またはハウ・トゥ・性的同意…映画『HOW TO HAVE SEX』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・ギリシャ・ベルギー(2023年)
日本公開日:2024年7月19日
監督:モリー・マニング・ウォーカー
性暴力描写 性描写
はうとぅはぶせっくす
『HOW TO HAVE SEX』物語 簡単紹介
『HOW TO HAVE SEX』感想(ネタバレなし)
だってそれが性暴力だから
その行為が性犯罪か否かを問うとき、人権の視座が当然揺るぎない基盤となりますが、とくに「性的同意」が大きな判断材料です。しかし、今の日本社会は性的同意という概念がいまだに大衆に理解されていないと思われる面が目立ちます。
報道を見ていてもそうです。よくニュースで性犯罪事件を伝える際、「”わいせつ”な行為」によって逮捕された…と報じられる事例が頻繁にあります。こうした報道は、”わいせつ”か否かが性犯罪とされるかどうかを左右する…と誤った認識を助長するでしょう。「”わいせつ”」という言葉への印象は人によって全然違ってきますが、”暴力的”だったり、”屈辱的”だったり、”激しかったり”、そんな感覚を思い浮かべるのが一般的。
けれども現実で起きている性的加害の中には、”穏やかに”、”冷静に”、“淡々と”、そんな感覚で発生するものだって珍しくありません。いや、もしかしたらそういう性的加害のほうが圧倒的に大半を占めるかもしれません。
にもかかわらず、映画などの表象でも「暴力的で、屈辱的で、激しい」というステレオタイプな性暴力ばかりが描かれやすく、現実を反映するよりも、見た目のインパクトを優先してしまいがちです。それがまた世間の偏見を強めてしまったり…。
しかし、今回紹介する映画は、そうした偏見に懸命に抗い、ひたすらに日常のリアルの中で起きうる性的加害を被害者の目線で捉えた、実直な作品です。
それが本作『HOW TO HAVE SEX』。
タイトルは直訳すると、「セックスのしかた」という意味ですが、これはすごく皮肉な題名です。これ以上のベストなタイトルはないですね。なお、この直球なタイトルのせいで、Google検索などではセーフサーチ機能が働いて、本作のポスター画像さえもボカシがいれられてしまうし、検索しづらいのですが、別にそんなポルノな表現はないです。それでもあえてこの挑戦的なタイトルをつけようと思った製作者の狙いどおりにはなっているでしょうけど…。
肝心の物語ですが、日本の宣伝では、「友情や恋愛、セックスが絡み合う青春の夏休みを、思いやりを込めた視点で活き活きと表現し、痛いほどに共感できる爽快で感動的な物語」とあります。でもこの説明はだいぶふんわりさせすぎですし、正直、観客のメンタル面を全く何も考えていないので、ちょっと信頼性を損なうんじゃないかと思います。
私の感想では最初にハッキリ書いておきます。もう冒頭で言及しましたが、あらためて…。『HOW TO HAVE SEX』は「性暴力」を被害者の目線で描いた作品です。ロマンチックな映画ではないし、セクシーな映画でもないです。
これは曖昧にしておけば映画が面白くなるものでもないですし、内容の事実を伝えずに見せれば単にショッキングな動揺を与えるだけで、下手すればそれ自体が性的加害行為と何も変わらなくなってしまいかねません。配給も「トリガーアラート」を公式サイトに表示してくれていますが、どうしても目立たないのでね…。
物語に話を戻すと、本作はバカンスに友達とやってきた16歳の少女が主人公。その主人公は性行為経験がなかったので、ここで経験しようと最初は張り切るのですが、現実は自分の考えていたようなものではなく…。
本作は16歳の視点で一貫して描き抜かれており、繊細で不安定で言葉にできない感情が映像に表現されています。題材は違いますが、トーンとしては『17歳の瞳に映る世界』に似ている感じでしょうか。
『HOW TO HAVE SEX』を監督したのは、これが長編映画監督デビュー作となった”モリー・マニング・ウォーカー”。もともと撮影監督をしていた人で、『SCRAPPER スクラッパー』などを手がけていましたが、今回は自身の脚本で監督として新境地へ。インディペンデント系の賞で高く評価されており、これはきっと今後も注目の才能になりますね。
俳優陣は、主人公を演じるのはドラマ『ヴァンパイア・アカデミー』の“ミア・マッケンナ=ブルース”。友人の役に、ドラマ『Mood』の“ララ・ピーク”、これが初出演かな?の“エンバ・ルイス”。他には、『Everybody’s Talking About Jamie ~ジェイミー~』の“サミュエル・ボトムリー”、ドラマ『Ladhood』の“ショーン・トーマス”など。
『HOW TO HAVE SEX』は題材が題材なだけに気軽にはオススメできないのですが、ただショックを追体験するだけに終わらず、しっかり最後は微かにエネルギーを振り絞ってこちらにも分けてくれます。その微力さを何よりも共有して尊重していきたいです。
『HOW TO HAVE SEX』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :題材に関心あれば |
友人 | :信頼できる相手と |
恋人 | :デート向きではない |
キッズ | :性暴力描写あり |
『HOW TO HAVE SEX』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
「ご搭乗いただきありがとうございます」…機内アナウンスはついに異国の地に辿り着いたことを実感させます。
リゾート観光地として有名なギリシャのクレタ島のマリアに訪れたのは、16歳のタラ、エム、スカイの3人。親友同士で、卒業を記念して同年代だけでハメを外そうとやってきました。
さっそく水着でビーチに入り、海辺で好き勝手にはしゃぎます。まだ肌寒いですが気にしません。タラはスマホに母から心配するメッセージがきているのに気づきますが、今は友達とこの時間を楽しむのが大切。3人で身を寄せ合って温まりながら、タバコを吸います。
ホテルの部屋に入り、ここでも叫びまくりながら大はしゃぎです。ショッピングではテキトーに目についたものを買い物カートに入れていきます。
初日の夜は、バーやクラブで飲んで歌ってそれはもうエネルギー全開。エムは吐きますが、もう止まりません。ひと気のない夜の路上で、酔いつぶれながら、会話は続きます。
朝、3人並んでベッドで目覚めます。ひと足先に起きたタラは、浮き輪を片手にプールへ。外から見えるバルコニーでは男女が乱れており、プールは活気ある大勢でいっぱい。タラは座って満足そうに眺めます。
タラだけ性行為体験をしておらず、ここなら絶対にチャンスがあると考えていました。部屋に戻ると、スカイとエムも起きて、準備万端です。
バルコニーでメイクをしていると、向かいのバルコニーから首元に唇のマークがあるひとりの男性が話しかけてきます。バジャーという名だそうです。いきなりクールな男に出会えて嬉しさを隠せないタラ。
この日の夜は隣人のバジャーとパディのグループと合流して飲みまくります。実は密かにスカイもバジャーに惹かれており、「タラは性的経験がない」とふざけて揶揄います。洗面所に引っ込んだタラを追うスカイは「ただのジョーク」と言い訳。それでも頭にはアレしかないタラは欲望を実現しようと張り切ります。
バジャーとパディと街へ繰り出し、サッカーゲームなどを楽しみ、クラブで音楽に乱舞。そして着の身着のままプールに飛び込みます。
けれども何も起きず、翌日となりました。今日は日中から野外ステージで大興奮。しかし、夜にバジャーは意気揚々とステージに上がり、囃し立てられるように見知らぬ女性たちが続き、彼の体を囲んで舐め回し始めました。
その光景にタラは興ざめしてしまいます。さらにある出来事が起き…。
フックアップ文化の現実
ここから『HOW TO HAVE SEX』のネタバレありの感想本文です。
『HOW TO HAVE SEX』、序盤の始まりはいかにも「10代女子たちの青春の謳歌!」という若々しいエネルギッシュな開幕です。ちょっと奮発して大人なリゾート地に来たのです。あれくらいテンション上がるのも無理ありません。
物語の視点は終始、タラ(「Taz」という愛称で呼ばれる)にあり、このタラはとくに自身の性行為経験の無さから、それに対する憧れが強いです。この導入だけを切り取れば、本作は『ブロッカーズ』などサブジャンルとして確立している「ヴァージンを捨てようとする10代」の系譜です。本当に序盤はそのサブジャンルの定番どおり進行していきます。
しかし、『HOW TO HAVE SEX』はセックスコメディにはなりません。
映し出される大本の題材としては、ドキュメンタリー『フリーセックス 真の自由とは?』で描かれたような「カジュアルセックス」…別の言い方だといわゆる「フックアップ」と呼ばれる一夜限りの性的関係を楽しむカルチャーですね。
そしてそのフックアップ・カルチャーの場で起きてしまう性的加害の問題を浮上させます。別にこの文化自体を否定するものではないですけど、やはりこういう場であれば起きてしまいかねない状況に追い込まれた「当事者」をどうケアするんですか?…という部分。
最初はタラはバジャーに好意を持っていましたが、フックアップ・カルチャーにあまりに身を浸っているバジャーの姿を目にして、なんだか急に自分だけ孤立した気分で、冷めてしまいます。ここだけ見れば、最近の流行り言葉で言うところの「蛙化現象」です。
私はこの「蛙化現象」という言葉がトレンドになるのは別にどうでもいいんですが、考えないといけないのはそういう心理状況に陥った人は、意思表明しづらい側に追い込まれ、それはつまり性的加害に極めて脆弱になってしまう…というあたりだと思うのです。
まさに本作でもタラは、精神的に動揺して以降、ツラい出来事が重なってしまいます…。
”楽しみたい”と思った私は悪くない
『HOW TO HAVE SEX』で描かれるパディとの一件からというもの、タラは完全に塞ぎ込みます。序盤との落差が余計に際立ちます。
タラは言葉にだしませんが、あのタラの脳内で考えているようなことは想像がつきます。
「これは不運だっただけか…」「現実はこういうものなのだろうか…」「自分が下手だったからだろうか…」「私はやっぱり性を楽しめない人間なのか…」「みんな満喫しているし、自分だけが場違いなのか…」「変に考えすぎだろうか…」
劣等感や無力感が自身の内部に蓄積するあの感覚。
別に本作はタラをそこまで直接的に責め立てる描写はないのですが、でも描写はなくとも周囲の反応も容易に想像がつきます。
「そんなところに行ったのだから自業自得なんだ」「もっとハッキリ言えばよかったのに」「そういうふしだらな考えでここにいればそうなるのも当然だ」「まあ、そういうこともあるよ」「セックスなんてつまんないものだよ」
そんなタラのために、あらためて明確にしておくと、パディがタラにしたことは明らかに「性的加害」です。「性暴力」です。「思い描いていた理想のセックスではなかった」のではなく、「レイプ」なのです。
タラにはセックスを楽しむ権利がありましたし、逆に尊厳を傷つけていい理由はどこにもありません。
ちなみにギリシャの同意年齢は15歳です。16歳のタラはクリアしていますが、それでも当たり前のこと、性的同意が大前提で問われます。そのはずですが…。
本作の描写は生々しく、とくにリアルだなと思うのは身近な人の反応。例えば、バジャーはタラの抑え込んでいる動揺を察している素振りがありますし、意外なほど丁寧に接します。でも男友達であるパディを制止することまではしない。この…なんて言ったらいいのでしょうか…人間関係の空気…。すっごくよくある風景ですよ。
さらにタラの友人であるスカイの言動もまたキツイです。全然悪気はないのでしょうけど、性愛に対するあまりに短絡的な「良い体験になる」という称賛一辺倒の自覚の無さ。これもまたよくある風景。性暴力は男女の力関係で単純に起きるわけではなく、女性同士のコミュニティ内であっても、性被害者を追い詰めてしまうことは普通にあるわけで…。無自覚のセカンドレイプ的なね…。
かろうじてあのエム(エムは女性に惹かれるようで作中でも女性と関係を持っていた)だけは最後の最後でタラの状況を理解し、気づいてくれます。
『HOW TO HAVE SEX』はエンディング直前まで精神的にじわじわ締め上げるようなキツさで、観ていた私も正直なところ本編のほとんどで吐き気を喉の奥にしまいこもうと若干必死だったのですけど、ラストの空港のシーンでエムの手を取り、タラは到着時のテンションを取り戻すように叫ぶカットで閉幕となり、次の一歩を踏み出す瞬間も描いてくれて本当に良かった…。
2024年に観た映画の中でもベスト・エンディングな一本だったな…。
”モリー・マニング・ウォーカー”監督の心理的解像度の高さ、演出の巧みさ、“ミア・マッケンナ=ブルース”の名演…どれも見事にハマってました。
何度も観たい映画ではないですけど、あの主人公が最後にみせた微かなエネルギーは忘れません。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
関連作品紹介
性暴力を題材にした作品の感想記事です。
・『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』
・『スラローム 少女の凍てつく心』
・『ジェニーの記憶』
作品ポスター・画像 (C)BALLOONHEAVEN, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2023 ハウ・トゥー・ハヴ・セックス ハウ・トゥ・ハブ・セックス
以上、『HOW TO HAVE SEX』の感想でした。
How to Have Sex (2023) [Japanese Review] 『HOW TO HAVE SEX』考察・評価レビュー
#バカンス #性文化