マクマホン・ファイル
Netflix映画『マクマホン・ファイル』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Last Thing He Wanted
製作国:アメリカ・イギリス(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:ディー・リース

マクマホン・ファイル

あらすじ

世の中に蔓延る犯罪と暴力を暴きだすことに使命感を抱き、危険な現場へと足を踏み入れることも躊躇わない女性記者。病に倒れた父に代わり、中米で密かに行われている非合法な取引の世界に迂闊にも立ち入ってしまう。自身が長年追い続けてきた疑惑の渦中で待ち受けるのは、未知の危険と思わぬ真実。そこで彼女が見たものとは…。

『マクマホン・ファイル』感想(ネタバレなし)

ニュー・ジャーナリズムは今も映画に

「ニュー・ジャーナリズム」という言葉があります。

1960年代後半頃にアメリカで生まれたジャーナリズムの新しい形態です。これ以前のジャーナリズムは、証言をとるとか、撮影をするとか、正確な記録を積み重ねる客観性重視が前提でした。しかし、このニュー・ジャーナリズムはそうではなく、あえて取材対象に果敢に接近し、その現場に自ら関わるくらいの勢いで挑むことで、とても濃密で生々しい情報を提供していく…というものです。

これによってジャーナリズム系の小説は大きな影響を受け、実在の事件や人物を扱いながらも非常にストーリー性の強い作品が生まれていきました。もちろん映画も影響を受けています。事実ベースでありながら物語風という特徴は、映画にするにはぴったりすぎますからね。いや、むしろジャーナリズムの方が映画に寄ったのか。1972年のウォーターゲート事件なんかはまさに映画的でした(そして映画になったわけですが)。

そんなニュー・ジャーナリズムを代表する書き手として「ジョーン・ディディオン」という小説家がいます。1960年代から「Run, River」や「ベツレヘムに向け、身を屈めて」など多数の小説を執筆していったわけですが、映画『レディ・バード』でも彼女の文章が引用されていたりしたので目にした人はいると思います。


実はジョーン・ディディオンは映画界とも縁が深いです。1976年のバーブラ・ストライサンド主演の『スター誕生』や、ジョン・アヴネット監督の『アンカーウーマン』(1996年)の脚本を、夫であるジョン・グレゴリー・ダンとともに執筆。それだけでなく当時全盛期だったハリウッドの中心的存在であり、スピルバーグ、デパルマ、スコセッシと、今の大物たちがジョーン・ディディオンの家に集まり、そこに行くだけで創作意欲が高まったとか。あのハリソン・フォードも、当時は大工で、ジョーンの家で本棚を作ったりしたそうです。そして『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でも描かれたシャロン・テートら惨殺事件を間近で時代の中で経験し、アメリカ映画界のうねりの中で生きてきた証人でもあります。2000年代に入っても『バイス』で描かれたチェイニーの邪悪さをいち早く指摘し、ドラマ『ボクらを見る目』の題材になった冤罪事件の虚構を見抜き、そのジャーナリズムの鋭さは衰えていません。彼女の半生は『ジョーン・ディディオン: ザ・センター・ウィル・ノット・ホールド』というドキュメンタリーでまとめられているので、良かったら視聴してみてください。

そのジョーン・ディディオンが1996年に執筆した「The Last Thing He Wanted」(邦訳は「マクマホン・ファイル」)という小説が2020年になって映画化されました。それが本作『マクマホン・ファイル』です。

原作者が超有名人なだけにこの映画化もわかる人は注目度も上がるものですが、知らない人は全然ピンとこないですよね。

でもこの俳優陣を見たら関心を持つのではないのでしょうか。

主演は女性からの支持もアツい大人気女優“アン・ハサウェイ”。共演にはバッドマンを辞めた男、“ベン・アフレック”。『永遠の門 ゴッホの見た未来』で絶賛されたばかりの“ウィレム・デフォー”。『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』でも出演する“ロージー・ペレス”。偶然にもこの4人はDC映画出演経験者ですね。

これだけのメンツが揃っているなら食指が動くのも当然かな、と。少なくとも俳優パワーの総合値は、原作者とこれで互角くらいですかね。

監督は『マッドバウンド 哀しき友情』を手がけた“ディー・リース”です。正直、なぜこの作品をこの監督がタッチすることになったのか、イマイチ謎なのですが(これまでのフィルモグラフィと違いすぎるような)、Netflixとの縁なのかな。

物語は1980年代のアメリカと中米をめぐる闇深い関係性に切り込んでいく、いかにもニュー・ジャーナリズムを直球でいくものです。なのでなるべく当時の時代背景を知っておくと理解が深まるのですが、まあ、それを知らずに闇に立ち入ってしまう怖さも体験として面白いですから、ここではこれ以上書かないようにします(後半の感想で詳しく)。

Netflixオリジナル作品として2020年2月21日より配信中ですので、劇場で映画を観るのもいいですが、家に帰って時間があるときに、どこぞの感染症に怯えることもなく、リラックスして視聴するのもどうぞ。

オススメ度のチェック
ひとり◯(俳優ファンも気になる一作)
友人◯(時間があるときの候補に)
恋人◯(暇つぶしに流すのも良し)
キッズ△(大人のドラマです)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『マクマホン・ファイル』感想(ネタバレあり)

ジャーナリストは見た!

1982年。エルサルバドルのモラサン地域。鬱蒼と生い茂る密林を練り歩く人々。現地住民のようには見えません。その一団の何人かの手には斧や銃が握られ、異様な緊張感が漂っています。その中には女性がいて、後ろに女性カメラマンもついてきています。

森林を歩き回り、途中で落ちていた薬莢を手にし、写真に記録する女性。少し開けた場所に到着するとそこには無残にも真っ黒に焼け焦げた死体が複数並んでいました。顔も性別も判別できないほどに炭となった遺体に目をやり、言葉を失う一同。すると上空を飛行機が飛び、身をかがめます。

女性は職場に帰り、レポートをまとめていました。「エル・モソテの虐殺」…補足すると、これは当時内戦で混乱するエルサルバドルで起きた虐殺事件で、子どもや女性を含む何も罪のない民間人800人以上が軍に殺されました。

報告書を書き上げた女性、エレナ・マクマホン。しかし、次の仕事に取り掛かる時間はありませんでした。職場に兵士が突入してきて、逃げ惑う人に発砲さえしてきます。エレナといつも一緒にいるアルマの二人は急いで逃げ、空港で飛行機に乗り込み、迫る兵士から間一髪で退避。捕まっていたらと思うと…。

1984年。ワシントンDCではアトランティック・ポストに勤めるエレナが、会見をするシュルツ国務長官に質問をぶつけていました。「環太平洋地域に関してCIAがニカラグア湾港に機雷を仕掛けたという報告についてのご見解は?」「大統領は私もコントラだと言っていましたよね」「ワシントンから送られたのにですか?」と、矢継ぎ早に鋭い疑問を投げかけ、政府が触れたくない話題を掘り起こします。これにさすがの国務長官もタジタジで、なんとか時間切れ戦法で会見はおしまいに。

一方、時間の合間に娘に電話するエレナ。娘は以前の暮らしからの新生活に不満があるようでした。

エレナは上司のスチュアートに呼ばれます。そして耳に飛び込んできたのは、中米事務局の話は無しになったということ。またあの不正と暴力が渦巻く中米で仕事することを心待ちにしていたエレナは激怒。しかし、どうやら政府から上に圧力があったようで、やむを得ず選挙取材をしないといけないことに。辞めてやると息巻くエレナですが、選挙取材の中で政府とのコネができれば情報を仕入れられるチャンスだとアルマに言われ、一旦考え直すことにします。

そのとき父リチャード・ディック・マクマホンからいきなり電話がかかってきます。なんでも今日、会いたいとか。ホテルのバーで父に会うと、相変わらずサングラスでやたら活きのいい親父がそこにいて、口が悪いです。詳細はよくわかりませんがなにやら上手い儲け話があるようで、自信たっぷりでしたが、エレナは話し半分に聞いていました。

ミズーリ州カンザスシティ。レーガンの再選を訴える支持者が集まる中、それを追うように選挙取材であちこちへ飛び回るエレナ。シンシナティでは、レーガン陣営パーティにしれっと潜入し、例の国務長官に挨拶。ここぞとばかりにニカラグアについて長官に質問しますがやっぱりノーコメント。

これといって何の進展もないまま、惰性で続く選挙取材。しかし、転機が訪れます。テキサス州ヒューストンのホテルの自分の部屋で謎の封筒を発見。中には写真が何枚かあり、首を突っ込むなというコメントの書かれた紙も封入されていました。薬莢の判定に協力してくれた軍関係者ガスに相談すると、どうやらアメリカの余剰武器が中米に運ばれている疑惑を示している可能性らしく、ジャーナリズム魂が燃え上がり気になってきます。

ところが水を差す出来事が。フロリダ州マイアミの病院に父が運び込まれました。病室で暴れるなど迷惑極まりない父ですが、「キティ」と喚き、「大きな取引をするんだ」「市場が」などと意味不明なことを口にし、数字を呟きます。そして「お前がやってくれ」とも。
 
父の家へ行き、昔を思い出しながら感傷に浸っていると、気になる情報が得られます。父のやろうとしていた仕事。報酬は100万ドルとかいう、その仕事はどうやら相当に危ないもので、もしかして例の中米絡みなのでは…

そしてエレナは父の仕事を自分で跡を継いでみることにします。アルマには「マックス・エッパーソン」という鍵となるであろう人物に調べてもらって、自分は単身待ち合わせの場所へ。

その時点でエレナは巨大な暗躍の一部に組み込まれたことをまだ知らず…。

マクマホン・ファイル

知っておきたい、こんな歴史の事件

『マクマホン・ファイル』はフィクションではあるのですが、背景となっている社会情勢はもちろん、その中で主人公が突っ込んでいく一連の事件の土台は実際の歴史どおりです。

本作を理解するうえで、やはり「イラン・コントラ事件」に代表されるアメリカのロナルド・レーガン政権が中米に対して行っていた政治的スキャンダルを巻き起こす真っ黒な関係性は必須の知識です。

当時、「アメリカの裏庭」と呼ばれる中南米の国々では社会主義化が活発で、当然これをアメリカ政府は快く思いません。最大のライバルであるソ連と同じ思想の国が自国のすぐそばに次々に誕生するのは嫌なだけ。とくにニカラグアでは左傾化が著しく、問題になっていました。そこでアメリカ政府は密かにニカラグアで反政府戦争(コントラ戦争)を行う反共ゲリラ「コントラ」に資金を横流しして支援をしていたのでした。それはおカネだけでなく、武器弾薬などの供与もあって…

もちろんその武器は中米の平和を脅かし、無用な殺戮を誘発するだけ。映画内の冒頭で描かれたエルサルバドルのエル・モソテの虐殺もそうです。あの虐殺に関しても当時に政権は「そんなに死傷者はいない」と過小評価しており、中米で起きている暴力に無視を決め込んでいました。

さらに汚い資金や武器だけにとどまらず、その秘密裏の密輸の裏で、帰りの経路では中米からアメリカへコカインが運ばれてもいて…。このへんは最近も『バリー・シール アメリカをはめた男』で描かれていましたね。まあ、要するに最低最悪の不正が蔓延していたわけです。


『マクマホン・ファイル』では主人公のエレナがジャーナリストであるにも関わらず、まさにその最低最悪の不正の現場に自ら関与していき、真実を暴きだします。

流されるままに貨物船に乗り、コスタリカ到着後に、積み荷から銃やら地雷やらが出てきて…というこのシーンはどうなるのかとハラハラします。

ただ本作はこの緊張感の出発点がピークポイントでもあり、残り以降のシーンはなんともサスペンスが持続しないのがちょっと不満ではありました。

一方でジャーナリズム的にカタルシスがあるのかというとそうでもなく、なにせもうアメリカが不正しているのだろうなということはエレナも検討がついており、後は裏をとるだけです。そのため後半はずっと「知ってた」展開が連発するだけなのはもったいないかな。トリートが善玉ではないことも見え見えですからね。あの“ベン・アフレック”の隠し切れないクソ野郎感しかり…。

そもそも今のこのご時世になぜこの1980年代のアメリカと中米の裏関係を描きだす映画を作るのか、その狙いがあまり見えてこないというか。今のアメリカと中米の関係性は全然別モノになってしまいましたからね。あえて言うなら、不正をもみ消して再選に突き進むレーガンと、今のトランプ大統領を重ねることもできなくはないけど…。どうしても本作の時代錯誤さは消えませんし、やはり原作どおりこれは1996年に発表されるからこそ驚きがある作品なんだろうなと思います。

ジョーン・ディディオンを投影して

『マクマホン・ファイル』の主人公エレナは、明らかに原作者であるジョーン・ディディオンの若い頃を意識してキャラクター構築されているのだろうなと感じます。

ファッションセンスや仕事へのスタンスも似ていますし、“アン・ハサウェイ”が醸し出している空気感もそっくりで、確実に狙っているのでしょう。顔はよくみると全然似ていないのですけど、遠目で見ると髪型といい、なんか本人に見えなくもないのです。ぜひジョーン・ディディオンの若い姿をネットの画像検索で調べてみてください。

また、物語では母や父との死別や、娘との自分の死による死別など、ことさらに悲劇的な別れが強調されていますが、これもおそらくジョーン・ディディオンの人生史に影響を受けているのではないかな。もちろん原作が出版された1996年までの話ではなく、それ以降のことなのですが、実はジョーンは娘クィンターナが肺炎で緊急入院し、その見舞いで心身が疲労する中、なんと夫が死亡。それから2年ほどで娘も30代の若さで亡くなってしまいます。一気に家族を失い、悲しみのどん底に叩き落されたジョーンは2005年に「悲しみにある者」という本を出版し、自分の愛する者の喪失について書いています(ただしこの時点ではまだ娘の死は反映されていませんが)。

『マクマホン・ファイル』のエレナも家族との関係の消失に悩み、その不安から逃げるように仕事に打ち込んでいる女性です。

その部分にしっかり焦点を当てていればもっと違った味わいのある作品になったかもしれません。ただ、いかんせんこの映画、他にもかなり脱線しており、いまいちなまとまりのなさになってしまい…。

いっそのことトリート・モリソンのキャラクターは要らなかったのではないかとさえ思ったりもしなくもないですが、う~ん、大幅な脚本見直しがいるのかな。

批評家からも酷評されている本作ですが、プロットの不適合はかなり目立っちゃいましたね。

沈む“アン・ハサウェイ”は報われない結果になりましたが、ジョーン・ディディオンの名前だけでも覚えて帰ってもらえれば、この映画を観た意味はあったと思ってください。そういうことにしよう。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 6% Audience --%
IMDb
4.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 4/10 ★★★★

作品ポスター・画像 (C)Elevated Films, Netflix マクマホンファイル