甘くはないけれども…映画『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2026年2月27日
監督:エマ・セリグマン
性描写 恋愛描写
しばべいびー

『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』物語 簡単紹介
『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』感想(ネタバレなし)
シュガー・デートで始まり…
「シュガー・デート(sugar dating)」という言葉があります。これは「恋愛など親密な交際と引き換えに金銭や贈り物を受け取る関係性」のことです。もちろん性的関係をともなうこともあります。日本語だと昔は「援助交際(援交)」と言い、最近は「パパ活」と言ったりしていますね。
この金銭や贈り物を貰う側の若い女性を「シュガーベイビー」と呼び、与える側を「シュガーダディ」と呼びます。
恋愛や性的関係と引き換えに金銭や贈り物を貰うというのは昔からあり、それこそ娼婦はそうした関係になりやすいですし、呼び方も時代で違ったでしょう。でもなんで「シュガー(sugar)」なんでしょうか。
無知だった私は「甘ったるい恋愛のイメージで“砂糖”(sugar)なんでしょ?」と安易に思っていたのですが、調べてみるとその語源はややこしいものでした。
諸説あるらしく、砂糖王の異名を持つ経営者“アドルフ・B・スプレッケルズ”が年下の愛人から送られた愛称であるという説もひとつですが、それは専門家から疑わしいと指摘もされています。また、有名なフラッパーの“ドロシー・ドット・キング”が1923年に死亡した際の報道でこの言葉が広まったという話もあります。
ともあれ、今ではカジュアルに一般化しているシュガー・デート。今回紹介する映画は、そんなシュガー・デートがきっかけで巻き起こる人間模様をシニカルに描くコメディです。
それが本作『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』。
本作は2020年の映画なのですが、日本では2026年とだいぶ遅れての劇場公開になりましたが、でも良かったです。なにせあの今では最も注目される若手の“エマ・セリグマン”の長編映画監督デビュー作ですからね。
“エマ・セリグマン”の監督作は2作目である『ボトムス 最底で最強?な私たち』が日本でも配信スルーですでに観られます。
その“エマ・セリグマン”が卒業制作で作った短編を長編映画化したのがこの『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』であり、主演の“レイチェル・セノット”と本作で運命的なタッグを完成させ、今に至ります。
“エマ・セリグマン”監督らしい、あまりに痛々しく気恥ずかしくなる現代の10代の目線をとおした自己嫌悪ムービーと言いますか…。「おい、もうそれ以上喋るな! 傷を増やすだけだぞ!」と止めたくなる墓穴を掘りまくる暴走っぷりを眺めることになります。
『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』も“エマ・セリグマン”監督自身のクィアネスを絶妙に反映させたクィア映画になっていますし、バイセクシュアル作品の傑作だという評価も納得です。私も青春クィア映画のトップ作品群としてこの映画はずっとランクインし続ける気がします。
とりあえず後ろめたいシュガー・デートさえしていなければ、『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』を笑って見守ることはできる…かな?
『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | 性行為の描写があります。 |
『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
大学4年生のダニエルは、シュガーダディのマックスとソファの上でわざとらしく喘いで相手を楽しませるようにセックスをしたばかりでした。スマホのバイブが鳴り、下着を履きながら電話にでると、母からのメッセージでした。
親戚が亡くなったらしく、ユダヤ教のシヴァと呼ばれる葬式に参加しないといけないようです。マックスとイチャイチャとキスをして抱きつきながらこの場を別れます。その際にブレスレットを貰いました。
両親のジョエルとデビーはもう車で待っており、いつでも出発できる状態でした。ダニエルは話を合わせながら、そわそわします。
とくにマヤが来ているのを目にして気まずい顔を浮かべます。以前に付き合っていた恋人なのです。
そう言えば、誰が死んだのかさえよくわかっていません。
家の中ではいかにも喪中のような顔つきで、大人しく参列者と会話をします。自分の乱れた生活など一片も漏らさないように必死になりながら…。
一方のマヤはロースクールに進学することもあって優秀な若者として評価されていました。その点、ダニエルは褒めるところがほぼないです。それは自覚しています。やりたいこともとくに見いだせていません。
たまたまマヤが隣に来ますが、ダニエルは自分から挨拶することもなく、しかたなく話に付き合います。すぐに険悪そうな空気が流れますが、言葉をぶつけ合って牽制するだけで終わります。
さらにはジョエルの元同僚であるマックスが到着するとさらにダニエルの状況は悪化します。何も知らない両親は、マックスの知り合いの誰かがダニエルに良い仕事を紹介してくれることを期待して、ダニエルにマックスを紹介しようとしつこく勧めてきます。
ダニエルの顔にもマックスの顔にも「マズい」という表情が一瞬浮かびます。互いの目配せで、その緊張は伝わります。関係性を知られたら一巻の終わり…。
ところが、そのぎこちない会話の後、何かを察したデビーはダニエルに「マックスはキムという女性と結婚しているので変なことを考えるな」と警告してきます。
ダニエルはマックスが結婚していることを知らなかったので驚きますが、動揺はそれで終わらず…。

ここから『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』のネタバレありの感想本文です。
墓穴を掘る手を止めてくれ!
『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』は、シュガー・デートを主題にしていますが、それ自体をさも悪しきこととして断罪するような道徳を教えさせる作品ではないでしょう。むしろそうした行為にすがってしまい、性的承認以外の存在価値を見いだすことができない自己嫌悪に陥る若い女性に対して、ユーモアを交えながら寄り添ってくれる映画だと思います。
性的承認に固執する若い女性を主人公にする映画と言えば、最近も『ミラー先生の秘蔵っ子』などがありましたが、この『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』は変に大人ぶることもなく、ある意味、その未熟さを素直にコメディにしているのが良かったです。
結局のところ、とくに権力も持たない若い女性が自分の若さと性的さだけを取り柄にしてシュガー・デートに持ち込んでも、実際は主導権は自分にはなく、世間という荒波に翻弄されるばかり。その無力さが嫌になるほど痛烈にこの映画の物語に充満しています。
『パロアルト・ストーリー』を“エマ・セリグマン”監督風味にするとこうなるんだな…。
『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』はいわゆる「最悪の1日」を怒涛の如く描いていくタイプの小規模作品ですが、主な舞台は1軒の家。それも葬式です。でも葬式の映画なのに、肝心のこの葬式の主役である死者のことは全く微塵も掘り下げられないのがもう面白いです。その亡くなった人の人生が主人公の生き方に影響を与える…とかすらも無し。不謹慎なまでに死者が愚弄されつつ、全然関係ないドタバタ劇が起き続けていきます。
メインのコメディはシンプルで、状況を処理しきれなくなっていく主人公のダニエルが慌てふためくさまをほぼダニエル寄りのカメラで映していくのみ。
「お前も来るのかよ!」「結婚していたのかよ!」「子どもがいたのかよ!」「稼いでいたのは妻なのかよ!」「じゃあ、私が貰っていたカネは実質、奥さんからじゃないか!」
この新事実発覚のたびに動揺ゲージがぐいんぐいん跳ね上がるダニエルの滑稽なまでの姿がもう笑うしかなく…。いや、笑うのは可哀想かもですけど、こうなってくると笑ってあげたほうがラクなんじゃないかとさえ思う…。
“エマ・セリグマン”監督の得意技である、現代の若者の脆さをシニカルに映すセンスもいいですね。『ボトムス 最底で最強?な私たち』でもそうでしたが、“エマ・セリグマン”監督は実際のところは進歩主義的なことにそれほど興味ないくせに体裁を取り繕うために「関心あるよ!っていうか実践しているし!」と虚勢を張る若者を描くのがなんでこうも上手いのか。
本作のダニエルも「私は…あ~、ヴィーガンで…」とか、「ジェンダー? ビジネス? ああ、ジェンダービジネスを学んでいるんだよね」とか、その場しのぎで自分の取り柄を必死に用意しようとします。全部裏目にでるのですが…。
ダニエルの中にあるのは劣等感です。全てが中途半端で自慢できる夢もない…それどころか既婚の男とセックスしていただけの空っぽな女…。自分で自分を卑下する脳内洗濯機がぐるぐる回転し、己が溺れていくのが目に見えるようです。
しかもよりによってシュガーダディのマックスの妻キムはビジネスウーマン・アントレプレナーらしくて完璧そうにみえる。ダニエルの劣等感がますます悪化する…。
それにしてもシュガー・デートした相手の男性が実は妻の稼ぎに頼りっきりだった…という関係性の仕掛けを用意してくることで、男女のジェンダーの双方の劣等感を上手く同じ土台に乗せて笑いに変えていますね。たぶんマックスも彼は彼で劣等感の塊なのだろうし…。
そういう意味では劣等感のある者同士が体で慰め合うという「お前ら、同類じゃないか」というダニエル&マックスのペアなのですが、よせばいいのにダニエルは裸の写真を送ってしまうし、よせばいいのにマックスも理想的な夫を演じようとするし、墓穴を2人で同時に掘って穴の大きさが2倍になっています。
バイセクシュアリティの動揺
『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』はアイデンティティをいじるネタも面白いです。
例えば、ユダヤ教。“エマ・セリグマン”監督もユダヤ系で、作中では意図的にユダヤのネタを散りばめています。「イスラエル」の使いかたもアホさ抜群。ただ、“レイチェル・セノット”はユダヤ系ではないんですよね(それもそれで面白い)。
そして、作中でダニエルはずっとパニックに陥っていますが、その振る舞いも彼女自身がそういう不安症などの障害を背負っているようにさえ思います。摂食障害だと噂されていましたけど、本当にそうなのかはわかりません。けれども、作中でも何度も食べ物が印象的に登場し、それが不安を象徴する使われかただったので、そういう示唆なのかなとも感じます。
私は特定の症状というよりは、全般的な不安とパニックという状態をナラティブに表現する才能が“エマ・セリグマン”監督にはあるのだろうなと思いました。
あとはやはり欠かせないバイセクシュアリティの表象の組み込みかたです。
ダニエルはバイセクシュアルなのですが、あの葬式の場ではあまりそのアイデンティティを理解してもらえていません。それが彼女の不安を別方向で刺激しているのだろうなという感じも察せます。そういうのは当事者には相当にストレスですから。
母とかは「gayder」なんて言っていますけども…。これは「ゲイ(性的マイノリティ)であることに気づけるセンス」のことですが、少し自意識過剰な皮肉も込められます。
ダニエルがバイセクシュアルであることを踏まえると、あのシュガー・デートも一層可笑しさが増しており、なにせダニエルがキムと関係を持つほうがよっぽどシンプルだったのですからね。マックス、いらねぇじゃんか!ってなります。
現実は厳しく、あの葬式の場に元カノのマヤもいることで、セクシュアリティの緊張感まで追加され、ダニエルの元からか細い動揺ゲージは臨界点を超えます。
でもマヤとの関係をギスギスさせすぎないあたりにとどめるどころか、最後の最後で一番に気持ちを汲んでくれる相手になるというオチのつけかたは、“エマ・セリグマン”監督の現代らしい優しさだっと思います。
ラストの唯一何も知らないままに終わるお父さんを除き、乗車した全員の気まずさを抱えつつ、人生はとりあえず前に進む…そんなエンディングもバランス良し。
今日がなんとかなればいいんですよ。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
以上、『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2020 SHIVA BABY LLC. All Rights Reserved. シヴァベイビー シバベイビー
Shiva Baby (2020) [Japanese Review] 『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』考察・評価レビュー
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