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『500ページの夢の束』感想(ネタバレ)…私の物語はそのまま待機中

500ページの夢の束

私の物語はそのまま待機中…映画『500ページの夢の束』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Please Stand By
製作国:アメリカ(2017年)
日本公開日:2018年9月7日
監督:ベン・リューイン

500ページの夢の束

ごひゃくぺーじのゆめのたば
500ページの夢の束

『500ページの夢の束』あらすじ

施設で暮らすウェンディは「スタートレック」が大好きで、自分なりの「スタートレック」の脚本を書くことが趣味だった。ある日、「スタートレック」の脚本コンテストが開かれることを知った彼女は、渾身の一作を書き上げる。しかし、郵送では締め切りに間に合わないことに気づき、愛犬ピートとともにハリウッドを目指して無謀にも旅に出る。

『500ページの夢の束』感想(ネタバレなし)

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語りだしたら止まらないのがファン

「スタートレック」で好きなエピソードですか? えっと、そうですね…私はとくに『新スタートレック』シリーズがマイベストなのですが、イチオシは選べないなぁ…。それぞれのキャラにそれぞれの輝きがあちこちにあるのです。例えば、ウェスリー・クラッシャーというキャラは『新スタートレック』の艦隊中心メンバーの中では一番扱いが弱いかもしれません。いろいろ批判もあるし…。でも彼だっていいなと思える場面はありました。第41話「未知なるメッセージ」でウェスリーが惑星を調査するチームの指揮を初めて任されるのですが、そこで自分みたいな若い人間が自分より大人なメンバーに指示なんて出していいものかと悩むシーンがあります。あそこは画一的な優秀キャラという枠で見なされがちなウェスリーの素朴な内面が見えてすごくいいですよね。そんな迷える若者に対して周囲の者たちが与えるアドバイスがまた良くて…。スタトレらしい人材育成の哲学があそこにはギュッと凝縮されていると思うのです。あ、もちろんデータの登場場面は全部が最高です。映画版でも同じ。『スタートレック 叛乱』のラストでデータが子どもと遊ぶ行為を試しているシーンだけで人生は幸せになれます。そして、ピカード。私にとってピカードは師匠であり、メンターなのです。ほんとに。現実では良い手本に出会えない私も、でもピカードがいれば何も心配ないですしね。どれだけ多くのことを学んだことか…。いや、具体的に挙げるなら…。

え、あれ、オタク特有の早口ですごい長く語ってしまっている気がする。止まらなかった…。

航海を重ねてきた熟練のトレッキーには敵いませんけど、私も「スタートレック」は大好き。その想いはドラマ『スタートレック ピカード』の感想記事でも書いたのでそちらも読んでみてください。

とにかく「スタートレック」というコンテンツは歴史が長いだけあってとても巨大なファンダム(ファンのコミュニティ)を築いており、そのファン(トレッキー)にさえ興味深いようなドラマがあったりします。大袈裟でも何でもなく「スタートレック」がなければ今の科学の発展はなかったのではないか…とか。もう「オタク」に収まらない影響力になっているのがこの「スタートレック」です。

そして今回紹介する映画は「スタートレック」自体ではなくその作品をこよなく愛するファンのひとりを描いたフィクション物語です。それが本作『500ページの夢の束』

邦題はさっぱり意味不明ですが、原題は「Please Stand By」となっており、これは「スタートレック」でよく登場するセリフ(「そのまま待機」)を引用したもの。宣伝ポスターも海外版は、作品に登場するバルカン人が挨拶に用いる有名な手のポーズ(Vulcan salute)がデカデカと描かれているのですが…日本版ポスターは「スタートレック」成分がずいぶん除去されたなぁ…。やや複雑な心情…。

物語は「スタートレック」好きな自閉症の若い女性が脚本コンテストに提出する脚本を届けるために単身で旅に出るというロードムービーになっており、それほどマニアックでもないので、普通に「スタートレック」を一切知らない人でも楽しめる敷居の低さです。決してファン向けの範囲の狭い映画ではないのでご安心を。

原作があって“マイケル・ゴラムコ”の短編戯曲なのですが、原作者本人が映画でも脚本を担当しています。

監督は“ベン・リューイン”で、2012年に『セッションズ』という障がい者の性を扱った題材の作品で高評価を得ました。2018年には『The Catcher Was a Spy』というポール・ラッド主演のスパイ伝記映画を作っているのですが、日本では現時点で公開の気配がない…。

主演は、姉妹で活躍中の“ダコタ・ファニング”です。元気すぎる妹の影に隠れがちですが、最近も『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』など要所要所で鋭い演技を見せています。

他の役者陣は、『ヘレディタリー 継承』でひたすらに怖かった“トニ・コレット”(今作では怖くありません)、『スター・トレック イントゥ・ダークネス』にも出演していた“アリス・イヴ”(意図したキャスティングではないらしいですが…)、声優としても活躍する“パットン・オズワルト”(すごく大事なところで印象的に出てきます)など。

好きな作品があるというのは純粋に良いことだなと素直に思える、そんな心温まる映画です。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(前向きになりたいときに)
友人 ◯(気軽に観るのでも良し)
恋人 ◯(ほどよい感動を得られる)
キッズ ◯(自己肯定を与えるために)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『500ページの夢の束』感想(ネタバレあり)

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「私もチャンスが欲しい」

「光は目的地に着くまで何百年も旅をする。孤独な旅は続く。出会いを求めて。でも永遠に着かず家も見つからなかったら? 宇宙は広大で時間はあまりに長い。そして簡単に行方を見失いやすい」

「航海日誌;最後の記録。エンタープライズ号は破壊されたらしい。生存者はスポックと私だけ。運命は神のみぞ知る」

ベイ・エリア自立支援所。そこでソーシャル・ワーカーとして働くスコッティ・カイルは、施設内で暮らすそれぞれに問題を抱えている人たちに気楽に挨拶していきます。「ウェンディは?」と尋ねると、部屋にいると言われ、階段をあがって向かいます。

部屋では若い女性がノートパソコンになにやら文章をうちこんでいました。

ウェンディはスコッティと話をし、来週に姉のオードリーと面会することの準備に取り掛かります。ウェンディの方はなんだか気乗りしないようですが、「心配いらない」と落ち着かせます。普段、どんな日課を過ごしているのか、確認することに。起床に始まり、曜日ごとに色が決まっている服、街へ出てシナボンを売るアルバイトをしていること、そして午後6時に「宇宙大作戦(スタートレックの最初のシリーズ)」を見る…。何も不自由なく自立して生活できていることをアピールするために…。

ウェンディの姉オードリーは、今は夫と暮らし、ルビーという赤ん坊が生まればかり。亡くなった母親の家に住んでおり、その持ち物を処分していました。オルガンを外に出し、少し気の迷いがある様子。かつてウェンディと一緒に暮らしていた時のことを思い出したくなります。残っていたビデオを見ると、そこにはオルガンを一緒に弾いて無邪気に触れ合う姉妹の姿。しかし、世話をしてくれた母がいなくなり、オードリー自身も自分の家庭に専念したくなり、ウェンディを施設に預けてしまったのでした。

複雑な気持ちを抱えるのはウェンディも同じ。けれども今の彼女はあるテレビの映像に釘付けです。優勝者10万ドルの賞金が出る「スタートレック」の脚本コンテストのお知らせ。パラマウントへ2月16日までにご郵送ください…とのこと。それは1週間後。よし…ウェンディは決めました。

2月9日。シナボン作りのバイト中も脚本のことで頭がいっぱいなウェンディ。トレッキーな男たちに「スタートレック」クイズを出され、「オリジナル・シリーズのエピソード“宇宙軍法会議”でスポックが受賞したのは?」「バルカン星科学名誉勲章」「ドクター・マッコイの娘の名前は?」「ジョアナ」…とあっさり回答する間も脚本執筆モード。

やっとのことで脚本は完成し、スコッティに分厚い脚本を読んでもらうべく渡します。クリンゴン語にはあとで字幕を付けるからと残して。脚本のタイトルは「THE MANY AND THE FEW」

オードリーが施設に来ます。ウェンディでいつものように高速で編み物をしており、目は合わせません。ルビーの写真を持ってきたと言うオードリー。ウェンディはそれをもらい、私は叔母だと呟きます。そしていきなり脚本コンテストの話をし、賞金は10万ドルでママの家を売らずに済むと説明。私はルビーの世話も自分の世話もできると言い、一緒に家に帰りたいとまくしたてます。ただ、オードリーも一度に言われて困惑したので制止。するとウェンディは錯乱し、過呼吸になってしまいました。

完全に失意に沈むウェンディ。締め切りの2月16日は火曜日。今日は日曜日。日曜は郵便の集荷はない。月曜は祝日。その論理が示すのは…間に合わないと泣くしかない。

それでもふとバスで行けばいいと思いつき、意を決してバックに荷物を積め、冷蔵庫から食料を拝借し、外へ飛び出します。2月14日。真っ暗な中、肩掛け鞄にピートという犬のお供を入れて、ウェンディは未知の世界へ出発するのです。

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スポックと重なる主人公

『500ページの夢の束』は「スタートレック」を重要なパーツにしているわりにはそこまでマニア向けに偏った内容にはなっていません。

もちろんマニアだったら気づけるネタはあります。冒頭でも登場する岩地帯は「スタートレック」で有名なロケ地ですし、ソーシャルワーカーのスコッティという名前も「スタートレック」に登場するキャラクターに由来していますし…。

それでも全編にわたってオマージュが散りばめられているような密度の濃いファン映画にはなっておらず、前述したとおりの王道のロードムービーです。ゆえに「スタートレック」のこってりとしたマニアック要素満載を期待していた人はちょっと肩透かしかもしれません。“ベン・リューイン”監督もそんなに「スタートレック」に熱があるどころか、詳しいわけでもないらしく、かなりミーハー的な目線も感じられるやんわりした「スタートレック」愛ですね。

ただそのぶんウェンディという主人公の成長ドラマにしっかりフォーカスできているので良かったのではないかなと思います。

ウェンディは自分を「スポック」に重ねている節があります。一応、初心者向けに解説するとスポックというのは「スタートレック」を象徴するアイコンのようなキャラクターです。感情よりも論理性を何より重視するバルカン人という種族であり、その性格から他の艦隊のメンバーと何かと衝突してしまうなど、協調性に難があると見なされがちです。自閉症のウェンディは自分とスポックに近しいものを感じているようです。

ここで面白いなと思うのは本作はよくありがちなオタク同士がつるんでワイワイやっているだけの映画ではないということ。実際、作中でもトレッキー男子たちがウェンディに知識勝負で挑んでいますが、ウェンディは実に興味なさそうです。つまり、ウェンディは同じ趣味のオタク友達を欲しているわけではありません。

ウェンディが求めているのは自分で書いた脚本にも投影されているように「人間関係の空白への漠然とした疑問の答え」です。彼女は上手く人間関係を構築できないのですが、それをどう乗り越えればいいのかがわかりません。それはスポックと同じ悩みです。

しかし、旅を通してウェンディは感情を表に出す方法を学びます。カネを盗んだ相手に「ノートだけは返して!」と言ったり、郵送しか受け付けない相手に「どんなに苦労したか!」と訴えたり。

そして未知なる航海の途中で自分と通じ合える仲間(クリンゴン語を話せる警官)にも出会えます。意外なところに意外な共通項がある。それも人間関係の面白さ。

最後に姉との親交を取り戻し、ウェンディの航海はひとまず一旦終わるのでした。

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服が変わる、犬は変わらない

『500ページの夢の束』はロードムービーですが、そういうジャンルとして見たとき、なかなかに強引な展開も多く、かなり偶然に頼りすぎているのは本作の脚本の欠点ではあるのかな、と。

犬のピートが粗相をしたのでバスから降ろされ歩くことになるのは良いとして、店の人に騙されて18ドルも請求されたところを助けてくれたおばあさんの好意で、ケアホームの乗り物に一緒に同乗するくだりの突然の事故がやや急展開すぎるような…。それになんだかんだでウェンディはピンピンしていますからね。観客としてはあの高齢者たちの方がむしろ心配になってきますよ。

スコッティの息子であるサムの存在も物語に効果的に働いていたかと言えばあんまり…。「スターウォーズ」じゃない「スタートレック」だ…と基礎を母に教えるわけですが、それくらいスコッティもググって調べてくれよと思わなくもないし、そもそもなんでスコッティがそこまで脚本を把握しないとダメなのだろうか…。

パラマウントに届ける終盤のくだりもあまりタイムリミット感がないのでハラハラせず、もう少しサスペンスを出してほしかったかな。普通に車で送るなら、最初からそうしてよと思いますし、あそこは奥の手で間に合わせる“何か”一手を見せてほしかったです。ちなみにパラマウントがああいう「スタートレック」の脚本コンテストを実施したことはないそうです。

それでも演出として良いなと思う点もあって、例えばウェンディが着る服。月曜「オレンジ」、火曜「ラベンダー」、水曜「青」、木曜「水玉」、金曜「黄」、土曜「紫」、日曜「赤」…と曜日ごとにカラーが決まっていてそれはウェンディのルーチンワークへのこだわりを意味しているのですが、出発する日は日曜日なので赤いセーターで出ていきます。当然、曜日が変わっても赤のまま(途中で着替えますけど)。これはウェンディがルーチンワークを逸脱した、成長の証とも言えます。最後のエンディングでオードリーの家(実家)に行く際は、青と白の縞模様セーターを身に着けており、完全にウェンディが自立したことを暗示していて、さりげなくていいですね。

また、トレッキーの描写はたいていは男性が多いもので、実際は女性の「スタートレック」ファンも少なくないのですが、あまりこの手のファン描写では登場しません。そんな中、こうやって女性トレッキーを提示してくれたのは地味ながら嬉しいことです。

犬のピートは…本音を言えばもっと活躍してほしかったところですが(ラストで意地悪な受け取り拒否男に噛みつくくらいはしてもいいよね)、可愛かったので良しとする。というか、あの施設、犬は出入り自由なのか…。

作品を愛することは自分を肯定することにも繋がって本当に良いものです。「スタートレック」でなくてもいい、何かを好きになっていれば前に進む勇気が案外ともらえるものですね。

『500ページの夢の束』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 58% Audience 68%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2016 PSB Film LLC

以上、『500ページの夢の束』の感想でした。

Please Stand By (2017) [Japanese Review] 『500ページの夢の束』考察・評価レビュー