感想は2100作品以上! 検索はメニューからどうぞ。

『WASP ネットワーク』感想(ネタバレ)…Netflix;映画は二国のどちらにつくのか

WASP ネットワーク

映画は二国のどちらにつくのか…Netflix映画『WASP ネットワーク』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Wasp Network
製作国:フランス・スペイン・ブラジル(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:オリヴィエ・アサイヤス

WASP ネットワーク

わすぷ ねっとわーく
WASP ネットワーク

『WASP ネットワーク』あらすじ

1990年代前半、キューバはソ連崩壊のあおりを受けて深刻な不況に陥っていた。そんなある日、パイロットのレネ・ゴンザレスは家族をキューバに残したまま、自分で飛行機を操縦してアメリカのマイアミへと向かった。妻のオルガは困惑するばかりだったが、レネにはどうしてもそうしなければならない理由があった。知られざる秘密の作戦のために男たちが動き出す。

『WASP ネットワーク』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

キューバが外国に注射した劇薬?

どんな妨害工作よりも世界中の各国の経済や政治に多大な影響を与えた新型コロナウイルス。しかし、このパンデミックに上手く対処し、感染拡大を封じ込めることに成功した国もあります。その国のひとつが「キューバ」です。

中米のキューバ。感染者数も死者数も低い値にとどめることができており、北のアメリカや南のブラジルが大変なことになっているのに、キューバだけは余裕たっぷりです。

意外に思うかもしれません。でもキューバは実は医療体制がとても進んでいる国です。人口1000人あたりの医者の数はキューバはなんと7.52人(2017年のデータ)。ちなみに日本は人口1000人あたり約2人なので3倍近い差があり、キューバはダントツで世界トップクラスです。

なぜこうもキューバの医療は充実しているのか。キューバは産業自体はそこまで国内の力はないので、外貨獲得に専念してきた歴史があります。そこで医療をひとつの柱にし、自国の医療スタッフをよく世界に派遣しています(コロナ禍でも世界各地で活躍)。これで国としてのプレゼンスも向上。キューバにとって外国に医療人員を送り込むのはそういう狙いもあるのです。

そんなキューバですが、昔は外国に送り込んでいたのは医療スタッフではありませんでした。今回紹介する映画ではその話が展開されます。それが本作『WASP ネットワーク』です。

舞台は1990年代のキューバとアメリカのマイアミにまたがって進行します。あるキューバ人の男がアメリカに亡命。アメリカの地で新しい人生を始めますが、しだいに亡命したキューバ人たちがキューバのカストロ政権打倒を目指して活動する組織に参加するようになります。ところがこの組織、なんとキューバ側が反政府活動をあぶりだすために作ったダミーであり、亡命してきたかのように見えた者たちはスパイ「Wasp Network」だったのです。彼らのうち主要メンバーは「キューバン・ファイブ(Cuban Five)」と呼ばれ、やっと発覚したときに世間を震撼させました。

そこまでネタバレなしの前半で書いてしまっていいのかと最初は悩んだのですけど、公式のあらすじでも言及しているし、まあいいか。事件としては有名ですし、隠すことでもないですからね。ネットで調べれば事件の顛末はいくらでもわかりますが、この映画『WASP ネットワーク』ではその事件がざっくりわかる、そんな実話ベースのサスペンスドラマです。

ただちょっと作品として実話を詳細に描きだすものでもなく、ドキュメンタリーチックな丁寧さもないので、事件全容の把握には向かないかもしれません。本作鑑賞時は補足情報も合わせないと理解しづらいでしょう(後半の感想ではなるべく理解の助けにある情報も追記していきます)。

でも製作陣は豪華なので映画ファンは無視できない一作です。

まず監督は“オリヴィエ・アサイヤス”(オリヴィエ・アサヤスとも表記)。フランス人でもともとフランスで著名な映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」で批評家をしていたみたいですが、そこから映画作家として実績を積み上げ、2004年の『クリーン』など高い評価を獲得する作品を続々生み出しました。最近は『アクトレス〜女たちの舞台〜』(2014年)や『パーソナル・ショッパー』(2016年)を手がけ、後者作品はカンヌ国際映画祭のコンペティション部門にて監督賞を受賞する栄光に輝いています。そういう意味では現在絶好調のフランス監督のひとりですね。

そして俳優陣もゴージャスな顔ぶれ。主演はベネズエラ出身の“エドガー・ラミレス”。『ラストデイズ・オブ・アメリカン・クライム』ではコワモテな役柄でしたが、今回はどうなるのか、お楽しみに。そこの横には『ペイン・アンド・グローリー』など多才な演技を見せる“ペネロペ・クルス”が並びます。共演には“ヴァグネル・モウラ”“アナ・デ・アルマス”がいて、この二人は作中で夫婦関係を演じるのですが、『セルジオ 世界を救うために戦った男』でも同じような関係性でしたね。既視感しかない…。他には『エンド・オブ・トンネル』の“レオナルド・スバラグリア”など。なんか…濃い美男美女が揃ってるな…。

約2時間の映画時間でドラマもじっくりねっとり進むので、中断なくたっぷり集中できる環境で鑑賞すると良いです。『WASP ネットワーク』はNetflixオリジナル作品として2020年6月19日から配信しています。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(じっくり集中して)
友人 ◯(俳優ファン同士で)
恋人 △(やや長尺で複雑すぎる)
キッズ △(大人の骨太ドラマです)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『WASP ネットワーク』感想(ネタバレあり)

スポンサーリンク

ただの亡命者じゃない!

キューバに革命政権が誕生した1959年以降、フィデル・カストロ政権の下で社会主義が徹底されていきました。そんなキューバを隣国アメリカは敵視。そこでキューバはアメリカの最大の敵国であるソ連と連携を強めていきます。これによってキューバとアメリカの対立は年々激化。ついに1962年、ジョン・F・ケネディ大統領が指揮するアメリカは、キューバにおけるソ連の弾道ミサイル基地の建設とミサイルの搬入が明らかとなったことをきっかけに、核戦争秒読み段階の世界最悪の危機となりました(いわゆる「キューバ危機」)。その後も二国の関係は悪くなるばかり。

しかし、冷戦終結とソ連崩壊によって1990年代以降は状況が変わります。キューバにとって最高のパートナーだったソ連が消え、外交的にも経済的にも窮地に陥ります。国内の民衆の生活も苦境に立たされ、社会主義とは名ばかりで格差が生じ始めていきます。以前からキューバからアメリカへの亡命は後を絶ちませんでしたが、それは一層深刻なものになったのです。

『WASP ネットワーク』の物語はそういう経緯をたどってきた1990年のキューバのハバナから始まります。

冒頭、男がハバナの街を汗だくでランニングしています。彼、レネ・ゴンザレスは妻オルガと娘イルマにキスをし、いつものように仕事に出ていきました。彼はパイロットであり、軽飛行機を操縦しています。この日、彼は管制室の無線を密かに切り、勝手に飛行機を飛ばしていってしまいます。ちょっと散歩に行きたかったわけではありません。レネが向かった先は、低空で海を越えてたどり着くアメリカのマイアミ…。

オルガのもとに内務省の人が訪ねてきて「あなたの夫はフロリダにいます。亡命しました」と報告してきました。夫の突然の行動にショックを隠せないオルガ。

一方のレネはアメリカで記者会見をしており、何年も前から準備していたこと、キューバでの生活苦を語りました。

レネはマイアミの新居を用意してもらい、キューバ系アメリカ人財団(CANF)の支援で新しい仕事を見つけます。しかし、ホセ・バスルトという男が接触してきました。この人物は現キューバ政権に反対する活動をアメリカから展開していることで有名で、「君のような人材が必要だ」「有能なパイロットがほしい」と説得してきます。

その言葉に動かされたレネはパイロットとして仕事を開始。亡命するために海に浮かぶいかだに乗る人を空から発見したりします。ところがホセは「人道支援だけではない」と自ら操縦桿を握って24度線を通過。キューバ空軍基地からの戦闘機の威嚇にもびびらず、キューバの街に反政権のビラをばらまきました。

そしてキューバの別の場所。別の男が動いていました。彼、ファン・パブロ・ロケはキューバのカイマネラから海を泳ぎ、アメリカ海軍基地グアンタナモ湾に泳いで到着。亡命してきます。

ファンもアメリカで新生活をスタート。そこでアナ・マルティネスという美しい女性に出会い、関係を深めていきます。しかし、仲睦まじいカップルになったものの、アナはファンの妙なカネ持ちの良さを気にします。けれどもファンは「俺を探ろうとするな」とやけに高圧的な態度をとるだけでした。

一見すると普通に亡命者に見えるレネとファン。しかし、二人には共通の裏がありました。全ては「WASPネットワーク」のために…。

スポンサーリンク

善人か、悪人か、今も問われる

『WASP ネットワーク』はかなりわかりにくいプロットだったと思います。まず外交関係や歴史など基本的な事項を知っている前提で話が進みます。そして映画が1時間過ぎたあたりでようやく、あのレネやファンが亡命者ではなく、意図的にキューバからアメリカに送り込まれたスパイだと明らかになります。ずいぶんゆったりした展開です。

でも観客はそれでもイマイチ釈然としないかもしれません。一般的に観客は映画を善悪の二項対立で観がちですけど、このレネやファンが明らかに主役側ですが、彼らをどう受け止めていいのか判断に困りながらずっと映画を鑑賞することになった人も多いのでは?

それを整理するためにはやっぱり例の「キューバン・ファイブ」…ジェラルド・ヘルナンデス、ラモン・ラバニーノ、アントニオ・ゲレロ、フェルナンド・ゴンサレス、そしてレネ・ゴンザレスの5人がこうした活動をする背景を知らないとダメです。

発端は1976年10月6日に起きたキューバの民間航空機に対する爆破テロです。「クバーナ航空455便爆破事件」と呼ばれるこのテロで73名もの死者が発生。この首謀者ルイス・ポサダ・カリレスは反カストロ主義であり、なぜかベネズエラの裁判では無罪になり、アメリカに亡命してしまいます。アメリカもルイスの罪を不問としており、つまりアメリカは自国のテロには厳しく対処するくせに、キューバのテロは無視かもしくは支援でもしているのではないか…そういうダブルスタンダードがあったわけです。

そこでカストロ政権は考えました。亡命を逆手に利用してやろう、と。そうして例の5人の出番です。亡命者のふりをしてアメリカに潜入。アメリカからの反キューバ活動を内側から監視・コントロールする作戦。基本的に彼らはアメリカで死傷者を出すテロを起こしたわけでもなく、あくまで情報を密告し、キューバ内での破壊活動を防いでいただけです。

実際にこの「キューバン・ファイブ」を支持する運動も世界各地であって、人権団体からも強い抗議を受けてきました。正直、アメリカはキューバだけでなく中南米各国に対して倫理的にも外交的にもアウトな行為を裏でたくさんやってきたのは承知の事実であり、あまりアメリカに正義があるとは言えない状況。普通に考えたらレネとか良い奴じゃないか…で終わる話です。

ただ、この映画『WASP ネットワーク』はアメリカに配慮しているのかなんなのか、中立風でいたいのか、強く踏み込んだメッセージを前に出す作り方をしていません。一応、ラストに行けば行くほど、大国に翻弄された家族の切なさが前面に出るようになるのですが…。

だから観客にとってなんとなくフワッとした物語に見えるのだと思います。

個人的には今はアメリカを痛烈に批判する社会派映画も全然生み出されていますし、本作ももっとガンガンに攻めていいと思うのですけど、躊躇しちゃったのかな…。

スポンサーリンク

女性キャラはスパイ以上に扱いが雑

とはいっても無理にあの「WASPネットワーク」のメンバーを善人にしてアメリカ批判をするべきという単純な話でもないですけど。

その点、“ヴァグネル・モウラ”が演じたファン・パブロ・ロケというキャラクターは裏表があって、物語的にも面白い人物でした。“ヴァグネル・モウラ”自身は優しそうな顔立ちで、レネを演じた“エドガー・ラミレス”は怖い顔なのに、作中の演じる人物は見た目とは裏腹な性質を持っているのも良かったですね。ここはキャスティングがハマってました。

逆に不満なのが女性陣の描写であり、まず“ペネロペ・クルス”演じたオルガは、夫レネが亡命したと世間に思われ、ただでさえ生活が困窮しているのに、そのうえ売国奴扱いで二重苦になってしまいます。作中で一番ハードな人生を送っているのは間違いなく彼女でしょう。にも関わらず、本作ではオルガの日常の葛藤がそこまで伝わってきませんし、そもそも主軸として描かれもしません。レネとオルガが再会した後、オルガは感情を爆発させますが、その怒りの蓄積をもっと丹念に描いても良かったのに…。

さらに薄っぺらいのが“アナ・デ・アルマス”演じたアナで、これは明らかに映画におけるロマンス要素のために出しただけではないかと思えるくらいのハリボテな存在感で、そこはもう少しなんとかならなかったものか…。

だいたい本作の女性陣は「男に振り回された無力な可哀想な女」以上の意味はない、物語上の駒にしかなっておらず、ところどころ「母としての健気さ」「女としての性的魅力」をアピールするシーンが用意されているものの、本当にそれだけの存在です。これに関しては大国への忖度以上に問題ですし、別に国家問題よりはセンシティブではないのですからその気になればちゃんと改善できるのにそれをしていないのは余計に残念感が漂いますね…。

他にはキューバ系アメリカ人財団(CANF)の描写についてもっと突っ込んでほしかったな…と思う部分もなくはない…。たぶん本作が一番忖度しているのは世界各地で暮らすキューバ系の亡命者家系の人たちなのではないかなと思います。ホルヘ・マス・カノーサが設立したCANFに関してはさまざまな支援を展開した良き面もあるものの、テロ関与疑惑も根強く、いまだに曖昧なままですが、ハッキリと暴けないのは本作のジャーナリズム精神の弱さに他ならないし…。

なんにせよ難しい題材でしたね。

2000年代以降のキューバは中国と仲良くなりつつ、オバマ政権のアメリカとは歴史的な雪解けと言われるくらいの関係改善を見せましたが、トランプ政権で関係は再び悪化に。そしてコロナ禍によって国内の感染は抑えたものの、海外からの観光壊滅などのダメージによって経済は再び危機に瀕しています。

もう外国にスパイを送り込むのではなく、ずっと医療スタッフを送る世の中になっていってほしいのですが…。

『WASP ネットワーク』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 44% Audience –%
IMDb
5.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Orange Studio, Netflix ワスプネットワーク

以上、『WASP ネットワーク』の感想でした。

Wasp Network (2019) [Japanese Review] 『WASP ネットワーク』考察・評価レビュー