感想は2000作品以上! 検索はメニューからどうぞ。

『悪人伝』感想(ネタバレ)…映画ポスターがすでに極悪犯の指名手配書

悪人伝

映画ポスターがすでに極悪犯の指名手配書…映画『悪人伝』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:The Gangster, the Cop, the Devil
製作国:韓国(2019年)
日本公開日:2020年7月17日
監督:イ・ウォンテ

悪人伝

あくにんでん
悪人伝

『悪人伝』あらすじ

凶悪なヤクザの組長チャン・ドンスは、ある夜、何者かによってめった刺しにされた。奇跡的に一命をとりとめたドンスは犯人捜しに動き出す。一方、暴力的な手段も辞さない荒くれ者であるチョン刑事も捜査にあたり、連続無差別殺人鬼がこの事件の犯人であると確信。反社会組織のボスであるドンスと、社会の治安を守る警察に属するチョン刑事は、禁断の共闘によって犯人を追い詰める。

『悪人伝』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

触らぬマ・ドンソクに祟りなし

子どもの頃は「悪いことしちゃダメだよ」とよく大人に教わったものですが、大人になってみると大人の世界は悪い奴だらけなことを知ります。お年寄りからカネを騙し取る奴、ネットで誹謗中傷をして相手を追い込む奴、パワハラをしても平然としている奴、性暴力を平気で正当化する奴、不都合な政治問題を隠蔽する奴…。

なんなんだ、この大人の世界は…。全然子どもの手本にならないじゃないか。どの口で子どもに説教をしていたんだ…。

でも、大人は悪いことをすると引き返せなくなってずっと悪人のままになってしまうから、善良に転身できるのは子どものときだけだよ…という苦しまぎれの助言を与えていたのかもしれない。それだったらなんかわかる気もする。子どもの悪は改善できる、大人の悪は改善不能です。

今回紹介する映画も「あ、これはもうダメだな」と匙を投げるしかない究極に悪に染まった大人しかでてこない作品です。もう極悪だらけのオールスターと言ってもいいくらい。

それが本作『悪人伝』という韓国映画。なんてタイトルからして悪さ満点なんだ…。

気になる物語はというと、極悪のヤクザのボスが、これまた極悪の刑事と手を組み、さらに狂気じみた極悪の殺人鬼を追い詰めていく…極悪3点セットみたいなもの。なんだこれ、ヤケクソで作ったシナリオなんじゃないかと思わなくもないですが、でも本当にこんな内容です。

しかしながら、面白い。2016年には極悪の刑事と極悪の検察と極悪の市長が三つ巴になる『アシュラ』という韓国映画もありましたが、『悪人伝』はその系譜。そしてだいたい極悪同士がなんかやっているのは楽しいと相場が決まっているのです(いや、一部の人しか楽しんでないかもだけど)。

まあ、もちろんこんな世界、現実ではまっぴらごめんですよ? こんな極悪しかいない世の中は絶対に願い下げです。あくまで映画という安全空間のみで体験して眺めているのが楽しいのであって…。リアルの社会でもしこうだったら…どうすりゃいいんですか…(絶望)。

そんな『悪人伝』の映画ポスターを見てわかるとおり、凶悪犯の指名手配書のようなビジュアルになっているのですが(警察署の前とかに貼ってあっても違和感ない)、その誰よりも極悪さを放っている主役が“マ・ドンソク”です。

韓国映画界、いやハリウッドですらも類例を許さない唯一無二の破壊的存在感を持つ“マ・ドンソク”は、『新感染 ファイナル・エクスプレス』『神と共に 第二章 因と縁』など味方になってくれると最強に頼もしいですし、『犯罪都市』のように悪に染まった姿だともう滅茶苦茶に怖い。“触らぬ神に祟りなし”ならぬ“触らぬマ・ドンソクに祟りなし”の状態。日本でもそのインパクトにノックアウトされた映画ファンも数多く、その“マ・ドンソク”が『悪人伝』ではヤクザの頭となれば観るしかないです。

他の俳優陣は、『代⽴軍 ウォリアーズ・オブ・ドーン』の“キム・ムヨル”が暴力刑事役でどう“マ・ドンソク”と張り合うのかは大きな見どころ。そして、そんな二人の前に立ちはだかる殺人鬼を演じるのは、『犯罪都市』で“マ・ドンソク”と共演し、Netflixドラマ『キングダム』でも印象的な異才を放っていた“キム・ソンギュ”。こちらもまた別の意味でヤバさMAXで…。

主役クラスの登場人物はこの3人でほぼこれだけで成り立たせていますけど、しっかり濃厚なのはこの3人がそれだけヤバすぎる奴らだ…ということです。

監督は2017年に『Man of Will』という映画で長編監督デビューした“イ・ウォンテ”です。これまた韓国ノワールバイオレンスのジャンルに新しい活気を生んでくれそうな人材ですね。

すでにハリウッドでは本作のリメイクが決定しており、あのシルヴェスター・スタローンの制作会社が動き出しているという『悪人伝』。悪人が映画界にどんどん増殖する前に、この悪人の根源たる本作を観ておきましょう。こんなコワモテの顔の奴らが近づいてきたらすぐに逃げるために…。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(あなたも極悪になろう)
友人 ◎(友達と一緒に極悪ごっこ)
恋人 ◯(マ・ドンソクに惚れてしまう?)
キッズ △(悪い大人にならないで)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『悪人伝』感想(ネタバレあり)

スポンサーリンク

極悪が、極悪と、極悪を追う

韓国の夜。色鮮やかなネオン街を走る1台の白い車。やがて少しひと気のない道で、前方の黒い車にコツンとぶつかります。ぶつけられた黒い車の運転手の男は降りてきて首をおさえつつも、事故の証拠として写真をそそくさと撮っていきます。自分の車の破損の証拠も撮り、きっちり弁償してもらう気満々でいると、突然、それは起こります。

ぶつかってきた白い車の運転手の男がそのぶつけられた運転手を背後からメッタ刺し。血まみれになりながら息絶える男になすすべはありませんでした。そして、白い車は何事もなく立ち去ります。

翌日。チョン・テソク刑事は今日も同僚とパトロール。今、世間では街で人が刃物で刺し殺される猟奇殺人が連発、一連の犯行は同一犯によるものと睨んでいるチョン刑事はなんとしてもこの大物を捕まえたいと張り切っていました。

チョン刑事は荒くれ者で、相手がヤクザだろうがズカズカと乗り込むという、怖い者知らず。一応は警察ですが、根は完全にヤクザと変わりありません
新しい刺殺された遺体が発見されたという報を受け、チョン刑事はノリノリで殺害現場へ。そこには黒い車の中に死体があり、酷いありさまでした。殺意は明らか。通り魔的な犯行なのか、それとも計画性をもって実行されているのか。車体後部のぶつかった痕とみられる傷の写真を撮るチョン刑事。

一方、この街を牛耳るヤクザの組長チャン・ドンスは、今日も気に食わぬ相手に鉄拳制裁をぶちかまし、素手で相手の歯を抜くという歯医者いらずな能力を奮っていました。

この日も夜遅くまで諸々との会議(多少の暴力含む)を終え、ひとりで車を運転して帰ることにします。雨の夜。突然、それは起こります。

白い車に後ろから追突され、ドンスは車を降りて相手と対応しようとします。しかし、後ろを向いた瞬間に刃物で刺されました。しかし、ドンスは簡単にメッタ刺しにされる男ではありません。すぐに応戦。刃物を素手掴みでおさえ、反撃を繰り出します。ボンネットに投げ飛ばし、ナイフを奪って刺し返すドンス。相手は車に逃げ込み、痛みに呻くドンスを轢いて立ち去りました。後に残ったのは道路に倒れたドンスだけ。

病院に運び込まれたドンスは緊急手術を受け、なんとか一命をとりとめました。けれども、ヤクザ事務所は大変なことになり、抗争勃発は避けられません。意識不明から目覚めたドンスは部下に「あれはヤクザじゃない」と自分を襲った犯人について言及します。

そこへ病室にチョン刑事がフラッと訪問。さっそく聞き取りを始めますが、ドンスは「つまづいて怪我した」などとテキトーに誤魔化してまともに相手しません。しかし、チョン刑事はしっかり怪しんでおり、独自に捜査を開始。ドンスの車を調べると、やっぱり車体後方に同じ傷がありました。

ところが、チョン刑事は捜査に血気盛んに燃えていくのですが、肝心の上司はやらせてくれません。すでにヤクザ絡みとなり、ドンスの息がかかっている警察上層部の圧力は予想以上です。

そんな中、回復した(もうですか?)ドンスは部下に犯人の似顔絵スケッチを渡して探させます。

チョン刑事はまたドンスに会いに行き、なんとか交渉しようとします。そしてドンスは犯人の車とナイフを見つけ、チョン刑事に協力を持ち掛けてきます。もちろん二人の目的は微妙にズレています。ドンスは犯人を殺したい。チョン刑事は犯人を捕まえたい。しかし、今は手を取るしかありません。

人件費などの経費は払うとドンスは言い、チョン刑事も同意。けれども二人が出会った記録の音声はとられており、そのボイスレコーダーを踏みつけて壊すチョン刑事ですが、この場の映像も撮られているので、もう引き返せません。

極めて悪に近い刑事と、悪に染まりきったヤクザ頭領。このタッグは得体のしれないシリアルキラーを捕捉することはできるのか…。

スポンサーリンク

極悪トリオを紹介しよう

『悪人伝』の魅力はやはりあの極悪トリオ。

まずヤクザの組長チャン・ドンス。冒頭から「あ、こいつには絶対に手を出してはいけないな」とどんなに鈍感な奴でもわかる危険オーラを放つ存在感。世の中にはいろいろなデンジャラスがあるものですが、このドンスの場合、初期状態からもう最強。序盤で殴る、ビンタする、歯を抜く…と、全て素手技を披露することで、武器なんていらないパワーを嫌というほどに見せつけてきます。

そんなドンスが襲われるシーン。ここは冒頭の「一般人」が襲われるシーンとのわざとらしいほどの比較映像にすることで、“違い”をハッキリさせています。手始めにグサっと刺されるドンス。普通はここで終わりです。でもそうはいかない。ドンスがここから猛然と仕返ししていく展開がもうあっけにとられるほどに凄まじく、観客も相手が猟奇殺人鬼だということを忘れますよね。

そもそも刃物で刺された人間ができる反撃手法ではないですから。相手を持ち上げてボンネットに叩きつけるんですよ。大技中の大技じゃないですか。それは元気いっぱいのときにやる技ですよ、“マ・ドンソク”さん…。また、後半のドアごと殴っていくシーンも凄いですよね。ドアの使い方、違うし、ドアが防壁として役割をああも果たさないなんて、私の中のドアへの信頼が失墜しましたよ…。

その防御力が高すぎるドンスと手を組むことになる刑事のチョン・テソク。確かにこいつはパワータイプではありません。武器と言えば「怖い者知らず」という恐怖心のなさです。あのドンスに殴りにいける時点でそのバカとしか思えない猪突猛進さは露骨に出ており、この特攻精神が結果的にドンスからの評価につながっていきます。

とにかくあたって砕けろの勢い任せなので、たいていの場合は上手くいっておらず、犯人を発見して追いかけても逃げられたりするばかり。まあ、でもその突撃性が終盤に輝くのですが…(車でドーン!ね)。終盤の「俺は警官だ」のセリフも、どの口がそれを?とツッコめる最高の一言じゃないですか。

この二人に対抗する相手を設定するのは相当に難しいと思うのですが、本作はそのハードルをらくらく飛び越える狂気の殺人鬼を登場させます。そもそも“マ・ドンソク”みたいな男に襲いかかる時点で常識がないのですが、随所で不気味に光るヤバさが本当に恐ろしいです。あの犯人の部屋のビジュアルもいいですよね。

この殺人鬼を演じた“キム・ソンギュ”。やっぱり韓国俳優らしく“顔”で惹きつける魔の力を持っているのですが、今作ではストーリーが進むたびにその顔がどんどんボロボロになり、そのせいで異様に狂気じみていくのがまたゾッとするわけで…。要するにこの殺人鬼はやられればやられるほどにヤバくなっていく系の奴なんですよね。

スポンサーリンク

これを超える悪が生まれるのか

『悪人伝』はストーリーは単純で、韓国映画ではよくありがちなクライムサスペンスです。でもこの前述した3人の魔力と、そしてジャンル映画のツボをおさえた演出の確かな上手さが本作を良質に高めていました。

とくに繰り返される展開の積み重ねがいいですね。さっきも説明したとおり、最初に「一般人」が襲われるシーンを見せてからの、「ヤバい奴(ドンス)」が襲われるシーンとの並び。そこからの今度は「ヤバい奴(殺人鬼)」が「ヤバい奴(ドンス)」に逆に追突され、最終的にはそこへ「ヤバい奴(チョン)」がまた突っ込んでくるという…。天丼もいい加減にしろよ!と言わんばかりの乗っかり展開がもうクセになってきます。

敵対する犯罪組織との抗争勃発の中盤シーンでは、乱戦の最中、長包丁で襲われるという、序盤のあの襲撃と類似した光景が繰り返されるのもいいです。それを乗り越えられるのが二人が揃ったからであって…。

この二人、二者、ヤクザと刑事の完全タッグが成立したシーンの、何と言えばいいのか、この社会終わってる…という絶望感と、でもなんか無性にカッコいいぞ…という高揚感。すごくいい味でてます。こういうことができるのも韓国映画だからこそだと思います。結局はヤクザも警察も芯の部分は権力欲に溺れた組織に過ぎないでしょ?という冷笑といいますか…。みんなで飲み会しているシーンとか見ると、こいつら類友じゃないかとわかりますよね。

『悪人伝』は正義がありません。まあ、その作中でドンスが少女に傘をあげたりしますけど、それくらいを善意と呼んでもいいのか躊躇するほどに、今作では端から端まで悪でたっぷり。それはラストの裁判シーンでも如実に映し出されます。あそこで本当にクローズアップされるべきは可哀想な被害者遺族のはずなのに、映画はまるでそれを取り上げない。この映画すらも悪人に堕ちる怖さ

そして極めつけはラスト。まさかこんな終わり方なのかとびっくりしましたが、最後は刑務所に入った殺人鬼とドンスのシャワー室での不敵な笑みでの睨み合いでフィニッシュ。

冷静に考えるときっとあそこで血みどろの決闘が繰り返されるのかなと思うところ。でもあの二人ならどこかでボタンを掛け違えた結果、なぜか同調意識が生まれて新しいタッグが生まれないとも限らない。そういう不安も感じさせるエンディングだったと思います。

もしあの二人がコンビになってしまったらどうなるか…考えたくもないですが、そうなった場合、チョン刑事の思惑は根底から崩れ、社会はさらなる最悪に。極悪のその上をチラつかせるなんて、ほんと、この映画はどれだけ悪人に徹しているんだ…。

韓国映画は社会派ドラマもいいのですが、ときどきはこういうコッテリ濃厚な犯罪ノワールも楽しみたいもので、本作はしっかり満腹をさせてくれる一作でした。

これはハリウッドリメイクはどうアレンジしてくるのか。絶対に役者で決まる映画なのは間違いないのですが…。私は“マ・ドンソク”が見られたらそれで基本は満足度の最低ラインを突破できるのですけどね…。

『悪人伝』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 94%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 KIWI MEDIA GROUP. ALL RIGHTS RESERVED

以上、『悪人伝』の感想でした。

The Gangster, the Cop, the Devil (2019) [Japanese Review] 『悪人伝』考察・評価レビュー