流れているように見えなくても…映画『キャドー湖の失踪』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にU-NEXTで配信(日本)
監督:セリーヌ・ヘルド、ローガン・ジョージ
きゃどーこのしっそう
『キャドー湖の失踪』物語 簡単紹介
『キャドー湖の失踪』感想(ネタバレなし)
キャドー湖で迷わないように
今日は世界の自然散策のお時間です。
今回のスポットは…じゃん! アメリカ南部のテキサス州とルイジアナ州の州境にある「キャドー湖」からお送りします。
このキャドー湖、名前の由来はアメリカ大陸の先住民でこの地に昔は住んでいた「キャドー族」に由来しています。当然古くはネイティブアメリカンの人たちが暮らしていたのですが、植民地化が進み、白人が居住するようになると商業開発が活発化。川船港として栄えるようになります。
しかし、水位が下がってしまい、港としての賑わいに影を落とします。ところが、1900年代初めに石油が発見され、今度は油井掘削で繁栄します。
こうして開発が進んだことで、このキャドー湖は自然破壊も進行してしまいます。ちなみにこのキャドー湖は、日本人が想像するわかりやすい「水域がデンとある」感じの湖ではなく、「バイユー」と呼ばれる湿地帯の中にある湖であり、水域が森を這うようにあちこちに広がっています。ラクウショウなどの水辺に特化した木々が無数に生え、まるで天然のダンジョンです。
こうした環境は多様な生態系を構築し、豊富な野生生物が生息しています。アメリカムシクイのような鳥から、ヘラチョウザメのような珍しい魚まで。
この豊かな自然を保護しようと、州立公園に指定され、今は自然探索観光が地域の看板になりました。トレイルを歩いてハイキングもできますし、パドルで迷路のような複雑な水辺を水上探検することもできます。ちなみにアメリカアリゲーターも生息しているので、不用意に近づかず、餌を与えず、もちろん攻撃もせず、尊重して見守ってあげてください。観光客の人はあくまでゲスト。この自然にお邪魔している立場です。
キャドー湖、どうでしょうか。行きたくなりましたか?
でもこの映画を観ると、もっと違った印象になるかもしれません。
それが本作『キャドー湖の失踪』です。
本作はキャドー湖を舞台にしているのですが、物語は…どこまで言っていいものか…。ジャンルも言及してしまうとネタバレになるし、なるべく前情報無しで観るのがいいと思います。
少なくとも事前に言えるのは、2人の主人公がいて、キャドー湖の地域である出来事が起き、人生が交錯していきます。
最初はシンプルな語り口ですが、いつの間にか意外なほどに複雑なストーリーテリングになっていくので、ちょっと腰を据えてじっくり鑑賞したい作品です。
キャドー湖のロケーションの雰囲気も非常に作品にマッチしており、タイトルになっているだけあって、活かし方が上手いですね。
この『キャドー湖の失踪』を監督&脚本で手がけているのは、“セリーヌ・ヘルド”と“ローガン・ジョージ”のコンビです。この2人は2017年ごろから短編で頭角を現したクリエイターで、2020年に地下で暮らす母親とその子を描いた『Topside』で長編映画監督デビュー。批評家から高い評価を受けます。
その才能に惚れ込んだひとりがあの“M・ナイト・シャマラン”であり、自身のドラマである『サーヴァント ターナー家の子守』のエピソード監督にも起用しています。
本作『キャドー湖の失踪』でも、“M・ナイト・シャマラン”が製作に加わっており、クリエイターを大切にしてくれるシャマランらしいですね。
“セリーヌ・ヘルド”&“ローガン・ジョージ”は、ドラマ『ダーク・マター』でもエピソード監督を務めており、もうここまで書いちゃうと少し察せると思うのですが、SFスリラーに手慣れています。ということは『キャドー湖の失踪』も…。
ただ、“M・ナイト・シャマラン”と違って大味ではなく(別にシャマランをバカにはしてませんよ?)、とても繊細で丁寧な心情描写が持ち味なので、“セリーヌ・ヘルド”&“ローガン・ジョージ”を知らないという人も、『キャドー湖の失踪』を観て「こういうタッチの人なんだ…」と実感してもらえれば…。
『キャドー湖の失踪』で主演するのは、『メイズ・ランナー』シリーズや『ラブ&モンスターズ』の“ディラン・オブライエン”と、『ベイビーティース』や『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』でも名演をみせていた“エリザ・スカンレン”。
本国アメリカでは「Max」での独占配信でしたが、日本では「U-NEXT」での配信となっており、劇場公開されていません。映画館で観れたらキャドー湖のあの環境に迷い込んだ気分になれて臨場感があっただろうにと思うのですけどね。
マイナーで目立たない映画ですが、好きな人は「いい映画を見つけた」と嬉しくなる、そんな『キャドー湖の失踪』をぜひどうぞ。
『キャドー湖の失踪』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :好きな人は気に入るジャンル |
友人 | :自由に語り合って |
恋人 | :一緒に静かに鑑賞 |
キッズ | :子どもには地味か |
『キャドー湖の失踪』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
気がつけば車は水没していました。パリスは水中で溺れそうになりながら意識を取り戻しますが、隣にいる母を動かすことはできません。母を置いて水上へと浮上するパリス。頭上には今しがた橋から車が落下したであろう事故の生々しい惨状が広がっています。そして自分にはもうなすすべもなく…。
母親を失ったパリスは現在はルイジアナ州とテキサス州にまたがるキャドー湖一帯での土木の仕事に従事していました。今もあの母の死亡に繋がった事故が忘れられません。なぜ事故が起きたのか、その理由を考える日々。発作で運転を誤ったと言われていましたが、発作が起きた理由も釈然としません。
パリスはボロボロのトレーラーハウスに犬と住んでいます。そこへ赤毛の元恋人が訪ねてきます。気まずい空気です。2人は一時は家庭を築く気満々でしたが、例の事故でパリスは塞ぎ込んでしまい、関係は希薄になっていました。元恋人の女性は関係を修復するつもりがあるようで、心が沈んだままのパリスを彼女は慰めるも、パリスはまだ救われません。
一方、ティーンエイジャーのエリーは8歳の義妹アンナと共にキャドー湖周辺の町で暮らしていました。ここに住んでいれば小舟の扱いもお手の物。妹にボート操縦を教えながら、湖を自由に進みます。
アンナとは年齢は離れていても仲が良く、今日は前歯を抜いてあげました。ある時間帯、水辺の近くでワニの死体を子どもたちが見つけているのを目撃。そのワニは下半身が鋭利にバッサリと切断されており、不審に思いながらも水に捨てます。
エリーには赤毛の母親と義父ダニエルがいるものの、家では浮かない顔です。エリーの父親はエリーが産まれて間もない赤ん坊の時に姿を消し、まだその幻影を忘れられません。なので義父を受け入れられないし、新生活を始めている母が許せないのです。
その母と口論になり、エリーはその日は友達の家に泊まります。その翌日、友人の家に泊まったエリーが起床するとアンナが行方不明になったことがわかります。誰も手がかりを知らず、母も義父も大慌て。エリーも何が何やらで混乱するばかりです。
警察による一斉捜索が行われ、住民も総動員で探しますが、全く見つかりません。
母にキツイ言葉をあびせられ、ショックを受けたエリーはひとりで船をだし、水辺の森の中へ探しに行きます。
そしてある地点に足を踏み入れた瞬間、奇妙なことが起きます。
またパリスもキャドー湖のある地点で不思議な現象を体験していました…。
キャラクター関係の整理
ここから『キャドー湖の失踪』のネタバレありの感想本文です。
はい、ネタバレをしますよ。映画を観ていない人はこれ以降は読まないでください。読んでから観ても面白いことはないですから。鑑賞中に「どういうこと?」と頭が混乱して情報を求めにきたという人は、まあ、読んでもいいですが…。
『キャドー湖の失踪』はパリスとエリーという2人の人物の視点を交互に描きながら物語が進みます。一見すると同じキャドー湖一帯に暮らしているので、同時期の同じ場所で2人の視点が描かれているだけのように思えます。
でもそれはこのプロットの巧みなミスリードであり、実際は錯覚です。
エリーが義妹のアンナが行方不明になって必死に探していると、キャドー湖の森の沼を歩いていたとき、ある一定の地点に立ち入ると違和感を感じます。そこで判明するのは、この場所を通り抜けるとタイムスリップするということ。本作はタイムトラベルものでした。
ここから一気に物語と人間関係は複雑さを増します。整理しましょう。
本作は、1952年、2003年、2005年、2022年の4つの時代が登場します。当初のパリスは2003年の時代の人で、当初のエリーは2022年の時代の人です。パリスは1952年にタイムスリップした後、2022年に行きつきます。エリーは1カ月前に時間移動した後、2005年にタイムスリップし、また2022年に戻ってきます。
そして問題はアンナでめちゃくちゃ複雑な人生を背負っているキーパーソンです。
2022年の少女アンナは1952年にタイムスリップしてしまい、そこで大怪我を負うも、たまたま居合わせたパリスに助けられ、その時代の人たちに保護されてそこで人生を送ることになります。そしてパリスを産むも、2003年に交通事故で橋から転落して溺死。パリスはセレステという女性との間に子ができ、その子はエリーです。
つまり、アンナはエリーの祖母であり、パリスの母。そして、パリスはエリーの実父。エリーが嫌っていた義父ダニエルはひいおじいちゃんということですね。
こうやって整理しても頭が「?」と混乱しかけますが、まあ、「血縁関係ないと思ってたらガッツリ血縁者だったよ!」ってことで…。近親相姦にならないような設定になっているあたりが配慮を感じるけど、わりとギリギリの危うさはある…。
こういうある自然の場所に行くとタイムトラベルができて、そのせいで複数の時代をまたがって家族関係が複雑に入り乱れているという設定は、この手のジャンルでは珍しくないですし、ドラマ『ダーク DARK』とかを思い出します。
『キャドー湖の失踪』はスケールがそれほど壮大ではなく、基本はひとつの家族で話がまとまっているので、これでもわかりやすい部類ではありますね。
地域の自然と歴史が自己認識を塗り替える
『キャドー湖の失踪』もタイムトラベルものにありがちな矛盾というか、ツッコミどころ、都合のよさはいくらでも指摘できます。
ただ、この映画の良さは、やはりキャドー湖というロケーションの活かし方だと思います。それが本作を非常に上質に仕立て上げているなと感じました。
例えば、前半はパリスとエリーが同じタイムラインにはいないということが伏せられているのですが、よくみると、ちゃんと同じ場所でも風景が違っていて(エリーの時代では朽ちているなど)、間違い探しのように発見することができます。どことなくエリーの時代のほうが観光地化が進んでおり、パリスの時代よりも活気がありますしね。
そしてタイムスリップの発動場所となるあの場所も雰囲気がでています。やっぱり湖はミステリーに合いますね。あり得ないとはわかっていても、あんなアクセスしづらいピンポイントにタイムスリップできる場所があるなんて、まるで本当にダンジョンの仕掛けみたいでワクワクします。
さらに上手いのがタイムスリップする条件。どの時代に時間移動するのかはランダムらしいですが、あくまでタイムスリップは水位が低いときだけ存在し、水位が再び上昇するとタイムスリップが閉じるようです。
このキャドー湖はこの記事でも冒頭で説明しましたし、作中でもさりげなく触れられますが、時代によって水位が上下してきました。降水量だけでなく、土地開発の影響やダムの管理によって水位が変わっています。
なのでおそらくタイムスリップして辿り着ける時代もある程度限られてきますし、実際はそれほど縦横無尽に自由にタイムスリップできるわけでもないのでしょう。
要するにこの地域の歴史と自然の賜物なわけです。結果、タイムトラベルものとして、妙な郷土愛的な後味を残す映画になっていました。
作中で何度も自然(それは野生生物で示されたりする)が強調されていましたが、このタイムスリップもこの地特有の自然の営みなのであり、人間というちっぽけな存在にはどうしようもできない自然の摂理である、と。
私なんかはラストで真相を知ってなお元の時代に戻っても気持ちを切り替えているエリーの精神力はすごいなと感心してしまうのですけども、この地で生きる人間の逆らいようのない運命を知り、そこにあらためて生を実感するという境地は、あれだけの体験をすれば身につくのかもしれない…。
エリーを演じた“エリザ・スカンレン”の迫真の演技がまたずっと目を離せない魅力がありました。今作の最優秀俳優です。
こういうアメリカの田舎を描く作品は宗教色をだして地域の支え合いの輪を描くことがほとんどですが、こんなふうに大自然を全面に打ちだして「人は気づかぬうちに支え合っている=孤独は感覚的なものであって認知でいくらでも変わる」と鼓舞するような味わいを残せるのはなかなかないかな…。
私は「ヒトには抗えない“大いなる存在”としての自然」を描く作品が好物なので、本作『キャドー湖の失踪』は個人的に波長の合う好きな映画でした。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Max キャドーレイク キャド湖の失踪
以上、『キャドー湖の失踪』の感想でした。
Caddo Lake (2024) [Japanese Review] 『キャドー湖の失踪』考察・評価レビュー
#タイムトラベル