ワイルド・ローズ
映画『ワイルド・ローズ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Wild Rose
製作国:イギリス(2018年)
日本公開日:2020年6月26日
監督:トム・ハーパー

ワイルド・ローズ

あらすじ

カントリー歌手になることを夢見ているローズ=リン・ハーラン。しかし、2人の子どもを抱えるシングルマザーで、刑務所から出所したばかりの彼女にとっては、夢の舞台は憧れだけではなかなか手が届かない。家政婦としてローズが働き出した資産家のスザンナは、彼女の歌を偶然に聞き、その才能に思わず感動し、彼女をサポートしていくことになるが…。

『ワイルド・ローズ』感想(ネタバレなし)

女性が自立を得る手段として

『歌え!ロレッタ愛のために』という映画をご存知でしょうか。

この1980年公開の映画は1960年から活躍していた実在の女性カントリー歌手「ロレッタ・リン」の半生を描いた伝記映画であり、その年のアカデミー賞では作品賞を含む7部門にノミネートされ、主演を見事に熱演&熱唱したシシー・スペイセクが主演女優賞を受賞しました。

カントリー歌手になる女性はたいていは保守的な地域出身の労働者階級の白人女性であり、そこでは「家庭」こそが女性のいるべき場所というのが常識です。ロレッタ・リンというこの後に伝説的なカントリーシンガーになった女性も同様の境遇であり、なんと15歳で結婚、19歳で3人の子持ちという、なかなかにハードな“妻&母”人生。夫の不倫にも苦しんだようです。そんなロレッタ・リンは自分の過酷な境遇をエネルギーにして歌として表現していき、見事に才能を開花させます。

他の多くの女性カントリー歌手も似たような感じです。つまり、保守的な地域で暮らす女性にとって、カントリーミュージシャンとして成功することは、家庭の呪縛から解放されて自立を得る数少ない手段なのでしょう。

最近であれば、2000年代後期から2010年代初期にかけて一世を風靡したテイラー・スウィフトが女性カントリー歌手がずっと背負ってきたお行儀よさを捨て去り、政治的な発言も臆することなく主張できるようになるまでを密着したドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』も印象に残るところ。


今回紹介する映画もそんな女性カントリー歌手特有の束縛と解放を描いているという視点で見ることで感動は増していくのではないでしょうか。その映画が本作『ワイルド・ローズ』です。

本作はイギリス映画であり、イギリスの地方に暮らすシングルマザーの女性がカントリー歌手になるべく奮闘する姿を追いかけたドラマ作品です。別に実話モノというわけではないですが、こういう夢を持った同じ境遇の女性は普通にいるでしょうし、共感しやすいと思います。

女性が音楽の世界で花開こうとするなんて『アリー スター誕生』のようにやりつくされたネタにも思えますが、本作は先ほども書いたように「女性が家庭に縛られずに夢を追えるのか?」というテーマが明確に据えられており、シンプルながらも現代社会に突き刺さるメッセージ性もあります。

批評家の評価も高く、映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では92%の賞賛を受け、英国アカデミー賞では主演女優賞にノミネートされました。音楽映画なだけあって楽曲の評判も上々で、作中でも印象的に使われる主要曲「Glasgow (No Place Like Home)」など、心に染み入る素晴らしい曲だらけ。映画を観ればまず間違いなくサントラも欲しくなるでしょう。

監督はイギリス人の“トム・ハーパー”(トム・フーパーじゃないよ!)。日本では2020年初めに監督作『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』が公開され、こちらは科学の世界で快活に自分らしく生きる女性を描いており、舞台は違えど女性を描くのが上手い監督ですね。


本作の脚本は『Three Girls』というミニドラマシリーズの脚本を手がけた“ニコール・テイラー”です。

製作は『僕たちのラストステージ』や『未来を花束にして』を手がけた“フェイ・ウォード”

素晴らしい歌とともに観客を魅了する主演は、『ジュディ 虹の彼方に』や『ドクター・ドリトル』にも出演していたアイルランド人の“ジェシー・バックリー”。彼女は2017年の初主演映画『Beast』で高評価を得たそうですが、私は見れていません…。でも『ワイルド・ローズ』を観ると「あ、これは凄い女優だな」と一発で確信できるパワフルさです。ドラマ『チェルノブイリ』でも名演を見せていたのでそちらもぜひ。

他の俳優陣は『パディントン』シリーズにも出ていた“ジュリー・ウォルターズ”、『ホテル・ルワンダ』の“ソフィー・オコネドー”など。なお、“ケイシー・マスグレイヴス”など現役で活動中のカントリー・ミュージック・アーティストもカメオ出演しています。

自分の将来に希望を見いだせず、ただなんとなく惰性で生きているような気がしたとき、『ワイルド・ローズ』を鑑賞することで世界が変わるかもしれません。

オススメ度のチェック
ひとり◎(気分の上がる音楽映画を)
友人◎(音楽映画ファン同士で)
恋人◎(ほどよく感動したいときに)
キッズ◯(夢に突き進む勇気をもらえる)

『ワイルド・ローズ』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ワイルド・ローズ』感想(ネタバレあり)

刑務所を出た先に自由はあるのか

部屋を片づけるひとりの女性。ローズ=リン・ハーランは、自分のあれこれな荷物を透明な袋に無造作に入れて部屋を出ます。そこは…刑務所内の独房でした。実は彼女はドラッグ密輸の容疑で捕まってしまい、1年間服役していたのです。

しかし、それも今日で終わり。テンション高めで刑務所仲間に挨拶し、意気揚々と出所。所在を監視されるために足環をつけられますが、外へ出ればそこはもう刑務所と比べ物にならない自由。

バスに乗り、ヘッドホンで音楽を聴きながら、外の光景を見つめます。ローズ=リンは地元であるグラスゴー(スコットランドの南西部の都市)に帰ってきました。

最初に向かったのは男の部屋。ドア越しに歌を歌って陽気に男と抱き合い、外でセックス。解放的な満足に満たされます。

そして次に向かったのは別の家。ここでは先ほどと違って少しローズ=リンの顔が曇ります。ドアから出てきたのは老齢の女性。ローズ=リンの母であるマリオンです。すると子どもたちも顔を見せ、下の息子は「ママ!」と飛びついてきました。

久しぶりの家族の食事。しかし、気まずい空気が流れます。上の娘は母を前にしても笑いもしません。

あまりの空気の悪さに外へ逃げると、マリオンから「歌手になるなんて諦めて、子育てをしろ」と言われてしまいます。

部屋で絶叫し、むしゃくしゃした気持ちをぶつけるローズ=リン。その部屋にはナッシュビルの地図が飾ってあります。彼女はカントリーミュージシャンとしてデビューすることが夢であり、憧れのナッシュビルに行きたいのでした。

ローズ=リンは自分が捕まる前に働いていたクラブへ行くも、勝手に解雇されていたことを知り、しかも前科者を理由に再雇用もしてくれません。また怒りを露わにするしかできないローズ=リン。

しょうがないのでローズ=リンは地元の資産家であるスザンナの家で家政婦として働くことになりました。あまり気乗りしない仕事ですが、やむを得ません。ヘッドホンをつけながら掃除機をかけ、テキトーにアルコールを拝借してぐびぐびする寄り道をしつつ、酔った勢いでノリノリでヘッドホン&掃除機。けれどもそんなアグレッシブな家事を、スザンナの子どもたちにもろにがん見されてしまいました。

母マリオンとは相変わらず折り合いが悪く、イライラしながら家政婦の職場へ。するとスザンナの家に近づくと音楽が聞こえてきます。あれ? これはカントリーミュージックなのでは?

なんとスザンナはカントリー音楽のファンだったのです。意外な共通点に少し喜ぶローズ=リン。スザンナの前でローズ=リンは歌う機会を得ます。聴いてくれた一同はアメージングだと感心してくれました。

しかも嬉しい話はそれで終わりではありません。スザンナは知人のラジオ・パーソナリティにローズの歌を録音し、送ります。するとそのハリスという男(実在の人です)はローズの歌を褒め、ロンドンで一度会って話したいと申し出てきたのです。

これは千載一遇のチャンス。母マリオンはいつもどおり冷たい顔ですが、そんなの気にしていられません。司法当局の許可を得て、準備も万端。ロンドンに行ける! 夢へと一歩を踏み出せたローズ=リンはクラブで盛り上がり、ステージに上がり込んで思わず熱唱。観客も大盛り上がりです。

ローズ=リンはその歌で夢を掴むことはできるのか…。

「家庭」という刑務所

『ワイルド・ローズ』はただ女性が音楽界で成功を得ようとするベタなサクセスストーリーではありません。前述したとおり、本作は「女性が家庭に縛られずに夢を追えるのか?」という主題がハッキリ存在します。

冒頭でローズ=リンは刑務所を出所します。普通であれば自由を獲得したことになります。最初はいかにもフリーダムを手にして嬉しそうです。でもグラスゴーに向かうにつれ、その当初の「自由だ!」の空気は薄れ始めます。本作は演出も上手く、グラスゴーに向かうバスから見える風景もどこか主人公を歓迎していない感じに見えます。

そしてローズ=リンが最初にやるのは男とのセックス。で、その後に家族に会いに行く。その時の表情がまた苦しそうです。そしてホームへ。そこでの空気は最悪で、居心地は最低。

つまり、ローズ=リンは刑務所から出て自由になったのではない。今度は「家庭」という刑務所に移ってきただけ。

おそらくローズ=リンは刑務所内でもずっと音楽を頼りに過ごしてきたはず。ヘッドホンはまさにその彼女の唯一の抵抗アイテムです。そんな彼女の好きな音楽さえもやめて母親業をしろと言われてしまう。音楽が溢れたクラブの職場も失ってしまう。

結局、家政婦というまさに女性の家事で報酬がもらえる仕事をするのですが、そこでもヘッドホンは手放しません。ローズ=リンはまだ抵抗中です。ここで音楽を聴いて家事をしながら楽器演奏者が映る空想の演出がまたフィクションらしいユニークさもありつつ、切ないです。

で、スザンナの目にとまり、ローズはしっとりと歌いあげるシーンがあります。この場面でローズ=リンに光が窓の奥からぱぁーと差し込む演出が、まるで彼女にやっと希望が見えたようで印象的。そこからのクラブでの大熱唱。一気に展開が変わります。

ワイルド・ローズ

さまざまな女性たちも想いは一緒

普通に考えるとこれで成功ゲット!でもいいのです。そうです、きっと主人公が男性だったらそうなっていたでしょう。でもローズ=リンはそうはいきません。

そこには女性としての壁が立ちはだかります。ローズ=リンが夢を追えば追うほど、母や娘との距離ができてしまう。「女性が外で夢を追う=家庭を台無しにしている」と認識されてしまう理不尽な現状。別に子どもが嫌いなわけではないし、家族を大事にしていないわけでもない。ただ、夢“も”追求したい、それだけ、それだけなのに…。

『ワイルド・ローズ』は母・主人公・娘の女性3世代の物語にもなっており、それぞれが同じ女性特有の苦悩を抱えているはずなのに、互いを不信視してしまうモヤモヤが映し出されています。

ローズ=リンの母マリオンも詳細は描かれませんけど、おそらく過去に、若い時に夢があったけどそれを諦めて「妻」「母」としての役割を生きることになったのでしょう。それを良しとして自分に言い聞かせるように生きてきたゆえに、娘のローズ=リンにもその道を歩ませようとしてしまいます。

ローズ=リンの娘の方は、母親が一時的にいなくなってしまった間、弟の面倒を見てきたのでしょう。あの幼さにしてすでに「母」の役割を背負ってしまっています。だからこそ「母」として役割を果たさないローズ=リンに嫌悪を向けることに…。

でもこの世代の異なる女性3人が本当に寄り添えばそれは強い連帯になる。それこそ女性が押し込められる「“家庭”刑務所」を打破する糸口になるわけで…。

また、この連帯に加わる人物は他にもいて、それはスザンナです。彼女はローズ=リンと違って裕福な家庭ですし、黒人であり、そういう点ではカントリーミュージックとは無縁なのかなとローズ=リン自身もそう思い込んでいます。でも意外にも共感してくれる。それはきっとスザンナだって家庭に閉じ込められる女性の息苦しさを肌で感じているから。

ローズ=リンは終始孤独で夢を追うことも全部ひとりで抱え込み、それがスザンナの屋敷でのパーティーてついに耐えきれなくなってしまいます。

しかし、自分以外にも同じ思いを抱えている人はいるんだと実感し、言い換えると自分の歌が自分だけではない、観客にも響くものに変わったとき、ローズ=リンは本当の意味でミュージシャンになっているんですね。他の女性友達も応援してくれる、曲を聴いてくれる、それはローズ=リンに期待しているからこそ。

本作のラスト、「Celtic Connections」というイベントでたくさんの聴衆を前にエモーショナルに歌い上げるローズ=リン。年齢、人種、経済状況の異なるさまざまな女性たちがそれを聴きます。

「Glasgow (No Place Like Home)」という曲は歌詞からして意味深く、女性たちの真の「Home(家庭)」を問うようなものなのかなとも感じました。

ポスターへの苦言

ということで私も感動したし、称賛も納得の映画だったのですが、最後にひとつだけ言いたいことがあります。

映画本編とは関係ないことですが、日本の宣伝の仕方です。

この感想記事に日本と本国の宣伝ポスターを並べて掲載していますけど、これが凄く宣伝スタンスの違いが明確にわかります。一瞬見るかぎり同じようなデザインに見えますが細部でそれは露骨に違い、その差異が宣伝側が作品テーマをどれだけ大事にしているかを図らずも暗示していると思うのです。

日本のポスターは原題の「WILD ROSE」の文字がオリジナル版より少し明るいピンク色になり、なおかつその文字に映る場面シーンが、主人公が娘と優しそうに向き合っているなど、いかにも「女性!子ども!家族!」みたいな押し出し方をしています。オリジナル版は主人公が目を伏せて歌っているシーンだけです。

要するに日本のポスターは、本作の主人公ローズ=リンが必死に脱しようとしていた保守的な家庭観を全面にして宣伝してしまっています。これじゃあ、作品の主張と逆行しているでしょう。

ちなみに韓国語版や中国語版のポスターは日本みたいになっておらず、基本はオリジナル版どおりなんですよ。なぜ日本だけこうも残念な感じになるのか。

無意識に「こうしておけばいいだろう」とマニュアル的に改変してしまっているのかもしれませんが、本当にこの悪習は改善した方がいいと強く主張したいところです。いつか致命的に取り返しのつかない大炎上事件を引き起こしますよ(それこそNHKのBlack Lives Matterでの大失態のような)。差別や偏見はこういうポスターデザインのような何気ない場所で露呈しますから。

私の「Home」である日本も変わっていってほしいなと願っています。

『ワイルド・ローズ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 87%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

関連作品紹介

女性が歌手を目指す姿を描いた映画の感想記事の一覧です。

・『ポップスター』


・『ティーンスピリット』


・『アリー スター誕生』


作品ポスター・画像 (C)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018 ワイルドローズ

以上、『ワイルド・ローズ』の感想でした。