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『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』感想(ネタバレ)…Netflix;会談の裏にあったもうひとつの会談

ミュンヘン 戦火燃ゆる前に

あの歴史的出来事の裏にあったかもしれない会談…Netflix映画『ミュンヘン: 戦火燃ゆる前に』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Munich: The Edge of War
製作国:イギリス・アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:クリスティアン・シュヴォホー

ミュンヘン 戦火燃ゆる前に

みゅんへん せんかもゆるまえに
ミュンヘン 戦火燃ゆる前に

『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』あらすじ

ヨーロッパに大戦の影が忍び寄る1938年の秋。アドルフ・ヒトラーがチェコスロバキアへの侵攻を準備する一方、ネヴィル・チェンバレン首相の英国政府はなんとか平和的な解決を図ろうとしていた。緊張が高まる中、英国役人ヒュー・レガトとドイツ外交官ポール・フォン・ハートマンは、緊急会談のためにミュンヘンに向かう。交渉が始まるにつれ、旧友である2人は、政治的策略と深刻な危機の渦中に飲み込まれていく。

『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』感想(ネタバレなし)

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ミュンヘン会談…を土台に描く

どんなものにも始まりはあります。では戦争はどのようにして始まるのでしょうか。その始まり方を知っていれば「あ、今から戦争が始まるのか!」と察知できていいですよね。

しかし、これが厄介なもので戦争は「今から戦争してやるぜ~!」と息巻いて宣言してから開戦するとは限りません。中には「平和にやっていきましょうか」と表向きはいかにも穏便なやりとりがあってから、なんだかなし崩し的にいつの間にか戦争は始まっていた…なんてこともある。

結局のところ、国家間の戦争というものは「外交」の結果に左右されてしまうことがほとんどなので、私たちは外交に関心を持たないといけません。でも現実では外交のニュースなんて最も雑に扱われる話題のひとつでもあって…。

そんな気の緩んでいる私たちに外交の価値をあらためて突きつけるような映画が今回紹介する作品です。それが本作『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』

本作は歴史を題材にした映画であり、タイトルにあるとおり、1938年9月29日から30日にかけてドイツのミュンヘンで行われた「ミュンヘン会談」を描いています。

このミュンヘン会談とは何なのか。ざっくり説明すると、当時、アドルフ・ヒトラー率いるドイツ(ナチス)はチェコスロバキアのズデーテン地方について自国への帰属を主張していました。ドイツ人移民を積極的に受け入れていた過去があったため、ズデーデン地方にはドイツ系の人がたくさんいて、ドイツ人とチェコ人の間には対立関係が生まれていたのです。世界恐慌以降、ドイツ側の勢力が強まり、しだいに国際問題へと発展していきました。それこそドイツ・ナチスがついに軍隊を動員して強行的にこの問題を解決しようという動きを見せ始め、一気に周辺大国の緊張は高まります。このままでは第二次世界大戦が起きてしまうのではないか…と。

そんな大戦勃発カウントダウンが始まっていた中でのこのミュンヘン会談。イギリス、フランス、イタリア、ドイツの首脳が出席し、ズデーテン地方帰属問題について議論が行われ、協定上は“穏便に”ズデーテン地方をドイツに渡すことが決まり、ナチス側の要求はほぼ全面的に受け入れられました。

結果、一時的に大戦を回避したものの、私たち未来人はその後の歴史を承知していますが、第二次世界大戦は起きてしまいます。後世の評価ではこのミュンヘン会談はナチスを増長させただけで大失敗だったと分析されることもある、そんな歴史的出来事でした。

『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』はそのミュンヘン会談の模様を描いていくのですが、かといって歴史を正確に映し出す作品ではありません。メインは別のところ。その会談の裏で、かつては友人だったイギリスとドイツの外交官官僚の若い男2人が対面し、戦争の陰に沈む世界の未来のために行動しようとする…というストーリーが主軸です。もちろんこの主人公となる2人は架空の人物で、架空の出来事。つまり、ミュンヘン会談を土台にした創作ですね。いわゆる「スペキュレイティブ・フィクション」と呼ばれるものです。

フィクションとは言っても史実を土台にしていますからリアリティはありますし、本作『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』はプロットが巧みで、最終的には第二次世界大戦が起きると観客はわかっているはずなのに、ものすごい緊張感で物語が進行していく。そのサスペンスドラマは見ごたえがあります。

監督は、憎しみにとらわれてヘイト団体に染まっていく主人公をセンセーショナルに描いた『カールと共に』を手がけたドイツ人の“クリスティアン・シュヴォホー”

主人公の2人のうち、ひとりを演じるのは『1917 命をかけた伝令』で第一次世界大戦に翻弄されていた“ジョージ・マッケイ”。今度は第二次世界大戦で、なんだかいっつも苦労している…。『カールと共に』で印象的な役を演じた“ヤニス・ニーヴーナー”も今作では目が離せません。

さらに『ハウス・オブ・グッチ』の“ジェレミー・アイアンズ”、ドラマ『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』の“アレックス・ジェニングス”、『ありがとう、トニ・エルドマン』『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』の“ザンドラ・ヒュラー”、『名もなき生涯』の“アウグスト・ディール”など。なお、『ヒトラー 〜最期の12日間〜』でナチスの最高幹部のひとりであるヨーゼフ・ゲッベルス役を演じていた“ウルリッヒ・マテス”が今作ではヒトラーを演じています。

『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』は劇場公開はされずにNetflixで独占配信中ですので、家などでじっくりと重厚なドラマを楽しんでください。

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『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』を観る前のQ&A

Q:『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2022年1月21日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:歴史フィクションが好きなら
友人 3.5:ドラマの緊張感を共有して
恋人 3.5:ロマンス要素はほぼなし
キッズ 3.5:歴史の勉強に
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ミュンヘン会談が動き出す

オックスフォードの学生たちがパーティで踊り、飲み、若さを爆発させていました。そんな気楽な夜の芝生で、ヒュー・レガトポール・フォン・ハートマンは寝ころび、酔っぱらいつつ、談笑。そこにレナという若い女性も加わり、3人で肩を寄せ合い、自由気ままに未来を語ります。まだ何も知らない政治や社会を…。

6年後。ロンドン。ヒューは仕事を抜け出して妻のパメラと食事をしていました。実は結婚記念日です。パメラは最近はガスマスクが支給されるなどますます不穏な空気に包まれている情勢ゆえに、政府官僚のヒューにそれとなく現状を訊ねます。ヒューは「ヒトラーはズデーデン地方を合併する気だ」と教え、切迫していることを打ち明けます。

すると首相官邸から電話で呼び出され、ヒューはすぐさま仕事に戻ります。イギリス政府には緊張が走っていました。ヒトラーの侵攻まで1日とないかもしれないのです。

ネヴィル・チェンバレン首相は側近のホレス・ウィルソンと議論し、ヒューも同席。首相のラジオ演説で「どうか皆さん冷静に。まだ戦争は阻止できます。私は最後まで平和に尽力します」と国民に語りかけるも、事態を好転させる足掛かりはありません。

ヒューは帰宅。息子のアーサーがガスマスクをつけていたので驚いてしまいます。妻のパメラに今すぐにロンドンを離れて実家に行くように告げます。しかし、自分は仕事に専念しないと…。そんな夫の態度にパメラは怒ります。

一方、ドイツのベルリン。外交官のポールは、ヒトラーは明日軍を動員するという情報を仲間から密かに教えられます。実はポールとその仲間はヒトラーを逮捕するチャンスを窺っていました。もちろんバレるわけにはいきません。道端で旧友のフランツにばったり会い、彼が総統警護隊に所属していたので一瞬肝を冷やします。

イギリス政府側では、ヒトラーから返信があり、考えを変える気はないことを確認。「イタリアのムッソリーニの話なら聞いてくれるかも」と今度はそちらに交渉してみます。

ヒューはベルリンに電話を繋いでおいてくれと言われ、返事を待ちます。そして返信がありました。急いで議会に走って内容を伝えます。その場で報告する首相。

「ヒトラーは軍の動員を延期しました。そして会談の申し入れがありました。イタリアとフランスと共にミュンヘンで開催します」

戦争回避の機会が舞い込んでホッと安心する一同。しかし、ドイツ側のポールたちは困惑していました。これでは計画実行はできない。ポールはヘレンからヒトラーが何を企んでいるかを示す外務省の会議議事録の資料を入手していました。会談が成功すれば間違いなくヒトラーは勢いづく。イギリスに合意しないようにさせないと…。

そこで悩んだポールは切り札を思いつきます。ヒューの名前をあげ、彼を英国の代表団に入れるように依頼します。2人は以前は友人でしたがある日の喧嘩をきっかけに縁が切れていました。

こうしてその2人が会談の裏でまた再会することに…。

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史実とフィクションの狭間で

『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』は前述したとおり、史実を土台にしたフィクションです。ミュンヘン会談は当然事実ですが、主人公であるヒューとポールは架空の人物であり、あの2人の一連のやりとりも創作です。

しかし、そうは言っても要所要所で史実を取り入れており、全てが創作ありきの物語ではありません。

例えば、ポールとその仲間たちは将校と密かに協力しながら、ヒトラーの逮捕を企てており、それが無理なら暗殺も辞さないという方向で動いています。これは実際に存在したことです。「黒いオーケストラ」と名付けられた反ヒトラーのグループが実在し、ヒトラーを排除して新政府の樹立を考えていました。実際に暗殺計画は実行に移され、1944年7月20日に暗殺するべく行動をしたのですが失敗。結局、クーデターは実現しませんでした。このあたりの事件は『ヒトラー暗殺、13分の誤算』など映画にもなっていますね。

作中では終盤にポールはヒトラーを目の前にして銃を握りしめて暗殺できる絶好の機会を得るのですが、実行には移せません。

また、ポールが入手する機密文書。あれもおそらく「ホスバッハ覚書」と呼ばれる実在の文書をモデルにしていると思われます。これは1937年11月5日にナチス・ドイツの総統官邸において開催された、ヒトラーも参加した秘密会議の概要を記した覚書です。ここでヒトラーは初めて対外侵略の構想を明かしたとされており、そこにはヒトラーが何を目指しているのか、その全容が示されています。この覚書は戦後のニュルンベルク裁判においてはドイツの侵略準備の証拠として採用されました。

史実ではこの会議の公式な議事録は作成されていないと言われ、あくまで会議参加者のフリードリヒ・ホスバッハ大佐の私的なメモしかなかったのですが(だから覚書)、本作では議事録が実在したということになっており、それは最終的にはヒューの手に渡ったという、かなり激動の展開になっています(ここは史実を知っている人ほどハラハラした展開だったのではないでしょうか)。

つまり、ヒューの手に議事録が渡ったことで大きな歴史改変が起きていることになるので、もしかしたら戦争の流れは変わるのかも?というほんのわずかな期待を持たせるエンディングにもなっているんですね。まあ、実際のところはこの文書だけでは戦争は止められないでしょうが、不正というものを示す確かな証拠にはなります。

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2人の会談、2つの会談

『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』はいわゆる“外交”を描く映画です。『OSLO オスロ』なんかと同じですね。

しかし、史実であるミュンヘン会談そのものではなく、その裏で起きていた世界の未来を憂う2人の若者の対談というところに創作として焦点をあてています。つまり、会談が2つ並行して起きているという設定で、そこに面白さがあります。

ヒューとポールは友人で、冒頭のあの無邪気な会話はいかにも若者らしいエネルギーと希望に溢れています。そんな2人の関係が切れてしまった原因。それは政治対立でした。回想で描かれるのは「お前は俺やドイツのことを何も分かっていない! 戦勝国だからって偉そうに」と激怒して出ていくポール。彼の、劣等感がヒトラー支持の原動力になるというのは、現代社会でも観察できる構造とそっくりです。

そのポールがなぜヒトラー暗殺にまで突き進むようになったのか。その答えは最後の最後、全然登場しなかったレナの姿を映すことで明らかにされます

一方のヒューはまだ和平を信じており、対話でなんとかなると思っている。その姿はポールには甘さとして映ります。もうそういう段階はとっくのとうに過ぎたんだ…と。

正しさという点では目的は一緒なのにその手段で2人はまたもぶつかります。この構図はとても現代社会に身近なテーマなんじゃないでしょうか。

ネヴィル・チェンバレン首相の描写も印象的です。彼は歴史的な評価では宥和政策で失敗した人物と語られることも多いです。確かに本作でもそういう見方はできます。一歩も譲ってはいけない相手もいる。なんらかの差別をする人と対立しているとき、「まあまあ相手の言い分も聞いてあげようよ」と冷静な立場の気分で言い放つ人もいますが、それは差別者への後押しにしかならない。そういう意味ではあの首相は日和った姿勢かもしれません。

しかし、「私だけが恥をかくなら安いものだ」と言い放つ首相の姿からは、自分のキャリアなんてどうでもよく、ヒトラー側の落ち度を浮き彫りにさせるための作戦とも受け取れる。『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』の描き方のバランスは絶妙です。

『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』は実際にミュンヘン会談が行われた場所(今はミュンヘン音楽・演劇大学の校舎)で撮影されており、ほぼ当時そのままを再現しています。その歴史的正確性を反映させつつ、その物語の裏では現代社会の風刺とも言える、若者に新たな会談を代弁させる。巧妙なプロットでした。

何が正しいかはわかっている、でもその正しさをどう実現すればいいのかわからない。今の私たちが直面するこの課題。慎重に向き合わなければ戦争が起きる。それを忘れてはならないですね。

『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 84% Audience 78%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』の感想でした。

Munich: The Edge of War (2021) [Japanese Review] 『ミュンヘン 戦火燃ゆる前に』考察・評価レビュー