順調に…ドラマシリーズ『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:フランス・ベルギー(2019年~)
シーズン1~シーズン5:各サービスで放送・配信
原案:アレクサンドル・ド・セガン、ローラン・ブルタン
イジメ描写 恋愛描写
あすとりっどとらふぁえる ぶんしょがかりのじけんぼ
『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』物語 簡単紹介
『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』感想(ネタバレなし)
フランスのドラマが日本で人気に
今回はフランスの「自閉スペクトラム」(以前は「自閉症」という診断名)の歴史から話を始めましょう。
自閉スペクトラムと医学的にみなされてきた当事者は歴史上、差別と偏見を経験してきましたが、それはフランスでも例外ではありませんでした。
1960年代~1990年代にかけてフランスでは自閉スペクトラムは主に母親の子育てが不適切だったことが原因であるという説がまかりとおっていきました。これは「冷蔵庫マザー理論」と呼ばれ、当時の権威だった男性心理学者の“ブルーノ・ベッテルハイム”が広めました。要するに母親が女らしく愛情深く育てれば子どもは自閉スペクトラムになることはないという考え方です。
当然、この「冷蔵庫マザー理論」は現在の科学では否定されています。これは障害者差別と女性蔑視が入り混じった歪んだ偏見でしかありません。
現在、自閉スペクトラムの原因は明確にはわかっておらず、遺伝的もしくは環境的要因が複雑に絡み合っている可能性が指摘されています(ただ、ワクチンが原因であるという主張は完全に否定されているのでここでも強調しておきます)。
そんな過去があるので、2000年代はまず自閉スペクトラムの子を持つ母親の組織化によって権利運動が始まりました。
現在のフランスは自閉スペクトラムの正しい理解とサポートのために少しずつですが前進しています。
そんなフランスの自閉スペクトラムの道のりを知っていると、また味わいも別物になってくるのが本作『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』です。
フランスのドラマシリーズで、殺人事件を解決していくバディ捜査モノなのですが、その主人公のひとりは自閉スペクトラムとなっています。コンセプトとして「自閉スペクトラムの主人公を描く」という前提があり、その主題が一貫しています。
2019年からパイロット版が始まり、シーズン1が2020年に本国で始動。フランスでは人気のドラマとなったようです。
面白いのはこの『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』、日本でもファンを獲得したんですね。日本では「アスラファ」の愛称で親しまれています。日本でフランスのドラマが流行るのは珍しい現象です。NHKで放送されたことも後押ししたのかな…。
基本的に1話完結でひとつの事件を扱っていますので(数話にまたがることもある)、観やすい作品です。
後半の感想では、各エピソードの事件の詳細なオチや真相は扱わず、本作の自閉スペクトラムの表象の観点に絞って書いていこうと思います。
『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 自閉スペクトラムの当事者への差別描写があります。 |
キッズ | 殺人など暴力の描写があるので注意です。 |
『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
8000ユーロという高額を直接窓口で引き出しに来たリオネル・ルノワールは、その札束の封筒は駐車場のゴミ箱に捨て、そのまま屋上の車からガソリン携行タンクを取り出して自分に浴びせて火をつけます…。
パリ警視庁の警視であるラファエル・コストはルノワールの不審死を調べることになっていました。自殺にしては怪しいです。
ラファエルは先日は欧州議会議員を逮捕したものののやや強引な捜査姿勢は上司にとっては悩みの種で、それでも自分の信念を貫いていました。
さっそくルノワールの妻に会い、話を聞くも、彼女も死ぬ理由は思いつかないようです。ただし、大金を引き出していたとだけわかります。その意図は不明です。
2年前にダンケルクホテルで医師のドニ・ネドリーが浴槽で自死した事件も5000ユーロの大金が引き出されており、類似していると直感します。
そこで犯罪資料局に行き、過去の自殺や不審死とされた事件を調べることにします。そこで思わぬ有用な資料を運んできた記録保管係のアストリッド・ニールセンに興味が湧きます。彼女はかなり過去の事件に詳しく、類似性を即座に整理できる能力があるようです。
医師グラントの事件も今回の事件と似ており、もっと調べる必要があります。
ラファエルは息子テオの親権を失っており、たまに会えるだけですが、夫とはかなり仲は悪化。調べる時間はとれません。
するとアストリッドが訪ねに来ます。あらためて各事件の関連性が気になるようで、ラファエルは一緒に捜査しに行こうと誘います。
検視局で遺体を再調査してもらったところ、アストリッドの指摘もあってスコポラミンという毒物を検出します。
ところがルノワールの事件の現場にアストリッドもいたことがわかり、アストリッドは事情聴取を受けることに…。どうやら他の例の医師とも関連があるようで、12歳の時に自閉スペクトラムゆえに精神科病院に送られそうになった過去が関わっていました。これでは殺人の動機にすらなってしまいます。
犯罪資料局の局長で後見人のアラン・ガイヤールが駆けつけ、子どもの頃に犯罪調書でコミュニケーションをとれることをアストリッドの今は亡き父アンギュスは理解し、この職場に置かれたという経緯を話してくれます。
ラファエルはアストリッドを信頼し、カトレアという花に共通点を見いだしたと聞きだします
そして正式に一緒に捜査しようと提案し、2人はコンビを組むのでした…。
シーズン1:まずは社会の反省から

ここから『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』のネタバレありの感想本文です。
『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』は何と言っても主人公であるアストリッドという魅力的なキャラクターが作品を引っ張ります。
そのアストリッドは自閉スペクトラムで、それが作中の物語のメイン軸でも大きくクローズアップされ続けるわけですが、そのレプリゼンテーションはどうでしょうか。
本作の制作にあたって、作り手は自閉スペクトラムをステレオタイプに描かないように注意を払って取り組んだそうです。アストリッドを演じる“サラ・モーテンセン”は自閉スペクトラム当事者ではありませんが、リサーチは相当にして臨んでいるのは伝わります。ちなみに本作はイギリスで『ペイシェンスとビー ヨーク警察文書係の事件録』というタイトルでリメイクされているのですが、そちらの作品でアストリッドに相当する主人公を演じる俳優の“エラ・メイジー・パーヴィス”は自閉スペクトラム当事者となっています。
それで『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』のほうですが、確かに自閉スペクトラムの主人公としてネガティブなステレオタイプさはないと感じました。ただ、まあ、これまでの酷い表象と比較しての相対的な評価ではありますが…。
あえて言うなら自閉スペクトラムの主人公としてオーソドックスで、ポジティブなステレオタイプさはあるかもしれません。やや大袈裟というか、自閉スペクトラムらしさを詰め込みすぎている点はありますし、「自閉スペクトラムをキャラで表現するぞ!」と張り切りすぎなところは否めません。これは人工的にゼロから作ろうとすると陥るジレンマではありますけども。
名探偵のポジションなので傍から見れば超天才ですし、能力的な描かれ方に比重は置かれています。
ただし、「社会力向上クラブ」と呼ばれる自閉スペクトラム当事者のグループが本作に単調ではない味つけを追加していて、まずここが良かった点のひとつ。さまざまな当事者がいて、その連携がみられて…というのは新鮮です。
次にここが私が最も良かったなと思ったところですが、シーズン1ではフランスの自閉スペクトラムの歴史の反省の視座がある点ですね。
この記事の冒頭で説明したとおり、ひと昔前は自閉スペクトラムの原因は母親の子育ての失敗だという固定観念がありました。となってくると本作でアストリッドの母親がどう描かれるかはとても重要です。
本作ではアストリッドの母マチルドはアストリッドが幼い頃に家を出てしまっていましたが、マチルドが再び現れ、その理由が語られます。それは精神科医から母親の態度が原因だと事実上非難され、マチルドの兄も自閉スペクトラムでその母も疲弊して虐待的な態度をとっていたことで、マチルド自身も娘へ接するのが怖くなってしまった…というものでした。
つまり、まさに当時の女性差別と支援の視点の欠落…これらの犠牲者がマチルドで、本作はそんなマチルドのような実際に大勢いたであろう母親たちに頭を下げ、救い出す物語でもあったと思います。
アストリッド自身も学校から施設入りを薦められるも父親は拒否の姿勢をみせつつ、なんとか見つけた仕事場。父の死後、後見人のガイヤールからも死というかたちではありますが、自立を選び始めたアストリッドというラスト。閉じ込めるのではない…当事者が時代の鎖を振りほどき、主体性を取り戻す展開として誠実な出発点でした。
シーズン2:自分のペースで世界を広げる
『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』のシーズン2は、歴史上の差別的な背景と紐づいた鎖を振りほどいたアストリッドがさらに歩みを進めます。
前シーズンでラファエルとは「友達」となり、誕生日プレゼントをあげたりと微笑ましいシーンもあったのですが、シーズン2ではプライベートな秘密を語り合う「親友」にすっかり関係が深まっており、安心感のあるコンビなのがいいですね。
そのラファエルとシーズン2では、ヤクザから宇宙人誘拐疑惑(スレブレニツァの虐殺に繋がるのかよ!)、魔女火刑風の遺体、心筋梗塞を引き起こすパイプオルガン、ヘルメス文書の薔薇十字団まで、さまざまな奇妙な事件を謎解きしていきます。法医学のフルニエもアストリッドに知識面で存在感を奪われてややしょんぼりしつつ、なんだかんだでアストリッドとこちらもこちらで往年の良いコンビ感になってきているのがまた笑える…。
一方でいくつもの不規則な現場に順応するのは自閉スペクトラム当事者にとっては苦労も多く、アストリッドは豆粒で自分のキャパシティを測って試行錯誤している姿も印象的。
そんなアストリッドですが、このシーズンではよく通っていたタナカの日本店で出会ったタナカの甥のテツオからデートに誘われ、ベンチに座るだけのデートを繰り返す日々。前回は恋愛を理解できないと言っていましたが、まあ、理解のしかたは人それぞれですし、こうやってアストリッドのペースに付き合ってくれる人がいるだけで、恋愛という概念への身近さはまた違ってきますよね。
そして前回に登場した母マチルドとは顔を合わせての交流が始まります。母を「ニールセンさん」と呼び、他人行儀しいですけど、それもまたアストリッドのペースです。タングラム遊びが楽しければそれでいいですよね(ちなみに私もタングラム、得意です)。
アストリッドの物語としては劇的な変化はないのですが、自分のペースで世界を広げることの大切さが丁寧に描かれているシーズン2でした。
シーズン3:トラウマと向き合って
『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』のシーズン3は、アストリッドにとってなかなかに大きな難問に直面します。
ひとつは、「アストリッドの捜査関わりすぎ問題」が露呈し、今後は捜査に関与できないことになってしまい、苦肉の策で、司法警察員の試験に合格することを目標に設定するハメに…。それでOKなのか?と思わなくもないですけど、とにかくそれはアストリッドには一大事です。
警察学校に通うことになるわけですが、学校という空間はアストリッドにとっては子ども時代のトラウマの場所。また、事件捜査で精神科病院に行くことになり、そこもまたトラウマの場所で、このシーズン3は「トラウマと向き合う」ことがアストリッドのテーマになっていました。
アンヌ・ラングレ教官も根は良い人なのでなんとかなりそうだけど…。
それ以外だと、母もテツオも自分のスペースである犯罪資料局に招き入れているし、電話にも慣れてきているし、他者への受容力も大幅に上がってきています。
そんな中、テツオを「恋人」として認識し始め、当初は身体的接触は苦手なのでキスは無理だと素直に打ち明け、テツオもキスしなくても恋人になれると言って、2人の関係は結ばれていましたが、後半はアストリッドのほうからテツオの唇にキスをし、こちらでも苦手意識を克服。
最近は『ラブ・オン・スペクトラム ~自閉症だけど恋したい!』のような自閉スペクトラム当事者の恋愛リアリティー番組もあったりしますが、「恋愛すればとりあえずOK!」と安易にならず、ちゃんと向き合うべき社会の構造を意識することが大事だと思います。
自閉スペクトラムというのは要するに脳神経の発達の違いなわけですから、その自分の発達に合ったやりかたを見つけると同時に、それゆえに受けてきた社会的抑圧で埋め込まれたトラウマを除去する取り組みもまた大切なことで…。こういうトラウマに向き合う手伝いをしてくれる人ってなかなか巡り合えないんですよね。
ひとつひとつ恐怖を自信に変えていくアストリッドを見ていると、こちらも元気が貰えました。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)FRANCE TÉLÉVISIONS – JLA PRODUCTIONS – Be-FILMS – RTBF (Télévision belge)
以上、『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』の感想でした。
Astrid et Raphaëlle (2019) [Japanese Review] 『アストリッドとラファエル 文書係の事件録』考察・評価レビュー
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