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『ベン・イズ・バック』感想(ネタバレ)…どんな結末でも母は支え続ける

ベン・イズ・バック

どんな結末でも親は支え続ける…映画『ベン・イズ・バック』(ベンイズバック)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Ben Is Back
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2019年5月24日
監督:ピーター・ヘッジズ

ベン・イズ・バック

べんいずばっく
ベン・イズ・バック

『ベン・イズ・バック』あらすじ

クリスマスイブの静かな朝、薬物依存症の治療施設で暮らす19歳のベンが突然自宅に帰り、家族を驚かせる。母ホリーが久々の再会に喜ぶ一方、妹アイヴィーと継父ニールは、ベンが何か問題を起こすのではないかと複雑な気持ちの中で不安を抱く。両親はベンに1日だけ家で過ごすことを認めるが…。

『ベン・イズ・バック』感想(ネタバレなし)

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薬物依存症者の複雑性に迫る

著名人の薬物使用所持による逮捕事件でのみ、何かと突発的に話題となる「薬物依存症」の問題。そうした中で世間のリアルやネットの反応を見ていると、「薬物依存症の人」に対するステレオタイプな認識がとても多いことに気づかされますし、私自身、かなり無意識のうちに誤った偏見を持っていたことを痛感します。

例えば、薬物依存症になった人を“怠惰”や“不誠実”を理由に責める意見。もちろんそれは誤解で、逆に依存症患者を社会から孤立させかねないので良くないことです。でもこれに関しては結構フォローする人もいる感じで、ましてや相手が著名人だと応援的に励ます人も多いです。

一方で、薬物依存症になった人をただただ“無条件で肯定すべき人”として扱うのも、それはそれで問題であり、ときに大きな危険を招くこともある…というのはなかなか議論されていないかもしれません。

薬物依存症になった人というのは「加害者」と「被害者」という二元論では語れないもの。しかし、私たちはどうしても“単純化”が好きなので、そのどちらかで扱ってしまうんですね。

そんな薬物依存症の複雑性を強く考えさせる映画が本作『ベン・イズ・バック』です。

本作は薬物依存症になった青年とその家族の交流を描く物語。あれっ、それはどこかで最近観たような…という気分ですが、日本で4月に公開された『ビューティフル・ボーイ』と同じですね。1か月でまたも同様の題材の映画が公開されるとは思いませんでしたが、比較もできて興味深いと思います。

というのも何度も言っているとおり、薬物依存症の人といっても人それぞれですから、皆同じものとして安易には扱えません。同じ題材の映画でも当然中身は違ってくるものです。

ネタバレにならない範囲で言うと、『ベン・イズ・バック』と『ビューティフル・ボーイ』、その違いはまず前者は“母と子”、後者は“父と子”が全面に出た物語になっています。また、前者はフィクション、後者は実話モノです。なので『ベン・イズ・バック』の方が物語的には凝ったつくりになっていて、全体が作中の時間軸で24時間以内でストーリーが展開する緊迫性の高いものになっています。あと、前者は暗い雰囲気が濃く、後者は明るい希望を強調する側面が目立つのも大きな違いでしょうか。
観客として映画の好き嫌いはあるでしょうが、どちらも薬物依存症に独自にアプローチした結果。できれば双方ともに楽しんでほしいです。

主演の薬物依存症の青年を演じるのは“ルーカス・ヘッジズ”。ここでまたもや“あれっ”と思った方もいるでしょう。苦しむ“ルーカス・ヘッジズ”、それを支える母…既視感…そう、『ある少年の告白』で見た光景! なんかいろいろダブる作品の多い映画ですね、本作。

ちなみに『ベン・イズ・バック』の監督は“ルーカス・ヘッジズ”の実の父である“ピーター・ヘッジズ”です。『アバウト・ア・ボーイ』などが有名で、アカデミー賞ノミネート歴もある人ですが、彼のフィルモグラフィー上を見ても今作はかなりシリアスに挑戦してきましたね。当初は“ルーカス・ヘッジズ”を起用する予定はなかったみたいですが、結果的に親子揃った映画になりました。

主人公の母を演じるのは“ジュリア・ロバーツ”。彼女のベストアクトとの評価もあり、確かに納得。『ワンダー 君は太陽』といい、最近の“ジュリア・ロバーツ”の母親演技は深みが増す一方なので、今後も非常に楽しみ。

気軽に観れるほど内容はライトではありませんが、日本だって無関係な問題ではありません。日本には約133万人の薬物使用者がいると推定されています。自分の身近な人がもしこうなったら…と考えながら見てみるのもいいのではないでしょうか。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(じっくり鑑賞するのが良し)
友人 ◯(映画好き同士なら)
恋人 △(デート向きではない)
キッズ △(シリアスな大人のドラマ)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ベン・イズ・バック』感想(ネタバレあり)

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医療用麻薬の恐怖

『ベン・イズ・バック』の物語は、クリスマス・イヴの穏やかな朝から始まります。薬物依存症の治療施設から家に戻ってきた19歳のベン。突然の来訪に驚く、母ホリー、妹アイヴィー、継父ニール。しかし、ベンへの受け止め方は3人ともどうやら違うようで…。この本心が見えない状態で、ギクシャクした状態からスタートする家族物語です。

薬物依存をテーマにした作品なら、こういう構図はよくあるタイプ。ただ、本作の場合、情報量が非常に少ないです。回想シーンなど明確な事実が提示されないため、観ている観客も何を信じていいのか探り探りで眺めるしかありません。それこそベンの言葉も全然信用できないわけです。序盤の家族のベンに対する“信用していなさ”はかなりのもの。そこから察するに薬物依存だからこれくらいの警戒は当たり前なのか、それとも相当なことがあったのか…。

そしてこの冒頭からほぼノンストップで時間が経過していく中で、ベンとその家族が薬物によってどう人生を壊されてきたか、それが判明していきます。

まずなぜベンは薬物依存になってしまったのか

薬物依存症といってもその発端になる原因は人それぞれ。薬物とのファーストコンタクトは何だったのか。例えば、よく取り上げられる薬物依存経験のある俳優であるロバート・ダウニー・Jrは幼い頃に父からドラッグを強要されたことが原点でした。こんな風に必ずしも当人の薬物への意識の軽薄さが根底にあるとは限りません。

本作のベンの場合は、「医療用麻薬」が始まりだったことが語られていきます。癌の痛み緩和に主に使用されるオピオイド鎮痛薬。日本だともっぱらガン患者にのみ使われることが多いですが、海外では広く利用されている地域もあるようです。

当然、“適切に使用されていれば”、依存症にはなりません。ただ、ベンに薬を処方した主治医はその医療的な適正使用ルールを軽視したようで、結果、ベンはやみくもに医療用麻薬の投与を増やされ、薬漬けに。

そんなことがあるのかと思ってしまいますが、医療用麻薬の先進国とされているアメリカではこの医療用麻薬のオーバードーズが深刻な問題になっており、それが原因で死亡した人は数万人にものぼると推定されているそうです。このオピオイド系鎮痛剤の乱用による「オピオイド・クライシス(鎮痛剤危機)」はアメリカ以外でも問題視され、今ではすっかり薬物依存症を語るうえで外せない話題。もはやドラッグは売人からではなく、薬局で買う時代なんですね。

これだけ聞くと、ベンは本当に可哀想な“被害者”であり、ホリーがその主治医を憎んでいるのも頷けます。

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被害者は加害者になる

一方で、『ベン・イズ・バック』はベンを、観客にとって都合が良くもある、可哀想な“被害者”という安易な枠に座らせない映画でもあります。

物語が進んでいくと、自助グループの集会でとある女性と出会い、実はベンは密売人として薬物を拡散させる行為に手を染めていた過去があることが判明。しかも、ある人を麻薬中毒にして死に至らしめたこともある事実も明らかに。その亡くなった人の家族に“殺してやる”と言わんばかりの敵意を向けられ、今度は自分が“加害者”として憎まれる側になります。

この重たい現実に、私を含む観客はあらためて薬物依存の恐ろしさを知ることに。

被害性と加害性がいとも簡単に反転するこの恐怖。本作を観ていると『ヘロイン×ヒロイン』という短編ドキュメンタリーを思い出しました。薬物依存の現状とそこで働く人々を扱った作品なのですが、その中で、薬物依存症の人たちをジャッジする裁判所判事のエピソードがあって、その人は基本は社会復帰しようとする薬物依存症の人たちを強く励まします。でもある薬物依存症の人に対しては態度が違うんですね。その人は他の治療している薬物依存症の人たちにドラッグを渡してしまっていて、非常に厳しくその裏切りを責める姿が印象的でした。

話を『ベン・イズ・バック』に戻すと、言ってしまえばベンはかなり“ダーティ”な立場にいる薬物依存症の人間なわけです。そして、その過去を清算できないかと苦悩するのですが、それは容易に“頑張れ”なんて背中を押すのも憚られる状況で…。ましてやベンのせいで、薬物依存症になった人のことを思うと…。

全く都合のいい答えの見つからない、この居心地の悪さが本作の主軸ではありますが、物語的に上手いのはベンがかつての悪行に関わった仲間に奪われた愛犬を取り戻すことが、その過去の清算への思いとシンクロするという見せ方。でもがむしゃらに頑張れば頑張るほど、さらにまた手を汚してしまう、そのジレンマ。そして、愛犬を取り戻したとき、結局、自分の手の中にあったのは…。

無間地獄みたいな薬物依存の怖さをストーリーに落とし込んだあたりは、脚本の妙じゃないでしょうか。

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結末の先にある希望があると信じて

そんな切迫した状況にあるベンを隣で支えようとする母のホリー。

本作はこの関係性を“美しい親の愛”というかたちで、美化するようなことはしていないと思います。そこは『ビューティフル・ボーイ』とは決定的に違う部分かもしれません。

描かれているホリーの姿を見ていると、この母もまた“息子”という存在に“依存している”…依存症みたいな感じにも見えてきます。

ベンが薬物を手に入れるために体験した悲惨な現実を知って吐き気を催しても、ベンが間接的に殺めてしまった人がいることを知っても、ベンを支えることはやめないホリー。その理由は、母だから。この息子を支えられるのは自分しかいない。そう信じて、ひたすら車を走らせるホリー。

そのために自分で薬物を拡散させるような行為までしてしまうあたり、客観的に見ると一線を超えた狂気ですらもあるのですが、今のホリーにはベンしか見えない。救えないかもしれないけど、後悔はしたくない…それだけを考えて。

息子のために道義的な一線を踏み越える母の姿は、ちょっとポン・ジュノ監督の『母なる証明』を思い出させますね。

作中の終盤で、それぞれ車を走らせるホリーとベンの正面を映したカットが交互に流れるシーンがありますが、まさに二人は同じ立場にいることを示すようで印象的でした。前半は同じ車に乗っていたのに、後半は別々の車に乗っているのも、示唆的。

ラスト、倒れて動かないベンに必死に息を吹き込むホリー。ここではベンの生死云々よりも、ここでベンはまだ生きるべきなのかという問いかけが起こるのが大事な部分だと私は思っていて。それでも何も躊躇なく人工呼吸するホリーは、やはり母として、希望を捨てていない証拠。“信じていればいつか希望はある”なんて、希望的観測も甚だしいですが、でもそうでもしないとどうすればいいのか。

信じることは大事!なんて、映画の感想や宣伝では頻出するフレーズですが、その言葉の裏にある生半可ではないリアリティを突きつける、実話モノ以上の嘘偽りのない重み。それと同時にやっぱり“信じる”くらいしかできない、人間の弱さ、そしてそれは“強さ”とも言えて…(そう思いたいだけかもしれませんが)。

タイトルの“ベン・イズ・バック”。戻ってきたベンはどう生きるのか。母の行為がさらなる悲劇にならないことを祈るしか観客にはできない、なんとも言えない苦しさの中に一縷の望みを血眼で探すような映画でした。

ぜひ本作を観たあとは、薬物依存を題材にしたドキュメンタリーを観るなどして、そのリアルな実態を知っていくのも、さらなる深い理解につながるので良いと思いますよ。

『ベン・イズ・バック』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 82% Audience 69%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018- BBP WEST BIB, LLC

以上、『ベン・イズ・バック』の感想でした。

Ben Is Back (2018) [Japanese Review] 『ベン・イズ・バック』考察・評価レビュー