2人の関係は永遠に未解決のままで…映画『別れる決心』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2022年)
日本公開日:2023年2月17日
監督:パク・チャヌク
性描写 恋愛描写
別れる決心
わかれるけっしん
『別れる決心』あらすじ
『別れる決心』感想(ネタバレなし)
パク・チャヌク監督、どこまで登るのか
“パク・チャヌク”の映画の時間だー!
そんなおやつタイムに群がる子どもの気分。でもしょうがないんです。このおやつは6年ぶりなので…。
韓国の奇才として世界的に絶大な評価を獲得している監督“パク・チャヌク”。1992年に『月は…太陽が見る夢』で長編映画監督デビューし、韓国軍と北朝鮮軍の兵士の密かな友情を描く『JSA』(チョコパイの映画としても話題)が韓国で大ヒット。ここまでならよくある韓国国内で大成功した映画監督の通常ルートです。
しかし、“パク・チャヌク”はここから別格に駆け上がっていきました。2003年に『オールド・ボーイ』でカンヌ国際映画祭において韓国映画として初となるグランプリを受賞して世界の注目を集め、以降は世界レベルのステージで活躍。『親切なクムジャさん』(2005年)、『サイボーグでも大丈夫』(2006年)、『渇き』(2009年)と強烈な映画を連発し、2013年には『イノセント・ガーデン』でハリウッドデビューを果たしました。
そして2016年に『お嬢さん』で世界の批評家を絶賛させ、キャリアも一気に最高潮へと到達。私もあの男社会の中で愛憎を渦巻きながらも女同士の連帯を描き切った『お嬢さん』の世界観は、唯一無二のインパクトがあって今も脳裏に焼き付いています。“パク・チャヌク”監督作の究極であったんじゃないかな…。
その衝撃の映画体験からもはや6年以上が経過。“パク・チャヌク”監督の映画とはすっかりご無沙汰している状態になっていました。実は“パク・チャヌク”監督はこの間にBBCとドラマを作っていて、その『リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ』(“フローレンス・ピュー”主演)も好評だったのですが、日本ではWOWOWで放送されていただけだったので、あんまり目立ってなかったんですよね。
で、2022年になってようやく待望の“パク・チャヌク”監督の最新作映画がお披露目となりました(日本では2023年に劇場公開)。
それが本作『別れる決心』です。
英題は「Decision to Leave」。結構普通に直訳してきたな…。
今作『別れる決心』は“パク・チャヌク”監督自身も「大人のための映画です」なんて言っているとおり、少し毛色が違います。と言っても、今までも散々R指定で大人の内容だったじゃないか!って話なのですけど、“パク・チャヌク”監督作品の特徴として挙げられやすい「サスペンスの中に色濃く染みるバイオレンスとエロス」は今回は控えめ。ヘンテコさも際立っていません。
本作『別れる決心』は、ひとりの刑事の男と容疑者となった女のロマンティックなサスペンスとなっています。“パク・チャヌク”監督的には「恋愛」を腰を据えて向き合っているということなんでしょうけど、やっぱりそこは“パク・チャヌク”監督で一筋縄ではいかぬ恋愛模様です。この監督は以前からずっとこういう一風変わったリレーションシップを描いている人ではあるんだけど。
バイオレンスとエロスは控えめと書きましたけど、それはあくまで“パク・チャヌク”監督の既存のフィルモグラフィーの中で相対的に比較したらそうであるという話なのであって、他の平凡な映画と比べたら、尖った演出が盛沢山です。まあ、最初から最後までずっと殺人事件を扱っていますからね…。物語の土台には終始、残酷という本質が埋まっているようなものです。
過去作と比べるとビジュアル的なインパクトは低いのは確かに事実ですが、本音が見えにくい複雑に入り組んだ人間の感情が交差するドラマは相変わらず。今回も「これはどんな展開に落ち着くんだ」とずっとハラハラドキドキするでしょう。
何度も繰り返し観て、反芻しながら自分の解釈を見つけたくなる映画なんじゃないかな。
『別れる決心』の俳優陣は、『神弓 -KAMIYUMI-』『王の願い ハングルの始まり』の“パク・ヘイル”、『ラスト、コーション』『レイトオータム』の“タン・ウェイ”、『つぼみ』『軍艦島』の“イ・ジョンヒョン”、『ソウル・バイブス』の“コ・ギョンピョ”、これが映画出演デビューとなったコメディアンの“キム・シニョン”など。
『別れる決心』も世界的に高評価で埋め尽くされ、カンヌ国際映画祭コンペティション部門では監督賞を受賞して、“パク・チャヌク”監督のキャリアを不動のものとさせました。米アカデミー賞にはノミネートされませんでしたけど、外国語映画の部門はそもそも世界の傑作が集結しぎていて競争が熾烈ですからね。
ロマンティックな映画ではありますが、さすがにデート気分で観る作品とも言い難い『別れる決心』。邦題からしてカップルがこの映画をわざわざ観に行くというのはなかなかに勇気あるなと思いますけどね。
でも別れることも時には大切。この映画みたいな別れ方はしなくていいですけど…。
『別れる決心』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :監督ファンも注目 |
友人 | :サスペンス好き同士で |
恋人 | :デート向けではない |
キッズ | :やや性描写あり |
『別れる決心』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):捜査の始まりは付き合いの始まり
射撃訓練場で刑事の男2人が並んでいました。ひとりはチャン・ヘジュン。ベテランであり、仕事一筋でどんどん手柄をあげており、同僚からも最も昇進に近い人間と認識されていました。もうひとりのスワンはそのヘジュンの部下です。「最近、殺人事件が多いな」と会話しながら、それでも捜査はあまり進展しておらず、ヘジュンは「俺たちでやるしかない」と張り切っていました。
ヘジュンは仕事ばかりでほとんど家に帰っておらず、たまに家に帰ると妻のアン・ジョンアンはお隣から離婚するのではと心配されたと言います。原子力発電所で働いている妻との数少ないひととき。しかし、それも殺人事件の発生の連絡でまた終わりです。
今回は男性が山頂から転落死する事件でした。死体はイヤホンをつけており、明らかにクライミングをしていたと思われます。ヘジュンはさっそく自ら崖を登って調べ、現場にあった身分証からキ・ドスという名であることがわかり、ウイスキーも見つかります。この犠牲者は入国審査官として勤務していたようです。
犠牲者の妻ソン・ソレが遺体安置所に来ます。夫の死を予期していたような口ぶりで、不自然な態度。中国人女性だそうで、ヘジュンは「韓国語が上手ですね」と見つめます。
検死の結果、遺体の体には不審な点もあり、ソレと対面して話を聞きます。遺体の写真を見せても、意味深なことを語り、笑ってみせるソレ。
今回の事件は事故ではなく殺人、それも容疑者はソレなのではないかと誰しもが疑いを持ち始めていました。
スワンと張り込みをしながら、あのソレを双眼鏡で監視。スワンは介護の仕事をしており、注射も打てます。
ソレのDNAを採取することにし、またも話を聞きます。夫とは喧嘩したそうで、「私は山が嫌いで海が好きです」とソレは語ります。被害者の爪からはソレのDNAが検出されており、疑惑は深まるばかり。韓国語を話す自信が無い時に笑ってしまうとソレは説明します。
取調室で一緒に豪華な寿司を食べるソレとヘジュン。とりあえず今日は解放することにします。
一方、別件で別の男を捜索していたヘジュンはネットカフェで該当者を発見したと知らせを受け、現場に向かい、ヘジュンはへろへろになりながら追いつきます。ナイフをだしてくる相手に、果敢にナイフを押さえつけ、殴り倒して確保。それをソレは車から見つめていました。
後にソレは中国で高齢の母にフェンタニルを与えて死なさせてあげたと自供。とは言え、それではソレの今回の夫殺害の確証にはなりません。ソレには事件の時刻にアリバイもありました。
また、夫は脅迫を受けていて自殺したとソレは語り、難民支援のかなり悲惨な実態も明らかになります。遺書も見つかったことから、ヘジュンはこの捜査をまだ怪しい点はあるものの打ち切ることに決め、「君はもう容疑者じゃない」とソレに告げます。
しかし、ヘジュンとソレの付き合いは続き、一緒に出かけたりするようになり始めます。ソレは捜査の仕事に集中しすぎているヘジュンを案じるかのように、その仕事から離れることを促します。
ところが、ある日、ヘジュンはソレの夫の死の件で、ある事実に気づいてしまい…。
ロマンティック? メランコリック?
『別れる決心』の主人公である刑事のチャン・ヘジュン。仕事一筋でワーカホリックなくらいですが、彼は言ってしまえば、鬱状態にある男性です。
このような鬱状態にある男性を描いたメランコリックな映画と言えば、最近も世界的に称賛された『マイ・ドライブ・カー』がありましたが、ある種の国際的な東アジア映画における流行りなのでしょうかね。
『別れる決心』でも鬱状態にある男性は仕事ばかりに陥るなど、その描写はなかなかにリアルだとは思います。しかし、今回の場合は少しややこしいです。
なぜならこの主人公ヘジュンの仕事は刑事であり、捜査をするからです。つまり、信頼できない語り部ではないですけど、この映画の物語がヘジュン視点で進み、ヘジュンの捜査が軸になる以上、ミステリーとして非常に信用性は無くなります。映像においてもどこまでが事実を客観的に描いているのかわからなくなりますからね。
それがこの『別れる決心』の物語を観客に読み取りづらくさせており、終盤の真相発覚にも繋がるのですが…。本作はこの混乱をとても上手くサスペンスに活用していました。
ともかく序盤からヘジュンはかなり辛そうです。礼儀正しく清廉な見た目と、周囲からの評判の良さとは裏腹に、ヘジュンの精神的疲労は相当なものなのでしょう。
そのおそらく結構限界状態にあるであろうヘジュンがソレという容疑者の女性と出会う。これ以降、ヘジュンは彼女を捜査しているのか、彼女に恍惚となっているのか…すごく曖昧な状況に陥ります。
双眼鏡で監視しながら、ソレの傍にいるようなトリッキーな演出も挿入されるのですが、これもヘジュンが不眠症ということを考えれば、ヘジュンは起きながらにして夢を見ているとも解釈できるわけで…。そうやって考えるとこのヘジュンのヤバさがなおさら際立ちます。寝てくれ、休んでくれ…と言いたくなる…。
こういう深刻さを抱えるヘジュンに対して、最も職場で近くにいるスワンのような男性では全く無力になっているのも印象的ではあります。警察組織がこんな男性をケアできることを期待なんてできないのは当然ですが…。
恋愛とは鬱のようなものである
その中で、ヘジュンに対面するソレという存在。彼女の真意は極めて読みづらいですし、観客の解釈に大きく委ねられます。
ソレは自己の利益のために直情的に行動する女性だったのかと言えば、そうでもないと考えることもできます。とくにヘジュンに対しては、彼を利用したのではなく、むしろヘジュンがソレを利用することを受け入れたとも読み解けたり…。
ソレは常に男性に何かを与える役割を果たしていて、それは時に死かもしれませんし、眠れないヘジュンには眠りを与えるかのようです。決して受け身ではなく、かなり主体的に動き回る女性像でした。母方の祖父は朝鮮半島の独立運動家という背景もあったり、ソレ本人も行動的でしたね。リアルな女性像というよりは、象徴性を帯びた女性像ではあるけど…。
それにしてもこの『別れる決心』、こんなクライミング映画だとは思わなかった…。めちゃくちゃ登りまくるんだもの…。
話を戻すと、ソレは鬱状態にあるヘジュンの「自覚できない心境」に寄り添います。そして終盤ではこれは恋愛であったのであるとヘジュンに語りかけます。当のヘジュンはそこまで認識しておらず、ソレに言われて自分はそこまでの愛を口にしていたのかと驚きます。
ここも多層的なプロットで、本作は恋愛というものを鬱のようなものであると受け取っているようにも見えますし、鬱であるくらいなら恋愛と解釈すればいいじゃないかと諭すようなトーンにも思えてきます。ロマンティックな強迫観念とも言うべき、甘美で残酷な囁きですかね。
なので私はこの映画は「愛っていいよね~」みたいな恋愛に規範的に陶酔するのではなく、かなり恋愛批評として痛烈な作品なのだろうと感じました。
結局、ソレは第2の事件が巻き起こる中、己の心中を明かします。本作は録音とか通訳アプリとか電話ごしとか、直接的ではないコミュニケーションが多用されるのも特徴ですね。これも本心は見えないけど、そもそもコミュニケーションはこんなあやふやさを有しているものであるのかもしれない…。
アンチクライマックス的な終わり方なのかなと思ったら、ラストは“パク・チャヌク”監督のアプローチ全開でした。ソレのあまりにも衝撃的すぎるオチ。砂浜に穴を掘り、そこに身を置き、潮が満ちて海中に沈んでいく。そしてその砂浜の上に立ち、ソレを必死に探すヘジュン。
ただ、このラストのシーンは、同時にとても絵画的な構図になっていて、“パク・チャヌク”監督のビジュアル的なこだわりがまた凄いです。前半の山を象徴とした死に始まり、映画の幕引きはプールから海での死で終わりを告げるなんて、随分と流れがいいじゃありませんか。死を飾りつけするならこの監督の右に出る者はそうそういないな…。
気になるのは、鬱というものを題材にしながら、ここまで芸術的とは言え、悲壮感のある物語にしてしまうのはやや鬱の当事者のことを思うと忍びないなとも思ったり…。“パク・チャヌク”監督のアート性あっての成立のしかたではありましたね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 87%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED ディシジョン・トゥ・リーブ
以上、『別れる決心』の感想でした。
Decision to Leave (2022) [Japanese Review] 『別れる決心』考察・評価レビュー