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『17歳の瞳に映る世界』感想(ネタバレ)…語らないことに意味がある

17歳の瞳に映る世界

「Never Rarely Sometimes Always」の意味は…映画『17歳の瞳に映る世界』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Never Rarely Sometimes Always
製作国:アメリカ・イギリス(2020年)
日本公開日:2021年7月16日
監督:エリザ・ヒットマン
性暴力描写

17歳の瞳に映る世界

じゅうななさいのひとみにうつるせかい
17歳の瞳に映る世界

『17歳の瞳に映る世界』あらすじ

家族との関係も希薄で、親しい友達も少なく、目立たない17歳の高校生のオータムは、ある日、自分が妊娠していたことを知る。彼女の住むペンシルベニアでは未成年者は両親の同意がなければ中絶手術を受けることができない。しかし、親はおろか周囲に相談できる相手はおらず、自分で対処できずにいた。親友でもある従妹のスカイラーは、ひとり悩みを抱えるオータムの異変に気付き、2人で中絶に両親の同意が必要ないニューヨークに向かうが…。

『17歳の瞳に映る世界』感想(ネタバレなし)

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中絶を寄り添いながら描く

「中絶」について積極的に話題にしている人はあまりいないかもしれません。日本では中絶は可能ですが、まだまだ中絶をタブー視する社会の風潮が濃く、医療業界でさえもネガティブな反応を見せる医師もいます。

一方、アメリカの中絶を取り巻く状況は日本から見れば相当に極端で奇異に映ることがあります。

アメリカでは中絶を認めるか認めないか、どういう条件で認めるか、その法的対応は州によって違います。その論争的な歴史はドキュメンタリー『彼女の権利、彼らの決断』でも整理されています。

とくに際立つのが中絶反対派の人々。例えば、アメリカには「Crisis pregnancy center」という施設が各所に存在します。直訳すると「危機妊娠センター」になりますが、急な妊娠で困った女性が駆け込めるような場所です。それだけ聞くと「なんだ、いいところじゃないか」と思うのですが、この非営利の施設、実は中絶反対派が運営しており、その多くの背後に保守的なキリスト教団体がいます。つまり、この施設に妊娠した女性が駆け込むと「中絶はしないで、天からの授かりものなのだから子どもを産みなさい」と全力で説得されるわけです。一見すると優しい対応でも実態は中絶反対のPR。しかもその中絶させないためのアプローチが、こう、なんというか、必死であの手この手なんですね。パンプレットやビデオを見せるのは序の口。赤ん坊の心音を聞かせたり、赤ん坊の人形を抱かせたりと、心理作戦も展開。中絶で摘出されたとする胎児の生々しい写真を見せる(実際は中絶と関係なかったりもする)などのショック作戦も繰り出しますし、「中絶と乳癌には因果関係がある!」と嘘の医療紛いの情報を浴びせることさえもあるのです。

でもアメリカの保守的な勢力が強い田舎などではこの中絶反対系組織しか頼れるものがいなかったりする。アメリカにある「Crisis pregnancy center」の数は2300なのに対して、専門的な中絶クリニックの数は808だとか。そういう苦しい現実が、望まない妊娠をしてしまった女性に降りかかっています。

今回紹介する映画はまさにそんな状況に直面した未成年の女子をリアルに映し出す一作です。それが本作『17歳の瞳に映る世界』

本作は邦題を考えるのが難しかったはず。原題は「Never Rarely Sometimes Always」。私も最初にこのタイトルを見たとき、どういう意味?と思ったのですが、ちゃんと映画を観ていればわかります。すごく重要なシーンに出てくるあるセリフであり、本作のテーマそのものですね。『17歳の瞳に映る世界』という邦題は可もなく不可もなくといった感じ。

物語は17歳の少女が主人公。この主人公は妊娠してしまい、中絶をしようと考えますが、地元は中絶しやすい環境ではなく…という未成年の妊娠をめぐるドラマです。アメリカのペンシルベニア州を舞台にしていますが、同じくアメリカ映画で未成年の妊娠をめぐる作品として話題になったものと言えば、エリオット・ペイジ主演の『JUNO ジュノ』がありましたが、あちらはプロライフ的と言いますか明らかに中絶反対派寄りに偏った映画でした。なのでこの『17歳の瞳に映る世界』はその対極にある一作だと言えるでしょう。

監督は“エリザ・ヒットマン”というなんだか強そうなネーミングのアメリカ人。2017年に『ブルックリンの片隅で』というゲイ青年を描いた青春映画を監督し、有名になっていた方ですが、この『17歳の瞳に映る世界』でさらに評価を爆上げした感じに。ベルリン国際映画祭では銀熊賞を受賞する快挙。ただアカデミー賞ではスルーされたのは残念です(『JUNO ジュノ』はアカデミー賞で受賞・ノミネートしたのだから『17歳の瞳に映る世界』だって評価されてもよさそうなものなのに、やっぱりまだまだアカデミー賞は保守的ですね…)。

ちなみに本作の製作総指揮には『ムーンライト』でおなじみの“バリー・ジェンキンス”も参加しています。

俳優陣は、主役を務めるのが1998年生まれの“シドニー・フラニガン”で、本作で見いだされた映画デビューの初々しい逸材。これがもう見事な魅力の持ち主で、この“シドニー・フラニガン”に出会えただけでも私は満足ですね。言葉にできない儚げな佇まい。地味なのに印象に深く刻まれます。

その“シドニー・フラニガン”と共演するのが2002年生まれの“タリア・ライダー”で、もともとブロードウェイで活躍していたようですが、スピルバーグ監督『ウェスト・サイド・ストーリー』にも出演するとのことで注目の若手です。

淡々としていてとにかく静かな物語ですが心に染み入る一作なのは間違いありません。ひとつ補足すると、性暴力的な場面があるのかなと不安に感じる人もいるでしょうが、直接的なシーンはありません(ただし精神的にはもちろん辛いけど)。語り口自体はそのあたりも配慮されているので安心してください。

オススメ度のチェック

ひとり 5.0:じっくり噛みしめて
友人 4.0:信頼できる相手と
恋人 4.0:素直に語り合える人と
キッズ 3.5:10代にはオススメ
↓ここからネタバレが含まれます↓

『17歳の瞳に映る世界』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):17歳にできること

アメリカ、ペンシルベニア州のノーサンバーランド郡。オータムという名の少女は、歌唱大会に出ており、ギター片手に静かにメロディを歌っていました。客席にはふざけて揶揄ってくる若い男がいて、少し動揺しますがそのまま歌い上げます。

ダイナーで食事。気分も乗らず、そのまま店を出ようとしますが、去り際にあの若い男を見かけたので飲み物をかけて立ち去ります。

家にひとりで帰宅し、鏡に映る自分の身体を見つめるオータム。彼女のお腹はポコっと出ていました。

翌朝、家族との会話も少なめ。オータムは外へ出て、とぼとぼとひとりで歩き、ある建物へ入っていきます。優しそうなおばあさんが受付にいて、椅子に座り、待ちます。名前を呼ばれたので奥へ行くと、白衣の女性の前に座ることに。そして質問を受けます。「何歳?」「17歳」

尿を採取し、妊娠検査薬でその場でチェック。結果は…妊娠していました。なんとなくわかってはいました。しかしあらためて事実を突きつけられるとどうすればいいのかわかりません。

とりあえず今日はパンフレットをもらって帰ってきたオータム。自室に戻り、途方に暮れます。親には言えません。何事もなかったかのようにスーパーのレジでバイトするだけ。

その後もあの施設へ通い、エコー検査でお腹にいる赤ちゃんを見せられます。心音も聞かせられ、命の存在も認識することに。さらにビデオを見せられ、いつ作られたのか古めかしいものですが、中絶がいかに尊い命を殺めるかそこでは力説されていました。

自力で中絶できないのかネットで検索することに。オータムの住むペンシルベニア州では、未成年が親の同意なしに中絶手術を受けることが禁止されていました。中絶方法を独自に調べ、がむしゃらに試してみます。薬を大量に服用したり、腹を拳で何度も何度も殴ってみたり…。でも自分が傷つくだけでした。

アルバイト先でオータムは体調を崩し、トイレで吐きます。その異変に気づいたのは同じバイト先で働く従姉のスカイラー。中絶をするならここでは無理。そう判断したスカイラーはバイト先の金を盗み出し、2人で未成年でも自分の意志で中絶することが認められるニューヨークへ行くことにします。

2人は長距離バスに乗り、地元を離れます。ここでも会話はほぼなく、2人はこの先に何が待っているのか、自分たちでも未知数でした。それでも今できることはこれくらいしかない。

こうして小さな物語が始まり…。

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こういう世界で生きている

未成年の妊娠を扱った映画自体は珍しいわけではありません。アメリカ以外でもアルゼンチンの『見えない存在』(2018年)なんかは17歳の少女が主人公で中絶を模索するという点でもそっくりです。

日本でも『朝が来る』『17.3 about a sex』のように未成年の妊娠を扱った作品はわりと簡単に目につきます。

そのどれもで妊娠した未成年は非常に苦しい立場に追い込まれ、サポートもなく孤立に沈んでいるのがいつもの光景です。

『17歳の瞳に映る世界』もご多分に漏れずそういう内容なのですが、大きく違うのは妊娠させた男性の存在が不在ということです。一般的にこういう内容の物語を目にした観客は「誰が父親なのか」とそういう視点にばかり気をとられ、ときにそれはセンセーショナルに煽り立てられます。場合によってはそれでも男性と協力して赤ん坊を産み育てるんだという家族規範で美化されて片付けられることさえあります。

一方のこの『17歳の瞳に映る世界』はオータムが誰によって妊娠させられたのか最後まであやふやです。一応は匂わせる描写はあるのです。例えば、冒頭のあの囃し立てる若い男とか、もしくは無関心そうな義父とか、はたまたバイト先の男とか…。どれも妙に間をとって映し出されるので「もしかしてコイツなのか」と観客は不安になります。でも明確な答えはなし。

でもそれこそが本作の肝だと思うのです。つまり、女性、妊娠可能な体を持った人にとって「妊娠」というリスクはいつ何時・誰によっても降りかかってくるものであり、それが現実の日常なんだ、と。

それを象徴するのが本作の原題の由来である、あの終盤の中絶クリニックでの質問です。性的な強要をされたことがあるかという淡々としたでも確信を突く質問に「一度もない(Never)、めったにない(Rarely)、時々ある(Sometimes)、いつも(Always)」の4つの選択肢で答えることを要求され、オータムは作中で一番動揺し、狼狽え、涙を見せます。これはオータムが性暴力を受けたと示唆する状況の説明と同時に、世界のあらゆる同じ立場の人(これからその立場になる人も含めて)がそうなんだと表す、今さらな、でも大切なクエスチョンなのでした。

性暴力的なシーンを一切直接的に描かずとも「妊娠可能な体を持った人」が晒される恐怖、圧迫、苦悩がしっかり描けるということを証明して見せている『17歳の瞳に映る世界』は凄いことをサラっとやっているのだと思います。

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スカイラーの正体を考察する

『17歳の瞳に映る世界』で随分とふらっと登場するジャスパーという男も印象的です。彼の真意は不明ですが、スカイラーを目当てにしているのだろうということはじゅうぶん察することができます。

で、オータムとスカイラーはニューヨークにたどり着けたはいいものの、帰りのおカネがなくなり、このジャスパーにすがりつくしかない状況に追い込まれます。するとジャスパーはスカイラーと2人きりになり、柱の陰で思う存分にキスをして、満足したのかおカネを渡してくれて別れます。

当然ながらこのスカイラーは親切な人ではありません。立場が弱そうな女性にたかり、欲望を満たしているだけです。そういう存在をいかにも危険で悪そうな見た目のキャラクターとして描写していないのがまたいいですね。まさしくここでも“どこでもありうる”リスクを自然に映し出していました。

どうしても中絶となると「無警戒で妊娠するにいたった女が悪い」という認識が跋扈しがちで、でもそうじゃないとこの『17歳の瞳に映る世界』は淡々と訴える。オータムのような存在を平然と搾取し、切り捨てることを“普遍”とする世界にいることが不幸の始まり。

また、なぜスカイラーはここまでオータムに親身なのかという疑問も湧きます。親戚にしては献身的すぎます。シスターフッドだと言えばそれまでなのですが、あれはやはりオータムの分身的な存在なのだと私は思います。女性は性格や属性によってその妊娠リスクが変わるなんてことはなく、どういう雰囲気でもそのリスクは付きまとう。もしかしたらオータムは以前はスカイラーみたいな存在感だったのかもしれません。そう考えるとあの後半のスカイラーがジャスパーから受ける体験も現在進行形でありつつ、オータムの過去を示唆するもの(フラッシュバック)なのかもしれないと解釈もできます。そう考えるとあの2人に会話がほぼないのも納得できます。

鏡に映った主人公の顔ばかりが前半で示されるのも、本作がオータムの内面も強く反映していることを暗示しますし、ラストも帰りのバスで眠りにつくオータムの顔だけがアップになりますから、そう考えるとね…。

「スカイラー=過去のオータム」説と解釈すると途端に本作の物語は切ないです。ニューヨークに独りで来たことになりますし、そこにはシスターフッドすらもないのですから。自分で自分を辛うじて支えるしかできない…。

どちらにせよこれはオータムやスカイラーだけの物語ではありません。きっとあのニューヨークの街にはこういう子が他にもいっぱいうろついているのでしょう。それはさながら移民のようです。

『17歳の瞳に映る世界』は語らないことに意味がある物語であり、語っていないけど雄弁で、とても精密な一作で感心してしまいました。私の2021年映画ベスト10に確実にランクインする映画でした。

『17歳の瞳に映る世界』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 48%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2020 FOCUS FEATURES LLC ネバー・レアリー・サムタイムス・オールウェイズ

以上、『17歳の瞳に映る世界』の感想でした。

Never Rarely Sometimes Always (2020) [Japanese Review] 『17歳の瞳に映る世界』考察・評価レビュー