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『哀れなるものたち』感想(ネタバレ)…魔改造フェミニズムの薦め

哀れなるものたち

魔改造フェミニズムの薦め…映画『哀れなるものたち』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Poor Things
製作国:イギリス(2023年)
日本公開日:2024年1月26日
監督:ヨルゴス・ランティモス
自死・自傷描写 DV-家庭内暴力-描写 性描写 恋愛描写
哀れなるものたち

あわれなるものたち
哀れなるものたち

『哀れなるものたち』物語 簡単紹介

風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスターの屋敷に、ひとりの奇妙な若い女性がいた。その名はベラといい、その言動はどうも年齢と一致せず、まるで生まれたばかりの赤ん坊のように支離滅裂であった。そのベラはずっとこのゴッドウィンの屋敷の手が届く範囲で過ごしていたが、しだいに外の世界に興味を持ち始め、言うことを聞かなくなっていく。そしてそれは大いなる成長の始まりであった。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『哀れなるものたち』の感想です。

『哀れなるものたち』感想(ネタバレなし)

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ヨルゴス・ランティモス、どこまでいく?

さっそくタイトルから入りましょう。

今回紹介する映画は、私が「2023年の映画ベスト10」の第1位に選んだ作品。アメリカでは2023年12月に一般公開で、日本では2024年1月26日に公開でしたが、東京国際映画祭で一足先にお披露目され、それよりもっと前のヴェネツィア国際映画祭ではコンペティション部門で最高賞の金獅子賞を受賞しました。

それが本作『哀れなるものたち』です。原題は「Poor Things」

開口一番で話題にしたいのが本作の監督。ええ、この人です。“ヨルゴス・ランティモス”…(ラスボス風の響きで)。私、たぶん、“ヨルゴス・ランティモス”のこと好きなんだろうな…(突然の乙女ゲーム的な告白の呟き)。

「天才」なのか、「奇才」なのか、「変態」なのか、それはわかりません。でもとにかくヘンテコなクリエイターです。

このギリシャ出身の監督の作る映画は奇妙キテレツ摩訶不思議。自らの才能を知らしめた初期作『籠の中の乙女』では、珍妙なルールで外界から隔絶された家族を描きました。次の『ロブスター』では、恋愛のうえ結婚しなければ動物に変えられてしまうという恐怖の独身ディストピアを描きました。題名からして意味不明な『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』では、怪しい少年に狂わされていく家族の姿を不気味に描きました。『女王陛下のお気に入り』では、英国王室の権力闘争を独特のシュールさで描きました。

その“ヨルゴス・ランティモス”監督の2023年の最新作『哀れなるものたち』。実は原作があって、スコットランドの作家“アラスター・グレイ”の1992年のゴシック小説なんですね。原作者は2019年に亡くなってしまったのですが、社会主義者であり民族主義者でもあった人物ということもあり、非常にその作家性は既存社会への反抗的な批評性を持ち合わせています。

その作家性がもともと異様に濃い原作を、『女王陛下のお気に入り』でも脚本を手がけた“トニー・マクナマラ”が脚色。

こうなってくると、今度こそはこの“ヨルゴス・ランティモス”監督の癖が薄まるんじゃないかなと思っていたら…やっぱり杞憂でしたよ。それどころじゃない。やってくれました。過去一番で“ヨルゴス・ランティモス”監督の創造性が溢れまくっています。この人の脳みそはどうなってるんだ…。

『哀れなるものたち』はまずジャンルを説明しづらいのが最大に厄介です。言語化できるのか…? 前情報無しでできる限り見て衝撃を受けてほしいのですけど、そうなるとネタバレせずにこの映画をどう紹介すればいいのかわからない…。

ジャンルを好き勝手にツギハギして遊びまくっているようにも思えますが、それでもしっかり一本の映画になっているのが凄い…。

“ヨルゴス・ランティモス”監督史上で特盛の大作になっているので、初めてこの監督の作品に触れた人はポカーンだと思いますが、まあ、そんなの気にしない監督なんで…。

私にとっては、“ヨルゴス・ランティモス”監督は脱“家族”規範だったり、脱”恋愛”規範だったり、脱”権力”規範だったり、そういう徹底した立ち位置が好みなんだろうな…と。

『哀れなるものたち』で圧倒的に釘付けにする演技を見せてくれるのは、『女王陛下のお気に入り』から引き続き監督と手を組む“エマ・ストーン”。確かにこれは主演女優賞の筆頭になるのはわかるな…。『クルエラ』と同じく今回もファッショナブルなので、個性際立つ衣装にも注目です。

共演は『ライトハウス』“ウィレム・デフォー”、MCUのハルク役や『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』“マーク・ラファロ”、ドラマ『ラミー 自分探しの旅』“ラミー・ユセフ”、ドラマ『メイドの手帖』“マーガレット・クアリー”『マクベス』“キャサリン・ハンター”『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』“クリストファー・アボット”『The Carmichael Show』で有名なコメディアンの“ジェロッド・カーマイケル”、ドラマ『L’Opéra』“スージー・ベンバ”など。

登場人物数は相当に多いですが、基本は“エマ・ストーン”の熱演に押されっぱなしの140分です。

ついてこれる人だけがついてこい…! その後は“ヨルゴス・ランティモス”監督の世界の余韻に浸ってのんびりしましょう。

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『哀れなるものたち』を観る前のQ&A

✔『哀れなるものたち』の見どころ
★監督の作家性が全開。
★俳優の怪演。
✔『哀れなるものたち』の欠点
☆癖が強すぎるので人を選ぶ。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:独創的な世界に飛び込む
友人 4.0:シネフィル同士で
恋人 4.0:恋愛要素はあるにはある
キッズ 1.5:生々しい性描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『哀れなるものたち』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):未完成な女性が旅立つ

ヴィクトリア朝のロンドン。とある屋敷で、ピアノを足と手で自由気ままに弾くひとりの若い女性。ベラという名ですが、その動きは散漫で雑であり、見た目の年齢のわりには幼さを覗かせます。たどたどしく喋れるだけで、まるで幼児です。

この屋敷では唯一無二の外科医のゴドウィン・バクスターと過ごしており、ベラは懐いています。

ある日、医学生のマックス・マッキャンドルはゴドウィンの助手になり、屋敷を訪ねてきます。そこで真っ先に皿を割りまくっているベラを目にして驚くマックス。ベラは勢いよくゴドウィンを出迎え、マックスを見ていきなり失礼に手を出してきます。マックスも突然すぎて反応できません。そんな無礼もベラ自身は何とも思っていないようで、くるくる回って楽しそうに振舞います。ベラ。ゴドウィンとマックスが解剖していると、傍にいたベラは刃物を手に近くの遺体を刺しまくって遊ぶなど自由奔放。

そんなベラをマックスは奇妙なものを見るように観察します。マックスはベラと根気強く語りかけ、交流を深めようと試みます。といってもコミュニケーションはなかなか成り立ちません。

馬車で移動しているとき、外に興味を持つベラ。人がいない森に連れて行くと、落ち葉にねそべって楽しそうです。

無害そうですが、癇癪を起こすと止められません。馬車内で絶叫し始めたときも、ゴドウィンが眠らせて大人しくさせていました。

そんなベラについて、ゴドウィンは真相を話します。

もともとは妊娠していたある女性が橋から飛び降りて自殺したことが始まりで、その女性の死体を回収した後、ゴドウィンは彼女の脳をまだ生きていた赤ん坊の脳と交換して復活させたというのです。こうしてベラは大人の体でありながら、赤ん坊の脳を持ち合わせるという、歪な存在としてこの世に立っているのでした。

まだベラの体と脳は完璧に接続できていないそうですが、それでも急速な成長を見せており、ゴドウィンは満足そうです。ベラの好奇心は止まりません。何でも興味を持ち、知識や経験として吸収していきます。

そのベラに同情を深めたマックスはゴドウィンの許可を得て、ベラと結婚することにしました。

しかし、そこに横やりが入ります。放蕩癖のある弁護士ダンカンがやってきて、ベラを大陸横断の旅に誘ったのです。

以前から外へ出たいと考えていたベラはこの魅力的な誘いにまんまと乗ってしまいます。そして屋敷の中では絶対に味わえない、外の刺激的なあれこれに触れていき、その感性をさらに爆発させていくことに…。

この『哀れなるものたち』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/03/09に更新されています。
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転生で始まるフェミニズムの異形

ここから『哀れなるものたち』のネタバレありの感想本文です。

ヴィクトリア朝の封建社会が色濃く残る世界において、男女のジェンダー構造も例外ではなく、そこにはめ込まれた女性が足掻いていく物語というのは定番です。舞台は違いますが、『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』など、そんな構造の中で女性の主体性獲得を描く作品はいくつもあります。

この『哀れなるものたち』もその類のカテゴリだと無理やり言い切ることはできるのですが、スタンダードなスタイルとはかけ離れています。上品さがないというか、徹底して“ヨルゴス・ランティモス”流の変態的ひねくれさに満ちているのです。

まずいきなり自死から始まります。これは普通に考えるとショッキングな導入なのですが、本作は不思議なことに悲劇性を醸しだしません。むしろここから新たな始まりが幕開けする。実質的に「転生」の物語です。

この歪な新生を遂げたベラ。構成としては完全に「フランケンシュタインの怪物」です。“ウィレム・デフォー”演じる外科医のゴドウィンがもうフランケンシュタインの怪物みたいな見た目をしているのですが、そのゴドウィンに作られたベラは「怪物に作られた怪物」。言い換えると「男に作られた女」です。

本作は「フランケンシュタインの怪物」の原作者“メアリー・シェリー”がその出自からフェミニズム史と深く関わりがあるように、この映画自体もフェミニズムをなぞっています。だいぶ異形のフェミニズムですが…。

当初のベラは本当にあどけなく、生みの親の男(ゴドウィン)の保護下にあります。彼女を純粋無垢と表現するのはあくまで男にとって無害である(コントロールしやすい)という話。マックスやダンカンといった第2・第3の男にしてみれば、外見の麗しさがあるから手元に置いておきたいだけでしょう。ベラの外見が犬とかだったら絶対に結婚はしないでしょうしね。

そのベラが旅の中で学んで成長していくと、男の都合がいいようには動いてくれなくなります。「一体どこに行き着くんだ?」と思うほどに我が道を突き進み始めるベラ。

最終的には己の転生前の人生の事実を知ります。サディスティックな夫に虐げられ、死へと追い詰められたかつての自分の苦悩。そしてベラは過去へと決着をつけ、自らの主体性を完全に勝ち取ります。

この一連の変化していくベラを巧みに表現していった“エマ・ストーン”の演技力、それを独創的に包み込むプロダクションデザイン(『ロブスター』といい動物の扱い方も最高)、現実と虚構を入り乱れさせるアートワーク…。全てに圧巻としか言いようがない他にマネできない完成度でした。

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アイデンティティのためのトランジション

私が『哀れなるものたち』で好きだなと思うのでは、身体と精神の捉え方です。

ベラは母の大人の体に、脳みそは赤ん坊のままで、組み合わさって成立しています。そして脳の成長と共にアイデンティティを獲得していく。本作はそういうアイデンティティ形成の過程を寓話的に描いているとも言えます。

その要素のひとつとして採用しているのが性生活で、相変わらず“ヨルゴス・ランティモス”監督の十八番である無味乾燥なセックスが今作でも幾度となく(変なBGMつきで)登場。セクシーさ皆無の性行為描写ですが、しだいにベラは自分の性を見い出します。

その通過点としてセックスワーカーになる姿が描かれ、本作はこれをネガティブに描いておらず、とてもセックスワーカーの権利を支持するタイプの方向性に持っていっているようにも見受けられます。

セックスワーカー業の最中に女性と自ら性関係をもって、最後のラストで一緒に屋敷でくろいでいたり、ちゃっかり自分の性のパートナーも得ていますからね。

こうしたことからも本作に通底するのは、身体とは副次的なもので、精神というアイデンティティの器にすぎないということ。周囲は身体にばかり目がいって、それを好き勝手に扱い、ときにそれで品定めし、陵辱しようとすることもあります。でも私が何者なのかは私自身の心が決めるのだと、ベラは揺るぎません。

物語が進むにつれ、ベラは独立性を発揮し、それに呼応するようにファッションなど見た目も自分で変えていっています。これは文字どおりベラのベラによるトランジションなんじゃないかな、と。

面白いのはそのトランジションを男性からの医療的な行為に依存せず、やがては自ら完結して成し遂げてしまうというベラの到達点ですよね。

だから本作のベラはその姿勢からしてものすごくクィアだと思います。クィア・フェミニズムですよ。

結果的に観終わってみると『哀れなるものたち』は『バービー』とプロットの大筋の骨格が似ているなとも感じました。両作とも、オモチャ(実験体)だった存在がジェンダー構造の中で自分のアイデンティティを見い出し、身体の枠を超えて己を定義づけられるようになるまでの寓話です。

『バービー』の私の感想では、明示的ではないけどジェンダーバリアントでトランスジェンダー・ナラティブな雰囲気があることを指摘しましたが、『哀れなるものたち』は医療行為が背景にあるぶん、より現実的なトランジションの設定に重ねやすい気もします(それでも相当に突飛な寓話だけど)。

ゴドウィンも庇護と知的自己満足いう医療行為の実践者であり、最後の夫アルフィーにいたっては極めて侵襲的な医療行為を押し付けようとしてきますが、いずれも家父長的な支配の延長です。『哀れなるものたち』が描くのは、そんな男社会が「俺たちの考える都合のいい女の身体になれ」と強要してくる世界に対する絶縁だったように思います。

でもここまでは私の解釈でしたが、『哀れなるものたち』は本当にいろいろな見方ができるほどに切り口も多いだろうし、切り刻みたくなる映画ですよね。こっちがいつの間にか解剖している側になっちゃってるな…。

私は“ヨルゴス・ランティモス”作品をバラバラにしているのか、“ヨルゴス・ランティモス”に私がバラバラにされているのか…。

この奇妙な感覚がまたたまらない…。“ヨルゴス・ランティモス”症候群になりそう…。

『哀れなるものたち』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 94%
IMDb
8.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
9.0
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関連作品紹介

第80回ヴェネツィア国際映画祭の受賞作の感想記事です。

・『伯爵』(脚本賞)

作品ポスター・画像 (C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved. 哀れなる者たち プア・シングス

以上、『哀れなるものたち』の感想でした。

Poor Things (2023) [Japanese Review] 『哀れなるものたち』考察・評価レビュー