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『ANORA アノーラ』感想(ネタバレ)…誰のために泣いている?

ANORA アノーラ

誰のために泣いている?…映画『ANORA アノーラ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Anora
製作国:アメリカ(2024年)
日本公開日:2025年2月28日
監督:ショーン・ベイカー
性描写 恋愛描写
ANORA アノーラ

あのーら
『ANORA アノーラ』のポスター。男女が笑顔で密着する姿を映したデザイン。

『ANORA アノーラ』物語 簡単紹介

ニューヨークでストリップダンサーの仕事をしているアノーラは、その仕事場の高級クラブでロシア人の御曹司イヴァンと出会い、意気投合する。カネと時間を持て余している若者であるイヴァンは7日間の契約でアノーラを傍に置き、邸宅で一緒に暮らし始める。体を交えるだけでなく、パーティやショッピングと贅沢三昧の日々を過ごす2人だったが、衝動的な行動が騒動を招く…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ANORA アノーラ』の感想です。

『ANORA アノーラ』感想(ネタバレなし)

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ショーン・ベイカーの結実

セックスワーカーを描く作品は珍しくないのですが、その描かれ方は当事者の顔をしかめさせてきました。ステレオタイプで、消費の延長として描写されるにとどまってきたからです。

作品に対する反応もその偏見を浮き彫りにしています。「娼婦を描いているだけだからな…」と露骨に小馬鹿にしていたり、「社会性とかのテーマは何もない」と一蹴してきたり…。

耳を疑う反応の声ですけどね。現実のセックスワーカーは紛れもなくひとりの労働者なのに? セックスワークの非犯罪化などの権利運動の歴史『ぜんぶ売女よりマシ』を観て!)があるのに? 保守層を中心に反ポルノ法がアメリカで続々と推し進められてMashable、“ドナルド・トランプ”大統領の勢力は「ポルノ」という言葉を武器化し、これまでにないほどにセックスワーカーは政治的渦中にいるのに?

でも大半の人はセックスワーカーなんて他人事で、雑なイメージだけで事足りているのでしょう。

今回紹介する映画は、2024年の映画界でセックスワーカーにかつてないほどに光をあてることになりましたが、その照らされた姿に人々は何を感じるのか。やっぱり反応が気になってしまいます。

それが本作『ANORA アノーラ』です。

本作はセックスワーカーの女性を主人公に描く映画で、2024年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールに輝きました。批評家も絶賛しており、間違いなくこの年の顔となる一本になりました。

そしてそこらへんのセックスワーカー映画と無下にできない存在感がありました。なぜなら監督があの“ショーン・ベイカー”だからです。

“ショーン・ベイカー”監督は、『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(2012年)、『タンジェリン』(2015年)、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017年)、『レッド・ロケット』(2021年)と、ほぼずっと一貫してセックスワーカーを主題にしてきました。そのフィルモグラフィーだけでも相当にこだわりがあることがわかります。世の中、過激さを演出するために安易にセックスワーカーを登場させる人なんていくらでもいますが、“ショーン・ベイカー”監督がその類の人間ではないのは察せるでしょう。

実際、“ショーン・ベイカー”監督は今回の最新作『ANORA アノーラ』を引っ提げての映画祭などの場でも、「セックスワーカーは生計を立てる手段であり、キャリアであり、仕事であり、尊重されるべきものです。セックスワーカーの身体は非犯罪化されるべきであり、いかなる形でも規制されるべきではありません」と、擁護者(アライ)としての姿勢を表明していましたAP News

インディペンデントで頑張ってきて、今回の『ANORA アノーラ』でパルム・ドールに到達でき、本人も努力が実って感激だったと思います。

その集大成な今作は、セックスワーカーの女性がおカネ持ちの若者に求婚されるという、一見するとシンデレラ・ストーリー。でもどんどん物語が加速的に転がっていき、“ショーン・ベイカー”お得意のノンストップな勢いで見境なく誰でも巻き込んでいきます。

『ANORA アノーラ』で主演を飾ったのは、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『スクリーム』などで存在を少しずつ示してきた若手の”マイキー・マディソン”。今作の大抜擢で一気に話題の若手筆頭にのし上がりました。本作についてはインティマシー・コーディネーターの導入の提案を断ったことで物議を醸したりもしましたが…The Mary Sue

他にもさまざまな人が自然体であちらこちらに登場し、この監督の持ち味であるドキュメンタリーっぽい生の雰囲気が楽しめます。

“ショーン・ベイカー”監督作を初めて観るという人も『ANORA アノーラ』からでもぜひどうぞ。

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『ANORA アノーラ』を観る前のQ&A

✔『ANORA アノーラ』の見どころ
★観る者を巻き込む勢いのよいストーリー・テリング。
★俳優陣の自然体な演技のアンサンブル。
✔『ANORA アノーラ』の欠点
☆セックスワーカーの描かれ方は賛否両論ある。

鑑賞の案内チェック

基本
キッズ 1.0
直接的な性行為の描写が多くあります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ANORA アノーラ』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

マンハッタンのとある高級ストリップクラブ。多くの女性ストリッパーが暗いクラブ内で客の男たちに体をみせつけて仕事をこなしています。そこにアノーラ(アニー)もいました。

アノーラは23歳のストリッパーで、ここでの仕事はすっかり手馴れており、誰よりも客を魅了。控室では休憩同僚と会話も弾み、どんどん稼ぐ気満々です。

そこに上司がやってきて、裕福なロシア人のイヴァン・ヴァーニャ・ザハロフという若者の相手をするようにと指示されます。アノーラもロシア系のアメリカ人なので、安易な依頼でしたが、これも仕事です。

そのイヴァンは初々しさがこぼれる人柄で、ロシア語で話しかけてくるも、そんなにロシア語が堪能ではないアノーラは英語で最初は語りかけます。それでも根負けしてロシア語で喋るとイヴァンは子どものように大喜び。「良い発音だよ」と称賛してくれます。

そしてアノーラはいつものように彼の上で体をくねらせ、サービスします。その後は店内でアルコールを一緒に飲みあい、ひたすらにイヴァンの会話に付き合います。

今日の仕事が終わると家に戻ります。ブルックリンのブライトンビーチに住んでおり、線路高架のすぐ近くの質素な家です。

しかし、落ち着く間もなくイヴァンから連絡が来ます。彼の邸宅に誘ってくれました。行ってみると、そこは立派な家で、室内も豪華で広々としており、イヴァンが場違いにみえるくらいでした。彼しかいません。2階のベッドルームも広く、眺めも良くてアノーラはあっけにとられます。

イヴァンはセックスが目的だとあっさり語り、アノーラもさっそく服を脱いで応じます。イヴァンも待ちわびたように全裸になってベッドに身を投げ、アノーラはまたがります。

それが終わると、ベッドの上でまったりと会話。相変わらずイヴァンは調子のいい口調です。自分はドラッグディーラーだ、銃ディーラーだ…とジョークを飛ばしつつ、父の話をします。彼の父はロシアの有名なオリガルヒであるニコライ・ザハロフなのだそうです。どおりでカネ持ちのはずで、イヴァンにとって富は生まれたときからいくらでもあるものでした。

それからアノーラはイヴァンの邸宅で、彼専属のようにサービスを提供し続けます。ご満悦のイヴァンはテレビゲームしながら、アノーラを話し相手に過ごします。

邸宅でパーティをした翌朝、イヴァンは1週間滞在サービスで15000ドルを支払う取引にあっさり同意してくれます

こうして職場のクラブにも話をつけ、家を出て、彼の邸宅に住み込み、ずっと一緒に付き合い続けます。豪遊の毎日でした。

その日々の中、イヴァンは唐突に結婚を申し込んできました。仕事ではなく、婚約。夫婦になるということ。

それは…本気?

この『ANORA アノーラ』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/03/03に更新されています。
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ロシアより愛をこめて

ここから『ANORA アノーラ』のネタバレありの感想本文です。

『ANORA アノーラ』の前半のストーリー、セックスワーカーの女性が裕福な男性と出会って恋に落ちる…というのは、いわゆる玉の輿の定型であり、『プリティ・ウーマン』などの代表作を思い浮かべます。

しかし、『ANORA アノーラ』の主人公のアノーラは、その『プリティ・ウーマン』の主人公と全然違っており、ステレオタイプなセックスワーカーのキャラクター像にはなっておらず、そこが良かったです。

大方のフィクションのセックスワーカーというのは、愚かだったり、世間知らずだったり、なんか妙に幼稚に描かれやすいです。もしくはやけにミステリアスで、謎のエロティックな雰囲気だけで超越している現実離れした存在か。そのどちらかでしょう。要は「エロいだけで他には何もない」みたいな人物に描かれやすいのです。

対するこのアノーラは序盤から徹底して労働者として描かれます。しかも、賢く、職場で働く有能なスキルがあります

イヴァンを相手にする際も、しっかり相手の要望を捉えて、的確にサービスを提供する姿が描かれ、アノーラの戦略的な仕事っぷりがみられます。一緒に豪遊しているときも、相手に合わせつつ、次は何を求めているのかを探る表情をみせ、常に仕事モードで頭を回転させています。

何よりもアノーラはこの仕事が好きでやっているのだろうということが窺い知れるのが、冒頭のオープニング。男性の眼差しのような撮り方でサービス・シーンが描かれることはなく、アノーラの表情だけをアップで固定して映すあのショット。このオープニングだけでこの映画の良さが伝わってきました。

対する客であるイヴァンは本当に愚かそのもので、明日のことも考えていない、その日を衝動のままに満喫しているだけの人間です。わざわざこんな設定にしているのも、アノーラの有能さを際立たせるためなのかな。

中盤からは物語のトーンが変わり、スクリューボール・コメディと化します。ここのパートは“ショーン・ベイカー”監督の真骨頂というか、本当にぐちゃぐちゃのてんやわんやになっていくのが面白いのですが、構図としてはアノーラというプロの仕事人に対して、別の仕事人がやってきて衝突するという「仕事バトル」になっています。

あのイヴァンの両親から命じられて派遣されるトロス、ガルニク、イゴールの3名は、こちらもこちらで仕事に徹しており、でもそんな極端に乱暴にも扱わない人間性の良さも滲ませます。ゆえに穏便にしようと配慮している感じのおかしさがでていて、ずっとシュールです。イゴールの「PLEASE! STOP! SCREAMING!」は本作の名台詞すぎる…。

これらのシーンは、双方で互角にやりあっている様相になっており、アノーラが一方的に蹂躙されているわけではないのも良かったですね。あの4人の夜のイヴァン探しの珍道中ももっと眺めていたいくらいです。

そして、本作のセックスワーカー以外のもうひとつのマイノリティ表象である「ロシア系」の当事者の苦労が浮かび上がってきます。アノーラも「娼婦」呼ばわりされたりと、偏見に晒されますが、あのガルニクやイゴールも「犯罪ギャング」みたいな扱いにされて偏見に晒されながら日々仕事しているのだろうなと察しがつきます。実際、あの2人やトロスは相当に真面目なんですけどね。トロスはイヴァンの未熟さを懸命に伝えようとするくだりはなんだか親戚のおじさんみたいだし、ガルニクは初登場時から水を飲んでいたのに(アルコールを避けている)だんだん滅入って現実逃避し始めるし、イゴールはラストといい常に心配してくれるし…。

イヴァンを含め、作中のロシア系の俳優はロシア人の当事者キャスティングになっています(トロスとガルニクはアルメニア系です)。ハリウッドはとにかくロシア表象は俳優起用含めて雑なことが常態化していますが、本作はそんなロシアやロシアに近い西アジア諸国にルーツのあるアメリカに住む労働者階級の人たちに優しい眼差しを送る映画でもありました。

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当事者の反応

では最初の論点に話を戻し、『ANORA アノーラ』は主人公の働き方がステレオタイプな描かれ方ではないのなら、セックスワーカーの作品として正確なのかというと…。

これに関しては当事者からいろいろな批評がされているので、そちらを紹介します。

Slateの記事ではクラブの雰囲気のリアルさを評価する一方で、セックスワーカー当事者による「どういうわけか表面的な部分しか描かれていないように感じた。セックスワーカーという職業のフェティシズムを超えることを期待していたが、残念ながら、私にはセックスワーカーが再び映画鑑賞のための目新しいアイテムのようになったと感じられた」という感想が語られています。終盤の展開を疑問視する声も目立ちます。

確かのあのラストのオチは余計な気がします。イゴールがかなりとってつけたような「セックスワーカーの女性の心に理解のある寄り添える男性」として活用されているだけですし、あの流れだと結局はアノーラの被害者としての側面が観客の印象に色濃く残りますし、まるでセックスワークという職業自体が失敗の原因みたいに捉えられかねません(監督はそう考えていないのはわかるけど、浅見しかない観客はそう早とちりするでしょう)。

終わりの涙は意図がちょっと掴み切れない困った演出でした。

『ハスラーズ』やドラマ『POSE ポーズ』みたいなセックスワーカーの女性たちの連帯で最後は締めてくれると良かったのですが…。“ショーン・ベイカー”監督も『タンジェリン』だと上手く同じ者同士が寄り合うオチができていたのに…。

セックスワーカーの喜びも描きたいけど、苦しさも描きたいという、両方のモチベーションが混ざり合って、結果、器用貧乏な完成形になったのか…。

『ANORA アノーラ』は監督の予想を超えてこの年の顔となる映画になってしまい、その副作用は大きく、実際に働くセックスワーカー当事者もこの映画の影響を否応なしに受けてしまうことになったでしょう。セックスワーカーのイメージがこれで固定化されてしまうというのも困った話です。これは映画というナラティブな媒体がマイナスな方向に作用してしまう典型的な事例になりそうで…。

本作を猿真似だけした映画とかいっぱい模倣されそう…。それだとたいていろくな作品になりません。

『ANORA アノーラ』を観た後だと、なおさらセックスワーカー当事者が作るセックスワーカー映画が観たくなりますね。それこそ必要な物語です。

『ANORA アノーラ』
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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関連作品紹介

セックスワーカーを主題にした作品の感想記事です。

・『Zola ゾラ』

・『ココモ・シティ』

作品ポスター・画像 (C)2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

以上、『ANORA アノーラ』の感想でした。

Anora (2024) [Japanese Review] 『ANORA アノーラ』考察・評価レビュー
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