マーティン・スコセッシは転んでも起き上がる…映画『沈黙 サイレンス』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2016年)
日本公開日:2017年1月21日
監督:マーティン・スコセッシ
ちんもく さいれんす
『沈黙 サイレンス』物語 簡単紹介
『沈黙 サイレンス』感想(ネタバレなし)
日本人が観ずして誰が観る
マーティン・スコセッシ監督について改めて語るまでもないですが、もはや偉大な映画人として信仰の対象の領域に達しているともいえるのではないでしょうか。
「凄い人だった」と過去形で語らせないあたりが本当に凄い。『タクシードライバー』(1976年)や『グッドフェローズ』(1990年)など映画史に刻まれる傑作を生み出してきたのはもちろん、最近でも『ヒューゴの不思議な発明』(2011年)や『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)のように批評的にも興収的にも成功し続ける。時代を超えて支持されるモノを創れるというのはやっぱり“持っている”のでしょう。
そんな巨匠スコセッシ監督が、かねてから悲願だったという遠藤周作の小説「沈黙」を28年の歳月を経てついに映画化、日本の時代劇を撮る…これだけで映画ファンなら観ないわけにはいきません。日本人としても素直に嬉しい。それが本作『沈黙 サイレンス』。
こうなると、さすがスコセッシ監督!と私なんかは安易に称賛してしまうものですが、あの“持っている”スコセッシ監督でさえも本作の製作は至難だったようで…。異国である日本文化を理解し、映像として再現するのだけでも大変なのに、一筋縄ではいかない本作のテーマを解釈し、作品で描ききらなければいけないのですから、そりゃそうか…。本作はスコセッシ監督が苦しみぬいて生み出した特別な一作、このへんも本作のテーマとシンクロしていて意味深い…。
でも、アメリカでは興収はイマイチとのこと。やはり、ここは日本が支持してやらねば誰がするという感じです。
ぜひ観てください!…と言いたいところなんですが、色々な意味で劇場での鑑賞を躊躇しかねない要素があるのも事実。
まず内容が宗教をテーマにした非常にシリアスなものであるという点。時代劇と言ってもアクションは描かれないですし、エンタメ性はほぼなしです。そして、上映時間が160分超えという長さだけで嫌がる人もいるはず。
でも、私は全く気になりませんでした。テーマは確かに難しいですが、ストーリーや世界観はわかりやすいです。「踏絵」とかキリスト教が迫害されていたことは日本人なら歴史の授業で習ってますし、すんなり入り込めるでしょう。そして、なんといっても映画としての質が桁違いで魅入ります。よく外国映画にありがちな「勘違いしている」残念な日本描写はありません。むしろ日本の時代劇を創ろうという真摯さが伝わる凄まじい作品です。最近の大衆受けを狙ってチャラチャラする一方の日本産の時代劇とは比べものになりません。
非常に劇場映えする作品です。圧倒的な映像もさることながら、音が印象的。音については、エンドクレジットまで堪能できます(私の観た劇場では、エンドクレジットが始まると、ぞろぞろと退出する人がたくさんいてなんか「こんな美味しいところを残すの?」みたいな気持ちになりましたが…)。「テレビやパソコンで観ればいいや」ではなく、劇場での観賞を強くおすすめします。
『沈黙 サイレンス』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):信仰を沈黙させない
1633年。我々の布教は新たな迫害によって潰えた…。
日本の地ではキリスト教は弾圧の対象でした。キリスト教を信仰するキリシタンたちは野外で縛られ、吹き出る熱湯を柄杓で浴びせられ、肉体を真っ赤に火傷させながら、苦痛に耐えるしかできません。ここ雲仙は温泉地帯であり、文字どおり地獄。役人たちは神父に神と福音を棄てろと迫り、お前たちの信じる神は助けに来てくれないではないかと断言します。それでも棄教を拒む者は多く、自ら苦痛を望む者もいました。
そんな現状を手紙で知った、イエズス会の宣教師であるセバスチャン・ロドリゴ神父とフランシス・ガルペ神。日本でのキリスト教の布教を使命としていたクリストヴァン・フェレイラ神父からの最後の手紙です。これも数年前のもの。しかも、今は棄教したという噂を聞かされます。日本人として暮らしているとか。
「あり得ません」とガルペ神父。「我々を欺くための嘘では…」と信じられない様子。
ロドリゴ神父は「師であるフェレイラ神父を探さねば」とヴァリニャーノ神父に懇願します。
数万人が斬首されているゆえに危険すぎると忠告しても、師の魂を救わねばと2人は頑なです。「ではこれは神の御心だろう」と許可してくれました。
日本への密航船を確保。マカオで日本人の漁師のキチジローが案内人です。その男はだらしなく飲んだくれており、「本当に日本人か?」と確認します。長崎が出身のようです。英語はちょっとだけわかるみたいですが、キリシタンであることは否定します。殺されると…。国に帰りたいと必死に訴えてきます。「take me home」と土下座して…。
2人はキチジローを信用すべきか迷います。それでも手段はこれだけです。
ついにたどり着いた日本の大地。小舟で接近し、後は泳いでいきます。海岸に着くとキチジローは洞窟を走っていき、見えなくなりました。途方に暮れる2人。
すると松明を持った老人が近づいてきて「パードレ(神父さま)?」と話しかけてきます。トモギ村へとみんなで誘導してくれました。以前より処刑が増えて危険になったと事情を説明してくれます。
この村は今もキリスト教を信仰してひっそりと暮らしているようです。「じいさま」と呼ばれるイチゾウが神父の代わりに洗礼を担っていました。他の村はどうなっているのかもわからないと言います。誰を信じていいかもわからないと…。長崎奉行の井上筑後守による弾圧は想像以上のようで、村人は怯え切っていました。フェレイラ神父について聞いてみますが知らないと答えます。あまりにも誠実で懸命な信仰に心を打たれる2人。
安全な小屋に案内されます。2人は昼間は音を立てずに過ごし、夜に村に言って司祭としての役目を果たします告解は日本語で全然内容はわかりませんが、こちらのできることを全力でやります。
それでも1日中ずっと自由を奪われた生活にストレスが蓄積し、ガルペ神父は怒りの感情を爆発させます。「我々は志願したんだぞ」とロドリゴ神父。フェレイラ神父の行方は相変わらず不明。
さすがに気が滅入った2人は昼間に外で太陽を浴びます。しかし誰かに見られたような気がしてすぐに退散。
その夜、何者かが訪ねてきます。それは五島列島にある別の村の人間で、そちらでも信仰の揺らぎに怯えており、助けを求めてきました。
そこでキチジローのことを知ります。彼はキリシタンで8年前に井上の前で棄教を宣言するも、家族を殺されたという過去があったのでした。
そしてその恐るべき弾圧の魔の手はついに2人の眼下でも…。
信仰を問う試練の160分
重厚で濃密な160分でした。
映像に関しては文句なし。リアルさと象徴性を両立できており、見事としか言いようがない。撮影地は台湾だそうですが、ほとんど違和感は感じません。確かに台湾は生物相的には沖縄に近いので、長崎周辺の雰囲気とはちょっと違うのですけど、それ以上に徹底的に描かれる迫害シーンを始めとする映像のクオリティの高さに圧倒されて頭から吹き飛びます。ひとつ、この地域には明らかに生息していない、派手なトカゲが画面に映りますが、これも日本に来た二人の若き宣教師と同じく異国に迷い込んだ存在のメタファーとしても捉えられるかなとも思って納得。
役者陣も素晴らしく、キチジローを演じる窪塚洋介も良かったですが、私は「イノウエさま」こと井上筑後守を演じたイッセー尾形がベストアクトでした。早くも個人的2017年助演男優賞を彼にあげたいくらい。単純な嫌な奴でもない、彼にも彼なりの信念があるあの感じが堪らないです。
音の演出も良かった。本作はBGMがほとんどないかわりに自然環境音が随所で印象的に使われています。実に日本映画っぽいです。風、波、火、鳥、虫…エンドクレジットでは自然の音が響くだけでした。これは「万物の自然に宿る日本の神々」を表しているともとれます。本作は終始キリスト教の沈黙する神とどう向き合うかのお話しですが、こうしたキリスト教の信仰にゆらぐ人間たちを、日本の神々もまた黙って見ている…そんな意味があるのかも。
本作の「信仰を貫くべきか、捨てるべきか」つまるところ「信仰とは何か?」というテーマについては、私自身はどうこう語れないかなと思ってます。それは、私がキリスト教じゃないからとかそういう理由ではありません。誰しも信仰は持っていると思うし、持っていない人はいないでしょう。「私は何も信じない」という人はその考え方を“信仰”しているわけですから。ただ、私はここまでの信仰が劇的に揺らぐ経験をしたことがまだない…。というか、あのスコセッシ監督でさえ本作のテーマと向き合って答えを出すのに28年間かかっているわけで…。私なんかは、フェレイラを理解しようとするロドリゴどころか、キチジローの足元にも及ばないちっぽけな奴です。キチジローさえ凄い奴に思えてきます。
原作の発表時点で、宣教師が棄教を決断し、しかもイエスが踏絵を促すようなシーンまであるという内容に、反発が沸き起こっていたわけであり、今さら議論することもない気もします。
まあ、でも少なくとも今の時代は信仰を一度捨てたらといって、それでお終いではないと思うのですけどね。転んだら起き上がればいいのではないですか。去年、『君の名は。』や『シン・ゴジラ』といった震災を乗り越えるメッセージ性の強い作品が大ヒットしたのも、一度失った信仰を再び取り戻したいという日本人の気持ちの表れでしょう。
こうやって日本を舞台にした海外映画が増えていくといいなとは思いますが、今作はかなり特殊な一例で終わってしまいそうな感じもします。スコセッシ監督の後に続くものは現れるのでしょうか。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 69%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C) 2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.
以上、『沈黙 サイレンス』の感想でした。
Silence (2016) [Japanese Review] 『沈黙 サイレンス』考察・評価レビュー