丈夫。パッドもあるし。ノーギャラでやったこともあるし」なんて言うあたりからは、こんな幼い子もまたハリウッドの片隅で頑張っているんだなという、影の世界を感じるところでした。

演じた“ジュリア・バターズ”。好きな映画は『JAWS』だそうで、大物として羽ばたいてほしいものです。

犬になるしかない男

2人目は、リックのスタントマンを長年コンビで担当してきた「クリフ・ブース」。彼と比べたら、リックなんてまだマシなくらい、クリフの状況は影のさらに闇深い部分に隠れています。もともとスタントという職業自体がそうですが、クリフはリックがあんなですから、当然仕事もなく、実質リックの運転手兼雑用係をするだけの日々。

曲がりなりにも豪華な家で暮らしているリックとは違って、ハリウッドから離れた辺境のドライビングシアターが近くで見えるトレーラーハウスで貧しく生活する姿は哀愁が漂います。ここでクリフが愛犬(しかも大型犬)を飼っている設定がまた切なくて、要するにはクリフ自身もリックの犬なんですね。永遠に“待て”の命令をされているだけの…。

クリフは決して感情を表に出さないのも特徴で、イジイジモードのリックにも怒りを露わにせず、自分よりもアクション演技で絶頂期へ向かおうとしているブルース・リーに、若干のお仕置きをする程度。だからこそ終盤の展開が効いてくるのですが…。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

運命のカウントダウンを知らない女

3人目は、ロマン・ポランスキーと結ばれてリックの家の隣に引っ越してきたばかりの「シャロン・テート」。この夫妻は、ハリウッドの光を象徴する存在。序盤のアダルト雑誌プレイボーイの総帥ヒュー・ヘフナーの豪邸パーティに行くシーンでは、スティーヴ・マックイーンら“成功者”とともに、まさに勝ち組の世界の住人として描かれます。

こうなってくるとリックやクリフからしてみれば、ただの粋がっている奴らとして、嫌な存在になりそうなものですが、そうはなりません。それどころか、作中での彼女の立ち位置はとても独特で、ヒロインでありながら、主人公であるリックとクリフとはラストのラストまで全然接点がありません。

なぜなのかはシャロンの身に起こる史実を知っている人には承知のこと。明らかにキャラ描写にタランティーノらしい誇張が強いリックとクリフと比べて、シャロンが地に足のついた感じになっているのも、実在の人物だからこそ。

そして、イノセンスな側面がより強調されるゆえに、未来を知っている観客にとっては物語が進むだけでサスペンスになります。ああ、あの瞬間が来てしまう、と。

救われたのは命だけではない

3人の人生をじっくり描いた後、作中の時間は半年後に飛び、ついにその日がやってきます。

そして起こるのは、タランティーノお得意の「映画で史実を書き換える」というシネマ・マジック。『イングロリアス・バスターズ』や『ジャンゴ 繋がれざる者』でもやってみせた、“クソな歴史は俺が変えてやる”という潔いスタイル。この展開自体は、タランティーノ好きの人なら予測するのは難しくないオチです。

ただ、私はここで重要だなと思うのは、決してシャロンの命を救ったというだけではない点

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、望む望まず問わずハリウッドの激変に翻弄された3人をあらゆる意味でフィクションの力で救っています。

例えば、リックは完全に落ち目となってしまい、もはや後は残った資産で食いつなぐという隠居状態になりかけていましたが、あの事件に直面したことで、ポランスキー夫妻とのコネクションを得るという最後のプレゼントを得られます。ラスト、事件がひと段落した夜、「何があったの?」とお隣に話しかけられ、そのままお茶に誘われて、ゲートがギギーっと開くシーン。なんだか勝ち組世界への入り口がやっと開いたかのように見えます

まあ、実際の歴史ではロマン・ポランスキーは子どもへの性的行為の嫌疑をかけられ、有罪、国外脱出するのですが、シャロンが殺されないことで、彼も“そんなことはしない歴史ルート”を進んでいるようにも見えなくもないですね(リックとクリフが作中で妙に少女を大切にする行動がクローズアップされていたのもそのためなのかな?)。

また、完全に将来真っ暗だったクリフは、やってきたマンソン・ファミリーの3人を撃退するという、最高クラスのアクションをリアルでやってみせます。代償としてナイフが刺さり、下手をすれば二度とスタントは不可能かもしれませんが、彼はどこか誇らしげ。

そもそもクリフは本作では明らかに悪を倒すヒーローという役割を与えられています。その悪であるマンソン・ファミリーはスパーン牧場という映画セットに使われた場所を拠点にし、リーダーのチャールズ・マンソンも映画や音楽という芸術世界からのはみ出し者と考えれば、クリフはハリウッドの影の悪と戦うわけです。それはスタントという裏方しか経験していない人間にとって、最高の花を持たせる展開じゃないでしょうか。

そして、死の運命を回避したシャロン。私たちにとってのシャロン・テートはどうしても悲劇の被害者というイメージですが、作中の彼女は自分の出演した映画をウキウキで観に行く、ひとりの初々しい役者です。そして、観客も含めてシャロン・テートという役者の演技をあらためて見ることができます(“マーゴット・ロビー”演じるシャロンが見ている映画のシャロン演じるキャラは本当にシャロン本人が演じている映像)。ここまでの優しさに満ち溢れた救いは、タランティーノ史上トップクラスです。

こういう多幸的な救いをフィクションを武器に実現できるのは本当に素晴らしいなと痛感するばかり。

とくに日本でも京都アニメーションの放火大量殺人事件があったのも、私の鑑賞後の感想への影響も大きいです。あれもシャロン・テート殺害事件に通じるものがあります。クリエイティブを目指す者が歪んだ結果、クリエイティブの世界で輝く者たちへと狂気を向けた悲しい事件。それを風化させず、悲劇に終わらせず、作品への愛を蘇らせる。

あらためてタランティーノの愛に深く感動しました。セルジオ・レオーネ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』をその名に継承する、タランティーノのハリウッド。そんな歴史の中で同じく映画を愛せた自分も誇らしくなってくる。そんな映画でした。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience 70%
IMDb
8.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

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↑『イングロリアス・バスターズ』…同じクエンティン・タランティーノ監督作。歴史なんて変えてやるぜ!という意気込みは共通。
作品ポスター・画像 (C)Sony Pictures