おなかいっぱいにします…ドラマシリーズ『The Heart Killers』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:タイ(2024~2025年)
シーズン1:2024~2025年にYouTubeで配信
監督:Tichakorn Phukhaotung (Jojo)
イジメ描写 LGBTQ差別描写 性描写 恋愛描写
ざふぁーすときらーず

『The Heart Killers』物語 簡単紹介
『The Heart Killers』感想(ネタバレなし)
タイBLに撃ち抜かれる
タイの「BL(ボーイズラブ)」&「GL(ガールズラブ)」のドラマシリーズが世界的に注目を集めている…という話は、『Pluto』の感想でしました。
その盛り上がりが国際的に広がったのは2020年代頃からでしたが、なぜここまで急速にバズったのか、ちょっと不思議です。コロナ禍で余暇があったこと、YouTubeで気軽に楽しめたこと…それら理由が挙げられやすいですが、でもそれはタイ作品に焦点があたる背景を説明しきれていません。
日本ではタイのBLドラマは国内のBL作品と同様にもっぱら女性ファン層に熱く支持されていますが、近年はLGBTQコミュニティの注目度も高い印象があります。ゲイ当事者でも楽しんでいる人も見かけるほどです。私は、従来の非クィアな女性のみならず、このLGBTQコミュニティも市場に絡み始めたことで、これまでにない起爆的なムーブメントが起こりやすくなっているのではないかと予想しているのですが…。
とくに表象に偏見が混じっていないか、はたまた演じる俳優が作品外で権利運動にコミットしない冷淡な態度でいないか…そういうことに敏感にならざるを得ない日本のLGBTQコミュニティにとって、他国であるタイはノイズが少なくストレスが抑えられた視聴体験を提供してくれるのかなとも感じます。
そんなタイのBLドラマは年間20~40本という凄まじい数の作品が量産されているのですけども(The Guardian)、今回は2024年~2025年にかけて配信された一作を紹介します。
それが本作『The Heart Killers』。
本作はタイでは有数のエンターテインメント企業である「GMMTV」が、公式のYouTubeチャンネルである「GMMTV OFFICIAL」で無料で配信しています。日本からでも普通に観れますし、日本語字幕もついています。全12話で、1話あたり約60~70分ですが、1話が4分割されて配信されています。
内容は、殺し屋の兄弟を主人公にしており、そんな2人にそれぞれで気になる男性が目の前に現れ、恋の駆け引きをしていくことになるのですが、実はその男たちは警察と繋がっていた…という感じ。
殺し屋なので人を殺すのですけども、あまり残酷さはなく、アクションにも重点を置いていません。それどころかサスペンスもオマケ程度で、実質ほぼラブコメです。これでいいのかってくらいには、ときに濃密にイチャイチャしっぱなしのゲイ・ロマンスが詰まってます。
先ほども書いたように、YouTubeで観れるので、暇つぶしに流すくらいの感覚でも全然いいでしょう。
『The Heart Killers』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 同性愛差別の描写が一部にあります。 |
| キッズ | 性行為の描写があります。 |
『The Heart Killers』予告動画
『The Heart Killers』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
ねっとりとした照明に照らされた場所。若い男たちが肢体をアピールする小道具を持ちながら、使命されるのを待っています。そこへ身なりのいい口髭男が欲を顔に浮かべて入ってきて、案内人はどの男がいいかを質問。そして88番の男が選ばれます。
88番の男はプライベート・ルームでその指名してくれた男に慣れた対応で接待。一緒にマイクを持ってカラオケを歌ってあげます。口髭男はご満悦。そのまま浴室でマッサージ。そこへ正装のスタッフが銀のクロッシュを被せた皿を運んできます。食事のようで、88番の男が部屋に通します。
しかし、その皿にあったのは料理ではなく、二丁のサプレッサー銃。若い男2人組は浴室で無防備な男を撃ち殺します。2人の名はファデル(Fadel)とバイソン(Bison)。この業界を知り尽くしたプロの殺し屋の兄弟です。兄弟と言っても母は同じで父は違います。
今日もひと仕事を終え、各自で解散。赤い服のバイソンは軽口が絶えず、自由が欲しいようで早々に遊びに出かけてしまいます。黒い服のファデルはクールな態度で呆れつつ、もうこのやりとりも日常です。
ところかわって、タトゥーアーティストのカント(Kant)は友人スタイル(Style)とボウリングに来ていましたが、たまたまそこにバイソンもいました。カントは「可愛い」とひと目でバイソンを気に入ります。スタイルに背中を押され、そのバイソンを親切な口ぶりで誘いに行くことに。「きみがすごく可愛かったから話しかけた」とナンパすると、最初はバイソンはあしらいますが、でも一緒にいるのは嫌ではない様子。
一方、車を飛ばしていたファデルは後ろから車をぶつけられ、その車を運転していたスタイルと口論になります。スタイルは整備士らしく、車をみてあげると言ってくれます。しかし、ファデルは仕事の事情から車を調べられてほしくないので、この場は追い払います。
バイソンとカントは部屋のベッドの上で欲望のままにキスを楽しみ、体を交えます。一夜明けるとバイソンは消えていました。
ファデルとバイソンは普段は小さなハンバーガーショップを経営しており、殺しの任務は「お母様」と呼ばれる人から指示があるまで待機です。
一方で、カントは過去の窃盗の罪をゆすられて警察の使いっぱしりをしていました。そして、兄弟の殺し屋を調べろと命令され、それを達成したら前科を帳消しにしてやると誘われます。そのターゲット写真にあったのは、あのバイソンでした。
ひとりでは対処できそうになかったので、カントはスタイルにファデルを誘惑してほしいと頼み、共に画策し始めますが…。

ここから『The Heart Killers』のネタバレありの感想本文です。
ハンバーガー作りってセクシーだったのか…
『The Heart Killers』の最も食べ応えがあるメインメニューは、当然、男たちのイチャイチャっぷりです。「バイソン × カント」と「ファデル × スタイル」の2つの男男カップルが今作の顔。
一応、世間には公表できない隠れた職業の殺し屋であるファデル&バイソンに対して、スタイル&バイソンが意図的に接近して相手を騙すのが始まりですが、もう冒頭からわりとお互いに夢中なので、あんまり「この2人はくっつくのか?」というハラハラドキドキはありません。最初から最後までイチャイチャが全開です。BLとしてサービスに振り切った作りではありますね。
私としてはこの二大カップルのうち、どっちが好きかと究極の選択を迫られたら、「ファデル × スタイル」のほうかな…。
ファデルとスタイルのカップルは、“ウィリアム・シェイクスピア”の『じゃじゃ馬ならし』の延長にあるような、なんとかしてスタイルがあの堅物そうなファデルを攻略してやろうとあの手この手で必死になるのですが、その過程が喜劇としてじゅうぶん面白かったです。
バイソンとカントはボウリング場でダンスしたり、かと思えばBDSMに興じたりと、キュート&キンキーな経験で仲を深めていくのですが、ファデルとスタイルは徹底的にセクシー路線。そのセクシーさを武器にできるファデルがしっかりウザさのごり押しを得意技とするスタイルに篭絡されているのがまたシュールで…。
ファデル、ジープの「Wrangler Rubicon(ラングラー・ルビコン)」を乗り回しているくせに(悪路は走らない)、全然慎重派でもあり、目立ちたいのか目立ちたくないのか、どっちなんだという矛盾を抱えすぎる男だったな…。
「俺はひとりで死ぬんだと思っていた」と語るファデルに愛する相手ができて良かったので、全部気にしないことにしますけど。
私の中では、ファデルとスタイルが共同作業でパティを焼いたりしてハンバーガーを作っている姿が一番セクシーだったという極致に達しましたよ。ハンバーガーってそういう暗示なの…?
ファデルを演じる“アーチェン・アイドゥン”(愛称は「Joong」)と、スタイルを演じる“ナッタチャイ・ブンプラサート”(愛称は「Dunk」)…この2人は2022年のBLドラマ『Star and Sky: Star in My Mind』でも共演して恋人の役だったりしているので、もはや関係性は手慣れていましたね。
批判を意識したうえでの作品の姿勢
そんなイチャイチャだけを眺めるならそれでいいのですが、『The Heart Killers』はプロットとしてはさすがに大雑把すぎる穴が乱発しており、さながらパンクしまくったタイヤのようです。
まずあの殺し屋としてのリアリティの無さは目をつぶることにします。でも2人だけでハンバーガーショップはキツくないか?と思うけど…。ちなみに「HEART BURGER」という店名でしたが、日本に同名のハンバーガー店があるので、そこはファンの聖地巡礼スポットになってるのだろうか…。
それはさておき、中盤にてカントとスタイルが警察のスパイだと発覚し、そこでどうするのかと思ったら、「俺たちを愛させてそれから殺すことでやり返そう」とやたら回りくどい復讐を口にしだしたときは困惑しましたよ。スパイだとわかったらすぐに対処しないとダメだろうに…。
そうこうしている間に、黒幕は Ruerat ではなく、お母様と呼ばれていた Lily だと判明。まあ、それも予想しやすいオチなのですが、問題は決着のつけ方です。
なんか裁判も無しにファデルとバイソンは5年服役することになります。しかも、スタイルとカントは健気に面会しながら、そのうえ職業訓練の講師として刑務所内に正規で入り、ここでもイチャイチャを展開。いや、面会しているんだから、囚人の関係者だとわかるだろうし、さすがにそんな奴を講師に雇うのは…。タイの刑務所はマヌケなのか…。
そして出所後にやっぱりあの Lily とけじめをつけないといけなくなる…。殺し屋のジャンルとしてはぐだぐだで、ここは壊滅的に面白くはない部分でした。
また、これはタイのBLドラマ全般によく言われる批判ですが、主に「表象の多様性の乏しさ」と「現実の当事者の困難体験の語りの少なさ」ですね。
言わずもがなタイのBLドラマの主役は、細身で美形のイケメン揃いであり、肌も白めで一様です。多様さはハッキリ言って著しく欠けています。
そうなる理由はわかります。タイのBLドラマは基本的にアイドル作品として売り込む戦略の一部を担っており、出演俳優陣も制作企業に属して、アイドル活動的なビジネスで、収益を手広く達成しています。アイドルになれることが大前提の企画です。だから主演の顔ぶれは似かより、イメージアップになる展開を作中でも好みます。
ただ、最近のタイのBLドラマ業界はそのへんの批判も理解はしており、今作『The Heart Killers』でも多少の姿勢は示してはいましたよね。
例えば、学校内でのホモフォビアなイジメを描いて、そこにきっちり大人の立場から説教をするとか。スタイルの父のように同性愛に理解のある上の世代を描き、家庭内での包括とサポートの重要性を映しだすとか。
それ以外にも、脇役で女性的な口調のゲイの人物を登場させたりもしていました。いずれも、結婚の未来を示唆するカップルだったり、はたまた刑務所内でのゲイの出会いを支援する立ち回りだったり、プロットにねじ込もうと考えた結果なのだろうとは察せます。
もちろんこれらは本編のメインストーリーと比べると、すぐに印象が吹き飛ぶ程度のささやかなものですが…。
こうした商品としての作品性と、現実の当事者尊重を融和させようと試みる表象の在り方の模索は、タイに限らず日本でも課題ですし、いろいろ学び合って高めていきたいところですね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
以上、『The Heart Killers』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)GMMTV ザ・ハート・キラーズ ザハートキラーズ
The Heart Killers (2024) [Japanese Review] 『The Heart Killers』考察・評価レビュー
#タイドラマ #殺し屋 #ゲイ同性愛

