デヴィッド・O・ラッセルの汚名は消えず…映画『アムステルダム』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2022年10月28日
監督:デビッド・O・ラッセル
恋愛描写
アムステルダム
あむすてるだむ
『アムステルダム』あらすじ
『アムステルダム』感想(ネタバレなし)
この白人監督こそ災害か?
かつて『アメリカの災難(Flirting With Disaster)』という映画を監督した人物がいましたが、まさかその人物そのものが後に災害の中心地になっていくとは…。
誰のことか。それは“デヴィッド・O・ラッセル”(デビッド・O・ラッセル)です。
ニューヨーク生まれの“デヴィッド・O・ラッセル”監督は、1994年に『Spanking the Monkey』で長編映画監督デビューし、インディペンデント界隈で高い評価を受けて好スタートを切りました。
1999年の『スリー・キングス』では社会派なスタイルも披露し、2010年の『ザ・ファイター』ではついにアカデミー賞で多数ノミネートを達成し、俳優賞を受賞する快挙。とくに絶好調となってからの“デヴィッド・O・ラッセル”監督と言えば、『世界にひとつのプレイブック』(2012年)や『アメリカン・ハッスル』(2013年)などに代表されるように有名俳優がズラっと並んだ豪華キャスティングが見どころです。1本の映画を観るだけでハリウッドのゴージャス感を味わえる、贅沢なひと口を提供してくれる感じです。
ところがあんなにアカデミー常連だったのに、最近は“デヴィッド・O・ラッセル”監督を見ていない気がしませんか? そのとおり、2015年の監督作『ジョイ』以降、表舞台からパッタリと姿を消しました。
その理由はなぜなのか。実は主に出演者に対してパワハラ的な言動が目立つことがたびたび指摘されていたんですね。それがハッキリ明るみになったのは2016年。過去の出演俳優だった“エイミー・アダムス”が“デヴィッド・O・ラッセル”監督からの虐待的態度に精神的にかなり滅入っていたことがわかりました。さらに19歳のトランスジェンダーの姪に性的加害行為をしていたことも明らかに…(不起訴となった)。
これらの“デヴィッド・O・ラッセル”監督の行いは当然批判のマトとなり、事実上の活動自粛だったわけです。
そして最後の監督作から約7年後、久しぶりの監督作となるこの『アムステルダム』が公開になりました。とは言え、この『アムステルダム』の製作も難航してきた経緯があり、コロナ禍でスケジュールが遅延しつつ、2021年初めに撮影開始。しかし、テスト・スクリーニングの評判が芳しくなかったらしく(当初は『Canterbury Glass』というタイトルだった)、なんだかんだで2022年9月にアメリカ本国でお披露目となりました。
“デヴィッド・O・ラッセル”なりにこの数年間の謹慎で反省したらしく、関係者も随分変わったと口にする声もあったそうですが、それでもこれでリスタートでいいのかという感じもあります。見るか見ないかは皆さん観客の自由ですが…。
ただ、相変わらず豪華なキャスト陣を揃えることはできているようで、やっぱり特権を持っている監督は違うなと言いたくなる気分ですけど…。
今作の俳優陣は以下のとおり。
まず監督作ではおなじみの“クリスチャン・ベール”。最近も『ソー:ラブ&サンダー』など奇抜な見た目で活躍していましたが、今回は普通かなと思ったら、やはりちょっと変人感がでています。
また、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』の“マーゴット・ロビー”、『TENET テネット』の“ジョン・デヴィッド・ワシントン”、『アイリッシュマン』の“ロバート・デ・ニーロ”、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の“ラミ・マレック”、『ラストナイト・イン・ソーホー』の“アニャ・テイラー=ジョイ”、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の“ゾーイ・サルダナ”、『ナンシー』の“アンドレア・ライズボロー”、『ディア・ファミリー 〜あなたを忘れない〜』の“マイケル・シャノン”、『オースティン・パワーズ』の“マイク・マイヤーズ”など。ほんと、多いな…。
さらに、2022年開催のアカデミー賞授賞式で“ビンタされた側”の“クリス・ロック”もでています。まあ、この撮影時の頃はビンタされる前でしたけどね…。
あと、”テイラー・スウィフト”もちょこっとだけ登場するのですが、あまり彼女のファンは期待して観るものじゃない気がする…(ネタバレになるのでなぜかは書かないけど、出番があれじゃあね…)。
俳優の話ばっかりしてしまいましたが、『アムステルダム』の物語は陰謀渦巻くサスペンス。このへんも“デヴィッド・O・ラッセル”監督のいつものあれです。
『アムステルダム』は基本は俳優の顔を拝みたい人が見るような映画です。そういう開き直りで鑑賞する人がどれくらいいるのかはわかりませんが…。
『アムステルダム』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優好きなら |
友人 | :暇つぶし程度に |
恋人 | :ロマンス要素は薄い |
キッズ | :子ども向けではない |
『アムステルダム』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):そんなことになっていたの?
バート・ベレンセンは第一次世界大戦の退役軍人であり、今は医師として地道に仕事をしていました。右目は戦地で負傷して義眼になっています。
ある日、戦場で親友となって今は弁護士をしているハロルド・ウッズマンが話を持ちかけてきます。それはリズ・ミーキンスという女性からの依頼。葬儀屋で落ち合った3人は、その依頼について語り合います。
依頼というのは、戦争中に連隊の指揮官を務めた上院議員ビル・ミーキンスの検死でした。リズは殺されたと考えているようで、解剖を2時間で頼むと言ってきます。早くしないと埋葬されてしまうからです。すでに遺体はここにあります。5時にミンターズ・レストランで落ち合うと約束。
そこにミルトン・キングもやって来て「何しているんだ」と言いますがゆっくりしている場合ではありません。台車でぎこちなく運びながら、検死開始。看護師のイルマ・クレアは写真を撮り、体内をじっくり調べます。
入念な剖検により、そのビル・ミーキンスの胃には毒物が含まれていることが明らかになります。バートとイルマはこれが死因だったに違いないと結論づけます。
バートとハロルドは夜の街を歩き、リズ・ミーキンスを見かけます。何か足早です。追いかけて話をするべく、道端で立ち止まり、例の毒の説明をします。
そのとき、誰かがリズを道路に押し出し、リズは車に轢かれて死亡してしまいました。しかも周囲の人はバートとハロルドが押し出したと騒ぎ立てて収拾がつかなくなります。否定しても騒ぎは大きくなる一方で、銃まで撃たれたので2人は逃走。一転して殺人の容疑者となってしまった2人はこの濡れ衣に困惑するばかりで…。
話は遡って1918年。バートはフランスの戦地でハロルドと出会い、友達になりました。2人は戦場で負傷し、とくにバートは顔を酷く怪我し、右目がダメになってしまいます。その野戦病院で看護師をしていた女性がヴァレリーでした。彼女は銃弾などの破片をひとつひとつ取り除くことに長け、しかもその取り除いた破片でアートを作るという変わった趣味がありました。
ハロルドはヴァレリーに魅了されていき、3人は親交を深めます。そして戦争後も3人はアムステルダムに引っ越し、そこで一緒に暮らすことに。ヘンリー・ノークロスとポール・カンタベリーから義眼を提供してもらい、自由気ままな生活を楽しみます。
そしてそれから十数年後の今。ヴァレリーとは疎遠になってしまいました。容疑者扱いのバートとハロルドは裕福なトムとリビーの夫妻が怪しいと睨み、夫妻の屋敷へと足を運びます。
ところがそこに意外な人物がいました。ヴァレリーです。驚きの再会に「なんでここに?」と互いに口走ってしまいます。
もしかしてこの一件にヴァレリーも関与しているのか。それとも何かの偶然か。はたまた別の存在が暗躍しているのか。
さらに調査を続けていくと、ギル・ディレンベック将軍をめぐる陰謀が徐々に明らかになってきて、バートとハロルドはいつのまにやらその中に飛び込んでしまっており…。
「ほぼ実話」でいいの?
『アムステルダム』は実話をベースにした物語です。それは映画のラストでもしっかり提示されるとおり。“ロバート・デ・ニーロ”演じるギル・ディレンベックの証言映像と、実際の“スメドリー・バトラー”の証言映像が横並びで表示されます。
“スメドリー・バトラー”とは何者なのか。彼は軍人であり、30年以上も従事し、多くの実績をあげ、勲章をたくさん与えられました。名誉勲章を持っているアメリカ海兵隊員はかなり珍しいそうです。その名は沖縄にある米軍基地の総称である「キャンプ・バトラー」としても刻まれています。
このバトラーが議会の委員会で語った信じがたい話が本作の題材になった陰謀…それが裕福な実業家のグループがフランクリン・ルーズベルト大統領を打倒するための軍事クーデターを計画している!というもの。
要するにファシストたちがアメリカ国内で密かに組織基盤を作り、アメリカ国家を自分たちの都合がいいように塗り替えようとしているという話でした。アメリカはファシスト国家になるところだったわけです。
ただ、ひとつ注意しないといけないのはこのバトラーが語った陰謀は事実だったのかということ。これに関しては当時からかなり懐疑的な見方が噴出し、部分的にはそんな動きもゼロではなかったようですが、そこまで大規模で実効性のある国家転覆の企みが危機的に進行していたという具体的な証拠はでていないようです。そんな陰謀を抱く人がどこかにいただろうけど、具体的に誰かが捕まった話もない…そんな状況です。もちろん当時の政治状況を鑑みるにこのファシスト脅威論を前提としたアメリカの政治もどこまで信用できるか不明ですが…。
つまりこの『アムステルダム』はあったかもしれない陰謀を、映画のフィクションの力で“あったかのように描く”…そういうスタイルの作品ということです。
そう考えると日本の宣伝で用いられている「ほぼ実話」というキャッチコピーもちょっとやりすぎな気もします。「実話ということにしておいてください」くらいなキャッチコピーでいいんじゃないですか。
ではバートたちは実在の人物なのかというと、バートは実際にいた陸軍将校に基づいており、ヴァレリーも当時活躍していた“ジョージア・オキーフ”や“メレット・オッペンハイム”といった女性アーティストをモデルにしているそうです。ハロルドはとくに基になった具体的人物はいません。
とは言え、作中ではこのバートたち3人組は一般人の目線として起用されており、この“あったかもしれない陰謀”に偶然居合わせた目撃者の役回りです。前述したとおりこの陰謀で逮捕された人はいないので首謀者は不明であり、だからこそ本作では創作としてこの目撃者の要素を膨らますことで、さも事実だったかのようなサスペンスを作ろうという狙いなのでしょうね。
俳優を見るだけで…
実話云々の話はこれくらいにして、『アムステルダム』の映画としても面白さはどうだったのかという点ですが、確かに豪華な俳優陣はそれだけで見ごたえがあります。常にどのシーンでも何かしらの俳優の演技があるわけですから、一定の目を惹き付けるパワーはあるでしょう。
それでも物語自体はかなりマンネリというか、そもそもこのせっかくの贅沢なキャスティングが上手く化学反応を起こすこともなく、無駄に流れているだけだった気もします。次はこの俳優、お次はこの俳優とあの俳優のセット、今度はこの俳優ですよ~…という芸能人博覧会だったかな…。
どうせ“あったかもしれない陰謀”を描くならもっと派手に味付けしてもいいものなのに、比較的こじんまりと収束していくのもなんだか…。「歴史if」のジャンルにもなりきれていない中途半端さが印象に残る…。俳優に予算を全振りしてしまったのかな?
ゴージャスなハリウッド・スターがでる以外では映像も退屈で、でも本作の撮影はあの『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』や『レヴェナント: 蘇えりし者』で高評価を得ている“エマニュエル・ルベツキ”なんですよね。本当に“エマニュエル・ルベツキ”の撮影なのか?と思うくらいに個性の無い平凡映像だった…。
あとやっぱりこれはどうなんでしょうねと考えざるを得ないのは物語のそもそもの主軸。今作は濡れ衣を着せられた男たちがその汚名を返上して結果的に陰謀を暴く話なのですが、そういうストーリーを過去の行いを批判された“デヴィッド・O・ラッセル”監督が手をつけるのはなんだかね…。
しかも本作は結構な加虐趣味を感じさせるシーンもあるわけじゃないですか。“テイラー・スウィフト”なんて冒頭10分くらいで車に無惨に轢き殺されておしまいですからね。あれでよく仕事を受け入れたな…。
『アムステルダム』を観ていると、映画の中身で評価するべきじゃないのはわかっているのですけど、“デヴィッド・O・ラッセル”監督は反省していないのではないかと思ってしまうのも無理ないのでは…。
どちらにせよ『アムステルダム』は興行面でも批評面でも大コケしており、“デヴィッド・O・ラッセル”監督のキャリアの復活というよりは、そのスキル自体も怪しまれる状況が目立ってしまったでしょう。
“デヴィッド・O・ラッセル”はそろそろ若手育成とかに力を入れて、自分は製作総指揮とかの後ろ側に回った方がいいんじゃないかと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 33% Audience 62%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
以上、『アムステルダム』の感想でした。
Amsterdam (2022) [Japanese Review] 『アムステルダム』考察・評価レビュー