工作 黒金星と呼ばれた男
映画『工作 黒金星と呼ばれた男』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:The Spy Gone North
製作国:韓国(2018年)
日本公開日:2019年7月19日
監督:ユン・ジョンビン

工作 黒金星と呼ばれた男

あらすじ

1992年、北朝鮮の核開発により緊張状態が高まるなか、軍人だったパク・ソギョンは核開発の実態を探るため、「黒金星(ブラック・ヴィーナス)」というコードネームの工作員として、北朝鮮の中心部に潜入する。正体がバレれば命はない。事業家に扮したパクは、慎重な工作活動によって北朝鮮の対外交渉を一手に握るリ所長の信頼を得ようとするが…。

『工作 黒金星と呼ばれた男』感想(ネタバレなし)

朝鮮半島は北風が吹く

野生動物は繁殖期になると急に行動的になったり、性質が荒くなったりするものですが、人間の政治家は選挙時期や国を揺るがす事件が起きるとアクティブになります。それ以外のときはハシビロコウ並みに動かない政治家でも…です。

するとどうでしょうか。政治家の活発化に合わせてマスメディアも騒ぎ、国民も翻弄されていき…。こうして出来上がるのは政治家にとって都合のいいフィールド。自分の権力を高めるために。まあ、これもまた繁殖みたいなものなのかな。

これはたぶんどこの国でも同じ現象なのでしょう。

日本のお隣さんである韓国では、選挙の時期や政権危機が発生すると、何かしら北朝鮮が関与するような大きな事件が起きて国民世論の風向きがガラッと変わることがあり、これを「北風が吹く」と表現するのがお決まりだそうです。それだけ韓国の政治や世論は北朝鮮ありきでコロコロ変化するということなのでしょうか。そもそも同胞なわけで気になるのは当然にせよ、それが政治的な脆弱性として悪用でもされていたらたまったものじゃないですね。

そういう北風が吹き荒れる朝鮮半島事情を痛烈に描いたヘビー級な韓国映画が、2018年に韓国で大ヒットしました。それが本作『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』です。「黒金星」と書いて「ブラック・ヴィーナス」と読みます。

お話は、「黒金星」というコードネームを持つ韓国の工作員として北朝鮮に潜入して、核兵器の有無を暴きだそうとする…いわゆるスパイ・サスペンスもの。この「黒金星」という工作員、なんと実在したスパイだそうで、それをこうもあっさり映画化してしまう韓国映画界の度胸には毎度驚かされます。当然、実話ベースであるため、どこぞのスパイ映画の主人公みたいに改造車を乗り回したり、美女を抱きまくったり、そんなことはしません。それにアクション要素はありません。脚色はあれど、極めてリアルに沿ったシリアスなスパイドラマになっており、緊張感がヒリヒリと持続します。

でも正直に告白すると、私は『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』を観る前はそんなに期待していなかったのです。だって韓国と北朝鮮の間を動き回るスパイものなんてもうたくさん観てきたので、内心では「またこういうやつか…」と思っていたり。「まあ~でもきっと良作なんだろうけど」と偉そうに思いつつ、食べ飽きた気分でいました。

そんな私は愚かだった…(いつも愚鈍な自分です)。

『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』はちゃんと本作独自のオリジナリティを持っており、それこそ今だからこそグサッと刺さるナイフを隠してあったのでした。なんだ、また油断しちゃったか…(血まみれの腹を押さえながら…)。結構、日本人にも痛い物語だと思います。

監督は『悪いやつら』や『群盗』の“ユン・ジョンビン”です。私はとくに『群盗』が大好きで、あのジャンル融合な感じが大好物だったのですが、今作の『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』は一気にそこから変わって硬派スタイルになりましたね。でも実は『群盗』にも通じる要素があったりするのでそのへんを注目するのも良いはずです。

主演は『ベテラン』や『アシュラ』でおなじみの“ファン・ジョンミン”。良い奴になったり、悪い奴になったり、変わり映えの激しい俳優ですね。『毒戦 BELIEVER』の“チョ・ジヌン”や、『神と共に』シリーズの“チュ・ジフン”も登場。スパイものですが、登場人物は案外と少ないです。

あとやはり言及せざるを得ないのは“キ・ジュボン”。本作では彼はあの北朝鮮のかつての最高指導者「金正日(キム・ジョンイル)」をメイクでそっくりに熱演しています。ほんと、それやっちゃうの!?ってくらいの大胆な登場で、ここだけでも本作を観る価値があるほどです。ちなみに“キ・ジュボン”、2018年に大麻吸引の疑いで懲役刑(執行猶予つき)の判決を受けました。金正日を演じておいてこの不祥事はなんか余計にネタになってしまっている気がする…。

韓国映画の凄みを堪能できる意味では最高の一作ですが、ぜひとも政治家がざわつく国難発生時や選挙時期に鑑賞しておきたい映画です。あなたの知らない裏の裏の裏で何が起こっているのか、わからないものですから。

オススメ度のチェック
ひとり◎(骨太のサスペンスを堪能)
友人◯(硬派な韓国映画好き同士で)
恋人△(かなりシリアスな映画です)
キッズ△(大人のドラマすぎるので)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『工作 黒金星と呼ばれた男』感想(ネタバレあり)

国家と民族のため? それとも…

1990年代、北朝鮮は揺れに揺れ動いていました。冷戦構造が崩壊したことで、北朝鮮の国際的な立場は消えて孤立。さらに国家規模の経済の破綻、トドメに指導者であった金日成が死去。北朝鮮は新しい国の基盤を作るのに腐心していました。

そんな中の1994年。北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)からの脱退を宣言。これは自国だけでも世界と渡り合えるようにするために核兵器を保有するつもりなのではないか。そういう疑いが広がっていきます。

もちろんその北朝鮮の動向を一番に気にしていたのは韓国です。韓国の安全企画部(名前だけ見るとほんわかしていますが要するに国家安全保障に関わる情報機関です)は裏で着々と動いていました。

韓国軍の情報部隊の将校パク・ソギョンは安全企画部海外事業部取調室のチェ・ハクソン室長とともに任務にあたっていました。ひとつは韓国に潜入したスパイを欺くための偽装工作。次は核開発の情報を握る朝鮮族の核物理学者「キム教授」を来韓させること。

まずキム教授にコネのある男を捕まえ、こちらの駒にします。普通の学会だと思って何も警戒せずに空港にやってきたキム教授。学会会場で火災報知器を鳴らして邪魔な外野は排除。キム教授と二人だけで話すチェ室長。「1年に26回も平壌に行って北の核について知らないのですか」「中国技術大学の給料は安いでしょう。そこの200年分の給料を出しましょう。息子さんの進学も助けますよ」と甘い言葉でまんまと懐柔。そこでキム教授が口にした情報は衝撃的なものでした。

「北の核開発は1989年の東欧の崩壊で加速した」「今はしていません」「北朝鮮はすでに核を持っています」「核兵器の有無は金正日直属部隊のトップだけが知っています」…と。

これは時を争う事態。状況が切迫していることを実感したチェ室長はパクに、北の権力層に侵入してくるように命じます。まずは北京にいる対外経済委員会審議所長リ・チェク(別名リ・ミョンウン)という、金正日と会えるほどの影響力を持つ人間にコンタクトしろ、と。孤独の戦いだと送り出されたパクは暗号名「黒金星(ブラック・ヴィーナス)」として朝鮮半島どころか世界を揺るがしかねない情報の真実を突き止めるべく動き出します。

1995年3月。北京市場でパクはソウル貿易というビジネスマンとして振る舞っていました。手始めにキヨハラヒサシという、朝鮮総連系の在日同胞で対外経済委員会に顔が利く男と接触するもあまり役に立ちそうな雰囲気ではありません。

しかし、何やら追跡されている気配は日々感じていました。これはテストでもされているのか。キヨハラと接触して6か月。何も進展なしで、動きはありません。中国では南側の工作員が北側に拉致されて殺害される事件も多く、油断はできません。

そこでチェ室長は食品産地偽装の噂を広めることで北朝鮮の密輸事業をリークし、中国での外貨獲得事業を妨害。北朝鮮側はおカネに困窮し、おのずと新しいビジネス相手を求めるようになる状況を作ります。
ある日、パクのもとにリ所長から突然電話が来ます。会えますか、と。いきなり動き出したことで緊張感が走るパク。電話で指示されるがままに街を歩き回され、高麗館という食堂に到着。

そこでリ所長と面会。丁寧に挨拶するも、商売の条件として現金と南側の機密情報を提供するように頼まれます。無論、ここで無視はできません。

26万ドルと情報資料を持ってまたリ所長のもとへ向かうと、今度は北朝鮮の国家安全保衛部の課長でああるチョン・ムテクも隣にいました。明らかに自分の信用性をチェックされています。

その緊迫の中、なんとか「浩然の気」として信頼を勝ち取り、妙案を頂ければ独占的な権利を差し上げる方向で検討しますと言われます。北朝鮮と韓国を繋ぐアイディア。そこで提案したのは、広告事業でした。

一歩一歩、確実に前に進むパク。それは一体誰のための行いなのか…。

工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男

アントニオ猪木は何をしたんだろう

『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』はさすがの韓国製スパイ映画というだけあって緊張感が凄まじいです。やっぱりあまりにもフィクション世界だと「まあ、別にどうでもいいか」と観客も一定の安心感のもと舐めた感じで見てしまうものじゃないですか。

でも本作はリアルがベース。しかも背景にあるのは核兵器であり、下手をすれば一触即発。第三次世界大戦だって起こりかねません。忘れそうですけど舞台となる年代は冷戦直後です。世界は「冷戦が終わったね~」と安堵しているかもしれませんが、韓国と北朝鮮は今まさに裏側で恐ろしいほどの緊張感のもと探り合いをしている。朝鮮半島の冷戦は始まったばかり。

前半の序盤はそこまでの切羽詰まった感じがありません。最初はあれだけ「北朝鮮が核兵器を持っているかも!」とキム教授のポロリで判明したときのヤバさが尋常ではなかったのに、いざパクが北京に行くと何もできずにブラブラ。

しかし、リ所長に会える!となったところで緊張ゲージがまたもや急上昇。このリ所長の信頼を得るというミッション。パクは「かなり堪え性がないけどビジネスは頑張りたいと思っている男」を文字どおり熱演しているわけですが、その設定された性格が危なっかしいので観客もハラハラします。こんなやつがスパイなわけがないと油断させるためとはいえ、普通に反感を買うんじゃないかと。しかもチョンが銃を突きつけまくりですからね。あんな商談営業、絶対に嫌だ…。

そしてステージはさらに次へ。いよいよ金正日との直接対談へ。凄いですよ、一国のトップでさえもなかなか対談できないのに。本作を観ると、同時期に北朝鮮国内で要人と会って親交を深めたアントニオ猪木も裏で相当なことしないと実現できないだろうなと思わせますよね(何したんだろう…)。

ここのパクが平壌国際空港から無言で街を車移動する場面の異様な緊迫感。なんでしょうか、『ボーダーライン』のあのカルテルに支配された街を車で通過するシーンみたい…。建物に着いて早々よくわからない採血とかがあるし、なんか眠っている間に情報を聞き出されたみたいだし…。理解不能が多すぎて困惑しっぱなし。

ついに大広間で金正日と面会。将軍様とは目をあわせず第2ボタンを見るようにと忠告され、まともに顔も見れない中でのぎこちない極限の緊迫。緊張ゲージが臨界点突破です。

蓋を開けてみればスパイ合戦というか、この中盤あたりはひたすらに北朝鮮からの試練をクリアしていくだけのパートでしたね。

しかし、後半からは本作は単純な「南vs北」の駆け引きでは済まないものに。チェ室長とリ所長の極秘対談を盗聴するシーンこそがある種、本作一番の緊張にして物語前提をひっくり返す部分です。本作は映像センスも凄く巧妙で地味ながらしっかり立ち位置を暗示させる見せ方をしているのですが、このシーンではパクは下の部屋から必死になって盗聴をしています。今までは対等の存在としていつも席に座っていたにも関わらず。完全に蚊帳の外になったことを示していますよね。

黒金星がこの駆け引きの外に置かれてしまったとき、パクは本当の意味でスパイとも言える、ある大胆な行動に出る。

リアル路線のスパイ映画はどうしても地味になりがちですが、『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』はそこを巧みに回避してみせた、とても鮮やかなストーリーテリング&演出の合わせ技でした。

広告とスパイの共通点

また『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』はスパイ映画として単純に緊張感を楽しむのも格別なのですが、その裏にあるテーマ性の踏み込み方が強烈で印象的です。

後半、韓国では大統領選挙が間近に迫り、当時の政権の与党は対話重視の対立候補である金大中(キム・デジュン)の勢いを警戒。そこで政権はキム・デジュンへの世論の期待を粉々にするべく、北朝鮮と極秘に接触。チェ室長とリ所長の極秘対談にて、なんと政権維持のために北朝鮮へ軍事行動を依頼するという、仕込み軍事的緊張を演出しようと画策するのでした。

無論、これが事実なのかは藪の中ですよ。ただ、よくこんなストーリーを映画にできてしまうものです。アメリカ映画界でもここまでのことはやらないだろうに。

本当に韓国映画の凄まじい挑戦的創作魂には感服です。そもそも南北分断問題だってアメリカや日本のせいだと安易に設定して描くことだっていくらでもできるわけです。でも韓国映画では必ず自国批判に帰結させる。『鋼鉄の雨』なんかもそうでしたけど、韓国は絶対に愛国心を過信しないし、その危険性を自覚したうえで映画を作る。だからこそ鋭利な映画を生み出し、それが国際的にも評価されるんですよね。


『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』の場合、その痛烈な皮肉を「広告」という概念に置き換えているのがまた捻っているな、と。

パクは広告事業に専念するのですが、それはしょせんは本当の狙い(核兵器の有無の特定)を隠すためのカバーに過ぎません。でも広告って基本はそういうものですよね。スーパーマーケットのチラシで「お客様感謝セール!」と書いてあっても本当に客に感謝しているわけではありません。そうやってアピールすることで固定客を持続的に確保しようとしているのが本心です。

本作では、友好事業のようなものさえもそういう広告としての仮面があるんだと示している。友好事業という甘い響きは聞こえがいいです。私たち大衆は「友好は良いことだよね」とその広告を額面どおりに受け取って好印象を受けます。でもその裏で何が行われているのか…。

そして軍事行動というものすらも広告なんですよという投げかけ。ほんと、私たちは広告に弱い。簡単に流される。

でもやはりそれは倫理的に間違った広告なんじゃないのか。1996年4月に起きた武力挑発をともなう軍事境界線での緊張。この際に本作では砲撃の中で逃げ惑う野生動物をわざわざ描いているのですが、それもこれを実行する判断をした人間側は気軽なつもりかもしれないけど実際は命が犠牲になるものだということを暗に示すようでした。

パクもそれを理解していますから、チェ室長に詰め寄る。そしてリ所長も北朝鮮の悲惨な貧困の現状を実感している。そこで両者に生まれる連帯。本当に朝鮮半島のためになることをしよう、と。

ラストシーンでは、またもや南北を繋ぐ広告的な友好事業が始まった5年後、二人が関係者というかたちで再会します。こっそり時計とネクタイピンを見せ合う二人。そこには結局は広告の世界でしか繋がれない二人の物悲しさそれでも繋がりがあるのは良いとそこに価値を見いだす切なさがあって、複雑な気分にさせられます。

広告で騙し騙される世界とスパイの世界の一致。今の世の中は工作だらけなのかもしれません。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 96%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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