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『カセットテープ・ダイアリーズ』感想(ネタバレ)…音楽がクソな現実を吹き飛ばす

カセットテープ・ダイアリーズ

音楽がクソな現実を吹き飛ばす…映画『カセットテープ・ダイアリーズ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Blinded by the Light
製作国:イギリス(2019年)
日本公開日:2020年7月3日
監督:グリンダ・チャーダ

カセットテープ・ダイアリーズ

かせっとてーぷだいありーず
カセットテープ・ダイアリーズ

『カセットテープ・ダイアリーズ』あらすじ

1987年、イギリスの田舎町ルートン。音楽好きなパキスタン系の高校生ジャベドは、閉鎖的な町の中で受ける人種差別や、保守的な親から価値観を押し付けられることに心底嫌になりながらも逃げ場もなく、鬱屈とした思いを抱えていた。しかしある日、ブルース・スプリングスティーンの音楽を知ったことをきっかけに、彼の人生は新しい音色とともに変わり始める。

『カセットテープ・ダイアリーズ』感想(ネタバレなし)

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ブルース・スプリングスティーンとの出会い

2020年6月17日、とあるロックミュージシャンが自身のラジオ番組でアメリカのドナルド・トランプ大統領に対してこんな痛烈なメッセージを送りました。
「Put on a fucking mask.(意訳:マスクをつけやがれ、クソが)」
自国の医療体制は万全だと豪語するわりには自分でマスクを着用したがらないリーダーに向ける、最上級の“健康に気を付けて”という労りです。

これをハッキリ言えてしまう人、その人物とはアメリカのロックミュージックの重鎮である「ブルース・スプリングスティーン」。またの名を「The Boss」です。

1949年、 ニュージャージー州ロングブランチ出身。エルヴィス・プレスリーに憧れてバンドを結成し、いろいろな苦労もありつつ、1970年代に大人気となりました。1988年にバンドを解散するも、ちょこちょこと活動は継続し、1993年には映画『フィラデルフィア』に楽曲を提供、2009年には『レスラー』に曲を書き下ろしていました。2018年にはトニー賞を受賞し、もはや誰もが認めるアメリカのスターです。

そんなブルース・スプリングスティーンは反社会・反権力を全面に出した音楽や発言で知られており、まあ、それがロックの基本でもあるのですが、このブルース・スプリングスティーンはひときわその傾向が強い人物でした。なのでその冒頭で紹介したコメントも飛び出すのはよくある光景。

そのブルース・スプリングスティーンを題材にした音楽映画が生み出されました。それが本作『カセットテープ・ダイアリーズ』です。邦題は何だかよくわからない感じになっていますが、原題は「Blinded by the Light」であり、これは彼のデビュー・シングルの「光で目もくらみ(Blinded by the Light)」に由来しています。原題をカタカナにするんじゃダメだったのかな…。

といっても、話題騒然となった『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』のような伝記映画ではありません。ある日、ブルース・スプリングスティーンの音楽に出会って夢中になってしまった高校生の物語です。青春学園モノですね。

ひとつ本作の特徴なのが1980年代のイギリスが舞台ながら主人公の少年はパキスタン系だということ。つまり、移民の物語でもあり、そこも大きなドラマになってきます。

監督は“グリンダ・チャーダ”というインド系イギリス人の女性で、批評家に注目された『Bhaji on the Beach』(1993年)の頃からずっとインドを中心とする南アジアを主役にした作品を数多く手がけてきた第一人者でした。2002年の『ベッカムに恋して』では、サッカー選手に憧れるインド系イギリス人の少女が主人公。2017年の『英国総督 最後の家』は、まさにインドとイギリスの歴史に焦点をあてた一作。もともと『ジョージアの日記 ゆーうつでキラキラな毎日』(2008年)など青春学園モノのティーン映画を得意としていました。インド系で女性で英語圏で活躍しているというのは、なかなかに貴重な才能です。ちなみに“グリンダ・チャーダ”の夫は映画プロデューサーであるポール・マエダ・バージェスという日系アメリカ人だったりします。

『カセットテープ・ダイアリーズ』も“グリンダ・チャーダ”監督だからこその一作であり、当事者ゆえのリアリティがそこにあります。結果、本作はサンダンス映画祭を始め、各所で称賛を受けました。

俳優陣は、主人公を演じるのは将来有望な役者として期待の新星であった“ヴィヴェイク・カルラ”、主人公の父親を演じるのは“グリンダ・チャーダ”監督とは『ベッカムに恋して』でも一緒だった“クルヴィンダー・ジル”、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』で印象的な存在感だった“ディーン=チャールズ・チャップマン”、同じく『ゲーム・オブ・スローンズ』に出ていた“ネル・ウィリアムズ”…他にも“ミーラ・ガナトラ”、“ヘイリー・アトウェル”、“アーロン・ファグラ”など。

ブルース・スプリングスティーンを知らなくても大丈夫。あなたが初めてお気に入りの音楽に巡り合ったときの感動が呼び起こされる、みずみずしいノスタルジーを味わえますから。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(ロック音楽のファンは必見)
友人 ◎(音楽映画好き同士で盛り上がる)
恋人 ◯(爽やかな鑑賞後の高揚)
キッズ ◯(子どもでも音楽が好きになる)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『カセットテープ・ダイアリーズ』感想(ネタバレあり)

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その音楽が自分の世界を変えた

草原に座る少し年齢低めの少年。その子は自分のノートに思ったことをつらつらと書き連ねていきます。それが日常でした。

そして16歳の高校生になったジャベド・カーンは悩んでいました。何に悩んでいるのか? それはティーンであればありふれた悩みです。例えば、女の子とキスしてみたい…とか。

しかし、それはかなりハードルが高い難問でした。自分が理想の女の子に近づく勇気がないというのは確かにその一因です。学校での憧れのイライザという女子に少しでも親しくなることができればいいだけなのに。ましてや誕生日が同じで幼なじみの少年マットにはちゃっかり恋人ができ、日々充実した青春を楽しんでいる姿が目に入ります。ここはなんとか自分も…。

でも上手くいきそうにないのです。一番の問題は家庭、とくに父親です。ジャベドの父マリクはとにかく頑固で古臭い人間です。成績を上げるために勉学に専念しろ、女の子には近づくこともするな、そんな無理すぎる圧力を平気でかけてくる。母など他の家族もそんな父には逆らえず、ジャベドは不自由な肩身の狭い思いをしていました。

さらにジャベドはパキスタン系の移民の家族だったこともハンデになっています。自分たちの人種を差別的に扱う人は普通におり、このイギリスのルートンという小さな町も例外ではありません。パキスタン系を罵る言葉で落書きされたり、怖そうな人につけ回されたり、毎日いつでも酷い目に遭います。要するに青春どころではないのです。

それでもジャベドは孤独に抵抗していました。昔からの日課である言葉を書き留めて詩をメモすることは常に続けており、ウォークマンで曲を聴きながら自転車で町を進むときも、授業で先生の話を聞いているときも、食堂でご飯を食べているときも、自分のモヤモヤをこめた詩を書く。それだけが自分に許された抗議です。その抗議は誰にも聞かれず、自分でも言葉として満足いっていないのですが…。

ところがある日、転機が訪れます。食堂でいつものように考えた言葉をメモしていると、ある男子が話しかけてきます。ループスという同じく南アジア系のそいつがくれたのはカセットでした。ブルース・スプリングスティーンという人の曲らしくオススメされますが、そのときはそこまで気にもしていませんでした。

けれども、鬱憤を溜め込み過ぎて自分の書いた詩を外に放り捨ててしまった嵐の夜。たまたまカセットが落ちたことから存在を思い出し、それを何気なく再生してみるジャベド。その瞬間、彼の人生は変わりました。なんだ、このメロディ、この歌詞…。自分に直球で突き刺さる…。

次の日からジャベドの青春は変わりだします。ブルース・スプリングスティーンのマネをするように服装をチェンジし、雰囲気も一新。品行方正な格好とか、ましてやパキスタン系らしい身だしなみなんて知ったことではありません。ループスとダイニングで会話しているときに、相も変わらず人種差別的なグループに席をどけといちゃもんをつけられましたが、歌詞で勢い任せに反論。二人でノリノリで歌って、もう怖い者なしです。

そして、フリーマーケットで働いているときに少し向こうでイライザを発見。いつもだったら遠くから見ているだけ。しかし、自信を得たジャベドは歌いながら彼女のもとへ向かい、気持ちを素直に表現しました

イライザとの仲は急接近し、曲を聴かせ、さらにはキスまで。人生の絶好調が今になってやってきたジャベドを止めることはできません。学校のラジオ局で勝手にブルース・スプリングスティーンの曲をかけてし、熱唱しながら学校をかけまわります。ループスとイライザの3人で外をノリノリで楽しみ、いつのまにかこの狭苦しいだけと思っていた町が輝きだしていました。

それでもそう簡単に変わらないものもあります。

それは、なおも偏屈で頭の堅い父親。そしてこの町でも我が物顔で闊歩する差別主義者たち。

ブルース・スプリングスティーンの音楽の力はジャベドをどこまで押し上げてくれるのか…。

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当時沸き上がっていた差別思想

『カセットテープ・ダイアリーズ』は舞台が1980年代のイギリスなので、同じ年代のアイルランドを舞台にした音楽青春学園映画『シング・ストリート 未来へのうた』に通じるものがあり、当時の流行りのファッションセンスも似ているので、同様の空気を感じられます。

しかし、それは同じと言い切れないことがすぐにわかります。

それは無論、主人公がパキスタン系だからです。イギリスは南アジアの移民が昔から多い国でした。その理由はもちろんイギリスがインド帝国を植民地にしていたためであり、1947年のインド独立以降も、今度はインドとパキスタンに二分して何度も戦争や衝突を繰り返してきたため、イギリスに移り住む人も少なくありませんでした。

けれども南アジア移民にとってイギリスは安寧の理想地…とは限りません。残念なことに人種差別がそこには広がっており、移住してきた者たちを理不尽に襲います。

作中ではさまざまな嫌がらせが描かれており、「Paki(パキ)」という侮蔑の言葉も飛び出し、酷いありさまです。この「Paki」という単語は今もイギリスで最も悪質な差別用語なので絶対に口走ってはいけません。

「イギリス国民戦線(British National Front;NF)」という極右政党による人種排斥運動の様子も映し出されます。この集団は1970年代から1980年代にかけて支持を集めたレイシストグループです。当時ヨーロッパではファシズムを掲げる極右によるテロ事件も相次いでおり、1980年にはイタリアで「ボローニャ駅爆破テロ事件」が発生し、85人が死亡しています。この「イギリス国民戦線」は1990年代以降は「イギリス国民党(British National Party)」という新しい極右政党の登場によって立場を失っていきます(まあ、どちらにせよ現在も移民排斥を掲げる政党はあるわけですが…)。

本作のジャベドの父マリクがあそこまで保守的なのも、このいつ何時差別の刃が飛んでくるかもわからない世界で生きるには油断をするな!と息子に教えたいという気持ちもあるのでしょう。そういう意味では愛情はあります。あのマリクも差別的扱いには太刀打ちできず、苦汁を飲むしかないのですから。

また、その差別うんぬんの話は置いておいても、当時のイギリス社会で暮らすパキスタン系の一家の雰囲気を見るだけでも興味深い映画です。アメリカのインド系家族にスポットを当てたドラマ『私の初めて日記』でも同じ体験をしましたが、「へぇ~こんな感じなんだ~」っていう発見があります。

私たち日本人の場合は、イギリスという異国の中で暮らす、パキスタン系というさらなる異国要素なので、二重に驚きがあるんですよね。当時はどれくらいのパキスタン系の人がいたのかはわからないですけど、結構コミュニティとしてしっかりまとまっている部分はあったんだなとか。インド系の人たちとはやっぱり軋轢もあったみたいですけど、イギリスに来てしまうとすべからく南アジアの枠に入れられ軽蔑されるのは、なんとなく私たち日本人にもうんうんと共感できるところです。

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音楽は人種も世代も超える

そんな差別が充満するイギリスという世界の中で、『カセットテープ・ダイアリーズ』の主人公ジャベドはブルース・スプリングスティーンの音楽に出会うことで変わります。

この出会いのシーンの気持ちよさが本作の白眉。初めての曲が、その歌詞が、文字として浮かんでくる演出によって歌詞が離れない状態をこれ以上ないダイレクトな表現で映像化。さらに嵐の稲光の中、外に出ていくと建物に文字が投影される演出も加わり、自分の世界にまさに嵐が吹き荒れる。雨後の筍に文字がポンポン出てくる見せ方なんて古臭いかなと思うのですが、むしろこの時代感に合っている気がしてきます。

ちなみこの嵐、1987年10月に本当にイギリスを襲った大嵐なのだそうです(有名なBBCのマイケル・フィッシュという天気予報士の言葉が作中でも流れている)。

そして3人でウキウキに外に飛び出す際の。「あの差別にまみれた外の世界がこんなにも楽しいなんて!」とでも言うかのようなはしゃぎよう。このあたりも別に私たちでも共有できる体験なはずです。誰だって自分にバシッとハマる音楽に出会えたら嬉しいですし、それを聴いている時は脳内では勝手にミュージカルなシチュエーションになっているでしょう。

劇中で登場するブルース・スプリングスティーンの楽曲は以下のとおり。
  • Dancing In The Dark
  • The Promised Land
  • Backstreets
  • The River
  • Thunder Road
  • Badlands
  • Cover Me
  • Born to Run
  • Darkness On The Edge Of Town
  • Hungry Heart
  • Because The Night
  • Jungleland
  • Blinded By The Light
  • Independence Day
  • Prove It All Night
  • I’ll Stand By You(未発表曲)

これらの曲がパキスタン系の少年にヒットするのが意外なところ。それに作中でも描かれていましたが少し世代間がズレています。マットの父の方が共感してくれているとおり、あの時代のティーンにはブルース・スプリングスティーンは少し古いんでしょうね。

でもそこに人種や年齢を超えた音楽の力というものがある。それを恥ずかしげもなくハッキリ示す素晴らしさはやはり格別。音楽は誰にとってもいいもの。音楽は時代や人種や年齢を気にせず行き来できるタイムマシンみたいなものなのかもしれないです。

もちろんその音楽の力だけで全ての問題は解決しません。人種差別の問題なんて強大すぎます。それでもジャベドは今度は自分の言葉で踏み出す。自分で表現するという武器を手に入れる。それが世界を変えていくはず。そのパワーがあの終盤のスピーチには込められていますし、それが今まさに差別思想の発信地になっているアメリカで“ドリーム”を語ってみせるという意趣返しにもなっており、着地の上手い映画だなと思いました。

あまりにプライベートすぎず、かといってスケールを大きくしすぎて抱え込みまくることもない、ほどよいバランス感覚が本作の良さですかね。

現在、イギリスのロンドンの市長はパキスタン系のサディク・カーンです。かたやアメリカではブルース・スプリングスティーン本人はトランプ大統領に噛みついています。時代は変化しながら、でもそこにも青春がある。今の時代を青春として過ごす若者たちはどんな物語を紡いでいるのでしょうか。

『カセットテープ・ダイアリーズ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 91%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved. カセットテープダイアリーズ ブラインデッド・バイ・ザ・ライト

以上、『カセットテープ・ダイアリーズ』の感想でした。

Blinded by the Light (2019) [Japanese Review] 『カセットテープ・ダイアリーズ』考察・評価レビュー