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ドラマ『ピュア Pure』感想(ネタバレ)…卑猥な妄想が止まらない!?

Pure

卑猥な妄想が止まらない女性、その理由は?…ドラマシリーズ『ピュア』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Pure
製作国:イギリス(2019年)
シーズン1:2020年にAmazon Primeで配信
監督:アネイル・カリア、アリシア・マクドナルド
性描写

ピュア

ぴゅあ
Pure

『ピュア』あらすじ

24歳のマーニーを悩ませている深刻な問題。それは突発的に起きる妄想。エロティックな行為の数々が頭に浮かんでは消え、抗えない不安に襲われてしまう。このせいで人と正常にコミュニケーションをとれなくなっていったマーニーは、自分ではどうすることもできずにロンドンに来てしまう。そこで新生活を始める中でいろいろな人に出会い、マーニーはこの悩みに向き合うことになる。

『ピュア』感想(ネタバレなし)

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もしやあなたも…?

突然ですが、皆さんはエッチな妄想をすることはありますか?

こんな質問、迂闊に他人にぶつけたら、普通に嫌われるかセクハラだと訴えられかねないですが、でも真面目な話です。卑猥な妄想を日常的にするでしょうか。あくまで妄想。頭の中で思い浮かべるだけ。

きっと人前では公言しなくても、それくらいしている人は大勢いるでしょう。男女などジェンダーに関係なく…。そんなの当たり前でしょ?と気にも留めていないかもしれません。

ではそのいかがわしい妄想が突発的に、しかも1日中自分の頭の中を占拠していたらどうでしょうか。街を歩くときも、食事をするときも、友達とお喋りするときも、電車に乗っているときも、会議をしているときも…。フルタイムでエロティックな妄想が暴走していたら…。

本作『ピュア』というドラマシリーズは、まさにそんな状態になってしまった女性を描く物語です。

この『ピュア』の主人公は20代の女性ですが、日常的に卑猥な脳内イメージに憑りつかれてしまっています。言葉で表現すると露骨に性的になるので慎重に書かないといけないですが、あれやこれやとそれはもうとんでもないことになっています(頭の中だけ)。どんな人間を目にしても勝手に猥褻行為を始めてしまっている(という妄想だけど)のです。

そう聞くとコメディなのかと思うかもしれません。確かにそんな作品説明をしてしまうと真っ先にコミカルな感じを連想してしまいます。そういうちょっとエッチなコメディというのは定番ですから。

でも本作はそういう作品ではないのです。本作の主人公は本当に真面目に、そして深刻にこの状況に苦しんでいます。かなり生々しい葛藤が描かれる物語です。

本作『ピュア』はイギリスの「Channel 4」放映のドラマシリーズです。「Channel 4」はBBCのチャンネルのひとつなので公共放送ですね。割と尖った内容の番組が多く、公共放送ながら攻めた姿勢が売りです。ときどき論争に発展することもあります。そういう意味ではこの『ピュア』も「Channel 4」にぴったりな題材です。

イギリスのドラマシリーズで、20~30代の若い女性の、しかも性事情について厄介な問題を抱える女性の苦悩を真正面から描いた作品と言えば、最近は『Fleabag フリーバッグ』が英国内で社会現象になるほどに大ヒットしました。『ピュア』もその系譜と言えなくもないです。

『ピュア』の魅力を大きく支えるのも主役を演じる女優であり、今作では“チャーリー・クライブ”という若手が熱演しています。これがもう本当に役に入り込んだ名演ですので注目。彼女はまだ新人ですが、すでにひと波乱あるデビューを経験しています。2015年に演劇学校を卒業し、いよいよキャリアの幕開けだ!と意気込んだはいいものの、脳腫瘍が見つかり、治療に専念。そして、なんとかその健康問題を克服し、やっと俳優業に復帰した2019年の主演作が『ピュア』だったのです。こう考えると不幸中の幸いというか、結果的に運命的な作品に遭遇できてラッキーというか、人生、何が起こるかわからない…。

他には、ドラマ『ブラック・ミラー』の“ジョー・コール”“キラン・ソニア・サワル”など。少数構成ながら良い演技で物語を引き立てます。

監督は“アネイル・カリア”“アリシア・マクドナルド”の二人で新鋭です。今後も大きな飛躍をしていくかもしれませんので、覚えておきたいですね。

批評家の評価も高く、ちょっとした隠れた良作になっていると思いますが、日本でも2020年8月時点でAmazonプライムビデオで配信されているので普通に観れます(ずっと配信されているとは限らないけど)。

ドラマシリーズとは言ってもこの『ピュア』、全6話しかなく、しかも各話約30分。つまり合計で3時間ちょっと超える程度なので、少し長めの一本の映画と思ってもOK。見やすい作品ですので、気軽にどうぞ(性をテーマにしているので子どもには見せにくいですが)。なお、本作はシーズン1で終わりで、続きを作る計画はないようです。

もし私も同じ悩みを抱えているかも…と思ったら本作の出会いに感謝です。そこにいるのはあなたかも?

オススメ度のチェック

ひとり ◯(同じ悩みを抱えるならぜひ)
友人 ◯(気心の知れた仲と)
恋人 ◯(恋愛気分とは違うけど)
キッズ ✖(性的な描写がたくさん)
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『ピュア』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ピュア』感想(ネタバレあり)

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卑猥な妄想が止まらない!

「おかしな考えに苦しめられて“勘弁して”と思ったことはある? 不謹慎でショッキングな考え。ボスを裸にするとか。老人を殴るとか。電車に飛び込むとか。それでも普通はすぐ忘れる。本当はそんなことしたくないから。でも脳の中の忘れる機能が正しく働かなかったら? そういう考えに頭を支配されたあげく、自分が何者かわからなくなったとしたら?

「2時間前、私の人生は行き詰った」…そう振り返るのは、寒そうな冬、外に震えながら突っ立つ女性。彼女の名前はマーニー・マコーリー。24歳。

マーニーがここにこうしているのにはわけがありました。

スコティッシュ・ボーダーズ州、ダンウィック。人口824人の小さな田舎町。タクシーから降りたマーニーは両親を引率しています。そして建物に入ると、そこはパーティーで大勢が待ち構えていました。今日は両親にサプライズで結婚記念日を祝うのです。

張り切るマーニーはスピーチに立ちます。事前に考えてきた原稿を頭に浮かべて、聴衆を盛り上げようと緊張しつつ、言葉を発します。「私は一人っ子…伴侶あっての人生と私に教えてくれました」…ところが、親の性生活の話を口にしてしまい、なんだか落ち着きがありません。それでもなんとか軌道修正し、話を戻します。「私はまだ実家住まい、大学を出て親元に戻った、バイトしながら求職して13か月で…」そんなスピーチを聞きつつ、心配そうに見つめる両親。

マーニーの混乱はさらに増幅します。パーティー参加者の胸元が気になる。「fuck」と口汚く罵りますが、頭の中は卑猥な妄想で埋め尽くされます。パーティー参加者のみんなが全裸で乱れている。やりたい放題で交わっている。好き勝手に喘いでいる。あんなこともこんなことも…。

耐えきれなくなったマーニーは「やめて!」と絶叫。聴衆は何事かと唖然。もちろん卑猥なことをしている人は誰ひとりいません。

マーニーは会場を飛び出しました。そのまま家に帰り、荷物をテキトーに突っ込み、感情のままに家を出てしまいます。

マーニーがこんな状態になるのは何も今日が初めてではありません。14歳の時からセックスのしつこい妄想が始まりました。そしてそれは今も絶賛進行中。

バスに乗るマーニー。みんなが裸になっているイメージが邪魔をします。老若男女、みんな全裸です。

ロンドンに到着。そこは地元と違って喧騒で雑音だらけ。ファーストフード店に身を寄せ、変態娘は家を出た方が親孝行だと自分に言い聞かせ、母からの電話を無視。居場所のない人向けの宿泊所に一時的に頼るしかありません。

友人ヘレンに電話をかけると心配してくれました。そしてもうひとりの友人で今はロンドンで暮らすシーリーンを訪ねることに。彼女は快く歓迎してくれて、「何でも話してね」と言ってくれます。当然、あの妄想の件は話せません。とりあえず物置の小さいスペースで寝泊まりさせてくれることに。

例の症状は治まりません。でもここはロンドン。多種多様な人たちが行き交っています。それに自由で束縛なんてありません。「私、どうかしているの!」と絶叫しても変な目で見られない。

マーニーの人生はここからリスタートできるでしょうか。

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強迫性障害(OCD)とは?

作品を観ればわかるとおり『ピュア』は「強迫性障害(Obsessive–compulsive disorder ; OCD)」を題材にしています。具体的には「原発性強迫性障害(Primarily obsessional obsessive compulsive disorder)」を取り上げており、これは「Pure-O」とも呼ばれるそうです。つまり、本作のタイトルの由来はこれですね。

強迫性障害とは精神障害のひとつです。この症状を理解するうえで大事な要素として、作中でも言及されていました、「侵入思考」というものがあります。

侵入思考というのは「自分では望んでいない思考やイメージ」のこと。この侵入思考というものは基本的に誰でも経験しています。身に覚えがあるはずです。

高いところに立ったとき、急にそこから飛び降りる想像が始まる。車を運転していたら勝手に暴走するんじゃないか。あの少し離れたところにいる人が急に裸になったりしたら…。あれ、自分は鍵をかけずに家を出てきてしまったのでは…。あの犬を殴ってみたい…。公園で遊ぶ子どもたちを怒鳴りつけたい…。

こうした“実行には移さない”、一瞬だけ頭によぎって“すぐ忘れる”もの。これが侵入思考です。

ところが侵入思考が過剰に増大頻発して日常生活さえままならない状態になる場合もあります。何を触っても不衛生な気がして手を洗うのがやめられない。人を襲ってしまうのではという恐怖で家を出られない。

『ピュア』のように性に関連した思考に憑りつかれる事例もあります。こうなるとまともに人間関係を構築できませんし、肝心のセックスだってできません。

こんな状態になると「強迫性障害」の疑いが出てきます。なお、必ずしも強迫性障害とは限らず、PTSDやうつ病、強迫性パーソナリティー障害、パニック障害の場合もあります。複数の病気を併発しているケースもあり得ます。専門家の判断が必要です。

強迫性障害は20代前半で発症する割合が高く、一生のうち強迫性障害になる人は約2%だという調査もあります。性別・人種問わず、誰でも起きるものです。原因はよくわかっていません。

とにかく単なる神経質や心配性などではないし、性格の問題でもないんですね。

もし「OCDかな?」と不安に感じたら、第一の相談先は地域の精神科、心療内科のクリニック、病院となります。よく頼りがちなインターネットなどの情報は玉石混淆で、医学的に有効性が疑わしいアドバイスが堂々と掲載されていることもあります。慎重に判断し、とりあえず専門機関に相談しましょう。

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リアルな葛藤が訴えてくるもの

私は当事者ではないので、本作『ピュア』がどこまでリアルなのかはわかりません。ただ、本作の原案を手がけている“ローズ・カートライト”というロンドンで仕事をするライターの女性は、自身も強迫性障害であり、その体験が本作のベースになっています。なのでかなりリアルなのではないかな、と。

第一にこういう病気モノ作品をここまで誠実に活写し、それでいて感動ポルノなどと安易な型にハメない制作を評価したいところです。

主人公マーニーは性的な妄想に悩まされます。作中で友人のヘレンに症状を告白すると「私もエロティックな妄想くらいする」と言われてしまいますが、マーニーの経験しているものはそういう次元ではありません。明らかに日常生活に支障をきたすレベルの侵入思考です。相手を選ばずにひたすらに性的妄想が突発するあたりで、自己満足的な妄想とはまるで違うものだというのがよくわかりますね。

本作の間に挟まれるあの映像そのものな感じなのでしょうか。あそこは本当にセクシーさなんてなく、完全に狂気しか感じない映像ばかりで、当事者でなくとも「これは大変だ…」と深刻さをすぐに察知できるものでした。

まずロンドンに来たマーニーは、まだ自分が強迫性障害だと知らない中、その原因はセクシュアリティにあるのではと疑います。要するに自分は同性愛者(レズビアン)なのではないかと考え、バーにいた女性(アンバー)に声をかけ、セックスをしようとかなり急ぎ足で行動。でも上手くいきません。どうやら自分は同性愛者ではない…。

次にセックス依存症の自助会に参加。でもやっぱりここもしっくりきません。
しかし、そこで偶然に出会ったチャーリーというポルノ依存症の男性と意気投合。彼が強迫性障害ではないかとわざわざ図書館で調べてくれます。この良き人との出会いは幸いでしたね。

ここでマーニーは自分の症状の正体を突き止めて有頂天。もう独りじゃない!と気分が明るくなります。彼女の故郷はおそらく保守的な地域で、そこから出られただけでも解放感があるのでしょうね。それもあってか、このあたりですでに勝利宣言!…でも…。

けれども仕事や人間関係でミスを連発。そしてそれに呼応するように卑猥な妄想は悪化していく…。しかも、医者やセラピストいわく、この侵入思考は完全には消えずに付き合っていくしかないと言われ…。

強迫性障害になってしまった若者の人生のドラマの過程がとてもコンパクトにまとまった一作でした。私は何よりも当事者の苦しみを見ることができて、なるほどこれは理解されづらいしキツイなと思いましたし、当事者は本作を観てどう思うのでしょうかね。感想を聞いてみたいです。まあ、強迫性障害と一口に言っても状態はそれぞれ異なりますし、作中のマーニーと全く同じという人がどれくらいいるのかはわからないですけど。

また、主役を演じる“チャーリー・クライブ”の飄々とした演技が良い意味で予測不能でハラハラさせてくれます。茶目っ気で言っているのか、錯乱しているのか、どこにその境界があるのかあやふやな感じを非常に巧みに表現していました。このセンシティブなストーリーも“チャーリー・クライブ”のパワーがあるからこそで成り立たせている面もありますね。

本作では他の登場人物もあれこれと問題を抱えていますが、マーニーと出会うセックス依存症のチャーリーとの関係はユニークです。強迫性障害とセックス依存症は似て非なる存在というか、この場合は水と油並みに反発してしまうのですが、それでも“苦しむ者同士”の共有が生まれます。そこには単純なロマンスではない、上手く言葉にはできないコネクションがあるのでしょうね。

強迫性障害の人は、他人との交流を持つのに苦労するそうで、でも逆にその交流が病気と向き合い助けになることもあるとのこと。本作はまさにその二面性をしっかり描いており、ほんの少しずつ、3歩進んで2歩下がるような進行の地道さをストレートに描いていたのではないでしょうか。

自分が何者なのか知りたいと願い、リアルがわからないと嘆くマーニー。でもリアルは目の前にありました。妄想ではない、現実はすぐそこにある。自分を見つけるには心を開かないといけないと気づいたマーニーの人生はこれから。現実は貴重で尊いと教えてくれる作品でもありました。
『ピュア』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 81% Audience –%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Channel 4

以上、『ピュア』の感想でした。

Pure (2019) [Japanese Review] 『ピュア』考察・評価レビュー