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『さらば愛しきアウトロー』感想(ネタバレ)…人生に引退はない

さらば愛しきアウトロー

人生に引退はない…映画『さらば愛しきアウトロー』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Old Man & the Gun
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2019年7月12日
監督:デヴィッド・ロウリー

さらば愛しきアウトロー

さらばいとしきあうとろー
さらば愛しきアウトロー

『さらば愛しきアウトロー』あらすじ

1980年代初頭、アメリカ。ポケットに入れた拳銃をチラリと見せるだけで、微笑みながら誰ひとり傷つけず、目的を遂げる銀行強盗がいた。彼の名はフォレスト・タッカー、74歳。タッカーに出会った誰もが口々に「紳士だった」と好感を述べる。事件を担当することになったジョン・ハント刑事も、追いかければ追いかけるほど、この男の生き方に魅了されていく。

『さらば愛しきアウトロー』感想(ネタバレなし)

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あの俳優の引退作

ある男がいました。その男はやることなすこと何もかも上手くいきません。高校を卒業して得意の野球を活かして大学に進学しますが、未成年飲酒問題を引き起こし、退学。今度は画家になると、母国アメリカを離れてヨーロッパを旅しますが、放浪も虚しく、挫折してしまい、帰国。だったら、舞台美術の世界に進もうと専門学校に通うも、途中で俳優もいいかもしれないと転向。しかし、才能が開花することなく、チャンスにも恵まれず、いつまで続くかも見通しのない下積み時代を送ることになります。

時は1960年代。この時期のアメリカは公民権運動、ベトナム戦争…と国の在り方が大きく揺れ動いていた時代。この男の人生はそんな世の中の激動にも無反応…と思いきや、1960年代最後の年である1969年。転機が突然、訪れます。俳優として無名だった自分が大役に抜擢された映画が大ヒット。アカデミー賞総なめの高い評価を受けて、まさにこの瞬間からこの男は“スター”になったのでした。

この男の名前は“ロバート・レッドフォード”。彼の起爆剤となったその映画はもちろん『明日に向って撃て!』です。

しかし、“ロバート・レッドフォード”の凄いところはそれだけの成功で終わらないという部分。

1980年に監督デビューとなった『普通の人々』で、いきなりアカデミー賞監督賞を受賞するという前代未聞の快挙。俳優と監督、双方での栄光を手にしたわけで、もう初期の人生の落ち目っぷりが嘘のようです。

これだけなら似たような境遇の人物もいるのですが、“ロバート・レッドフォード”の場合は人材育成においても手腕を発揮して大きな成果を残します。映画業界の若手を支援するためにインディペンデント映画を対象にした「サンダンス映画祭」を企画(もちろんその名前は『明日に向って撃て!』のサンダンス・キッドに由来するのは言わずもがな)。このサンダンス映画祭が今日まで無数の無名の才能を発掘してきたことは、映画ファンならご存知のはず。

そんなその価値を語り尽くせないほどの映画界に貢献してきた“ロバート・レッドフォード”がついに俳優としてのキャリアに終止符を打つと宣言しました。『オール・イズ・ロスト 〜最後の手紙〜』や『夜が明けるまで』など最近でも老いても素晴らしい名演を披露し、全く枯れている気配すらないほどの活力なのですが、何事にも終わりは来るのか。

その“ロバート・レッドフォード”の引退作と言われているのが本作『さらば愛しきアウトロー』です。

邦題がいかにも“引退します!”と言わんばかりの強調なのですが、中身も確かに彼の集大成的な内容になっており、フィルモグラフィーをずっと追いかけてきたファンほどグッと心に迫るものがあると思います。

ちなみに“ロバート・レッドフォード”は『アベンジャーズ エンドゲーム』にも出演しているので、本国での公開順的には『エンドゲーム』が最後の出演作になっていますが…まあ、それはそれで。

監督は『ピートと秘密の友達』『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』など大作でも小規模作でも確かな実力を丁寧に見せる“デヴィッド・ロウリー”。彼もまだ30代と若手の部類なのですが、作る映画がいずれも30代とは思えないほど老成していますよね。そんな彼が80代の男の引退を飾る道を作るというのも、なんだか良いじゃないですか。

俳優“ロバート・レッドフォード”の後ろ姿を映画館で見届けるのは、何事にも代えがたい大事な体験であり、映画を愛する者の礼儀な気がします。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(俳優好きは必見)
友人 ◯(俳優ファン同士だとなお良し)
恋人 ◯(映画好き同士なら)
キッズ △(子ども向けではない)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『さらば愛しきアウトロー』感想(ネタバレあり)

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職業:銀行強盗(ベテラン)

1981年のテキサス州。ひとりの老人が銀行からゆっくりと歩いて出てきます。普通であれば、老後の資金を引き出しに来たか、はたまた孫のためにお金を仕送りにでも出してあげたのか。しかし、そんな平凡な理由でこの老人はここにいたのではありませんでした。

この男、フォレスト・タッカーがこの銀行にいた目的…それは強盗。今この瞬間も近所の雑貨屋に行ってきた帰りのように銀行強盗をしてきたばかり。にもかかわらず、全く焦ることもなく、目の前に駐車してあった車にゆったりと乗りこみ、発進。適度な場所で車を乗り換えて、警察無線をイヤホンで聞きながら、余裕で逃走。途中でエンストか何かで困っている女性を助けるために停車し、その横を猛スピードで通り過ぎるパトカー。そこでたまたま出会ったジュエルという女性とすっかり仲良くなるオマケもゲットし、今日もまた完全勝利。

銀行強盗ってこんな簡単だったのか…え、じゃあ私もやろうかな(ダメです)。『最後の追跡』とか『アメリカン・アニマルズ』のアイツらがこれを見たら“こんなに上手くいくはずない!”と猛抗議するだろうな…。

なぜこうも重大な犯罪が易々と上手くいくのか。タッカーがその手口を語るところによると、どうやらその成功の秘訣はとにかく“平穏でいること”が重要のようです。ごく普通に銀行の建物に立ち入り、ごく普通にスタッフに話しかけ、ごく普通に「強盗だからお金を出して」と優しくにこやかに語りかけ、ごく普通にお金を手に入れて立ち去る。「手をあげろ!強盗だ!金を出せ!」なんて古典的なことはしない。

ゆえに犯罪が起こっていることに他の利用者が気づくはずもない。それどころか被害を受けた立場の銀行関係者さえも「紳士的で良い人だった」と加害者への怒りすら湧いてこない。ピースフルでノーヘイトな犯罪劇。

そうは言っても、警察も黙って静観しているわけにはいかないので、この“ジェントルマン”な強盗犯であるタッカーを追いかけはしますが、なんだか弄ばれているだけのような気分にもなってくる。これはこれでずいぶんと困った犯罪者です。

そして調子に乗ったのかどうかはわかりませんが、タッカーは仲間たちと銀行強盗をあちこちで繰り返し、ついにはさらになる大舞台にも挑戦していくのでした。

これが銀行強盗じゃなければ、本当に快活な行動的でお手本のような元気な老人なのですが…。

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この老人、ノリノリである

『さらば愛しきアウトロー』は実話を元にした物語です。「フォレスト・タッカー」という主人公もその名のとおりの人物が実在しており、作中で語られているとおり、犯罪をしては刑務所に入れられ、脱獄して犯罪をまたする…という繰り返しを晩年までしていました。なんでも本人の記憶に基づく計算によれば「刑務所脱獄に18回は成功し、12回は失敗した」そうです。作中では最期を詳細に描くことはしていませんが、2004年に刑務所内で亡くなったとのこと。その時の年齢は83歳。

本作ではその波乱万丈のタッカーの人生の中でも、高齢になってからの銀行強盗がメインに描かれます。

この本作を観て、おそらく多くの映画好きの人が思いだす最近観た映画はクリント・イーストウッド監督&主演の『運び屋』ですよね。こちらも実在の高齢者が犯罪に関わった出来事を描いたものであり、2作とも“高齢者であること”を武器にあまり疑われずにのらりくらりと犯罪を遂行したという点が非常に似ています。その高齢犯罪者と追う側である者の単純な善悪ではない絶妙な関係性も重なる部分です。

ただ、決定的に違うのは『運び屋』の方はやむを得ない流れで犯罪に手を染めてしまった状況なのでそこまでの主体性がないのですが、『さらば愛しきアウトロー』のタッカーはそれはもう本人の意志でノリノリで犯罪しまくっており、主体性全開だという点。

邦題のとおり、まさに“アウトロー”。こういうタイプの人間で、やっている行為にも関わらず世間で少し好意的に受け止められる犯罪者というのは、ときどき現れるもので、1930年代前半にアメリカ中西部で一躍話題となった「ボニーとクライド」なんかはそのスターみたいなものです(最近だと『ザ・テキサス・レンジャーズ』で映画化)。

『さらば愛しきアウトロー』のタッカーは殺人までの一線を越えない倫理観を持っているので、まだ感情移入しやすい部類ですが。それが逆に“良い人”っぽさにつながりますよね(まあ、でも私も自分のお金を預けている銀行が強盗されたらさすがに嫌ですけど)。

個人的には、高齢者による犯罪を安易に“美しきモノ”としてポジティブに描くのはどうかとも思うのですが、おそらくそれは日米の社会状況の差みたいなものがあるのでしょう。日本だと高齢者犯罪は社会問題であり、それこそ社会を投影した事象として扱われがちです。でもアメリカではまだまだ高齢者の犯罪を個人問題として認識する程度にとどまっており、だから美学やアイデンティティのように描けるのかなと。

だから本作は日本だと作りづらいタイプの映画ですし、アメリカでも社会における高齢者の在り方が変われば、ずっとこのスタンスで描けるわけではないと思うので、今ならではの映画なのかもしれませんね。

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And he did.

一方で『さらば愛しきアウトロー』は単なる高齢者犯罪の実話を描いた伝記モノにはとどまらず、俳優“ロバート・レッドフォード”のキャリアと重なるような作りになっている、二重フィクションでもあります。

シネフィルでなくとも気づく人は多いと思いますが、作中の随所に『明日に向って撃て!』を始めとする“ロバート・レッドフォード”関連作のオマージュがふんだんに散りばめられています。とくに終盤のタッカーのこれまでの脱獄が回想とともに再現されていくシーンなんかは、実質“ロバート・レッドフォード”作品の思い出再生みたいな感じです。ここはもう彼と共に映画愛を育んできたファンならば涙腺崩壊シーンですね。

他にもあちこちで“ちょっとズルくない?”とつい思ってしまう“ロバート・レッドフォード”に対するメモリアルな私たちのハートを狙撃する場面が挿入されるので、これは反則です。心臓がいくつあっても足りない…。

あらためて“ロバート・レッドフォード”という時代を駆け抜けてきた人間への尊敬が沸き上がるというか…やっぱり良い俳優だったなぁ、と。私はそこまで彼と一緒に人生を歩んできたわけでもないのにこの感無量な気持ちですから、もっと思い入れのある人はどうなるのか…。

しかも、そんなに湿っぽくならないのがいいですよね。宣伝では“引退作”と連呼していても、実際の中身は引退なんて微塵も感じさせない…まるで人生はずっと続くと言わんばかりの生き方を見せられる映画です。

ちなみに本作の原題は「The Old Man & the Gun」なのですが、これはアメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイによる短編小説「老人と海(The Old Man and the Sea)」に由来しています。海でカジキの大物と格闘することになる老漁師の話ですが、結末は伏せるとして、よくフィーチャーされやすい名作です。“ロバート・レッドフォード”の過去作『オール・イズ・ロスト 〜最後の手紙〜』(2013年)なんかはかなり「老人と海」に近いものを感じるものでしたね。

まあ、もちろん“ロバート・レッドフォード”自身は俳優業からは身を引いても、製作などの面で関わっていくでしょうし、不滅ですけどね。

偉大なアウトローが作り上げた“海”で、これからも私はわちゃわちゃと浮き輪で泳いでいます。

『さらば愛しきアウトロー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 60%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved

以上、『さらば愛しきアウトロー』の感想でした。

The Old Man & the Gun (2018) [Japanese Review] 『さらば愛しきアウトロー』考察・評価レビュー