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『ポップスター Vox Lux』感想(ネタバレ)…ただの音楽人生映画と侮るなかれ

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ただの音楽人生映画と侮るなかれ…映画『ポップスター』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Vox Lux
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2020年6月5日
監督:ブラディ・コーベット

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ぽっぷすたー
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『ポップスター』あらすじ

ある事件によって生死の境をさまよいながらも一命を取り留めた14歳の少女セレステ。皮肉にも姉エレノアと作った追悼曲が大ヒットし、敏腕マネージャーに見初められてスターダムへと駆け上がる。18年後、度重なるスキャンダルでトップスターの座から転落した彼女のカムバックツアー初日を前に、世間を震撼させる出来事のニュースが飛び込み、すでに不安定な彼女をさらに動揺させる。

『ポップスター』感想(ネタバレなし)

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ナタリー・ポートマン、再び衝撃へ

人間、どんな人生が将来に待ち受けているか、それは当人にもわからないものです。

たいていの人は凡庸な人生のルートを辿るだけかもしれません。でも何の因果か、はたまた偶然か、とんでもないスペシャルなルートを無自覚に選択していることもあるのかも…と考えることもできるでしょう。

ある少年がいて、その無垢で誰からも愛されている少年が、やがてひとつの国を支配する独裁者へと変貌していく…そんな映画が『シークレット・オブ・モンスター』でした。この子が独裁権力者になるのは決定事項だったのか、それは不明ですが、この映画ではその過程がおぞましくも不気味に描かれているのです。確かに実際に平凡な画家が独裁者になったりしているわけですから、この映画の内容もあながち嘘ではありません。

人が何になるのか…何をきっかけにそうなるのか…不確定すぎるからこそ怖い。

このゾッとする映画を監督したのが“ブラディ・コーベット”で、長編監督デビュー作でした。彼はもとは俳優だったのですが、この強烈な監督処女作でいきなりヴェネツィア国際映画祭にて注目の人物に。当時はまだ20代後半。またも俳優からの天才若手監督の登場かと一部で話題になりました。

当然、次の監督作にも関心が集まります。そして“ブラディ・コーベット”監督の2作目となったのが、本作『ポップスター』なのでした。

そしてこの『ポップスター』もまた、人が何になるのか…何をきっかけにそうなるのか…そういう人生の不確定さをじんわりと独自のタッチで描いていく一作なのです。ただ、前作とは舞台や題材はガラッと変わり、本作はエンターテインメント業界を映し出しています。ミュージック・アーティストの世界です。

なんとなく作品のルックだけを見ると、『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』みたいな音楽人生をエモーショナルに描いたカタルシス全開のアガる映画なのかなと思ってしまう人も出てくるかもしれません。でもハッキリ言っておきます。全然違います。『アリー スター誕生』のように何の変哲もない女性がスターになっていく姿を追いかけるものですが、軸は同じでもテンションは正反対です。それどころか冒頭、あまりにもショッキングなシーンがぶっこまれ、ちょっとでもワクワクなエンタメを期待していた観客がいるとしたら、そこで自分の見込み違いを鮮烈に自覚するでしょう。

こんなことを書くと鑑賞したいと思う人が減るんじゃないかと心配になりますけど、変に予想と違いすぎて映画自体の印象を悪くするよりはね…。

邦題もちょっと誤解を助長していますよね。「ポップスター」なんていかにも軽そうなネーミングです。原題は「Vox Lux」で監督いわくラテン語で「声」と「光」を意味しているそうで、ラテン語を使っている時点で“普通じゃなさ”がムンムンしているじゃないですか。

なお、日本の公式サイトにはほぼエンディングまでのあらすじが書いてあります(いいのか?)。

俳優は豪華な人がメインを飾っています。主演を務めるのはハリウッドのスターとして誰もが認める“ナタリー・ポートマン”。彼女も13歳のときに『レオン』で一気に人生が変わった人ですから、そのへんは作中の主人公と一致します。今作では製作総指揮も兼任しています。なお、“ナタリー・ポートマン”の夫で振付師でもある“ベンジャミン・ミルピエ”は今作でも振り付けを担当とのこと。内容は異なるのですけど、“ナタリー・ポートマン”が主演していて衝撃的と言うと『ブラック・スワン』を思い出しますし、なんとなく比較したくなるかも。

ただ、“ナタリー・ポートマン”の出番は実は映画の中盤までなく、ずっと出ずっぱりで活躍するのは“ラフィー・キャシディ”という10代若手女優です。作中では主人公の10代の時期を前半で演じ、後半では主人公の娘役を演じている一人二役です。『トゥモローランド』でインパクトのある謎の少女を演じたり、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』でも活躍したりと、着実にキャリアを重ねています。ぜひ『ポップスター』を観る際は“ラフィー・キャシディ”の名前を覚えて帰ってください。

他の出演陣は、なんか最近は良い奴なんだか悪い奴なんだかわからない役を演じてばかりな気がする“ジュード・ロウ”、『グッバイ・ゴダール!』の“ステイシー・マーティン”、舞台女優として以前から実力を発揮してきた“ジェニファー・イーリー”など。

デートムービーにはとても向かないし、観ると精神が削られる場面も多い一作ですが、野心的で作家性全開の映画でガツンとお見舞いされたいなら『ポップスター』はぴったりハマるでしょう。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(俳優ファンは必見)
友人 ◯(重たい作品でもいいなら)
恋人 △(かなりシリアスです)
キッズ △(ショッキングな描写あり)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ポップスター』感想(ネタバレあり)

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人生は変わった、自分の意思に関係なく

1999年。ニューヨークのスタテンアイランドの学校で事件は起こりました。
いつものように学校では登校してくる子どもたちで溢れかえっています。授業が始まり、先生が生徒たちの前で話していると、スキンヘッドの不審な人が前触れもなく教室に入ってきます。何者なのか、何をしに来たのか。その場にいた全員が疑問に思ったのも束の間、その不審者は「私の名前はカレンアクティブ」と名乗ったかと思うと、いきなり銃を向けて教師を撃ち殺しました

そして、生徒たちが行動を起こす猶予もなく、教室で乱射を始めます。日常にいたはずの学校は一瞬にして大パニック。窓から逃げようとする人もいたりと、収拾のつかない騒ぎに発展。その中、駐車場の車からは火があがります。

一方の凶悪な所業を実行した犯人はなおも教室に健在。残った生徒たちが凍り付く中、膠着状態が続いています。その時、女子のひとりが勇気を振り絞ってその犯人に会話をしようと試みます。しかし、これもまた何の躊躇いもなく犯人はその子に発砲。

しばらくして突入したのは特殊部隊。広がっていた光景は、大量の生徒の死体と死んだ犯人の亡骸でした。凄惨な現場での生存者はわずかのみ…。生き残っていた少女は緊急車両で搬送されていきます。

社会を震撼させた銃乱射事件から少し月日が経過。プールでは生存者であるセレステ・モンゴメリーが重体を負った状態から回復するべくリハビリの真っ最中でした。彼女はひとりではありません。ベッドでは姉のエリー(エレノア)と寄り添い合い、悲劇に見舞われた心を癒すように、電子鍵盤で作曲して時間を過ごしていました。

それからしばらくして追悼式に参加することになります。生き残りとしてセレステに注目が集まるのは当然。マスメディアと参加者が見守る中で、セレステは自作の曲「Wrapped Up」を静かに、でもエモーショナルに歌い上げるのでした。エリーも伴奏しています。沈黙とフラッシュだけが二人を包み込み…。

このパフォーマンスが思わぬ反響を呼び、セレステはレコーディング会社から音楽デビューを持ちかけられます。こうして銃乱射事件のサバイバーから一転、大注目のアーティストへと人生が激変することになりました

パフォーマンスのためのトレーニングが始まり、なかなかに運動量の多そうな動きはついこの間までリハビリをしていた人間にはキツイです。あちこちへ連れ回され、マネージャーと移動の毎日。ミュージック・ビデオの撮影も行われます。もう人生は後戻りできません。

2017年。セレステは31歳になっていました。アーティストとして成功をおさめた彼女でしたが、それも過去の話で、今はアルコールにドラッグにとスキャンダルのまと。姉のエリーとの関係はギクシャクしており、娘のアルビーとも上手くいっているわけもありません。エリーは作曲を自分がしたのに名声は全部セレステが手にし、自分には子育てを押し付けていることに不満な様子。

ただでさえストレスを抱え込み、ギリギリな状態のセレステ。次のライブも控えています。

そんな時、最悪の追い打ちが待っていました。クロアチアのビーチで無差別銃乱射事件が勃発。その犯人がセレステのミュージックビデオで使われていたマスクを着用していたのです。もちろん犯人とは無関係。それでもマスコミやネットが騒がないはずがありません。

またしても銃乱射事件で注目を浴びることになったセレステ。これは運命なのか、それとも…。

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バッドエンドの続きを描く物語

『ポップスター』は事前に警告したとおり、序盤でいきなりの惨劇…それもかなり直接的な描写でハッキリと画面に映してきます。音楽映画を観に来たつもりなのに、なんなんだよ…と、正直、不意打ちを食らった気分です。

あの銃乱射事件は実際のものをそのまま題材にしていることはないにせよ(そもそも銃乱射事件なんて残念なことにアメリカではしょっちゅう起きている)、時期的・内容的に1999年4月20日に発生した「コロンバイン高校銃乱射事件」が元ネタになっているのでしょう。この事件は、同校の生徒2人が銃を乱射し、12名の生徒と1名の教師を射殺し、犯人両名は自殺したというもので、当時は1966年に起きたテキサスタワー銃乱射事件以来の惨劇になったため、アメリカ社会を震撼させました。コロンバイン高校銃乱射事件は『エレファント』という映画になっていますし、ドキュメンタリー『ボウリング・フォー・コロンバイン』でも言及されていますね。

で、『ポップスター』の話に戻りますけど、本作は4幕構成で、「PRELUDE」「ACT 1: Genesis」「ACT 2: Regenesis」「FINALE」となっています。

序章で惨劇が起きますが、その終わりは道路を走る緊急車両を背景にオープニングクレジットが流れるという異色なもの。ほぼ全クレジットであり、エンディングなのかと思ってしまうレベルです。つまり、ここでバッドエンド…という風に見えます。

なので本作はバッドエンドの続きを描く物語である…私はそんなように思いました。

セレステはアーティストとして人生をリスタートさせることになりますが、それは華やかな復帰としては描かれていません。むしろまだまだ苦難は続行すると言わんばかりの重々しい空気さえ映画からは漂ってきます。現に本作ではアーティスト活動を全然楽しそうに描いていません。

これが普通のミュージシャン映画ならちょっとくらい音楽の面白さを映し出してもいいじゃないですか。ここまで重苦しいと、なぜセレステがこの業界に足を踏み入れたのかもわからないほどです。

ただ本作の主人公は本当に特殊です。確かにアルコール依存とかドラッグ依存のアーティストはうじゃうじゃいるし、レイプのサバイバーもレディーガガとか大物が挙げられますから、別にそこまでのあり得ない話でもないです。

しかし、銃乱射事件のサバイバーとなるとそれはレアすぎますし、かなり設定が盛っている感じは否めません。悲劇性を背負わせるためのお膳立てみたいに。

でもおそらく“ブラディ・コーベット”監督は本作をダークな寓話として描いているのだろうなと思います。どうして自分はあんな目に遭ったのか、なぜ生き残ってしまったのか…その怒り・失望・許せなさを抱え、それらを全て呪いのようにして音楽活動に変える。そういうキャラクターがセレステです。

一応、本作の曲を担当したのは「シーア」という顔を隠すことで有名な歌手で、そんなミステリアスさも参照しているのでしょうけど、このセレステは唯一無二の独自の孤独こそが特徴で、その共感性を得られないことが本作の肝になっているのかなと思います。

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二面性のどちらが覚醒するか

『ポップスター』の主人公セレステは生き残ったけど、存在としては死んでいます。成長してもそれは変わりません。アーティストのパフォーマンス傾向としてちょっと悪魔的なビジュアルになっているのは、自身の劣等感の現れでしょうか。

一方、彼女の娘アルビーを、前半部のセレステ(10代)を演じた“ラフィー・キャシディ”がまたも演じており、ここが上手いなと思うのは、つまり無垢な自分(事件に会う前の10代の姿)とアルターエゴの自分(事件後の姿)との邂逅になっているということ。この二人が向き合うだけで、ここまで変わってしまったんだという残酷さが浮き上がりますし…。

“ブラディ・コーベット”監督の作家性はまだ2作目なので判断しづらいのですが、前作『シークレット・オブ・モンスター』と合わせて考えると、人の持つ二面性に惹かれているのかな、と。どんな人間も二面性は保有していて、それが何かしらの外部からの衝撃でグワッと覚醒する。独裁者になるのも、アーティストになるのも、避けられない宿命のようでそこに本人の選択性のようなものはない。

本作のセレステは結局はまたも銃乱射事件によって脚光を浴び、キャリアを取り戻したかのようなパフォーマンスで最後は終わります。人によっては素晴らしいポジティブなシーンとして素直に受け取れますし、見方を変えれば呪いを開き直って利用することにしただけとも受け取れます。とにかくセレステにはこうするしかない。グイグイと背中を得体のしれない者に押されて、とてつもない頂点に来てしまった人の人生はこういうものなのか、そんな知らない世界を私のような凡人が見てしまった感覚です。

本当のエンドクレジットが上から下に流れる特殊な構成なのも、主人公の逆転という意味を強く示している演出に思えました。

そんなブラックな寓話である『ポップスター』ですけど、最後のパフォーマンスは文句もないわけではありません。カメラがころころ切り替わって落ち着きがないので、パフォーマンスをじっくり堪能できないのは残念です。あそこでもっとゾゾゾッと魂を震わすショーが見られたら良かったのですけど…。

また、エンターテインメントの業界を通して描いてしまっているため、消費物としての側面が際立ち、寓話性は減退してしまった感じもします。こればかりは題材選びの時点で覚悟するしかないですが、もともとリアリティが気になりやすい世界ですから、こんなんで人気アーティストになれるのか?と一度疑念を持つと終始作品鑑賞の邪魔になってしまいますね。『アリー スター誕生』はそこに完全な説得力を与えていて、そこが素晴らしかったのですが、この『ポップスター』のセレステとマネージャーのコンビはどうも上手くいきそうにない…。

まあ、銃乱射事件の被害者をアーティストに仕立て上げようとする業界があったら間違いなく実際の社会では猛批判を浴びるでしょうけどね。

『ポップスター』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 61% Audience 37%
IMDb
5.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★
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・『アリー スター誕生』

・『ティーンスピリット』

作品ポスター・画像 (C)2018 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC

以上、『ポップスター』の感想でした。

Vox Lux (2018) [Japanese Review] 『ポップスター』考察・評価レビュー