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ドラマ『思うままの世界 As We See It』感想(ネタバレ)…本作こそがこれからのノーマルです

思うままの世界

自閉症スペクトラムを普通に描く…ドラマシリーズ『思うままの世界』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:As We See It
製作国:アメリカ(2022年~)
シーズン1:2022年にAmazonで配信
原案:ジェイソン・ケイティムズ
性描写 恋愛描写

思うままの世界

おもうままのせかい
思うままの世界

『思うままの世界』あらすじ

20代の若者であるジャック、ハリソン、ヴァイオレットの3人は平凡なアパートで共同生活を営んでいる。3人とも自閉症スペクトラムであり、マンディというヘルパーの助けも借りながら、それぞれの人生の難題に挑戦していく。就職、友情、親、恋…悩みはいくらでも尽きない。時にはお互いの助けを借りて、時には挫折を経験しながらも、各々が模索する独り立ちを目指し、一歩一歩前に進もうとする。

『思うままの世界』感想(ネタバレなし)

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自閉症のキャラを誰が演じるか

性別、ジェンダー、性的指向、人種、民族…そんな多様性(ダイバーシティ)は映画やドラマなどの映像作品業界でもすっかり当たり前に求められるようになってきました。現実ではまだまだ偏った内容で、多様にはほど遠いのですが…。

一方で今の時代でさえもあまり注目されない多様性もあります。

例えば、自閉症のキャラクターを自閉症ではない俳優、つまり「定型発達(ニューロタイピカル)」な人が演じてきたという問題はかねてからずっと指摘され続けてきました。

「定型発達」というのは英語で「neurotypical」とも呼びますが、発達障害でない人々を意味する用語のことであり、自閉症スペクトラム上にない人々のラベルとして広く用いられています。「健常者」という言葉の使用を避けるための意義もあります。

『僕と世界の方程式』(2014年)、『500ページの夢の束』(2017年)など、最近でもいくつもの映画にて、自閉症のキャラクターを自閉症ではない俳優が熱演しています。

つい近年だとSia(シーア)初監督作の『ライフ・ウィズ・ミュージック』(2021年)はかなり手厳しく批判され、酷評を受けました。この映画の場合は、自閉症のキャラクターを自閉症ではない監督ひいきの俳優に演じさせ、ミュージカル演出ありで、しかもなにせ監督があの超有名ミュージック・アーティストということで、反発も特別大きかったのだと思います。

従来では、ニューロタイピカルな俳優にとって自閉症の役を演じることは「挑戦」であり、「難題」であり、「俳優として評価されうる仕事」でした。

でも「そんなふうにマジョリティな人たちが自閉症のキャラクターを扱っていいのか?」という批判は年々強くなっています。「ニューロ・ダイバーシティ(neurodiversity)」を意識すれば、自閉症のキャラクターはより平等に扱うことが求められるはずです。当然、世の中には自閉症の俳優もいるのです。そうした当事者が演じる方がいいのではないか…。結局、マジョリティの人たちは「自閉症の人が演技なんてできるわけない」と本音では見下しているのではないか…。

2017年から配信されたドラマ『ユニークライフ(Atypical)』は自閉症スペクトラムを主題にしていながら、その上記の点で色々と批判もやはり受け、ややモヤモヤする作品ではありました。

そんな中、転換点となる作品が2022年に颯爽と登場しました。それが本作『思うままの世界』というドラマシリーズです。

原題は「As We See It」なのですが、本作は自閉症スペクトラムの20代の若者3人を主人公にしています。そして主人公含めて作中で登場する自閉症スペクトラムのキャラクター全員が当事者によって演じられているのです。これは本当に凄い光景で、今までのニューロタイピカルな俳優が幅を利かせていたのが嘘のようで…。しかも、主人公のひとりはアジア系の女性でもあるという…。なんか一気に既存の業界を吹っ飛ばしているので気持ちが追いつかない…。

まあ、とりあえずドラマ『思うままの世界』の素晴らしさはもう伝わったと思います。こういうのを革新性とは呼びたくない、もうこれが“普通”なんだということですよね。

製作規模としては小さいであろう本作がそれでも「自閉症のキャラクターを当事者が演じる」ということを実現できたこと。それは他のスタジオに対して「もう言い訳は通用しませんよ」という暗黙のメッセージになるでしょう。

そんなドラマ『思うままの世界』は、実はイスラエルの『On the Spectrum』というシリーズのアメリカ版のリメイク。そのドラマ『思うままの世界』の原案・製作総指揮・脚本を手がけるのは、ベテランのプロデューサーで脚本家でもある“ジェイソン・ケイティムズ”。ドラマ『ロズウェル – 星の恋人たち』で話題になり、フットボールを題材にしたドラマ『Friday Night Lights』でも評価されました。また、“ジェイソン・ケイティムズ”と言えば、『Parenthood』という作品でアスペルガー症候群のキャラクターを描いており、その繋がりでの『思うままの世界』での参加だったのかな。

ドラマ『思うままの世界』は「Amazonプライムビデオ」で独占配信中。シーズン1は全8話で1話あたり約29~39分と観やすいボリュームですので、気軽に鑑賞してみてください。

日本語吹き替え あり
清水はる香(マンディ)/ 中村章吾(ジャック)/ 中司ゆう花(ヴァイオレット)/ 藤原大智(ハリソン)/ 金城大和(ヴァン) ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:観やすいドラマです
友人 4.0:悩みを語り合える人と
恋人 4.0:ロマンス要素もあり
キッズ 3.5:性描写がややあり
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『思うままの世界』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『思うままの世界』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):3人の共同生活

アパートの入り口でガラス張りのドアの前で外に出るのを躊躇うひとりの男。「最終目的は就職よ」とそばにいるマンディという女性は声をかけますが、今、ハリソンにとっては建物の外から一歩踏み出すだけでも難題です。マンディは近くで電話で指示を出しており、一旦はやめかけたハリソンをまた外へ導き、彼はイヤホンをつけて一歩を前に進みます。外は刺激でいっぱい。横を通るスケートボーダー、ベビーカーを押した女性、けたたましい音のゴミ収集車…そしてハリソンにとって最悪の天敵が出現。です。犬に吠えられ、ハリソンはパニックになり、駆け足で戻ります。ワンブロック先のカフェに辿り着くのは難しい…。

一方、別の場所。会議に参加するひとりの男。ジャックは周囲で行われる複雑な会話に気が散りつつ、フレーズをぶつぶつと繰り返し、音を気にします。すると急に立ち上がり、うろうろ歩きます。同僚は上司をなだめてこの状況を無視するように言いますが、ジャックは「バカげている、プログラミングをわかっていない」と上司に口答え。さすがの無礼な態度に上司も怒り、「出ていけ」と言われてしまいました。ジャックは正確さを気にし、その「出ていけ」は部屋を出ていくことなのか、解雇という意味なのかわざわざ質問し、相手を余計に怒らせます。こうして就職先を失いました。

また、別の場所。ファストフード店で働くひとりの女性。ヴァイオレットはレジに来た客の男性に「素敵な目ですね、デートしましょう。ヤるのは3回目のデートからね」といきなりノンストップで喋り出し、一方的に赤裸々なナンパを実行。その男には横に妻がいて当然のように怒り出すのですが、店内が騒然となってもヴァイオレットは気にしません。彼女の頭の中にあるのは、理想的な男性とお付き合いして、性的関係を持って、幸せになること。店の従業員もそんなヴァイオレットの自由奔放な行動に振り回されるばかり…。

そんなハリソン、ジャック、ヴァイオレットの3人は自閉症スペクトラムであり、アパートで共同生活を送っていました。マンディは3人のヘルパーであり、ライフコーチです。色々な自立のための支援をしています。基本的には裕福なハリソンの両親の資金援助でこのアパート含めて成り立っていますが、マンディとしては医学部への進学を目指すという夢もありました。しかし、今もスマホにはデューク大学医学部不合格のメールが…。

家で涙ながらに愚痴るマンディ。彼女にはジョエルという恋人がいて、彼はバークレーで一緒に住もうと持ちかけてくれます。それでもマンディとしてはあの3人を見捨てる気持ちにもなれません。

当の3人は自由気ままです。

ジャックはロボット掃除機が何が何でも欲しく、そのためには給料は必須。細かく計算してあとどれくらい必要なのか割り出します。しかし、父のルー・ホフマンがガンだと判明し、父親の健康の心配も増えます。父も父でジャックのことが心配でした。

ヴァイオレットはデートアプリに必死。そんな彼女の兄であるヴァンは「軽い女に見られるぞ」ととにかく不安で仕方ありません。騙されるだけではないかと常に気にかけ、実際にヴァイオレットは悪い男に引っかかります。

ハリソンはアパートすらも出られず、最も自立からは遠い状態にあります。そんなハリソンは上階に住むAJという子どもと仲良くなり、2人でトランシーバーで会話するようになりますが、それが思わぬ大胆な行動を後押しします。

ある日、アパートに来たヴァンはヴァイオレットと口論。「お前はノーマルなんかじゃない!」と口走ってしまい、ヴァイオレットは床で泣きじゃくります。

そのとき、ジャックのロボット掃除機がセットアップ完了。何度もぶつかりながらそれでも少しずつ学びながら床を動くロボット掃除機。それはまるで自分たちのようで…。

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過小評価はしてはいけない

あらためて考えるのは、なぜ自閉症の俳優は自閉症のキャラクターの役として起用すらされなかったのかということ。そこにはおそらく自閉症スペクトラムの人が普段から受けている偏見がそのままあるのだと思います。協調性はないから集団行動が欠かせない撮影現場には耐えられないだろうとか、そもそも演技なんてできるのかとか…。もともとサヴァン症候群みたいに一点突破の人間離れした才能がある…みたいなイメージで消費されることもある自閉症スペクトラムの人たちですが、“普通”の日常には馴染まないという認識が社会には平然と存在しています。

確かにそうかもしれません。苦労は多いでしょう。できないこともあるはずです。

でもそれは自閉症スペクトラムだけの話ではないとも思います。例えば、どんな俳優でもいきなり「トム・クルーズみたいなアクションをやって」と言われたら、「え? いや、ちょっと待って…」となるでしょう。せめてトレーニングの時間はある程度必要だし、スタントに頼らざるを得ないこともあるし…。

要するに誰だって「できる・できない」のアビリティに幅があるのです。差異がある。自閉症スペクトラムの場合はその幅が少し典型的ではないというだけ。

つまり、自閉症の俳優もニューロタイピカルな俳優も、演技という仕事に一生懸命に取り組むのは同じであり、自分の「できる・できない」の範囲で最善を尽くしています。だから周囲の人間が勝手に「これはできないだろう」と決めつけるのはやっぱり論外です。

ドラマ『思うままの世界』の主人公3人を演じた“アルバート・ルテツキ”、“リック・グラスマン”、“スー・アン・ピエン”。3人とも素晴らしい演技です。

とくに個人的には猪突猛進型の恋愛脳なヴァイオレットを演じた“スー・アン・ピエン”はベストアクトでした。ちなみに“スー・アン・ピエン”本人は女性と同性結婚しています。

Collider」のインタビュー記事の中で“スー・アン・ピエン”は今回の役について「自分が経験したことを引き出せばいいので、とても簡単でした」と述べています。従来の定型な俳優が自閉症などの役をやるときに常に「難しい役でした」とコメントするのとはまるで次元が違います。

本作の演技を見ていると、こういう才能を過小評価していた今までの業界はなんとバカバカしいのかと思ってしまいますよね。

『思うままの世界』の良さはバランス。当事者にとってトラウマ的な体験を描く場面もあります。でもシリアスになりすぎない。必ずユーモアを交え、かといって当事者を茶化さない。ドタバタ劇の中で当事者の存在を表現することがダイレクトにエンパワーメントになっている。表象として理想です。

例えば、ヴァイオレットの性経験シーン。「性的同意は?」「コンドームは?」と周囲がパニックになる一方で、本人は体目当ての男だったことにショックで打ちひしがれる。下手な見せ方だとどシリアスになってしまうけど、本作はユーモラスな空気を混ぜている。結果としてトラウマポルノには陥りません。それでいて、世間の性的同意の議論は自閉症当事者を抜きに決定されているという構造を浮かび上がらせる真面目な問題提起の効果もあったり…。

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シーズン1:何が普通なのか

ドラマ『思うままの世界』は3人の主人公の自立に向けた成長の物語。同時に周囲の人との関わりも欠かせないです。3人の周りには助けてくれる人が複数いますが、全員が全員ひたすらにケアしてくれるわけでもありません。当然、サポートする側にだって人生がある。どう折り合いをつけるかがひとつの注目点です。

“スージー・ベーコン”(ソシー・ベーコン;あの“ケヴィン・ベーコン”の娘です)演じるマンディは大学へ行くまでの当面の生活費稼ぎとしてこの仕事を引き受けたようですが、すでにその多忙さに第1話の時点から滅入っています。では彼女はケア要員として搾取されているだけなのか。そう単純な話でもなく、マンディは彼女なりにこの3人との交流の中で自分の人生を開拓し始めています。

“クリス・パン”演じるヴァンは序盤で妹のヴァイオレットのスマホを取り上げるなど何かと過保護な点が目立ち、恋人のサリナからもその痛い部分を指摘されてしまいますが、シーズン1のラストではそれを反省。ヴァンはヴァンで自分にできないことがあることを自覚していく、そういうニューロタイピカルな人間側のエピソードとしても良かったですね。

主人公3人は“普通”になることが自立だと思っています。でも“普通”とは何だろうという疑問にぶち当たります。ジャックは自分が自閉症だとはバレていないと思っており、知り合ってキスまでした看護師のエワトミに身抜かれていることを痛感して動揺しますが、最後はそれもそれで良しとありのままを受け入れます。ヴァイオレットも“普通”の恋愛はハッピーエンドだと思っていますが、クソ野郎にあたることも“普通”だと学び、最後は演劇クラブのダグラスからの「ノーマルってそんなに大事?」の言葉にときめきます。ハリソンもAJの親や周囲から変質者扱いされるというかなり手痛い反応を外に出て味わい、親さえも引っ越すとわかり、心もぐちゃぐちゃになりますが、それでもここで生きるしか自分にはないと現実を受け入れます。

自分自身にとっての程よい着地点を見つけるのが人生なのかもしれない。それは自閉症であろうとなかろうと同じことで…。こうやって考えると本作の「As We See It」という原題も良いものです。自分の知覚する世界が結局は全てになる。

ハリソン、ジャック、ヴァイオレットの3人は3歩進んで2歩下がるのスピードで前に進み、次は何が待っているのか。マンディとヴァンの恋は3人にどんな影響を与えるのか。シーズン2も期待したいです。

『思うままの世界』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 93% Audience 100%
IMDb
8.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)Universal Television, Amazon Studios

以上、『思うままの世界』の感想でした。

As We See It (2022) [Japanese Review] 『思うままの世界』考察・評価レビュー