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『7500』感想(ネタバレ)…飛行機ハイジャックを映画で戦慄体験する

7500

飛行機ハイジャックを映画で戦慄体験する…映画『7500』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:7500
製作国:オーストリア・ドイツ・アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にAmazonビデオで配信
監督:パトリック・ヴォルラス

7500

7500

『7500』あらすじ

それは突然のことだった。テロリストのグループが、離陸したばかりのベルリン発パリ行きの旅客機をハイジャックしようとする。一瞬でパニックになる機内。乗客と乗員の命を救うべく奮闘する、温厚なアメリカ人副操縦士。状況は緊迫し、一切の油断もできない膠着状態が続く。しかし、思いがけずにハイジャック犯人のひとりと心を通わせていくことになり…。

『7500』感想(ネタバレなし)

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その数字は飛行機では不吉

「squawk」という英単語は、鳥なんかがギャアギャアと鳴くことを意味します。鶏がコケコッコーと鳴くのも「squawk」ですし、ドナルドダックがワーワー怒っているのも「squawk」です。いかにもうるさそうな雰囲気が伝わってくる言葉ですね。

しかし、この単語が飛行機内で使われた場合は「うるさい」と一蹴してはいけません。なぜならとても大事なものだからです。

航空用語として「squawk code(スコークコード)」というものがあります。だいたいの航空機には「トランスポンダ」という装置が搭載されており、レーダー信号を送受信しています。スコークコードは航空機を識別する値のことで、航空機1機につき1つ、4桁の数字が割り当てられており、これをトランスポンダで発信し合って互いを確認しています。世界中でたくさんの飛行機が日夜飛び交っても安全なのはこのおかげですね。

けれども特殊な状況下になると特定の4桁の数値を発信する決まりになっています。例えば、無線機が故障した場合は「7600」、緊急事態発生を確認した場合は「7700」となっています。そして、もしハイジャックされたら「7500」を犯人にバレないようにこっそりと入力します。なので「7500」とスコークする鳥(飛行機)がいたら、それはもう1分1秒を争う危機的状態にあるのです。中で何が行われているやら…。それを知ると「7500」という数字は飛行機にとっては非常に不吉で嫌なものなんですね。

そんな「7500」がそのままタイトルになった映画『7500』が今回の紹介する作品です。

本作はそのタイトルなだけあって当然ハイジャックされた飛行機の物語。典型的な航空パニックサスペンスです。しかも本作の場合はとにかくリアリズムを追求しており、画面に目が釘付けになってしまうくらいの緊張感が最初から終わりまでずっと続きます。観終わった後は少し疲れますし、内容が詳細は言えないのですが、シリアスで重いので、あまり精神的にはよろしくない…(私も観終わった後はかなりげんなりしてしまった…)。でも見ごたえはじゅうぶんで面白いのは確かです。

エンタメジャンルではない、リアル系の飛行機ハイジャック映画は例えば『ユナイテッド93』などがありますが、『7500』は少し特殊で完全にパイロット(正確には副操縦士)の視点だけに特化した作りです。そのため没入感が深く、まるで自分もコクピットに一緒にいるような感覚に陥ります。

なるべくカットを挟まないような構成にもなっているので、体感的には『1917 命をかけた伝令』と同じようなワンシチュエーションでの体験型映画に近いものがありますね。こんなの実際には絶対に体験したくないですけどね…。

この特異な作品を生み出した監督が“パトリック・ヴォルラス”という人で、私は全然知らなかったのですが、2015年に『Everything Will Be Okay』という作品でアカデミー賞短編映画部門にノミネートされたこともある、ドイツ人のフィルムメーカーだそうです。この『7500』が長編映画デビュー作となります。ずいぶん難しい題材に挑戦しましたけど、これはこれで強烈な印象を与えるデビューになりましたね。

主演は“ジョセフ・ゴードン=レヴィット”です。『(500)日のサマー』『インセプション』など印象的な作品に次々と登場し、最近は『スノーデン』(2016年)で主演を務めました。『7500』では作品スタイルがこういうものなので“ジョセフ・ゴードン=レヴィット”の顔がずっと拝めます。ほとんど彼の一人芝居状態になっていくのですが、状況が進むと…というあたりはネタバレになるのでこれ以上は秘密。ともあれ“ジョセフ・ゴードン=レヴィット”のファンは絶対に押さえるべき一作です。

日本では劇場公開されずにAmazonオリジナル映画としてAmazon Prime Videoで配信されました。これはぜひとも映画館で鑑賞したかった作品なのですが、悔しい気持ちを抑えつつ、家でじっくり集中できる環境で観ましょう。あまり移動中の乗り物とかで観る作品ではないですからね。ましてや飛行機の中とかでは見られません。不安すぎます。機内上映もあり得ないですね。

なお、同名の邦題の映画があるので勘違いしないように注意してください。“ジョセフ・ゴードン=レヴィット”の出ている『7500』だと覚えておきましょう(この記事の上にAmazonの作品ページへのリンクを張っているので参考に)。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(じっくり集中体験すると良し)
友人 ◯(賑やかな気分にはならないけど)
恋人 △(かなり重たい空気になります)
キッズ ◯(大人の助言が必要だけど)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『7500』感想(ネタバレあり)

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「“目には目を”は世界を盲目にする」

ベルリンからパリへと向かう予定の飛行機、ヨーロピアン162便。空港で待機するその機体に客室乗務員とパイロットがぞろぞろ入ってきます。機長のマイケル・ルッツマンと副操縦士のトバイアス・エリスはコクピットに入り、いつもどおりの準備に。

コクピット内でトバイアスひとりになったとき、ひとりの客室乗務員の女性が操縦室に入ってきて親しげに会話をしだします。「早く園を見つけなくちゃ」「ドイツ人のいるところは嫌かな」…そんな他愛もないトーク。実はこの二人は結婚はしてませんが幼い息子がいるのでした。

機長のマイケルが戻ってきます。トバイアスはアメリカ人らしく、ドイツ語は得意ではありません。操縦士になって10年、トバイアスもなかなかに経験を積んでいます。

さっそく搭乗開始。乗客がどんどん入ってきて席に座っていくのがドアから見えます。

そして最終確認。そのとき荷物だけの客が二人いると報告があり、荷物を出すか、待つかの選択を迫られますが、機長は荷物を下ろすと判断。しかしほどなくして乗客が来たので何事もなく。

搭乗完了し、機長は機内アナウンスをします。滑走路の指示を受けつつ、動き出す飛行機。その途中、コクピットのドアの前を映すモニターに客室乗務員が映り、機長のスイッチ操作でドアを開けます。「機内食のオーダーを」と乗務員に聞かれ、各自答えます。

ついに離陸許可。スムーズに離陸。乱気流でガタガタと揺れますが安定したフライトの出だしです。

揺れも収まり少し静かになったので、ベルトサインを消します。また上のモニターには客室乗務員が立ちあがったのが見え、カーテンをしめて作業に取り掛かっていました。

乗務員がコクピットに食事を持ってきました。その瞬間、怒涛のようにコクピットに乗り込んでくる男たち。トバイアスは反射的に侵入者が張らないように全力で相手にタックルし、ドアを閉じて押しだしました。しかし、ひとりだけ侵入し、トバイアスがドアを抑えている間に、機長はその男に腹を何度も刺されます。トバイアスは消火器でその男を殴り気絶させました。

急いでトバイアスは操縦桿を握り、機体を安定させます。モニターからは犯人が乗客たちのいるエリアをハイジャックしたことがわかります。

機長のマイケルは「着陸させろ」と指示。マイケルは話せるが動けそうにないです。トバイアスは「7500発生」と管制塔に伝え、数人の男にコクピットを襲撃されたと報告。その間にもドアをドンドンと激しく犯人たちが叩き、突破しようとしています。

気絶させた男が目覚めたので、蹴りつけて再び気絶させたのち、縛り上げます。トバイアスは肩を痛め、さらにタックル時に負傷したので出血。それでもなんとか動けない機長の代わりに行動しようとします。

管制塔から連絡が入り、ハノーバー空港へ向かうことと、ユーロファイター(戦闘機)が18分で護衛に入ることが伝えられます。

自分の手当てをしつつ、マイケルを見ると返事がありません。痛みに呻きながらもマイケルを席から降ろして心臓マッサージを実行。呼び掛けながら人工呼吸もします。しかし…。

トバイアスは管制塔に機長が死んだことを報告しました。悲しみに暮れるしかできない重い空気。

これで悲しみは終わりではありません。ここからトバイアスはさらなる絶望と緊迫の中で孤軍奮闘することになり…。

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「見る・見ない」というサスペンス

『7500』は最初の序盤も序盤は「お、これは飛行機大好きな子にはピッタリじゃないか!」なんてお気楽に思って観ていました。パイロットのお仕事っぷりがわかるし、ひとつひとつマニュアルどおりに作業していく感じといい、業界裏側を知れてちょっとした職場体験気分

カメラがずっとコクピットにあり、固定カメラではないですけど、パイロット二人に密着してくれているので、余計に潜入取材させてもらっている感覚になります。

しかし、それは突然終了。何が職場体験気分だと言わんばかりの理不尽な凶行。え、私、何か悪いことしました? 普通にお仕事見ていただけですけど…。この一気に映画の空気感が変わる演出が本当に上手く、こっちの観客側もあっけにとられます。実際のハイジャックもこうなのだということをまざまざと見せつけてきますね。

ただその事件の前の職場体験気分な序盤の時点でもちゃんと伏線は張られています。冒頭、監視カメラの映像が映り、後にハイジャック犯であるとわかる男たちが映っています。でもこの時点ではとくに怪しいわけでもなく、他の客たちと何気なく混ざっている、完全にモブ扱いの描写になっているんですね。ここも後から考えると怖い場面だなと思います。

そして離陸前の準備シーン。ここでは主人公であるトバイアスと機長のマイケル、そしてパートナーの客室乗務員の女性。それぞれの関係が最小限描かれると同時に、しっかりドアを開けるための仕組みとか、モニターの存在を強調しており、見せ方が巧みです。

さらに離陸した後に、ベルトサインが消え、客室乗務員がカーテンをシャッと閉じ、乗客席が見えなくなる。この“見えない”世界が生まれるのがまた地味にスリルになります。本作はこの「可視できるかできないか」というのがとても重要なサスペンスのパーツになってきます。

例えば、最初に人質をとられてドアを開けろと言われるシーンでは、犯人のカウントダウンが進む中、トバイアスは見ていられなくてモニターを切ります。で、次にモニターを映し出したとき、先ほどの人質は床に転がっており、トバイアスは絶望することに。

今回のシチュエーションではコクピットにひとりの侵入を許してしまい、機長は殺害されるも、基本的にはまだコントロール下にあります。つまり、乗客は一切無視して空港に着陸すればよかったわけです。おそらくそれが「手順」のはずでしょう。

しかし、トバイアスは“見てしまう”。好奇心と正義心が知らず知らずのうちに危険へと誘い込んでくる。そういう嫌な心理の罠を巧みに表現していたと思います。

結果、トバイアスは今度は自分の妻を人質にとられ、完全に我を失って独断行動に出たあげくに失敗し、そのよそ見の最中にコクピット内で目覚めた男(キーナン)にコントロールを奪われるのですから。見なくていいものを見てしまった、見るべきものを見なかった…その過ちが状況を悪化させます。

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監督の才能の進化を見続けたい

『7500』は後半からは展開が変わり、ハイジャック犯人グループのひとりで一番若いヴェダットという男の葛藤が主軸になり始めます。

ここでは今度はヴェダットの“見なくていいものを見てしまった、見るべきものを見なかった”が物語展開を左右することに。

ヴェダットは同じ犯行グループのスキンヘッド男(ダニエル)がどんどん人を殺してしまう凶行を目撃してしまい、動揺をしまくってしまいます。そして見るに堪えかねて仲間を食い止めることに。あげくに操縦桿を握ったキーナンの首をガラス破片で刺して殺してしまいます。

ここでトバイアスとの間に奇妙な連帯が生まれることに。別に信頼し合っているわけでもなく、トバイアスも助けがないと怪我しているので着陸させられないからこのヴェダットに協力を求めただけです。ここでは状況がひっ迫しているので互いを見ている余裕もありません

しかし、着陸後、互いを探るように見つめ合うことに。見つめ合い、語り合うことで、なんだか上手い具合に信頼関係を築きそうな空気になります。ところが、ヴェダットは見なくていいものを見てしまう。スマホで流れるハイジャック事件を伝えるニュース、母からの電話が鳴るスマホの画面、そしてコクピット窓の向こう。窓に近づけば撃たれることは予測できそうなものなのに、ヴェダットもまた好奇心と不安に負けて“見てしまった”。見ることでやっぱりヴェダットにも不幸が訪れます。

部隊が突入し、トバイアスがコクピットから連れ出されるとき、また見たくないものを見てしまいます。そして誰もいなくなったコクピットではスマホだけが鳴り、それを見てくれる者は誰もいません

こういう「見なきゃよかった…」とか「見ればよかった…」という後悔は誰にでもあるもので、それをハイジャックという最悪の事件環境でも普遍的に適応して描きだす本作の鮮やかさはお見事でした。“パトリック・ヴォルラス”監督、確かにこれは光る才能があるのかも…(まだ一作目なので何とも言えないのですけど)。

当然、主演の“ジョセフ・ゴードン=レヴィット”の名演もサスペンスを引き立てていました。やっぱり上手い俳優さんだなぁ…。

もちろん題材自体がとにかくセンシティブですし、一歩間違えれば単にイスラム教&ムスリムへの憎悪を煽る作品になりかねないのですが、本作はかなりそういうナショナリズムからは引いた作りになっているのでそこまで気にならないのかなと思います。あえて言うならトバイアスのパートナーをトルコ系にするというあたりで、多少の言い訳にしている感じが若干鼻につくのもなくはないですかね。そう言う意味ではこの映画からは犯人グループのここに至るまでの動機が全然見えこず、私たちはその“見えていないもの”にこそ一番目を向けないとダメなんだろうなとは感じました。

“パトリック・ヴォルラス”監督はサスペンスに関して安易なジャンル化に頼らずに展開していけるだけの才能を証明したので、今後もいろいろな舞台で活躍していってほしいです。きっとこれだけの力量があれば、ありきたりなネタでも見違えるように面白くアレンジできたりできると思います。その“パトリック・ヴォルラス”監督のクリエイティブの行く末には私も“見る”のを忘れないようにしたいところです。

『7500』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 65% Audience 71%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)FilmNation Entertainment

以上、『7500』の感想でした。

7500 (2019) [Japanese Review] 『7500』考察・評価レビュー