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『EO イーオー』感想(ネタバレ)…ロバはあらすじを語らない

EO イーオー

ロバはあらすじを語らない…映画『EO イーオー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:EO
製作国:ポーランド・イタリア(2022年)
日本公開日:2023年5月5日
監督:イエジー・スコリモフスキ
動物虐待描写(家畜屠殺)

EO イーオー

いーおー
EO イーオー

『EO イーオー』あらすじ

愁いを帯びた瞳と溢れる好奇心を持つ1頭の灰色のロバ。動物を愛する心優しきパフォーマーであるカサンドラのパートナーとしてサーカス団で生活していたが、ある日、サーカス団から連れ出されてしまう。そして辿り着いた地が次なる安住の場所とな烏かと思えば、それもままならない。予期せぬ放浪の旅へと繰り出すことになり、善人にも悪人にも出会い、人間社会の切れ端をロバはその瞳にじっと映していく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『EO イーオー』の感想です。

『EO イーオー』感想(ネタバレなし)

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ロバもあなたを見ている

「ロバ」「馬」…この2種類の動物の違いは何でしょうか。一般的には馬よりも体のサイズが小さいのがロバ…それくらいの認識度だと思います。

実はこの2種は生態も全然違っています。ロバは乾燥地域にもともと生息しており、過酷な環境に耐えうる生存力縄張り意識を持っています。単独で行動し、自分の陣地に入ろうとする敵対者がいれば、真っ先に前にでることもあります。対する馬は草原帯に生息し、群れを作る社会的な動物です。家族の絆を重視し、群れの仲間同士で協力し合うこともよくあります。

この違いをわかっていないゆえに、ロバは馬と乱雑に比較されて、役に立たないだとか、愚か者だとか、頑固であるとレッテルを貼られてきました。

ロバがあまり動きたがらないことがある、一か所に留まろうとしない、唐突に攻撃的な行動をとってくる…これらはロバの性質を考えれば至極当然のことです。ロバにはロバの行動の原理があるのです。

もちろんロバにも個体差があるので、個体ごとに性格も違ってはくるでしょう。ただ、こうやって動物によって考え方や行動の表し方が違うのだと理解すると、動物へのこちらの見え方も変わってくるもので面白いものです。

逆にロバは私たち人間や他の動物をどんなふうに見ているのか気になりますね。きっとロバのことですから、ロバにしか見えないものが見えているに違いない…。

そんなことを考えていたら、ぴったりの映画が登場しました。

それが本作『EO イーオー』です。

『EO イーオー』は、とある1頭のロバに焦点をあてており、そのロバの視点で物語が進んでいきます。と言っても別にファミリー映画とかではないですから、ロバがいかにも今っぽく口元がCGで喋っているように動き、コミカルに会話していく…とかそういう話ではありません。本当にあのリアルなロバそのままで、じっくりと物語が始まり、最後までロバ一色です。

以前にブタに焦点をあてたドキュメンタリーで『GUNDA グンダ』という作品がありましたから、それとアプローチは近いです。

ただし、この『EO イーオー』はロバ以外にも人間も登場し、話しかけてきたりと、ロバに接触してきますので、こちらの方がストーリーの推進力があると言えます。あくまで主人公はロバであり、そのロバは何も喋りませんが…。

なお、本作のタイトルは作中で登場するロバの名なのですが、ロバの鳴き声は英語圏では一般的に「heehaw(ヒーホー)」と表記されるので、それを意識したネーミングになっています。

この奇想天外な映画である『EO イーオー』を監督したのが、ポーランドの大ベテラン監督である“イエジー・スコリモフスキ”。1967年の監督作『出発』でベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞し、『早春』(1970年)、『ザ・シャウト/さまよえる幻響』(1978年)、『ムーンライティング』(1982年)、『ライトシップ』(1985年)、『アンナと過ごした4日間』(2008年)、『エッセンシャル・キリング』(2010年)、『イレブン・ミニッツ』(2015年)と、どんどん個性作を生み出しました。

その“イエジー・スコリモフスキ”監督の新作がロバ視点の作品だと聞いたときは「でもあの監督ならやりそうだな」となんだか腑に落ちるものがあったりも…。

それにしても“イエジー・スコリモフスキ”監督、2023年5月時点で85歳ですよ。元気に映画、撮ってるなぁ…。

“イエジー・スコリモフスキ”監督作品は初めてという人でもこの『EO イーオー』はいいんじゃないでしょうか。アート映画の色が濃いのはどのフィルモグラフィーでもだいたい同じだし…。今回はロバだから、開き直って観ればいいんです(なんだその納得のしかた)。

ロバがメインですけど、人間もでてます。ドラマ『Sexify/セクシファイ』“サンドラ・ジマルスカ”『ザ・キャビン 監禁デスゲーム』“ロレンツォ・ズルゾロ”『顔』“マテウシュ・コシチュキェヴィチ”、さらには『エル ELLE』でもおなじみの大物俳優である“イザベル・ユペール”まで…。“イザベル・ユペール”の出番はほんの少しですけどね。

『EO イーオー』を観れば、ロバのことがもっと好きになる…かも。当然、ロバと馬の違いがわからないなんてもう言わせません。

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『EO イーオー』を観る前のQ&A

✔『EO イーオー』の見どころ
★哀愁漂うロバの表情と仕草。
★ロバの目を通して見える人間社会風刺。
✔『EO イーオー』の欠点
☆かなり癖が強いので好みは分かれる。
☆動物虐待的な描写が複数ある。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:監督ファンなら
友人 3.5:ロバが好きなら
恋人 3.0:見やすいわけではない
キッズ 3.0:癖が強すぎるか
↓ここからネタバレが含まれます↓

『EO イーオー』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ロバはどこへ行く?

1頭のロバが倒れており、そのロバにひとりの女性が寄り添って優しく息を吹きかけます。すると 立ち上がってロバは躍動を取り戻します。

でもこれは演技。観客が一斉に沸きます。ここはサーカスのステージです。赤い服の女性は歓声に応え、カサンドラと紹介されます。そして次のパフォーマーが紹介される中、裏に引っ込みます。

ロバのEOはこのカサンドラとじゃれあっていました。顔を寄せ、優しく体を撫でてくれるカサンドラ。EOを唯一大切にしてくれる存在です。

それ以外でのEOの扱いは酷いもので、EOは重いゴミを載せた台車を引くように指示され、動かないでいると、鞭で叩かれます。その光景に怒ったカサンドラは文句を言いますが、乱暴にどつかれるだけ。

ゴミの堆積場を台車を引いて歩くEO。ゴミを降ろしている間、犬にやかましく吠えられ、逃げ場もなくじっとしているしかできません。

サーカスの場に戻ってくると、虐げられた動物の解放を求める活動家がデモをしてシュプレヒコールをあげていました。運営に問題のあったサーカスは閉鎖となり、ここにいられなくなった動物たちは連れて行かれます。EOもです。

カサンドラと離れ離れになってしまい、カサンドラは茫然と立ち尽くして見送るしかできません。EOを乗せた車は草原を走ります。たくましいたちが駆け抜けているのが見えます。

新しく完成した馬厩舎で、田舎臭い式典で祝われていました。EOの新しい居場所であり、呑気にニンジンを食べています。ここでは馬は自由に暮らしており、なんとも振る舞いも好き勝手。

EOはここでも荷物を引く仕事です。鞭で打たれることはありませんが、やっていることは地味な作業。一方、同じ小屋では、EOの横で馬が綺麗に体を洗ってもらっています。それを見るだけのEOです。自分を洗ってくれる人はいません。

翌朝、EOはまた荷物を引くために繋がれますが、白い馬が荒れており、思わず走り出してしまったEOはトロフィーの棚を盛大に倒してしまいます

ヘマをしてまたも用済み扱いとなったEOは、車で運ばれ、今度は貧しそうな農場の家に引き取られます。ニンジンも食べず、元気のないEO。ここは他にもロバがいっぱいで、人間の子どもたちと過ごす日々があり、穏やかでした。

しかし、森の中を子どもたちと一緒に進むと、そこは伐採が進んでおり、ところどころ剥げており、着実に周囲は破壊が進んでいました。

ある夜、カサンドラがEOを訪ね、誕生日にキャロットのマフィンを持ってきてくれ、「あなたの夢がすべて叶いますように」と温かい言葉をかけてくれます。男とバイクで来たようで、カサンドラは男とまた行ってしまいました。

EOは柵を壊して追いかけようと道路を進みだします。車が急に来たので、森の中へ。その森には多くの野生動物が棲みついており、闇夜で蠢いています。

そうこうしているうちにいつの間にかに迷い込んでいました。EOはあまり人影のない薄暗い街を闊歩します。水槽を泳ぐ熱帯魚を眺めていると、動物管理業者が捕獲をしようと忍び寄ってきます。EOは抵抗もできずに捕まえられますが…。

この『EO イーオー』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/01/06に更新されています。
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ロバの性質が垣間見えるドラマ

ここから『EO イーオー』のネタバレありの感想本文です。

『EO イーオー』はロバありきの正真正銘のロバ映画です。最近も『イニシェリン島の精霊』など、ロバが物語の演出として効果的に機能している作品もありましたが、『EO イーオー』はロバが主体。人間なんかは脇役です。

『EO イーオー』では1頭のロバがずっと出ずっぱりですが、実際の撮影では6頭くらいのロバを出演させているそうです。

そのロバの目を通して人間社会をシニカルに風刺していく…というのが本作の見どころ。このあたりは“イエジー・スコリモフスキ”監督作ではいつものことですね。

そんな『EO イーオー』ですが、主人公のロバをいかにもわざとらしく人間的に演出するようなことは極力しておらず、ロバの生態や行動を素直に反映し、素のままで本当に物語として展開しているかのように描いています。ここが本作の持ち味になっているなと思いました。

突拍子もない行動に見えるロバのEOの行動ですが、ちゃんとロバの性質に準じています。

例えば、サーカスから退去することになった後、EOは設備の整った馬の厩舎で働くことになります。このパートでは前述したとおり、ロバと馬の違いがよく表れています。しかも、ここの馬はいわばエリート中のエリートであり、カネを注ぎ込まれて大事に育成されている血統馬です。扱われ方の格が違っており、これがますますEOのロバとしての惨めさを浮き彫りにさせてしまっています。

全部人間が勝手に動物を格差ありまくりで区分けして接しているせいなのですが、心なしか馬さえもEOを嘲笑っているようにも見えてしまうくらい、自然な演出になっています。

続いて移された農家では、たくさんのロバが飼われており、これなら仲間もいっぱいいて幸せだろうとつい人間感覚では思ってしまいますが、ロバは群れを作って絆を重視する動物ではないので、これもまたEOにはそんなに魅力的には映っていない様子。結局、EOはカサンドラの姿を求めて柵を壊してあてもなく放浪することになります。

一般的に飼いならされたロバは1日約25マイル(約40km)移動でき、野生のロバは1日約15マイル(約24km)移動できるそうです。なのでシーンとしては具体的に説明されないのですけど、作中のEOも結構な距離を歩いていてもおかしくありません。マイペースですが、放浪映画にはぴったりな動物なのです。

こんな感じで『EO イーオー』はロバにしかできないような物語進行をさりげなくやっているんですね。

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ラストに辿り着く先

『EO イーオー』はロバを愛でながら観てもいいのですが、先ほども書いたように人間社会をシニカルに風刺しており、とくにアニマル・ウェルフェアや、エコロジカルな視点が前面にでています。

まず「動物の権利」活動家たちのデモが映されながら、動物を劣悪に扱っていたサーカスが解散されるところに始まり、でもロバのEOに安寧は訪れず、馬によって格差を見せつけられるだけです。

そして次の農家は子どもたちも優しく接してくれて一見すると楽園に思えますが、近くで森林伐採が行われ、破壊的な開発というものによって、その場が根こそぎ奪われようとしていることが示されます。

続いて森の中に迷い込むパートでは、EOは希少なオオカミが無惨に狩られる場に出くわし、毛皮工場で残酷に殺されていく動物たちも目にします。

また、サッカーの試合で負けたチームの逆恨みというかたちで、EOがボコボコに暴力を振るわれるという酷いシーンがありますが、あのあたりはヘイトクライムみたいにも重なる場面でした。

終盤では、ヴィトーという名前の司祭と一緒に継母である伯爵夫人の邸宅にお世話になるのですが、そこでは人間模様の修羅場が起きる中、EOはここにも落ち着くことはしません。

作中ではとにかくEOの居場所はないです。まあ、EOがどんな場所を望んでいるのかはわかりませんが…。カサンドラは完全に離れていったみたいですしね…。

本作はロバという題材をピックアップすることで「存在意義を他人に決められ、居場所を失って彷徨うしかない」…そんな人たちを暗示させるような語り口があります。

そのEOがあてどなく旅する中、最終的に辿り着くのは、多くの牛たちがぞろぞろと進んでいる場所。そこは食肉処理場です。牛たちは屠殺されるために列を作らされており、なぜかそこにロバのEOも混ざっているのが非常に異様な光景です。

そしてラストでは暗転したまま「プシュッ」と音だけが聞こえる。これは家畜を殺す際に用いられるボルトガンの音です。

EOも殺されてしまったのでしょうか。ロバは多くの地域で食用として扱われません。ロバを食べる文化があるのは、主に南米と中国くらいのようです。なので現実的にEOが食用のために殺されるとは考えにくいです。邪魔だから駆除されるという線も、ロバなので運搬に利用する使い道はあるはずですから考えにくいと思いますが、しかしEOは暴力事件のせいで怪我を負ったでしょうし、将来性無しと判断されたのか。

ただ、この『EO イーオー』はあくまで風刺なので、これはやっぱり「存在意義を他人に決められ、居場所を失って彷徨うしかない」という人たちの未来に待っている恐怖を描いていると解釈していいのかなと思います。それこそユダヤ人収容所の処刑だったり、奴隷制度だったり、LGBTQ排除だったり…(なお、ポーランドはLGBTQ差別が劣悪で、ヨーロッパの中でも最悪の国のひとつとなっています)。

個人的には“イエジー・スコリモフスキ”監督作の中ではわりとすんなり自分に当てはめやすい映画だったというのもありますが、動物映画としても誠実で良かったでした。

『EO イーオー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 67%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund

以上、『EO イーオー』の感想でした。

EO (2022) [Japanese Review] 『EO イーオー』考察・評価レビュー