そしてゲイハムスターもいるよ…ドラマシリーズ『ファンタスマス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
シーズン1:2025年にU-NEXTで配信(日本)
原案:フリオ・トレス
ふぁんたすます
『ファンタスマス』物語 簡単紹介
『ファンタスマス』感想(ネタバレなし)
現実のシュールさに負けないように
2025年のアメリカはひと言で言えばカオスです。愚かな王様を描く寓話の世界みたいですけど、現実なんだな…。
米国内での迫害の風当たりが強まるLGBTQを取り巻く状況も唖然とする光景がよくみられます。
例えば、アイダホ州は歴史的に何十年も前から共和党が優勢の地域ゆえに政治的に保守的で、現在も反LGBTQの色が非常に濃いです。中絶を禁止し、トランスジェンダーの若者に対するジェンダー関連の医療ケアを禁止し、つい最近は共和党議員らが最高裁に対しアメリカにおける同性婚の権利を覆すよう求める拘束力のない決議を可決したばかり。さらにプライドフラッグを政府が掲げられないようにする州法も可決されました。
これに対してアイダホ州の州都であるボイシ(ボイジー)は果敢に抵抗しています。ボイシは州と違ってリベラルな政治勢力が優勢で、LGBTQの平等を支持しています。
そして州によるプライドフラッグを掲げることを事実上禁止する施策に対抗するべく、プライドフラッグを市の公式旗に指定する決議案をボイシ市は検討し始めました(LGBTQ Nation)。「政府機関は地方、州、連邦の旗のみを掲揚できる」とする州法の裏をかく荒業です。なんか『一休さん』の頓智みたい…。
今のアメリカは同じ州内でもこういう政治的姿勢の差が生じて、シュールな状況に陥っていることが珍しくないです。
ニューヨーク州も、ニューヨーク・シティは米国内でも群を抜いてLGBTQ先進地ですけど、州内の北部など都市部を離れるとたちまち保守的なので、今後どうなるかわかりませんよね。ニューヨーク・シティに住むLGBTQ当事者は安心しているかもですけど、ほんと、大丈夫か…?
今回紹介するドラマシリーズは、そんな今のニューヨーク・シティのクィア・コミュニティを独自のセンスでシュールに描いた異色作です。
それが本作『ファンタスマス』。
本作を語るにはまず原案のクリエイターを説明しないといけません。その人とは“フリオ・トレス”という人物で、1987年生まれの中米エルサルバドル出身です。占い師の祖母から「お前はニューヨークで成功する」と予言され、本当にニューヨークに移り住み、『サタデー・ナイト・ライブ』のライターに選ばれる…という、この人生だけでやけに語りがいがありそうな面白い道を進んできた人です。
その後は「HBO」に脚本を売り込み続け、2019年からは『Los Espookys』というドラマを手がけてもきました。2024年には「A24」に見出されて『Problemista』で長編映画監督デビューし、自身の脚本&主演で、成功をおさめます。
そんな最近一気に注目度が上がった“フリオ・トレス”の作品は日本では観る機会がほぼ無かったのですけども、今回の2024年の本作『ファンタスマス』はやっとアクセスしやすい作品になりました。
『ファンタスマス』はニューヨーク・シティが舞台なのですが、中身はシュールレアリスム的なコメディで、一見すると脈絡のないヘンテコな世界観がいくつも繋ぎ合わさって流れますが、どれもクィアネスが素材になっているあたりに共通点があります。クィアなカルチャーをいじったり、もしくは既存の社会をクィアな視点でいじったり、好き放題にやってます。
なのである程度はクィアな文化に通じていないと何が面白いのかわからないネタがいくつもでてきます。配信上の日本語字幕では、ちょっとクィアのネタを拾い切れていないところもあるけど…。
“フリオ・トレス”もゲイ当事者ですが、本作では原案・監督・脚本・主演とやっぱり全部を手がけ、独自性をたっぷり盛り込んでいます。今作に至っては“フリオ・トレス”が自身を演じて主人公になっており、セルフメタ構造で提供されます。
そして出演者も多方面で活躍するクィアな人たち(もしくはクィア・コミュニティから支持される人たち)がたくさん配置されており、何気に豪華だったりします。「あれ、こんな人もでてる」と意外な遭遇ができるでしょう(そして変な役柄だったりする)。
『ファンタスマス』は全6話。1話あたり約30分なので、あっさり観やすいです。
『ファンタスマス』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 子どもには物語がわかりにくいです。やや性的な話題の描写があります。 |
『ファンタスマス』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
フリオ・トレスはとある企業ビルの中で、透明なクレヨンの必要性をスーツ姿の3名の者たちの前で自信たっぷりに語っていました。
「透明(クリア)は色ではないのでは?」「色を残さないし、用途がない。そんなものがなぜ要る?」と口々に疑問をぶつけられます。
「透明の色は存在します。普通の色で表現できないものもあります。透明という色をつけることで物事の違いを認め、色の定義を考え直せるのです」と落ち着いて説くフリオ。透明の色のクレヨンの呼び名は「ファンタスマス」、意味は幽霊たちだと補足します。複数形なのは好みで、単数でもいいと付け加えながら…。
それが終わって、アプリで配車したチェスターのタクシーに乗ります。チェスターは調子のいい運転手で、専用のアプリだけ今度から使ってほしいと饒舌にお願いされます。
タクシー内の席の前のディスプレイでは『メルフ』というドラマしか流れないそうで、フリオはそれを観ます。
ジェフとナンシーら家族がクッキーとスパゲティが好きなメルフという変な生き物を家族にするシットコムです。実はジェフとメルフは密かに交際していて、それは露見して世間は大騒ぎになります。数年後にトーストと名を変えたジェフの子がやってきます。家族は久しぶりに昔の団欒を取り戻します。
そんなドラマの動画を見ていると、ビボというロボットが乗り込んできます。フリオのサポーターをしている小さな丸みのあるロボです。緊急の手紙が届いたと知らせます。でもフリオは無視します。
フリオは導かれるように呪われた骨董品の一部だというダイヤモンドのついた牡蠣イヤリングを手に入れます。しかし、あっさり紛失してしまいました。
知り合いのタレントエージェントのヴァナーザはフリオのことを語ります。幼い頃に森で雷に打たれてから世界の見え方が変わったフリオ。そのフリオの仕事は「フリオ」であり、形や色、数字、アルファベットの内なる生命を感じるようになったその能力を活かしている…本人はそのつもりです。
例えば、フリオは「Q」の文字は時代を先取りしすぎて浮いてしまったと評価します。ちょっと下に小さな棒がないだけの「O」にバカにされる始末で、「Q」は主流の文字たちに置いていかれて我慢の限界を迎えましたが、「Q」を称賛する声が街から沸き上がり、自分がやっていたことは無意味ではなかったと気づく…。
ところかわって教師のアミーノは男子トイレの個室の隅に書かれた視線を背けるような影のあるペニスの絵に興味が湧きます。あれを描いた少年は何を思ってこれを描いたのだろうか…。それを描いたのはマイケルで、自己評価に悩みを抱えている様子です。
フリオは家で夢の記憶を声に出して録音します。そうこうしているうちに緊急の手紙がまた届き、それは大家から退去しろとの内容らしいです。
けれども、フリオは大きくなっている気がする自分のホクロが気になっていて…。
クィアなハムスターをもっと眺めたい

ここから『ファンタスマス』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『ファンタスマス』は全6話で計約3時間くらいしかないですが、あれやこれやの奇想天外な映像や展開の連発なので、私は観ていて飽きませんでした。
この脈絡のないパートの連続をどう読み取るかはさておき、とりあえず眺めているだけでも楽しめる人がこのドラマの最適な視聴者なのは間違いありません。ゲスト出演者の顔ぶれだけでも面白いのは確かですからね。
第1話のチェスター(演じているのは『ファイアー・アイランド』にもでていた“トーマス・マトス”)の運転するタクシーで放映されているやけにクィアなシットコム『メルフ』でなぜかそのクィアの家族模様の中心に立っている男を演じていたのが“ポール・ダノ”。もう“ポール・ダノ”ってだけで一発ギャグみたいなんですが、“ポール・ダノ”ならみんな許してくれるから…。
そこから主人公フリオの考える「Q」の文字の壮大な人生劇が想像内で繰り広げられるのですが、その「Q」を演じるのがまさかの“スティーヴ・ブシェミ”。とくに名前に「q」は含まれていないですが、さすが性格俳優のベテランなだけあって、「Q」の役でも難なくこなせていました。
第2話からは、無給労働の実態でサンタに告訴するも法廷で大人のオモチャの製造が発覚して大スキャンダルに陥るエルフのドド。演じているのはもはや最近はどこにでもいる“ボーウェン・ヤン”。配役としては第3話で登場するクロース夫人を演じた“ジュリア・フォックス”のほうが現実でもよっぽどスキャンダラスな話題にこと欠かないのですけど…。
第3話には、この世の全てのトイレの代名詞は「she」と言い切るトイレドレスの販売員も登場しますが、演じているのは“エイディ・ブライアント”。このあたりも『サタデー・ナイト・ライブ』の縁ですし、それでギリギリやれそうでやれないネタを本作に持ってきてる感じです。
あと第3話はハムスター回でもあります。クィアハムスターのクラブにてゲイハムスターたちが眺められるのは世界広しと言えども本作くらいか? 私はクィアなハムスターだけのドラマシリーズを作ってほしいと本気で思っていますけども!
人魚としてわりとどうでもいいお喋りをしているだけの姿で揃って現れるのは、共にシンガーソングライターで、片やトランスジェンダー女性の“キム・ペトラス”と、バイセクシュアルの“プリンセス・ノキア”。
それよりもトイレの水の役で“ティルダ・スウィントン”が声をあてているのを私は見逃しませんでした。まあ、見逃しても全然いいレベルではあるけど…。“ティルダ・スウィントン”はどんな仕事でも受けてくれるんだろうか…。
あとはあとは…いちいち紹介しきれないな…。
“ナターシャ・リオン”は全くの普段どおりの姿って感じでしたし、金魚の声の“パティ・ハリソン”もたまに会話したくなるし、そしてリアリティー番組『The True Women of New York』でしれっと登場していた“エマ・ストーン”。
実はこのドラマ『ファンタスマス』、“エマ・ストーン”が製作総指揮で参加し、彼女のプロダクション「Fruit Tree」による制作なんですね。“エマ・ストーン”のプロダクションは最近になって本格活動し始めたばかりですが、クィアなクリエイターを支援してくれており、頼もしいです。
マイノリティの共感性羞恥
ふざけまくっているドラマ『ファンタスマス』ではありますが、本筋もあって、そこでは主人公のフリオの「己はどうありたいか」というアイデンティティの揺らぎがときに切実に、ときに自虐的に映し出されています。
本作のフリオは何物にも染まらず自分らしさを他者に影響されずに生きていたいという願望のようなものが滲み、それは冒頭の「透明なクレヨン」の話でも示唆されています。確かにそういう生き方は憧れます。でも実際は限りなく難しいわけで…。
ある種の絶対的な独自性というのは、究極のないものねだりの理想であり、「人と安易に繋がりたくない」と息巻いても人は生まれた瞬間から何かに繋がっているのでそもそも無理な話でもある…。
本作のフリオは傍からみれば独りよがりで、想像の世界に閉じこもってしまっています。ホクロのように焦りと恐怖だけが自分の中で膨らんでいきます。
本作は「存在証明(proof of existence)」なるものが何をするにしても必要な世界らしく、フリオはそれを持っていません。というか、持ちたくないようです。持ってしまったら他の人と同じになってしまうから…。
しかし、持っていないと何もできません。ロボットのビボも信用情報がなくて存在証明を手に入れられずに役者の道は閉ざされそうになります。持ってないなら「特例」になればいいそうですが、それは余計に難しいです。
そうやって折り合いもつけられずに意地で抵抗していると、ヴァナーザ(演じているのはトランスジェンダー・アーティストの“マルティーヌ・グティエレス”)から紹介されたのは、「スーパー・チコ」なんていう、要はラテン系のステレオタイプ全開なお仕事。さらに個人の人生やトラウマを題材にした企画が欲しいと言われ、やむをえず「祖母にしたカミングアウトの物語」というクィア当事者にとっては最後の切り札にして屈辱的なカードを出すしかなく…。
本作における主人公のフリオの自己憐憫は、人種的マイノリティや性的マイノリティの当事者、とくに「マイノリティがどうこうなんて世間の空気には乗っからないぞ!」とあえて見栄を張っていた経験がある人には「あぁ、こういう痛かった頃の自分を思い出す…やめてくれ…」とのたうち回りたくなる共感性羞恥をもたらすのではないでしょうか。
そんな人生の個人的な葛藤がまたいつの間にか誰かの人生に影響していたりする。この世界は変な世の中ですよ。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
作品ポスター・画像 (C)Home Box Office, Inc. ファンタスマズ
以上、『ファンタスマス』の感想でした。
Fantasmas (2024) [Japanese Review] 『ファンタスマス』考察・評価レビュー
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