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『翔んで埼玉』感想(ネタバレ)…身の丈なんて気にしない埼玉映画の侵略

翔んで埼玉

身の丈なんて気にしない埼玉映画の侵略…映画『翔んで埼玉』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:Fly Me To The Saitama
製作国:日本(2019年)
日本公開日:2019年2月22日
監督:武内英樹

翔んで埼玉

とんでさいたま
翔んで埼玉

あらすじ

かつて東京都民から酷い迫害を受けた埼玉県民は、身を潜めながら罵詈雑言を受けつつもひっそりと暮らしていた。東京都知事の息子で、東京のトップ高校である白鵬堂学院の生徒会長を務める壇ノ浦百美は、ある日、アメリカ帰りで容姿端麗な謎の転校生・麻実麗と出会う。それは関東地方を揺るがす大きな事件の幕開けだった。

『翔んで埼玉』感想(ネタバレなし)

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2019年の邦画は埼玉県が強かった

まだ12月を残していますが映画界も師走であり、あっという間に1年が終わります。ここで2019年の邦画における興行収入ランキングを見てみましょう。

1位『天気の子』
2位『名探偵コナン 紺青の拳』
3位『キングダム』
4位『ONE PIECE STAMPEDE』
5位『映画ドラえもん のび太の月面探査記』
6位『マスカレード・ホテル』
7位『翔んで埼玉』
8位『記憶にございません!』
9位『コンフィデンスマンJP』
10位『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』

例年どおり支持基盤の高いアニメとTV局主導な映画が上位の大半を占めているわけですが、その屈強な人気者の顔ぶれの中にポツンとひとつだけ異質な存在が混じっています。

それは埼玉です。あ、違った、『翔んで埼玉』です。

原作はなんと1982年に「花とゆめ」という白泉社発行の少女漫画雑誌で、しかも別冊に掲載された、かなりこの時点でもマイナーな扱いの漫画作品でした。事実、当時はそれほど話題にもならず、スルーされたようです。

それが30年以上たって突如いきなり話題作に。その火付けのフィールドとなったのは、インターネット、とくにSNSでした。

漫画「翔んで埼玉」は埼玉県をネタにした風刺ギャグコメディ。「埼玉県をネタにする」という概念が30年以上前にもあったことがまず驚きですが、このSNS時代のリバイバル・ムーブメントを見ていると、つまり、「埼玉県をネタにする」というカルチャーが長い年月をかけてさらに成熟化して風味を出し、いよいよ情報化社会という武器を手に、インターネット・ミームとして猛威を振るったということに。

これだけでも「翔んで埼玉」はすげぇな!…というか、埼玉県がすげぇな!…という感じであり、もうすでに特筆すべきドラマ性が出来上がっています。

もちろん「埼玉県をネタにする」という文化の熟成だけでなく、原作はコテコテの少女漫画にありがちなフィクション要素多めな架空学園純愛モノという下地があり、それも昨今のオタク文化から飛び越えつつあるBL受容層に広くホールドされたという、加速の後押しになった一因なのでしょうけど。

2016年ごろにSNSで話題騒然となり始めた漫画「翔んで埼玉」。当然、日々企画ネタを探している映画界が見逃さないわけありません。しかし、漫画が話題でもそれを映画化しても同じようにブームを生むかは別の話。そうやって映画化したはいいものの、轟沈していく邦画もたくさん見てきました…。

ところがここでも埼玉県の底力を見せつけました。映画『翔んで埼玉』は公開されるやいなや、まさかの興行収入「37.6億円」の大ヒット。これには配給の東映もびっくり。批評家もびっくり。まさにダークホース枠といったところ。

当の私は原作のブームなんて全く知らず(埼玉県をネタにするカルチャーがあるのは知っていたけど)、本作の存在を知った時も「え?『飛んで埼玉』?『跳んで埼玉』? なに?」っていうタイトルすらもあやふやな印象だったのですが、いざ観てみたらギャグコメディとして非常によくできていて普通に面白い。いや、近年の邦画コメディの中ではトップ級の快作だったとさえ思いました。

監督は『テルマエ・ロマエ』シリーズでおなじみの“武内英樹”。こういうあり得ないシチュエーションでの堂々たる映像の潔さが持ち味な監督ですね。『今夜、ロマンス劇場で』も監督していましたが、やっぱりああいう系よりは『翔んで埼玉』のような突き抜けた感じの作風の方が抜群にハマる気がします。

本作を全身全霊で魅力的にさせているのは無論、役者陣です。とくに物語の華となる主演の“二階堂ふみ”“GACKT”の魂のこもったコメディアンっぷりは、文句のつけようがないくらい満点。なお、二人ともいずれも沖縄県出身で埼玉関係ないというのが、絶妙にオチになっているのも好きです。

他にも“伊勢谷友介”の何かに追い詰められているのか頑張りすぎている感じも“二階堂ふみ”と“GACKT”に匹敵するものがあります。とにかく俳優合戦を楽しむ映画ですね。

案外と埼玉県出身の俳優がそれほど出演していないのですが、現代の埼玉県出身としての両極端を見せてくれる“ブラザー・トム”“島崎遥香”の父娘やりとりなど、俳優自虐的な見どころは見逃せません。埼玉県出身である“成田凌”のしょうもない登場もお楽しみポイント。

ご当地ネタばかりであり、ディスられるのは埼玉県だけではないのですが、なぜでしょう、みんなが笑顔になれるそんな映画。まだ観ていない人は2019年を象徴する邦画なのでぜひ鑑賞してみてください。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(出身がなんであれ楽しい)
友人 ◎(ネタで盛り上がる)
恋人 ◎(互いのトークが弾む)
キッズ ◎(子どもでも愉快で笑える)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『翔んで埼玉』感想(ネタバレあり)

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埼玉県人への迫害に終止符を!

その昔、東京都・埼玉県・神奈川県東部というところが一体となって出来ていた大国があった。「武蔵国」である。時は1871年、廃藩置県により広大な武蔵国から重要都市であった東京が独立。そして同じく幕末の開港以来、重要都市となっていた横浜も武蔵国南部と相模国を引き連れて独立を果たし、現在の神奈川県となった。まあ、簡単に言えば、良いとこ取りされ切り捨てられた余りもので出来た海なし県。それが現在の埼玉県というところである。

クソ暑いことを自慢げに日本中に誇る埼玉県熊谷市。ここで暮らす平凡な菅原家の一家は、娘の「愛海」の結納が東京であるため、父「好海」の運転する車で家族3人で乗車して向かっていました。

車中での話題は埼玉県に関すること。というのも娘の愛海は地元の埼玉県が嫌らしく、さっさと結婚を機に都会である東京都に引っ越したい気分満々。「だってダサイじゃん」…そんな娘の言葉に、一方の父は複雑な気持ち。

すると何気なくつけていたカーラジオのNACK5(埼玉県を対象地域に放送するFM)で、とある都市伝説を題材にしたラジオドラマが唐突に始まります。あまりにも突然すぎましたが、他にすることもないので聴き入る菅原家。それは埼玉県の迫害の歴史とその埼玉解放に伝説を残した人物の物語で…。
19XX年。東京。

派手なクラブに押し入った謎の集団はそこで「埼玉県人」を特定。身柄を確保します。ここ東京では「通行手形」がなければ埼玉県人は都内に入ることもできず、あちこちに監視カメラがあって厳しく見張られていました。それだけの強烈な埼玉県差別がこの社会に蔓延っており、苦境に立たされる埼玉県人を救う救世主が現れないものなのかと密かに願う者も。

ところかわって超名門校である「白鵬堂学院」。東京都知事を生み出す最上位の教育機関であり、そkどえは東京都民でさえ順位付けされ、A組、B組、C組と分かれることになっています。もちろん埼玉県人は掘っ立て小屋のZ組です。

そんな白鵬堂学院では、ある転校生で話題が持ち切りでした。それは麻実麗というアメリカからやってきた美しい人で、A組に所属することになり、すでに在校生の中ではファンの集まりができるほどの存在感。一体何歳なんだ…。

東京都知事・壇ノ浦建造の息子であり、白鵬堂学院の生徒会長を務める壇ノ浦百美はそんな麻実麗を最初は当然のように好意的に接します。しかし、Z組の埼玉県人に対して「埼玉県人ならそこらへんの草でも食わしておけ!」と平常対応していた百美らとは違い、麻実麗は埼玉県人でも等しく接したため、やや不快感を感じた百美。思わず父に掛け合うも、10億の寄付をしてくれたので無下にはできないらしく、やむを得ず「東京テイスティング」で全校生徒を前に勝負を挑みます。

ところが、この瓶の中の空気を吸い、東京のどこの空気かあてる「東京テイスティング」でも完敗してしまう百美。「西葛西」まで言い当てられ、言葉もなく体調を崩した百美でしたが、そこで麻実麗は颯爽とお姫様だっこ。加えて、アメリカの習慣でついキス(習慣!?)。「なんだ、この胸がキュッと締め付けられる感情は」と先ほどの威勢は消し飛び、動揺しまくる百美。こうしてピュアな恋が始まりました。

麻実麗との遊園地デートでルンルン気分な百美でしたが、突然の埼玉警報。とある親子が追い詰められており、遠巻きに見ているだけでしたが、なぜか麻実麗は助けようとします。「まる“さ”が見えているぞ!」と麻実麗は問い詰められ、自分が埼玉県人ではないことを証明するべく、シラコバトつき「草加せんべい」を踏むことを強要され…でも踏めない…。

こうして百美は麻実麗が埼玉県人であることを知ってしまったわけですが、愛の力は衰えず、麻実麗の使命についていくことに。それは東京と埼玉だけではない、「埼玉解放戦線vs千葉解放戦線」をさらに上回って、関東全土を揺るがす大事件に発展し…。

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「GACKT」は視覚効果です

『翔んで埼玉』の最大の魅力は俳優の妙演の乱舞。

“二階堂ふみ”は本当に多才なスキルを持った女優であることはこれまでのフィルモグラフィーでも証明済みでしたが、今作でもその才能をいかんなく発揮。コメディエンヌとしての才能が歴代トップクラスに光っていました。

今作の百美は表情も態度もコロコロ変わる“振り回され”キャラですが、それでも真面目にふざける姿勢が逐一面白いです。「埼玉県人だなんて…それでもいい、あなたに付いていきたい」と麻実麗についていく宣言し(実質的には告白)、行先が「所沢」だと知った時の極度の狼狽とか。そのネタを天丼に「茨城県を経由していく」などと発言があるたびに発作的に動揺する姿も、上手くハマってました。サイタマラリアにやられたのか、全体的なストレスでやられたのか終始わかんないほどの変化っぷり。

でもこういうキャラはともするとスベッてしまうパターンも多いです。正直、“二階堂ふみ”だけだったら“お寒い”感じで終わったかもしれません。

ところが企画時点では不安も当然の本作は映画の盤石な土台を作る圧倒的な存在がいました。“GACKT”です。

“GACKT”がいるだけで、なんかすべてOKに思えてきてしまう。たぶん最も正しい“GACKT”の使い方をこの映画で観た気がします。こんなことを言うと怒られそうですけど、私にとって“GACKT”は俳優というか、視覚効果に近いですよ。これ、海外の人が観たら「この“GACKT”は歌手なんだよ」って教えたら「え?コメディアンじゃないの?」って絶対に返ってきそうだ…。

あらためて“GACKT”というのはとんでもない劇薬的な効果をもたらす存在だなと実感しました。

そんな“GACKT”に引っ張られての相乗効果なのか、阿久津翔を演じた“伊勢谷友介”も非常に良い演技を披露していました。

昨今、エンタメ界におけるLGBTQの周知にともない、ゲイの描写をBL(ボーイズラブ)として区別なく扱う作品もチラホラ見受けられるようになりましたけど(私はそれには賛同できないのですが)、本作は由緒正しきクラシックなBLを久しぶりに見れた気がする…。

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ダサイのはみんな同じ

原作を知らずに『翔んで埼玉』を観た自分としては、根本的にこの世界観自体の完成度の高さが何よりも映画の出来に繋がっているなと思いました。

埼玉県をネタにするだけならネットで散々見られるわけです。それこそ有象無象の小ネタたちが。それを今さら映画にしたってわかりきっていることになりかねません。ただ、本作はそのネタ化に対する態度がなんだかんだで非常に真面目。真摯なくらいです。

つまり、愛あるネタなんですね。だからこの映画を観てもそんなに埼玉県民は嫌がらないんじゃないかな。実際に現地では大好評みたいだったようですし。

それに埼玉県だけでなく、他の地域も等しくネタにしており、優劣はつけていません。穴という穴にピーナッツを突っ込まれて九十九里浜で来る日も来る日も地引網漁を強いられる「千葉県」、未確認巨大生物の足跡のニュースが流れる「群馬県」。結局、「ダサイタマ」とは言いますけど、ネタにできるのはどの地域も同じだし、それは愛されるチャームポイントにもなりうるところ。

また、『翔んで埼玉』はひたすらにアホなコメディですが、そのベースになっているのは「部落差別」という日本に古くから棲みついている醜悪な差別の歴史だったりします。東京都民さえもランク付けしたり、作中で起きていることはバカっぽく描かれていますけど、実際は真実味があるんですね。日本はいまだに差別という問題を海外ほどクローズアップしない国ですけど、やっぱり差別は昔からあるし、それは国民に根付いている。その実態を意外と的確に風刺しているのもお見事です。

最近のヒット作だったコメディ映画『銀魂』も似たような部分がありましたが、あちらはもっと世界観が自由だったのでどうしても取っ散らかることが若干目立ちがちだったぶん、『翔んで埼玉』は綺麗に収束していて良かったです。

日本もこういう『サウスパーク』的なコメディをいっぱい映画にして作ればいいのに…。

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さあ、一揆しよう!

映画版ならではの構成として「伝説を描くパート」と「その伝説をラジオで聞いている現実のパート」に分けているのも上手いアイディア。

現実パートで適度にツッコミを入れることで、伝説パートのあまりにも荒唐無稽な世界観をいきなり観客に流し込むことなく、クッションになってくれています。それでいて現実パートにもしっかりツッコミどころを用意することで、観客がツッコむ余地も残してくれている

最後に流れる主題歌である「はなわ」の「埼玉県のうた」も効果的で、あの曲によってこの物語自体が寓話として現実にリンクさせていることを再度強調。フィクションですけど、リアルですよ~という言い訳にならない範囲でのバランスのとり方の妙が上手い。これだけで本作は大成功のクリエイティブ的な着地なんじゃないかな、と。

映画のラストでは地方民たちの都庁への一揆。日本はデモとかをバカにしがちな国民性がありますけど、やっぱり日本の歴史には一揆という文化があり、DNAにはそれが受け継がれているわけで、「身の丈に合った」なんて権力者に言われると、さすがの日本人も反乱しますよと教えてくれた気がします。

世界埼玉化計画が進行中なので、私も埼玉県には媚を売っていこうと思います。埼玉県は理想郷です。

『翔んで埼玉』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 映画「翔んで埼玉」製作委員会

以上、『翔んで埼玉』の感想でした。

Fly Me To The Saitama (2019) [Japanese Review] 『翔んで埼玉』考察・評価レビュー